[KATARIBE 30098] [HA06N] 小説『憂き世の月 SideB 』

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Date: Sat, 26 Aug 2006 20:34:50 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30098] [HA06N] 小説『憂き世の月 SideB 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月26日:20時34分50秒
Sub:[HA06N]小説『憂き世の月 SideB』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
30分眠る積りが、起きたら3時って哀しいです……

とりあえず、書いてみました。
ふきらんの挑戦、確かに受けたっ<何をえらそげに

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小説『憂き世の月 SideB』
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登場人物
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 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 人の想いを伝える機械……というと、何だそれは、と訊き返されそうだけど。
 時にはCD一枚でも、そういうことが伝わったりする。



 出来るだけ目立たないように、涙を拭く。
 すっかり馴染んだ創作部の裏部室には、今は高瀬君とケイトちゃんしかいな
い。それはそれで幸運といえば幸運だけれども。

『あ、ねえさん、これ借りていい?』
 そう尋ねた時の冴夜ねえさんの表情を、もう少しちゃんと見ておけばよかっ
たな、と思いながら目をこすって涙を払った。

(どしたの、どしたの?)

 ほんわりと、藤の色に似た優しい心配の色。肘の辺りにいるケイトちゃん。
 顔も何もないのに、ケイトちゃんの感情は読みやすい。

 顔を上げると、ケイトちゃんは長机の対角線上をとてとてと走っている。ぐっ
たりと机に突っ伏していた高瀬君の前で、やっぱり首を傾げながら、心配そう
に覗き込んでいる。

「……むう」 
 目を向けた高瀬君の額を、ケイトちゃんがぺちぺちと叩く。
「んー……なに?」 
 されるままにしながら、それでも高瀬君にはケイトちゃんの意図は通じてい
ないらしい。それがでも、何だか……ほのぼのとおかしくて。

(だいじょぶ?だいじょぶ?) 

 小さな身体をえいえいと伸ばして、高瀬君の顔を覗き込んでいる、その意思
はよく見えるから。

「……ああ、なんか心配してるんだね」
 気が付いて、イヤホンを外す。涙をきっちり払って……うん、音が聞こえな
いなら、これ以上は泣くこともない。

「なるほど」
 妙に納得した顔になって、高瀬君は肘をついて身体を起こす。ぽんぽん、と
覗き込んでいるケイトちゃんの頭を、安心させるように軽く叩いた。
 でも、ケイトちゃんは動かない。
「……ま、まあ、こっちよりも泣いていた関口君の方を心配した方が良いと思
うよ」
 ほんの少し、居心地悪げな……いや、負の感情というより、ちょっと困るく
らいの淡い、橙の色。

「……あ、いや、僕のは心配ないよ」 
 途端に向きを変えてこちらを見ているケイトちゃんと、起き上がった高瀬君。
急に二人の意識がこちらを向くのがわかる。
「音楽聴いてて、泣いてるだけだから」


 CDで音楽を聴いていると、時折泣かされることがある。
 まずは、音楽を作った人、演奏してる人の意識。だからヘンデルの『ハレル
ヤ・コーラス』なんて、聴くたびにわーっと泣く。なんせ当時ヘンデルは、泣
きながらこの楽譜を書いていたって言うから。
 そしてまた、そのCDを聴いてた人の感情が、こちらに伝わることもある。
今回は、多分こちらのほうだ。


「ふぅん……って、何の音楽?」 
「マルセリーノの歌」 
「まるせりーの?」
 怪訝そうに高瀬君は尋ねる。結構有名な曲ではある、らしいんだけど、まあ
僕も冴夜ねえさんに聴いて知ってる局ではあるから、偉そうなことは言えない。 
「昔の映画……『汚れなき悪戯』ってのの、主題歌、かな」 

 白黒映画の名作だ。縁起良し、音楽良し、というわけで、冴夜ねえさんは疲
れているときにこの映画をよく見ては泣いてる。
 多分、今回それがこちらに波及しているのだろう。

「へぇ……それは悲しい曲なの?」 
 まあ、一応短調の曲だから、悲しげといえば悲しげ、かな。
「旋律が悲しいのと……まあ、映画自体がね」 
「へぇ」 
「……なんか、ね」 
 いつの間にかケイトちゃんは僕の手元に戻ってきている。ふわふわした手ご
たえの頭を撫でながら、あらすじを思い出す。
「小さな子供が、あんまり素直に自分の望みを言ったら、叶うんだけど」 
 それだけ聴けば、ハッピーエンドなんだけど。
「……その、叶い方がね……」
「うん」 
「孤児で、修道院で育った子なんだけど、その子が『お母さんに会いたい』っ
て言ったら、そのまんま……ね」 
 目の前で、高瀬君の表情が微妙に変わる。疑問符が消え、そのまま納得に、
そして確認する目つきになって。

「えーっと……お亡くなりに?」 
「結局、そうなる」 
「あぁ……」
 ぐったりと、高瀬君はテーブルに突っ伏した。ケイトちゃんが大慌てで高瀬
君のところにゆき、ぺちぺちと顔を叩いている。


 そう、結構理不尽なのだ。
 主人公の少年の名前はマルセリーノ。修道院の軒先に捨てられていたこの子
は、修道士達に愛されて育つ。でも、捨て子で親を知らないその少年は、屋根
裏部屋で見つけたキリスト像に、それとは知らずに「お母さんに会いたい」と
言う。
 そして……その願いは、叶う、のだ。
 冴夜ねえさんは無論この映画が大好きで、だから僕も何度か見たことがある。
それでも、最初の一回目は、そこが不満だ、と言った覚えがある。
『そういう話なのよ』
 ねえさんは、ただ、それだけ言って笑っていた。
 僕もまた……そうか、と思うようになっていった。


「何というか……それで良いのか悪いのか……」 
「うん、確かにそうなんだけど」
 無論そうやってどこかで納得しても、理屈として形を成すのはもう少し後だっ
たおぼえがある。
「確か淀川長治さんが解説の中で、もともと、この子は天から来た子だから、
地上で皆の心を豊かにし、愛された後また天に帰ったんだ、って」
 
 天使に愛されると早死にする。
 そういう言葉を……どこかで読んだ覚えがある。

「……心の綺麗な人ほど、地上に長くないってのを思い出して、さ」 
「へぇ……」 
「それ考えると、僕なんか相当長生きしそうだよ」 

 冗談の積りだけれど、口にすると正直うんざりする。
 まだ、なのか、と。
 まだまだ……続くのか、と。

「長生きできるんだったらそれはそれで良いんじゃない?」 
「…………そうかなあ」
 どういえば伝わるのか、少し迷って……ふと思いつく。
「こころにも あらでうきよに ながらえば……ってのもあるしね」 

 百人一首の一つ。
 誰が詠んだか、名前も覚えていないけど。

 うきよ。浮き世。
 いやむしろ、憂き世。

「うーん」 

 高瀬君は首を傾げている。
 傾げる、彼の反応のほうが……正しいのだと、僕も思う。

 こころにも あらでうきよに ながらえば
   こひしかるべき よはのつきかな

 ……あ。

「……あ、高瀬君」
「はい?」 
「この句、最後まで読んでみて欲しいな」
 高瀬君が詠む歌は、一瞬現実化する。だからこの句なら、月が見えやしない
かと思ったんだけど。
「僕はプラネタリウムか何かか」
 はあ、と肺を吐き出すような溜息。
 ……うん、まあ、そういう気分は……あるといえばある。
 
「夕日を頼むわけじゃないから、まあ大目に見て」

 一日に何度となく夕日を見ていたのは、星の王子様。あそこまで、まさか落
ち込んでもいないんだけど。

 それでも。

 すう、と、細く息を吐いて、高瀬君が目を軽く閉じる。
 いつも穏やかな声が、朗々とした声に変じて。

「『心にもあらでうき世にながらえば恋しかるべき夜半の月かな』」

 途端に部屋が暗転する。一緒に音も消え、天井に白い満月が浮かぶ。

「……わ」

 ごく普通の部室、ごく普通の高さの天井。そんなことを忘れるほど、その月
は高く白く空にかかっていて。
 しらじらと、その光は部室の中を照らす。手の影がくっきりとした輪郭ごと
宙に落ちている。

「……ああ、月だね」 
「……月だよ」 

 月の光が降る。
 真っ暗な闇の中、月の光だけがさらさらと降る。
 くっきりと黒のコンテで縁取ったような影が、机の上や床の上に落ちている。


  ただ、月のしらじらと。
  ひたすらに、月を眺めていたろう詠み人の、その一瞬の心情のあまりの白
  さ、透明さ。
  ……だからこの月は、こんなにもしらじらと照っている。
  CD一枚どころじゃない。たったこの一句、三十一文字に詰め込まれた、
  
  想い。


「有難う」
 
 気が付くと、先刻拭いた涙が、またこぼれていた。
 ケイトちゃんが跳ねながら、月に手を伸ばしている。
(きれいね、きれいね)
 その感情もまた、白く光を放つようで。


 夏休みもだんだんと終わりが見えてきた頃。
 僕らはこうやって、白い白い月を見ている。


時系列
------
2006年8月後半。裏部室にて。

解説
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裏部室のとある日の話、聡の視点。

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 てなもんで。
 良く考えてみたら、己も聡の一人称って殆ど書いてない気がします。
結構難しかったなり〜

 ではでは。
 


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