[KATARIBE 30092] [HA06N] 小説『憂き世の月 SideA』

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Date: Thu, 24 Aug 2006 22:47:52 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30092] [HA06N] 小説『憂き世の月 SideA』
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ふきらです。
裏部室シリーズ。
SideAということは、SideBがあるわけですよね。

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小説『憂き世の月 SideA』
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登場人物
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 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 すんすん、と音が聞こえた。
 突っ伏していた顔を横に向けると、長机の対角線上に座っている関口君が肩
を震わせている。
 彼の耳にはイヤホンがはまっていて、何かを聞いて泣いているのだろうけ
ど、ここからではその内容は聞こえるはずがない。
 そうやって俯いている彼の前ではケイトちゃんが左右に動いていた。
 その様子をぼんやりと眺めていたら、ケイトちゃんがこちらの方へとやって
来て、同じように体を左右に動かす。
「……むぅ」
 そして、ぺちぺちと僕の額を叩く。
「んー……なに?」
 何が言いたいのか僕には分からない。とりあえず、されるままにしている。
「……ああ、なんか心配してるんだね」
 関口君がイヤホンを外して、こちらを向いた。右手で目に残った涙を拭いて
いる。
「なるほど」
 そう言われて、ケイトちゃんの動きが何を意味しているのか理解できた。大
丈夫だよ、とケイトちゃんの頭をポンポンと軽く叩いてあげる。
 けど、まだ心配しているのかこちらをじっと見ていた。目とかはないのだけ
れど、見つめられるのはちょっと苦手だ。
「……ま、まあ、こっちよりも泣いていた関口君の方を心配した方が良いと思
うよ」
 ケイトちゃんの体を反転させて、関口君の方に向ける。
「……あ、いや、僕のは心配ないよ」
 彼は苦笑を浮かべた。
「音楽聴いてて、泣いてるだけだから」
「ふぅん……って、何の音楽?」
「マルセリーノの歌」
「まるせりーの?」
 全く聞いたことのない名前だ。
「昔の映画……『汚れなき悪戯』ってのの、主題歌、かな」
「へぇ……」
 これまた聞いたことのない名前。もっとも、映画なんて滅多に見ないんだけ
ど。
「それは悲しい曲なの?」
「旋律が悲しいのと……まあ、映画自体がね」
「へぇ」
「……なんか、ね」
 関口君は手元に戻ってきたケイトちゃんを撫でる。
「小さな子供が、あんまり素直に言ったら、叶うんだけど」
 ぽつりと、そう言って、少し間を置いた。
「その、叶い方が、ね……」
「うん」
「孤児で、修道院で育った子なんだけど、その子が『お母さんに会いたい』っ
て言ったら、そのまんま……ね」
 そして、ふぅと溜め息をつく。その言い方から何となく予想がついた。
「えぇと……お亡くなりに?」
「結局そうなる」
 彼は弱々しく笑った。
「あぁ……」
 あまりにも予想通りで、でも、そうではあってほしくなかった結末に、どん
よりと重い気持ちになって机に突っ伏す。
 ケイトちゃんが慌ててこっちの方に来て、ぺちぺちと毛糸の手で頭を叩く。
「何というか…… それで良いのか悪いのか……」
 解釈の仕方は人それぞれで、良しと見ても悪しと見てもいいんだけど。
「うん、確かにそうなんだけど、確か淀川長治さんが解説の中で、もともと、
この子は天から来た子だから、地上で皆の心を豊かにし、愛された後また天に
帰ったんだ、って」
 その受け取り方は半分は納得できる。
「……心の綺麗な人ほど、地上に長くないってのを思い出して、さ」
「へぇ……」
「それ考えると、僕なんか相当長生きしそうだよ」
 関口君が苦笑しながら溜め息をついた。
 心がきれいかどうかはともかくとして、
「長生きできるんだったらそれはそれで良いんじゃない?」
 そんなに深く考えることでもないと思うし。
「……そうかなあ」
 どうも納得していない表情を浮かべる。
「こころにも あらでうきよに ながらえば……ってのもあるしね」
 彼が言ったのは三条院の歌。心ならずもこのつらい世の中に長生きしてしま
えば、という意味。そう言うんだったら、「ながらえばまたこのごろやしのば
れむ」という歌もあるんだけど。どちらにせよ「憂き世」には変わりないわけ
で。
「うーん」
 何と言えばいいのやら。
「……あ、高瀬君」
「はい?」
 関口君の方を向くと何故かさっきまでとは一転して、にこやかな笑みを浮か
べている。
 これは何か思いついたな、と思う。
「この句、最後まで読んでみてほしいな」
 ……そう来たか。
「僕はプラネタリウムか何かか」
 思わず溜め息を漏らす。
「夕日を頼むわけじゃないから、まあ大目に見て」
 そう言って目の前で両手をあわせた。
 ふぅと軽く息を吐き、歌の情景を思い浮かべる。
 眼病を患った三条院の目に映っている月はどんなのだったのだろうか。段々
と目が見えなくなり、ぼやけていく視界の中でもきっと月はしっかり見えたの
だろう。
 星は逆に見えなくなっているのだろう。
 真っ暗な夜空には月の姿のみがある。
 息を吸って、静かに歌を読む。
「『心にもあらでうき世にながらえば恋しかるべき夜半の月かな』」
 部屋が暗転する。一緒に音も消え、天井に白い満月が浮かぶ。
「……わ」
 関口君が声を漏らした。この月明かりの下では彼がどんな表情を浮かべてい
るのかはよく分からない。
 しばしの沈黙。
「……ああ、月だね」
 彼が言った。
「……月だよ」
 そう答えた。
 再び沈黙。
 それからしばらくして、関口君が僕の方に向かって有難う、と頭を下げた。
 月はまだ空に浮かんでいる。
 机の上ではケイトちゃんが月に向かってぴょんぴょんと跳ねていた。
「うさぎじゃないけどね」
 僕は小さくそう呟いて、再び空を見上げた。

時系列と舞台
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2006年8月後半。裏部室にて。

解説
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裏部室のとある日の話、夕樹の視点。

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