[KATARIBE 30083] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜二章』

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Date: Tue, 22 Aug 2006 01:05:42 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30083] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜二章』
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2006年08月22日:01時05分41秒
Sub:[HA06N]小説『白郎鬼 〜二章』:
From:久志


 久志です。
 ふにふにと続けてみた。
それにしても、な、長い……話が先にすすまねへ

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小説『白郎鬼 〜二章』
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登場キャラクター 
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 小池国生(こいけ・くにお)
     :小池葬儀社社長。白郎鬼の転生した半人半鬼。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ)
     :小池葬儀社勤務。小池の親友の息子で長年の付き合い。

眩暈
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 低く唸るような空調の音が、少々年季の入った事務所のフロアの空気を震わ
せている。窓の外はすっかり日が落ち、壁にかけられた時計は午前零時を少し
回った時刻をさし、少しガランとした事務所に残っているのは会議卓に向かっ
ている数名だけだった。
 白い会議卓の上には、プリントアウトされた見積案の書類とあちこちに手書
きの注釈が入った祭具発注一覧、顧客情報をまとめたファイルが積上げられ、
片隅に追いやられたコーヒーカップの中ですっかり冷めたコーヒーが内側に茶
色い線を作っている。
 吹利県、近鉄吹利駅から徒歩八分の位置にある吹利地域労働組合指定葬儀社
小池葬儀社。小さな零細企業ではあるが、代表取締役社長である小池国生の辣
腕ぶりと穏やかな人柄、地元有力者である本宮家ともつながりが深く、それな
りの信頼と実績を積んでいる会社でもある。

 人もまばらな事務所内、本宮幸久はほぼ制服と化している喪服の襟元を緩め
て軽く肩を鳴らした。顧客より連絡が入ってからすぐ、休みなしで見積の打ち
合わせと準備とで流石に疲労している。
 人の死とは予測がつかないものだ。
 たとえ死期を悟ろうと、死を決意しようと、人がいつ何時死にゆくかはその
人本人ですら知りえない。
 つい先ほど終えた打ち合わせの内容を反芻しつつ打ち合わせの際に取ったメ
モの内容を精査する。人の都合があろうと、朝だろうと、夜だろうと、人は死
ぬ時は死ぬ。最近は葬儀も形式ばったものでなく、簡略化されたり身内だけの
密やかなものになっていることが多いが、それでもやはり処々の面倒な手続き
や打ち合わせは必要なものだ。そういった手続きの代行から規模の算出、関係
者への連絡や葬具や会場の手配などを一手に引き受けるのが幸久らの仕事。夜
も昼もなく、予測がつかないのもこの仕事を選んだ時から覚悟した事。
 言い方は悪いが死者は生ものだ、待ってもらうことはできない。

 手書きメモをざっと確認し、ボールペンを転がして隣であくびをかみ殺して
いる後輩を肘でつついた。
「大体こんなもんだな」
「はい、こっちもまとめ終わりましたぁ」
 語尾があくびに混じってかすれ声になっている。
 顧客との打合せと大まかな見積を積ませたのが夜の十時過ぎ、それから社長
らと共に細かな設営案と必要品や会場の確認などの手続きを終えて、ようやく
一息ついたところ。事務所には幸久の他に社長の小池と会場責任者である中堅
の先輩、後輩の笹本の四人。書類を揃え会議卓を片付けている先輩と設営案を
見直している社長をちらりと見て、後輩にむかって顎をしゃくった。
「笹本、お茶たのむわ。社長のは濃い目にな」
「あ、はい。了解しました」
 のろのろと目をこすりながら給湯室へ消える後輩を見送って、精査したメモ
を社長に手渡す。
「社長、こちらがまとめになります」
「ああ、ありがとう。こちらも大体問題ないよ。明日は朝いちでご遺族のお宅
で詳細の確認と打ち合わせ、あとは連絡葉書の名簿をいただく予定だ。レイア
ウトは笹本くんが既に数パターン用意してくれているから、受け取り次第藤井
くんに渡してすぐさま発行できるように、今日付けで出せるように頼むよ」
「はい、わかりました」
 ちらりと幸久の視線が小池の顔を見る。
「社長、そろそろ一息いれてお休みになられてはいかがですか? 明日は私と
笹本のほうで向かいますから。あまり無茶はなさらないでください」
「ああ、そうだね。お茶をもらったら一休みさせてもらうよ」
 じっと小池を見る幸久の視線、黒髪に黒い瞳にどこかひねくれた印象を受け
る顔だが、その目は心配げな色を浮かべている。幸久にとって小池は社長と社
員という立場だけでなく、父の親友であり幼い頃から見知った間柄でもあり、
多忙だった父と病気がちで入退院を繰り返していた母に代わって兄弟共々面倒
を見てもらった第ニの親のような存在でもある。幸久がこの小池葬儀社に勤め
ることになったのも、高校時代に小池からアルバイトをすすめられ、十年以上
のバイトを経て、そのまま正社員として採用されたからだった。
「社長ぉ、お茶お持ちしました」
 軽い口調と共に湯気を立てたお茶が会議卓におかれる。やっと力が抜けたか
のように雰囲気がふっと軽くなる。

 しばしの休憩の後、空になった湯呑みを置いて小池が席を立った。
「じゃあ、私はお先に一休みするよ。君達も早く帰宅するように」
 部下達に声をかけて立ち上がったその時、ふと小池は額に鈍い痛みを覚えた。

『……あに…さま』

 小池の耳に聞こえるはずのない遠い言葉がよぎった。
「……あ」
 全身が何者かに引き剥がされるような、臓物を貪り食われるような喪失感。
伸ばした手が空を掴む、激しい眩暈襲い、平衡感覚が失われていく。不安定に
宙を漂うような違和感の中。
「社長っ!!」
 引きつった顔で叫ぶ幸久の声がひどく遠いところから響いている。そのまま
引きずりこまれるように崩れ落ちる寸前で体が支えられるのがわかった。
「社長っ、大丈夫ですか!?」
「社長!」

 額に感じる鈍い痛み。
 かつてそこにあったはずの、そして失われたはずのもの。
 まるで四肢を失った際に失ったはずの箇所に疼きを感じる幻痛のような。

「笹本!手貸せっ」
「は、はいっ」

『……あにさま……』

 消え入りそうな声。
 遠い昔、はるか遠い昔。今生の別れだったあの日の声そのままに。

 澄んだ目に溢れんばかりの涙を溜めた姿が薄れゆく意識の中、小池の脳裏に
鮮やかに写っていた。
「……白麗……」
「社長っ!」
 あの時のように、震える刀を手にした男を呪いながら倒れ伏したあの時のよ
うに引きずり込まれるように小池の意識が闇の中に消えた。


別れの時
--------

『あにさま!』
 悲痛な少女の声が男の心に響いた。
『あにさま……私も一緒に』
『ダメだ、白麗。お前は先に逃げるんだ』
 着物の裾を小さな手でしっかと握り締め、濡れた深紫の瞳に溢れそうなほど
の涙を浮かべた少女の頭をそっと撫でる。
『イヤです!あにさまとずっといます!わたしがっ……わたしの……』
 それきり言葉を詰まらせる。わたしのせいで、と続く言葉を呑みこんだまま
男の着物に縋り顔を伏せる、押し殺すような嗚咽の声が聞こえる。

『お前のせいではないよ』
 声を押し殺したまま泣く少女の頬をそっと撫でる。
『私の言う事を聞いておくれ、白麗。お前は一人でも絶対逃げ延びるのだ』
 頬を濡らす涙を指先でそっと拭う。
『いいな?』
 噛んで含めるように、震える肩に手を置き少女の瞳を見つめる。
『生き延びておくれ、私の為に』
『あにさま……』
『行け、直に追っ手が来る。私が引きつけている間に逃げるのだ』
『……はい』
 消え入りそうな声と共に小さく頷いた。

 遠くに消えゆく少女の姿を見送りながら、男は歯を噛みしめる。
 幼い妹に罪は無い。はじめから情けをかけるべきではなかったのだ。
 自分自身の甘さが、このような事態を招いてしまったのだ。
『おのれ……』
 あの男。
 たとえ白麗に何と反対されようと、居場所を知られた以上は、殺してしまう
べきだったのだ。


 染まる赤。
 滾る赤。
 舐めるような赤い炎が、妹と共に過ごした住処を呑みこんでいた。

 兄の為にと、手ずから摘んできた白い花を飾った篭も。
 一人を寂しがって泣く妹の為に作った小さな人形も。
 日々の思い出が全て、燃えていた。

『何故』
 我らが何をした?
 握り締めた拳に鈍い痛みを感じる。

『いたぞ!』
 背後から浴びせられる声と同時に肩口に鈍い痛みが走った。咄嗟に飛び退り
振り向いた先。
『鬼め!よくも娘をっ』
 男を睨み付ける壮年の男。握り締めた太刀が真っ直ぐに男に向けられ、その
両目は溢れんばかりの憎しみに染まっていた。
『この人喰い鬼め!』
 浴びせられる罵倒の言葉、肩に負った傷を押さえながら男は困惑した。
『何……?』
 全く見に覚えの無いことだった。精気を吸わねば生きて生けぬ鬼の身ながら、
男は長らく人に手を出すことなく、野山の木々や捕らえた動物からわずかな精
気を喰らって生きてきたのだ。
『違う……』
 何故。
『たばかるな!鬼め!』
『違うっ!』
 徐々に武装した人が集まり始める中、わずかな隙をついて走り出す。
『くそっ、追えっ』
『逃すな』

 何故だ。
 走りながら、疑問の言葉が次々とあふれ出る。
 私は人を殺めてなどいない。
『娘の仇!』
 既に追っ手は男の言葉など耳に入っていない。
『追え!そやつは人喰い鬼ぞ!』
 追っ手の中、一人だけ勝ち誇ったかのような笑いを含んだ声がやけに男の耳
に大きく響いた。
 腹の底で何か毒を含んでいるような、耳障りな、いやらしい笑い声が。


目覚め
------

 額に触れる冷たい感触。
 うっすらとあけた小池の目の前で、じっと覗き込む黒い瞳。
「気がつかれましたか」
 幸久の問いかけに答えようとするが、魚のように口がぱくぱくと動くだけで
言葉にならない。一つ唾を飲み込んで小池はゆっくりと口を開いた。
「ああ、大丈夫だよ。少し気を失っていたのかな」

 目を瞬く。
 そこはかつての凄惨な光景ではなく、既に見慣れた灰色の天井。視界の隅に
映る影は額に乗せられた濡れハンカチ。額に手を当てて、そっと体を起こす。
畳敷きの休憩室に敷かれた布団の上、壁の時計を見やると意識を失っていたの
はほんの十分ほどのようだった。
 傍らにはしかめっ面の幸久とその隣でおろおろとした様子の笹本、反対側で
心配げに覗いている藤井の姿。
「社長、お加減は?」
「あの社長、病院へいかれますか?救急なら赤十字が」
「よかったら私が車を出しましょうか」
 口々に話しかける社員達を軽く手を上げて制した。
「いや、それには及ばないよ。少し疲れがでただけだよ」
「……社長、明日は私と藤井さんにお任せください。休息すべきです」
 幸久が眉根を寄せたまま、きっぱりと言い切る。有無は言わせないといった
様子だった。
「そんなに大事ではないよ、心配かけてすまなかった」
「いいえ、社長のお体の方が大切です。業務は我々で何とかします」
 口をへの字に曲げてきっと小池を見据える。
「お体を大事にされてください、万一のことがあったらどうしますか」
「大丈夫だよ」
「駄目です」
 梃子でも動かないといった風情できっぱりと答える。
「わかった、明日は任せるよ」
「はい、ちゃんとお体をいたわって安静になさってください」
 やっと安堵したように幸久が小さく息をついた。

「社長、二階までお送りします。笹本!後頼むぞ」
「了解です」
 幸久に肩を支えられながら、事務所ビルの二階にある社長室兼私室へと移動
する。重い黒檀の扉を開いて革張りのソファにゆっくり降ろされる。
「ありがとう、大丈夫だよ。お前ももう帰りなさい。奥さんが心配しているよ?」
「はい……」
 不承不承といった風で小池に一礼したあと、開いたドアの向こうでくるりと
幸久が振り返った。
「おやっさん」
 その顔は先ほどまでの険しい表情は消えて、どこかひねた子供を思わせた。
「あんま無茶すんなよな? もうトシなんだからよ! ちゃんと休んで寝とけ
よなっ!」
「はいはい、わかってるよ。幸久」
 笑いながら答える小池からぷいと顔を逸らすと、あわただしくドアを閉めて
廊下を駆けていった。

 ソファに身を預けて、小池は目を閉じた。
 まだ熱を持っている額にそっと手を触れる。

「……白麗、お前なのか?……私を呼んでいるのか?」
 つぶやくような問いかけに、答えはない。

時系列 
------ 
 2006年08月らしい
解説 
----
 小池、謎の眩暈に倒れる。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。

 何気なくツンデレ風味なゆっきー。




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