[KATARIBE 30069] [LGN] 小説『大戦秘事拾遺――緒方小百合編纂『八曾業平遺作集』より』

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Date: Sun, 20 Aug 2006 01:47:37 +0900 (JST)
From: 月影れあな  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30069] [LGN] 小説『大戦秘事拾遺――緒方小百合編纂『八曾業平遺作集』より』
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2006年08月20日:01時47分37秒
Sub:[LGN]小説『大戦秘事拾遺――緒方小百合編纂『八曾業平遺作集』より』:
From:月影れあな


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小説『大戦秘事拾遺――緒方小百合編纂『八曾業平遺作集』より』
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本文
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 鉄道警察隊の八曾大将、国連軍の撃墜王ケイト・サカシタ、真紅の傭兵王ス
カーレット・ヴァーミリオン――これらのような英雄たちが、マスメディアに
持て囃されながら華々しく活躍をした一方で、黙殺され、或いは無かったこと
にされて、正史に名前が残ることなく消えた影の英雄たちがいたことも忘れて
はならない。
 今は嘗ての話である。地球圏には、なりきり戦士と呼ばれた人々が確かに存
在していた。
 グランドクロスの封印解除から、第十三アトランティス帝国の調査船と接触
するまでの、一年にわたる小期間は、当時の常識からすればおおよそ不可解に
満ちた時間であった。
 あの時代に、日本という極東の小国が表立って恐慌を迎えなかったのは、ひ
とえに当時の『オタク』たち(今でこそ尊敬を持って呼ばれるこの呼称である
が、当時はむしろ蔑称としての色のほうが濃かった)の間で「異能の力は隠す
もの」という暗黙の了承があったおかげだろう。実際に、当時地球の主権を握っ
ていたアメリカという国では、俗にアメコミヒーローと呼ばれるようなスーパー
ヒーローの出現があったらしく、社会的混乱を防ぐために行われたと思しき大
掛かりな情報操作の痕跡が、僅かばかり記録に残っている。
 日本では、それほど大げさな事件こそなかったようであるが、もしも当時の
日本が、偶然空前のピカレスクロマンブームの只中にあったりでもしたならば、
と想像してみれば、私も冷や汗を禁じえない。
 地球系の人々の一部には誤解されがちだが、想念触媒反応炉とは単に想像力
を増幅し動力に変換する炉に過ぎない。真に創造力豊かな極少数の人々は、IR
無くしても想いを力に変え戦うことが出来るのだ。
 後にオタクのダークフォースと呼ばれる『なりきり戦士』たちも、そんな少
数の中の一部だった。

 「人の持つ想念で最も強い力は、自分を守るために生まれる」というのは、
かつて御手座新一の助手を務め、想念触媒反応炉の発展にも大いに貢献した科
学者岩倉達彦氏の言葉である。
 岩倉氏は想念触媒反応発生時に見られる精神の動きを、心理学で言う防御機
制になぞらえ複数に分類し、説明した。
 なりきり戦士たちは、この分類の中で『同一化』として説明される、精神の
働きにより想念触媒反応を起こした。
 彼らは自らを漫画やアニメのキャラクターになぞらえる事により、それらの
キャラクターと同じ力を手に入れてしまったのだ。
 特にグランドクロス直後、IR理論がまだ完全に確立されていない時期におい
て、彼らの存在は天災とも言えるような災害だった。
 後に転生戦士の項で触れる『仲間探し現象』によって、彼らに仲間とみなさ
れた個人の被った被害は大きなもので、当時の大規模匿名掲示板に残されたロ
グを読むと、各所でさまざまな悲劇が、或いは喜劇が展開されていたことが見
て取れる。
 交通機動隊内に特別対策班が結成されるまで、これらの事件は、善意のなり
きり戦士たちの活躍による解決を待つ以外被害者たちに出来ることはなかった
のだという。
 御手座博士によりIR理論が学会に発表されて以後も、こういった勘違いによ
るなりきり戦士たちの数は減りはすれど、完全になくなることは無く、彼らの
存在は事あるごとに社会問題として取り上げられ、メディアを賑わせた。

 さまざまな点で問題を抱えた存在であったが、大戦の勃発により、即戦力と
なりうる彼らは地球防衛軍の一部隊として登用されるようになる。
 己を信じるという点に於いて追従を許さない彼らは、それらの力が模倣によ
るものであることを差し引いても、目まぐるしい活躍を挙げた。
 彼らの扱いが再び大きく変化するのは、ヒューズ72謎の超新星爆発事件以後
のことになる。そう、一部の大戦史マニアから井出事件と呼ばれている、あの
怪事件だ。
 当時の記録は、現在ほとんど残されていない。関連した報道は防衛隊により
緘口令が敷かれていたし、ヒューズ72は戦略的に見てもさほど重要な場所では
なく、あえて注目しようとする人間もいなかった。
 そして何より、第一の理由に挙げられるのは、そこで何が起きたのかを知っ
ている『生き残り』というものが一人として存在しなかったからだ。唯一世間
に知られている、事件から三十年後に匿名で公開されたあの『最後の通信』も、
捏造ではないかと疑う声は尽きない。いや、むしろそもそも井出某という男が
本当に存在したのかということにすら、疑念を持つ者も多いのだ。
 しかし少なくとも私は、彼が実在したということを知っている。あの奇跡の
ようなイヨマンテ作戦で、戦艦長門の横に並び立つ巨体は、決して忘れ得ない
威容だった。
 井出という男は、身長100m強の巨大な地球人である。
 それだけ言えば読者諸君は驚くだろうが、実のところ当時の地球において巨
人は、珍しくこそあれ存在しないものではなかった。先天的、後天的にさまざ
まな、例えば放射能汚染や謎の宇宙線、先祖返り、修行などの要因で巨大化す
る者がそれなりにいたからだ。
 彼らの存在については、当時もかなりの議論を呼んだものであるが、今はも
う原因が解明されている。想念触媒反応炉の影響による変質か、或いは本当に
先祖が巨大宇宙人だったか、そのどちらかがほとんどの理由だった。
 井出がどんな理由で巨人となったのか、正確なところは知られていない。彼
の仲間であったパイロットは「発掘された」と主張していたが、地球の日本に
は彼の戸籍がきちんと存在していたため、妄言だろうと推測される。少なくと
も生まれたときはごく普通の人間であったことは確かだが、それ以外は何も判っ
ていないのだ。
「井出が解放された」
 この一言の通信と、大きな謎を残して、全ては銀河の塵へと帰した。

 なりきりとは、即ち模倣である。地球の黎明期に著された『呪術論』に則っ
て記すならば、感応呪術。模倣により得られる力は、本物の劣化コピーに過ぎ
ない。その筈であった。
 確かにそれは真実である。しかし、それは一面的な見方に過ぎなかった。
 キャラクターというのは複数の人間が共有できるイメージである。一人の人
間により生じる想念触媒反応に比べて、複数の人間により生み出される想念触
媒反応の方がより強大であることは想念触媒反応炉が開発された初期の段階で、
大沢理論により早く証明されている。
 彼らの強さには理由があった。彼ら自身の活躍により、或いはアニメーショ
ンの普及により、特定ののキャラクターへの信仰が、一種の宗教にも通じた信
仰力の収束機関と化していたのだ。
 井出事件は恐らく暴走だったのだろう。本来模倣された存在に、伝説による
不死者が生まれかねないほどの信仰が集中することによって、恐らく『本物』
にまで到達してしまったのだ。
 事件以降、なりきりたちはその危険性から排斥され、歴史の裏側へと没して
いった。この説が真実の一端に届いているかどうか、グランドクロスの影響薄
れた現在となっては、最早確かめようもないが、後押しするような伝説はいく
つか残っている。
 白鳥尾星域で帝国の新型IR抑圧結界を破壊し、戦局を覆した『アムロ・レイ』
が、果たしてどんな人物であったのか。今日に至って知るものは一人として残
っていない。


解説
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 小説? まあそんな散文。


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