[KATARIBE 30061] [HA06N] 小説『水の中の鳥の唄・其の一』

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Date: Wed, 16 Aug 2006 23:22:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30061] [HA06N] 小説『水の中の鳥の唄・其の一』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月16日:23時22分04秒
Sub:[HA06N]小説『水の中の鳥の唄・其の一』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何となく、先輩の居ない相羽家の風景……というのもなんですが。
真帆の異能な話です。
其の一、というのは、別に長くなるということではありません。
……行き先がまだはっきりしてないんです<こらまて

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小説『水の中の鳥の唄・其の一』
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登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。あやかしに好かれる。
 雨竜
     :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く。
 ベタ達
     :以前、相羽家で飼われていたベタ達のあやかし。

本文
----

 夢を見る。
 深い黒の中の、小さな鳥の夢。
 どうしてか、その鳥が水の中に居ることを、あたしは知っている。深い黒の
闇の中には、静かに翻る魚が居ることも。
 黒いびろうどのような、波立つには重い闇の中の鳥を、あたしは見ている。
 鳥は何かを待っている。そのこともあたしは知っている。
 何かを待っている。
 でも、何を。

 ……何、を。

 
              **


 相羽さんは今日も戻れない、と言う。
 電話があったのが夕方。昨日も戻らなかったから、今日は大丈夫かな、と、
思っていたところにかかってきて。
 少しだけ、へこんだ。

「……ご飯どうしよ」
 本当に一人なら、冷奴でいいよなあ、なんて思って数日。昨日は厚揚げ、今
日は冷奴、なんてやってたら、流石にベタ達(雨竜含む)から厳重抗議されて
しまった。

「肉じゃがでも作ろっか」
 相羽さんは魚好きだから、帰ってくる時は魚料理を作ることが多い。そのせ
いかベタ達とあたしだけの時は、肉を使うことが多い(いや、やっぱりベタ達
に魚料理って……なんかこう……)。
 肉じゃがは結構好きだから、そう言うとベタ達はぱたぱた跳ね上がった。
「じゃ、買い物行ってくるね」
 立ち上がろうとすると……って。
「何、どうしたの」
 スカートの裾に、爪をひっかけてぶら下がってる雨竜の子。
「爪、痛くしちゃうでしょ」
 捕まえて外してやると、それでもそのまま手にぶら下がる。
「……どうするの一体」
 いや、言いたいことってかやりたいことは良く判るんだけど。
「……鞄の中から、出ないね?」
 神妙な顔でこくこく頷く雨竜を、そろっと買い物の鞄に入れる。まだこの子
なら見つかっても、それほど問題はないと思う(比較対照がベタ達ってところ
が少々問題かもしれないけど)。
 一人だけ行くのはずるい、とばかりにぶんぶん飛んでくるベタ達を何とか宥
めてから、外に出た。


 雨の日が続く。
 今日も、傘が欲しいような、かといって傘を差すと大袈裟なような、そんな
雨が降っている。
 こんな日に。
 ……相羽さん、大丈夫かな。

 
 ぽちぽちと、雨の音が続く。
 鞄の縁から、気が付くと雨竜が頭を出している。
「……こら」
 ちょんと突付くと慌てて引っ込めるが、すぐにまた頭を出す。
 時間はそんなに遅くないはずなんだけど、雲のせいかすっかり周りは暗い。
今の時刻だと、街灯なんてまだ点かないから余計暗いのかもしれない。
「……きゅぅ……」
「だから、出てこないようにって」
 何だか不安そうな声だったのが気になったけど、とりあえずちょんと頭を突
付くと、またひょいと引っ込める。
 まあ、雨の竜だから気になるのかもしれない。この雨の前の空の色が。

 新じゃががあんまりころころ可愛らしかったから、つい買って。
 多分これなら普通の肉じゃがより、鶏ひき肉とあわせたほうがいいな、と、
あとは白滝とひき肉を買って。
 何故か全員好きな胡瓜を袋に入れていると、雨竜がきゅぅ、と、小さく鳴い
た。
「……お店から出たらあげるから」
 満足そうなきゅぅ、という返事と一緒に、また鞄の中にひっこむ。
 ……ベタに知られたらえらいことかもしれない。


 買い物を済ませて、店を出て。
 鞄の中で、雨竜が嬉しそうにぽりぽりと胡瓜を齧る音がする。
 その音が気になるくらい……ちょっと人気が、無い。

 路地裏。
 どんどん暗くなる、道。


 ぽりぽり、という音が不意に消えて、雨竜の頭がひょこっと鞄から出てきた。
「出ちゃだめって……」
「きゅぅっ」
 珍しく頑固な顔で、頭を抑えようとしたあたしの指を払うと、雨竜はきっと
空を見上げた。

 その視線を追って、あたしもはじめて。
 これは変だと気がついた。

 黒いびろうどに似た、どろりと重い色合いの黒の空。
 びっしりと敷き詰められた雲を、全て黒に染め上げたらこんなになるだろか。
そんな気がする色合いの空には何も見えず。

 周囲に、人は見えない。
 もし人が居るなら、雨竜の態度で判る。悪戯っ子の癖に、この子は人の気配
には敏感で、見つかるようなヘマをしない。
 だから。

 とん、と、地面を蹴る。鞄の中の雨竜が慌ててきょろきょろするのを、手の
上から肩へと移動させて、ついでに鞄の口をしっかりと閉めて。
 そのまま空に落ちた。


  絡みつくような黒の色。
  深く入ればその色で腕も何もかも染まりそうな。

  昨日の夢の


「きゅぅっ」
 肩をきゅっと掴まれて、我に返った。そう、確かにこれは変だ。ぼけっとし
て取り込まれたらたまったものじゃない。
 黒い、異様なほど粘度の高そうな空に、改めて向かって手を伸ばして……

 とぷん。

(え?)
「きゅぅっ」
 慌てたような雨竜の声に、
反応する間もなく。
 つるん、とあたしは雨竜と買い物鞄ごと、黒い水の中に呑まれた。

           
時系列
------
 2006年5月半ばから6月にかけて

解説
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 先輩の居ない相羽家の、ちょっとした話。
 イメージは、長谷川潔さんの版画数枚から。
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 てなもんです。
 ではでは。
 


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