[KATARIBE 30058] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十六』

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Date: Mon, 14 Aug 2006 01:08:21 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30058] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十六』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月14日:01時08分21秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その十六』:
From:いー・あーる


どーもー、いー・あーるですー。
へたってますー。
というわけで、風春祭最後です。

****************************************
小説『風春祭断片・その十六』 
============================ 
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。基本的に語り手。 

本文
----

 お開きになった時間は、思っていたよりも早かった。
 いつものスーツに戻った相羽さんと、ただ、黙って歩いて帰った。
 ほんとは一番疲れているのに、わざわざ打ち上げって言って呼んで貰って、
でも最後まで気を使わせるばっかりだった……って。
 謝るに謝れずに、黙って。

 玄関の鍵を、ポケットから探って開ける。
 開いた扉を押さえたまま、相羽さんは先に入るようにと手で促す。だからそ
のまま入ろうとしたら。
「おつかれさま」
 ぽん、と、頭の上に手が乗った。

 そういえば、と、どこかで考えていた。
 今日一日、県警の人達と会っていたこと。ずっとどこかで緊張していたこと。
出会う人をあたしは知らず、相手が知っていること。
 そして相羽さんは手の届かないところで、本気の顔してて。
(殴られる音。倒れる時の顔)
 
 怖かった。不安だった。
 ……だけれどもそんなこと、相羽さんにはとても言えないと思っていたのに。
 頭の上の手が、まるでそんな考えやら何やらを、一気に跳ね飛ばしてしまっ
たような気がした。
 泣くのはずるいと思った。相羽さん疲れてるのに、それでなくても相羽さん
を困らせるばかりなのに。
 それでも。
 
 ぎゅっと抱き締める腕。
 今なら甘えていいんだと思った。
 今なら、家なら、甘えていいんだ、と。

             **

 つくつく、と、三匹のベタ達が相羽さんの周りを取り巻いている。退屈した
のだろう、さんざっぱら家の中を荒らしてくれて、一旦怒られた時は、相当しょ
げて見えたのだけど。
(流石に、お父さんだなあ)
 もうすっかりそんなことを忘れたように、三匹は相羽さんの周りでうろうろ
している。
 お風呂の後、あざになったところや腫れたところに湿布をした。でも流石に
顔、頬骨の辺りだと、目にしみるだろうなと思ってたら。
「きゅぅ……」
 雨竜が、えらくいい子な顔をしたまま、相羽さんの顔の上に乗っかっている。
つまり、殴られて腫れたところを冷やす代わりに……しているらしいけど。
「…………何やってんですか」
「ひんやりしてていいんだよね」
 そりゃまあ、雨竜、水の竜だから……そうかもしれないけど。
 仰向けになった相羽さんの頭を、雨竜を落とさないようにそっと上げて、膝
の上に乗せる。何度か頭を動かして、相羽さんは丁度良い位置に頭を落ち着け
た。

「やっぱりあちこち腫れてるし」
「そだねえ……やられたよ、まったく」
 さっき湿布を貼った、背中や脇腹もそうだけど、腕や肘、肩の辺りにも打撲
の跡があった。
 手をかざすと、今だって熱を持っているのが判る。
 向こうの東さんも……奥さんが今頃、呆れてやしないかな。

「……まあ、多少は」 
 まるで完璧に作られた器の、小さな裂け目からこぼれる水のように、途切れ
途切れに綴られる、声が。
「悔しくないっつったら、嘘かもね」 
 ぼそり、と。
 
 頭を殴られるような声がある。

     (あなた!……がんばって!!)

 でも……どうあっても、応援し損ねた自分が居る。

 東さんの為には……というより、東さんの奥さんと娘さんの為には、今日東
さんが勝ってよかった。それは本当にそう思う。

「……相羽さんが悔しいと思う分、あたしは相羽さんが好きだな」 
「……ありがと」 

 その言葉が……痛い。

 本当に、そう思う。本当に……東さんの御家族は良かったなって思う。
 ……だけど、それと、これとは。

 膝の上の頭を、撫でた。
 他のどこに触れても、多分相羽さん痛いだろうなって思ったから。

 東さんの奥さんの声に、相羽さんは確かに一瞬、動きを止めた。
 奥さんのあの一言で、東さんは人が変わったようになった。
 だから……あの一言で、東さんは勝った、と、これはあたしだけが思うこと
じゃないと思う。
 そして……あたしがその一言に、黙ってしまった情けない奴だってことも。

 ぽん、と、手の上に手を重ねられた。
 あ、いけない、と思う間もなく。
「そいえば、さ」
「はい」
「敗者へのねぎらいは?」
「……は?」

 何だろう唐突に、とか思ってたら。
 相羽さんの手が伸びて。

「……っ」

 とん、と、指が唇をつつく。
 ……意味が、判ってしまった。

 ってか、実はあの時、あたしは東さんの奥さんを見てなかったあの場の唯一
の人間かもって思う。後で思い返して……アナウンサーの人、相当入れ込んで
叫んでたし。
 だから、見てないけど判る。
 だから……相羽さんが何言いたいかわかる。

 の、だけど。

 
 硬直してたのがどれくらいか、よくわからない。でも何か絶句して相羽さん
を見下ろしていたら(膝枕してたから、自然そうなる)、くくっと相羽さんが
笑った。

「……言ってみただけ」
 言いながら、頬の上の雨竜をそっと床に下ろす。そのままひょい、と、反動
もつけずに起き上がる。頬を掠めるように、唇が触れるのがわかって。

 何でだろうって自分でも思う。何でこの人は平気であたしにキスするのに、
あたしは平気にならないのだろうとか。
 勿体つけてるわけでもない。そんな大層なことでもない、と、自分でも頭で
は判っているのに。

「……相羽さん」
「ん?」
 だから、つい。
「……敗者へのねぎらいなら、あたしは知らない」 
 少し驚いたように、相羽さんが目を見開く。
 誤解される前に、問い返される前に。

「相羽さんは、一番だよ」 

 断言して……それは本当だって思って、思えて。
 そして、急に悲しくなった。

 応援は不完全燃焼。東さんの為になったのに、奥さんの為になったのに。
 ねぎらいはって言われて硬直するようなのが、家族でございって顔してる。
 ……ほんとうに、何も……

 ふと、両手を掴まれた。
 掴む、というか、支えるように、相羽さんはあたしの両手を自分の頬に当て
る。手の上から、自分の手で抑えるように。
 そして。


「申し訳ないなんておもわなくていいから、ね」
 唇を離して、そのまま耳元で。
 相羽さんはそんな風に言う。
 泣くしか出来ない、何一つ出来ない、この人に心を使わせてばかりなのに。
「半分でしょ?俺ら」
「…………半分の役目、果たせてない……」
 何一つ、と、付け加える前に、また。
 言葉を抑えるように、唇を重ねられる。
「これでいいよ」
 その言葉に。
 情けないけど、とても情けないけど……安堵した。


 三匹のベタと、一匹の雨竜と一緒に。
 疲れたね、草臥れたね……って、互いに呟きながら眠った。

 明日もまた普通どおりの仕事が始まる。
 この人の……普通の仕事が、始まる。


時系列 
------ 
 2006年4月23日夜。 

解説 
---- 
 県警の二日の祭の終了。この話の終了です。
***************************************************** 

 てなもんで。
 ではでは。
 



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