[KATARIBE 30056] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜序章』

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Date: Sun, 13 Aug 2006 22:55:33 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30056] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜序章』
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2006年08月13日:22時55分32秒
Sub:[HA06N]小説『白郎鬼 〜序章』:
From:久志


 久志です。
まあ自己キャラ固めなお話。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『白郎鬼 〜序章』
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登場キャラクター 
---------------- 
 白郎鬼(はくろうき)
     :かつて吹利に住んでいた鬼。白髪に魔眼を持つ。

逃亡者
------

 男は逃げていた。
 肩を覆うほどの長さの白い髪を振り乱し、あちこち裂けた絣の着物の所々か
ら赤い血を滴らせ、両腕で藪を払いながら駆けていた。振り回す傷だらけの腕
は裂けた皮膚から血が滲み、その背には肩口から袈裟懸けに斬られた深い太刀
傷が覗き、走り尽くめの足は割れた爪で指先が血で染まっていた。一度も振り
向くことなく、ただ一心不乱に男は走り続けていた。
 追っ手は近い。
 男の背後のはるか後方、木々の合間から覗く淡い橙の光、追っ手の手にした
松明、それも一つ二つではない。その姿も声もまだ見えないが、遠からず追い
つかれることを男は確信していた。

 何故。
 振り抜いた腕が鬱蒼と伸びた蔓草をなぎ払う、滴った血が傍らに生えた太い
木の幹に弓形の血痕を残す。
 何故。
 食いしばった歯の奥から、言葉にならない声が溢れてくる。
 何故、我らを討つ。

 駆ける男の脳裏に浮かぶ小さな少女の姿、自らが囮となって逃がした一回り
下の幼い妹。無事に逃げ延びていることを必死に祈りながら血まみれの足に力
を込める。吐き出す息に喉の奥から生臭い血の匂いがこみあげ、目の裏が熱を
持ったように痛む。

「近いぞ!血の跡だ!」
 はるか後方、風を伝って男の耳に届く声。
「くっ」
 握り締めた拳の平に爪が食い込む。必死に走りつつも、疲労と深手を負った
出血は確実に男の俊敏さを奪っていた。
 なびく白髪の隙間、中央で分けた男の額から覗く象牙色の角。血走った瞳は
深紫に光り、絶え間なく血の混じった息を吐く口からは磨き抜かれたように伸
びた鋭い牙。

 男は、鬼だった。

 白髪の鬼。
 かつて無実の罪で住処を追われ吹利に移り住んだ他界の人外。
 霊力を秘めた白銀と深紫の魔眼を持ち、生ける者の精気を喰らって生きる鬼。
また、その鬼の血肉を喰らった者は同じく霊力と長寿を得ることができると言
われている。

「くっ」
 もつれた足が張り出した木の根に取られる。鬱蒼と茂る木々の合間、闇の中
に転がり落ちるように男の体が前のめりに倒れる。咄嗟に手を突いて体を起こ
すが、再び走り出そうにも足に思うように力が入らない。

 どうか、あの子だけは。
 踏みしめようとして、血塗れた足が滑る。
 どうか。
 私は討たれてもいい、どうか幼いあの子だけは。

「いたぞ、逃すな!」
 背後の闇から響く野太い声。同時に走り出そうと踏み出した足に衝撃が走る。
「がっ」
 崩れ落ちた男の太ももに深々と突き刺さった矢。起き上がろうとした背中に
続けざまに走る衝撃。
「ぐぁっ」
 続けざまに二本の矢を背に受け、なす術もなく転がった男の背後から松明と
武器を手にした男達が飛び出してきた。その中の一人に男が見知った顔があっ
た。さかのぼる事一月程前、妹と二人隠れて暮らしていた男が出会った若い男。

「今だ。斬れ!国定!」
 震えた手に握られた刀、目の前の若い男の怯えた顔が男の目に映る。力の入
らぬ体を必死に起こし若い男を睨みすえる。
「……何故、我を斬る……お前の命を救った我を……」
 若い男の顔に浮かぶ一瞬の躊躇。
「斬れ!そいつは鬼ぞ」
 何事か若い男がつぶやくのが見えた。それが謝罪の言葉だったのか、問いか
けに対する答えだったのか、もう男は聞き取る力も無く。

 振り下ろされる刃。
 飛び散る血。

「……忘れぬぞ……」
 地獄の底から響くような男の声。
「ひっ」
 既にその目は虚ろで。
「……この所業、忘れぬぞ」
 それきり、引きずり込まれるように男の意識は闇の中へ消えた。

仇
--

「国定、でかしたぞ」
「……はい」
 今だ血の滴る刀を握り締めたまま、国定はその場に立ち尽くしていた。目の
前では先ほどの白髪の鬼が胸から溢れる血もそのままに仰向けに倒れ付してい
る。刀を握り締めた手はあまりに力を込めすぎて白く震えている。それは鬼を
斬ったという緊張ではなく、鬼の放った言葉に対する怯えだった。

『何故、我を斬る……お前の命を救った我を』

 恩を仇で返した。
 その重みは国定の心にのしかかり、息苦しい罪悪感で苛んだ。
「よくやったな、国定」
 ふと肩を叩く手と、どこか毒を含んだような声。
「黒須……」
 国定の知人であり、自ら拝み屋を名乗り胡散臭い読経やまじないで生計を立
てている男。細くつりあがった目にどこか嫌らしさを感じる笑みを浮かべて満
足げに倒れた鬼を見下ろしている。その左手には先ほどまで鬼の額に生えてい
た角が握られ、右手には血塗れた小太刀が握られていた。
「……黒須、本当にこれでよかったのか?」
 国定の問いに大仰に肩をすくめて哂う。
「何を言う、こいつは人の精を啜る悪鬼だ。殺して何が悪い?」
「だが、このような……」
 言葉を続けようとする国定を細い目を更に細めて片手でさえぎる。
「だが、なんだ。先日見つかった死体を忘れたか?鬼に精気を吸い尽くされて
干からびた娘の哀れな姿を忘れたか?こいつの仕業なのだぞ?」
「……しかし、そのような非道な者とは思えなかった……」
「鬼の妖しに騙されるな、それが奴の手さ。おい!早くこいつを運べ、無駄な
血をこぼすなよ!」
 顎をしゃくって鬼の周りに群がった男達に指示し、自慢げに手にした角を掲
げて見せる。白く滑らかな表面をうっとりと眺めながら黒須がつぶやいた。
「魔眼を持つ白髪の鬼。その血肉は万病を癒し、無限の生命力を与えるという」
 そのまま手にした血塗れの小太刀に舌を這わせ、刃に伝う血を舐めとる。
 思わず国定は顔を背けた。
「そして喰らった鬼の力を手に入れることができる。富は望むままだぞ?お前
の母にも楽をさせてやれる、財を成し皆に認められれば葉月殿との仲も認めて
もらえる。いいこと尽くめだろう?」
 国定は答えない。震える手に握られた刀からは血の滴がゆるりと伝っている。
「飲め、国定」
 びくりと肩を震わせる。
「もう我らは同罪ぞ?」
 喉の奥からこみあげるような黒須の耳障りな笑い声、吊りあがった細い目が
舐めるように国定を見上げている。
 にかわで貼り付けられたかのようにきつく握り締められた刀をゆるゆると持
ち上げる、刀身を這うように赤黒い血がぬらりと伝う。
「飲め、国定」
 黒須に促されるまま、口を開き今だに震える手で握った刀にゆっくりと舌を
近づける。舌先に触れるどろりとした生ぬるい感触と、鼻をつく血臭。一瞬躊
躇しつつもそのまま舌を這わせてこびりついた血を口に含む。口内に広がる微
かに塩気のある不快な味、むせ返るような血の匂いに吐き気を感じながら目を
閉じて唾と一緒に嚥下する。
「そうだ、それでいい」
 国定の背を叩く手。
「いいぞ、運が向いてきた」
 耳障りな笑い声。
「恩に着るぞ、国定。お前のおかげだ」
 満足げに血で汚れた角を舌で拭うと、懐にひっそりとしまいこんでくつくつ
と笑いながら去っていく。
 黒須の背を見送り、国定は先ほどまで鬼が倒れていた場所を振り返った。
 元は白かった絣の着物の半身は血で染まり、その額にあったはずの角は根元
から切り落とされて、その目はもはや光を失い虚ろに淀み、無造作に木桶に詰
め込まれ運ばれていった姿。

 松明が照らす宵闇の中、そこだけ淀んだ空気がわだかまっているかのように
国定の目に映る。ふと、背筋を這い上がるような寒気を感じて国定は片腕で自
分の肩を抱いた。
 湧き上がる後悔。だが、それは、もはや取り返しもつかない。

慟哭
----

 吹利、深き森の奥。
 一人の幼い少女が巨木の前で佇んでいた。
 胴回りは大人数人が手を囲んでやっとという木は中央部に大きなうろがあり、
大人二人はゆうに入れるほどの広さがあった。

 あにさま。
 祈るように握り締めた手が震えている。
 どうか無事で、どうか……
 心を揉み絞らんばかりの想いで、一心不乱に無事を祈っていた。しかしその
祈りが無謀であることは少女にもわかっていた。そしてそのような事態を招い
てしまったのが自分であることも。

 少女と兄があの若者と会ったのは、一月程前の事。
 薬草を取るために兄に連れられ山間の谷へと足を踏み入れた時のこと。普段
は山より吹き降ろす深い霧が立ち込める谷として、付近の者は誰も足を踏み入
れない、忌み嫌われる鬼の身である兄妹にとっては格好の憩いの場でもあった。
 だが、その日は同じく薬草取りに訪れたと思われる若い男が力なく倒れてい
るのを少女が見つけた。
「あにさま、人が……」
 人と関わってはいけない、日頃から兄にきつく言い聞かせられ続けてきた事。
異端として追われる事の恐ろしさ、人ならぬ力を持った者に対する恐れからく
る排斥の苛烈さ、人知を超えた力を持った兄が無実の罪を着せられて追われた
一方的な嫉妬の理不尽さ。全て理解し、知っていたはずなのに。
 だが、少女は目の前の行き倒れた男をそのまま見捨てることができなかった。
強固に反対する兄を必死に説得し、行き倒れた男を少女らのねぐらへと連れ帰
り介抱した。
 助けた若者は国定と名乗った。
 重い病の母を救う為に手を尽くしていること、めったに手に入らぬ薬草を求
めて決死の思いでここまでたどり着いたこと。しかし深い疲労と濃い霊気にあ
てられ、身動きが取れず倒れ伏してしまった事。
 回復して起き上がれるようになり、床板の上で額をこすりつけるように頭を
下げる若者の姿を見て、渋る兄を説得して調合した薬を若者にわけるようにと
少女からも何度も頼みこんだ。薬を包んだ袋を片手に、何度も礼をいって頭を
下げる若者に手を振って見送ったのは、ついこの間の出来事。

 それが。

 白んできた空。
 薄暗い森にほんのり光が差し始めた。ひとり立ち尽くしたまま、少女は森の
奥を睨んでいた。
 兄は来ない。いや、来ないのはわかっている。
「許さぬぞ」
 握り締めた小さな拳が震えている、高く結った白い髪がさわさわと風もなく
ざわめき、涙を溜めた深紫の瞳に燃え滾る、深い怒り。

「……許さぬぞ、人よ」

時系列 
------ 
 昔々の話の様子。 
解説 
----
 過去のお話らしい。転生前の小池国生のお話。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。




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