[KATARIBE 30049] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十四』

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Date: Tue, 8 Aug 2006 00:32:40 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30049] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十四』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月08日:00時32分40秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その十四』:
From:いー・あーる


 ども、いー・あーるです。
 一応、武闘大会、終了です。

 ……二度と書くかんなもんーーーっ!!
(でもまだ風春祭は続いてますが)

******************************************** 
小説『風春祭断片・その十四』 
============================
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
 東治安(あずま・はるやす) 
     :吹利県警警備部、公安の人。『不可視の東』の異名あり。 
 薗煮広矢(そのに・ひろや) 
     :吹利県警広報。明らかに就職先を誤ったノリノリ企画人。 
 東かほる(あずま・かほる)
     :東治安の妻。現在別居中らしい。
 東みちる(あずま・みちる)
     :東治安の一人娘。ピレネー司令のファンらしい。
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。基本的に語り手。 
  
本文 
---- 

 
 勝って欲しいと、これは自然に思う。色々理屈をつける必要もなく、ただ勝っ
て欲しい、と。
 だけど。
 
            **

 最後の回、と、誰かが呟く。
 あいばぁ、と唸るように響く声。だん、だん、と絶え間なく響く槌の音に似
た盾の音。
 どこかできゃあ、と高い女の子達の声。応援の拍子をとるように、振り上げ
られる拳と男達の声。
 それら全てが渾然一体となって、まるで夢の中のような、奇妙に実感の無い
風景へと変わってゆく。

 ざあ、ざああ。
 そのノイズだらけの世界の中に、リングの上の相羽さんと東さんが。

「……あなた……っ」
 細い、本当に細い細い声。祈るように組み合わされる手。
 幾度も互いに繰り出される拳、胴中を狙うような蹴り。
 咄嗟にかばった肘にぶつかる、土嚢をぶつけ合うような音。
 一瞬ゆがむ、相羽さんの、

(うわ、あれ痛いよ肘)
(利き腕じゃないったってねえ)

 ざあ、ざああ。
 奉納試合は、神に捧げるものであるならば。
 この試合を、捧げられた八百万の神はどのようによみせられるのか。

 妹は戻ってこない。
 多分、尊さんと一緒に見ているのだと思う。
 今までそういえば、片帆が戻ってくることを一つも期待してなかったな、と、
ふと思い……これは怒られるな、と、少し反省する。

 どちらが優勢、どちらが劣勢。悲しいかなあたしにはそれすら判らない。た
だ判るのは二人の表情が先程から殆ど変わらないことと(攻撃が入った時に、
反射的に顔を歪めるくらいの変化は別として)。
 ずっと、甘やかされていたんだなってこと、くらいか。
 籍を入れてから、いや入れる前から、

 おとうさん、と、小さな声がする。
 握り拳を胸の前で揃えて、じっと見ているお嬢さんの髪の毛の先が、時折吹
き渡る風に、如何にも呑気に揺れているのが。
 吐き気がするほどに、奇妙で。

 ざあ、ざ

「…………っ」
 声にならない悲鳴。
 
 どす、と。
 厭な、音、が。

「―――― 入った!」
 喜んでいるのか、楽しんでいるのか。
 弾むような声の奇妙さがやはり夢の中を思わせて。

 
 ゆらり、と、東さんの頭が揺らぐ。
 一瞬、息を呑む気配と、喉の辺りから起こる擦過音が観客席に満ちる。
 そのまま倒れるか、それとも踏みとどまるか。
 残酷なほどの沈黙の。
 
 その、時。


「あなたっ」

 そんなに大きな声には、聞こえなかった記憶がある。
 それでも周囲を圧するほどに、その声は響き渡った覚えがある。
 沢山の視線が、むごいほど真っ直ぐに彼女に飛ぶ。驚愕ならば可愛い、好奇、
期待、その他もろもろの視線の中心に据えられた彼女は、けれども一瞬たりと
ひるまなかった。

「あなた!……がんばって!!」 
 
 一瞬。
 相羽さんの表情が動いたような気がした。
 一瞬。
 東さんの揺らぎが、これは確かに凍るように止まったのが判った。

 そして。


 精密機械、と、アナウンサーは呼んだ。実際にこの人の動きを見てて、さも
ありなんとあたしも思った。
 だけど。

 一瞬の間。それまで表情さえ貼り付けたように変わらなかった顔に、激烈な
ほどの闘気が浮き上がる。裂けるほど見開いた目が相羽さんを見据えて。
 咆哮。
(精密機械から、人を通り越して)
(鬼になってしまったような)

 一瞬。
 相羽さんがたじろぐのがわかった。
 一瞬。
 だから……ほんとうに、恐ろしくて。

「……やめ………っ」
 
 だから。
 最後の最後、どんな攻撃をしたのか、あたしにはわからない。
 見ていた筈なんだけど。見ていた、筈、なんだけど。

 ただ、その場にゆっくりと崩れ落ちた相羽さんと。
 拳を握り締めたまま、立ち尽くす東さんと。
 まるで、映画のスチール写真のように、その光景だけは微動だにせず、目に
焼きついている。


 そこから先のことは、よく覚えていない。

 優勝、東治安、と、声高らかに告げるアナウンスと。
 横にいたあたしが転びそうになるほどの勢いで、リングに駆け寄る、長い髪
の綺麗な綺麗な人。その横にぴったりくっついてついてゆく小さなお嬢ちゃん。
 断続的に続く、歓声。その中で、確かに異質なざわめき。誰かが駆け上がる
影。そして。
 歓声が一瞬途絶えて……そしてまた、倍するような勢いで蘇る。

(おおおおおっと、ここで、ここで、奥さんの勝利のキッスだーーーー!)

 その、音は聴いていたけど。
 リングの横まで、人の間をかいくぐって進む。押し通ろうとするあたしを、
押しのけられた相手は顔をしかめはするものも、見るどころではないらしい。
 でも、それは、あたしには二の次だから。


 ゆっくりと、右腕をついて、身体を捻るようにして上半身を起こす。真っ直
ぐに顔を東さんと奥さんのほうに向けたまま。
 無表情が、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ崩れた。心底悔しげな表情で、東さ
んを一度見据え。

 そして。

 ぐるり、と、身体を起こそうとする相羽さんの目が、あたしを見た。
 一瞬、やりきれないように、相羽さんは笑った。
 その笑いはすぐに……いつもの笑い顔に変わって。

「…………あいば、さん」

 片目をつぶって、相羽さんは笑う。負けちゃったよ、とでもいいたげに。
(そんな風に、気を使うことないのに)
(悔しいのに、ほんとうはとてもこの人、今悔しいはずなのに)
 咄嗟に、泣きそうになった表情を、だからあたしも変えた。相羽さんが笑っ
ているのに、あたしが泣くわけにはいかない。

 だから。
「おつかれさま」
 喧騒のなか、とても聞こえなかったろうけど。
 そう言って……笑ってみた。

              **

 表彰式には、東さんの奥さんと娘さんも一緒だった。
 というか……一位の台に奥さんと娘さんが一緒に登っても、誰もそれをおか
しいとは思わなかったと思う。奥さんの、あの一声が無ければ、東さんも負け
てたかもしれないんだから(って……相羽さんの弁護になっちゃうのかな、こ
ういうのも)
 相羽さんがちょっとこちらを見たけど、あたしはそこに登る気はしなかった。

 あたしは、何一つ、相羽さんの役に立っていなかったから。

 東さんが抱き上げたお嬢ちゃんの首に、メダル。
 隣にあの、綺麗な奥さん。

 その横で、相羽さんは、いつものようににやっと笑っていて。
 
 メダルを首にかけられて、相羽さんが少し笑う。万雷のような拍手があがる。
そして二人は、ゆっくりと台を降りた。

 アナウンサーは、閉会の言葉らしきものを述べている。
 観客席の人達は、ゆっくりと歩き出している。帰ろうとする人達の流れに逆
らう格好で、相羽さんのほうに行く。

「……相羽さん」
 ああ疲れた、みたいな顔になってた相羽さんが、少し笑ってこちらを見た。
「いやあ、負けたねぇ」 
 やれやれ、と言いたげに首を横に振る。だけど。

 そうじゃ、なくて。
 
 言いたかった。あそこで一瞬止まってしまった相羽さんだから。
 そういう、人だから。
 
「……おつかれさま、です」
「ありがと」 
 言葉と一緒に、ぽん、と、手が頭の上にのっかった。

時系列 
------ 
 2006年4月23日 

解説 
---- 
 風春祭の風景。武道大会、最後の図。
******************************************** 

 いやもう、ほんっっっっとに辛かった!!
 二度とごめんですって思うくらい辛かった。

 というわけで、ではでは。
 


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