[KATARIBE 30045] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十三』

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Date: Sun, 6 Aug 2006 01:53:55 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30045] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十三』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月06日:01時53分55秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その十三』 :
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
まだまだ続いてます、というか進んでませんが。
ログにあったので、この二人の視点から。
ひさしゃん、丹下さんお借りしてますー。

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小説『風春祭断片・その十三』 
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 登場人物
 --------
 丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課元ベテラン刑事。
 形埜千尋(かたの・ちひろ)
     :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め 

本文
----

 ハンカチを握り締めてはらはらしているというだけで、それはもう充分に彼
女と彼女の家族の状況を告げているわけで。

「何と申しますかね」
 急遽しつらえられたにしては、かなりきちんとしたリング。そしてそこから
数人分離れたところに居る二人……いや三人を、よく見ることの出来る位置。
ある意味穴場な場所に、平均年齢的にはかなり上の二名が陣取っている。
「ある程度、ご主人が信頼勝ち得てると、奥さんはそんなに心配しないわけで
すよ」
  缶コーヒーを持ったまま、器用に腕を組んでいる小柄な女性と。
「……ふむ」
 緑茶の缶を空にして、さてどこに捨てようかと少し周りを見た老人と。
「ああ、捨てたいならこっち下さい」
 手元のポリ袋を広げて空き缶を受け止めると、女性……千尋は、ちょんと肩
をすくめた。
「中村君とことか、奥さんも見てるし応援もしてたけど、そこまで必死じゃな
いでしょ」
「そうさね、中村の奴んとこも、何だかんだいって互いに信頼はある」
「そう。まあお嬢ちゃんはね、仕方ないとは思いますけどね」
 必死の目をして応援し、そして最後に父親の背中を、視線でしがみつくよう
に見ていた少女。

「……で、そう考えると、及第点に達してないのが」
 片手の指先で支えていた缶コーヒーをひょい、と揺するようにして、千尋は
器用に視線の先の三人を示す。
「二組」 

 黙ったまま、身じろぎもせずリングを見上げている眼鏡をかけた女性。
 手を組み合わせて、必死の表情でリングを見上げている女性と、その横で小
さな拳を振り上げながら、応援しているらしい少女。

「…………あいつらか」 
 溜息交じりの声の元を見もせずに、千尋は頷く。
 示す必要も無く……その複数形の家族の姓は、この二人の間にて共通の認識
と化している。

「ただ、まあ、相羽君とこは新婚さんですからね。奥さんが慣れてないっての
は、ちょっとさっぴく必要がある」

 籍を入れてまだ半年とちょっと。それでなくても無謀と無茶を繰り返す(と
りあえず報告書内容やら出張旅費やらを担当すれば、それなりの判断はつくも
のだ)相羽を見ていれば、多少過剰に心配もしようというものである。
 
「…………東か」 
「一番問題」

 やれやれ、と、老人……丹下が嘆息する。
 千尋がぴしり、と、その言葉を肯う。

「あそこも結婚して5年……いや6年だっけ。それだけ経ってるってのに……
奥さん見てごらんなさいな。応援するたんびに必死だし、顔色変えてるよ」

 折しも、相羽の放った蹴りが、東の腕を薙いだところだった。
 長く柔らかに波打つ髪が鋭く跳ねた。肩のあたりがぎゅっと縮み上がってい
るのが、ここからですら良く判る。

「本来奉納試合。そりゃああの二人のことだから途中から本気になったってお
かしかあないですけどね。だけどそれだって本当に危険なことはしない筈だ」
「まあ……せいぜい打ち身くらいだろうかの」
「最悪でも腕の関節が外れるくらいでしょ」
 ありそうだの、と、丹下がやはり溜息混じりに頷いた。

「でもその程度、本当に危ないわけじゃない。はっきり言ってこの勝負、どっ
ちが勝とうが負けようが……まあ、どうってことはない」
 現に対峙している二人の意見はまた別だろうが、千尋はあっさりとそう言う
と微かに目を細めた。

「そんだけ、安心させてもらってないってとこですかね、東君の奥さんは」

 紹介された皆が、ある者はぽっかり口をあけ、ある者はまじまじと見る。
 そのくらい彼女は綺麗で優しげで、一体どうやって東が口説いたのだ、と、
その当時かなり長いこと話題になったものだ。
 綺麗で、でもそれ以上に優しくて。
 総務部で、また商店街で会う度に、その人はだんだんとやつれていった。

「あいつも、ドがつく不器用だからのう」 
「そういう意味じゃあ、まだ相羽君のほうがマシでしょうよ」 

 確かに。
 あの負けず嫌いの二人である。今だって相当マジに対峙しているのはよく判
る。けれど家族として見る限り、あそこまで必死になる必要は……多分無い。
 
「なんだかねえ」
 缶コーヒーを一口含んで、千尋がぼそりと呟く。
「緊急治療室に放り込まれた旦那を、ガラスの向こうから必死で見守ってる奥
さんって顔してますよ、あの人」
「確かに、の」

 相羽の一撃に、中村が姿勢を崩した一瞬こそ、奥さんの表情は不安げに曇っ
たものの、すぐに少し心配そうなまま、それでも穏やかなものに戻った。
 何より、ゆっくりとリングを降りる中村と目が合った途端、にこっと笑った
笑顔。
 そういう、ものなのだ。

「薗煮の企画した最後の……」
「ああ、そちらのほうはもう準備万端ですよ」
 何となく言葉を探しているような丹下に、あっさりと千尋は頷いた。
「サクラというか、まあ一応慰労も兼ねてなんで、総務部を最初は投入しとき
ます。但し頃合になったら全員退去。それは皆よく判ってます」
「退去のタイミングは?」
「関係者が大体揃ったところで」
 にやっと千尋が笑った。

 かんかんかんかん、と、金属質な音が響く。
 リングの上の二人が、動きを止める。

「さあて」
 空になったコーヒーの缶を片手で握りつぶして。
 千尋は右の口の端を、上に持ち上げた。

「どちらが勝とうが……これはもう徹底的に」
「家族孝行でもしてもらおうかの」

 丹下の口元にも、似たような笑みが浮かんでいる。

「開始は6時半でいいですかね」
「弁当が来るのは?」
「5時半過ぎ、らしいですよ」
「なら、充分かの。……御家族には」
「声はあちこちからかかってる筈です」

 素早い、事務的にすら思えるやりとりを、けれども二人とも、にやりと笑い
ながら交わしている。

「……さて」
「最後の回ですね」

 リングの端に置かれた椅子から、二人がゆっくりと立ち上がる。
 かん、と、鐘が一つ、高く鳴った。

時系列
------
 2006年4月23日 

解説 
---- 
 風春祭の風景。最終戦の最後のラウンドを見ている二人の視点から。
******************************************** 

 てなもんで。
 ではでは。
 


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