[KATARIBE 30038] [HA06N] 小説『引き出しの奥のメダル』

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Date: Sun, 30 Jul 2006 21:21:02 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30038] [HA06N] 小説『引き出しの奥のメダル』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年07月30日:21時21分02秒
Sub:[HA06N]小説『引き出しの奥のメダル』:
From:久志


 久志です。
 ちまちま風春祭の話も書きたいなあと。
ちょっぴり切ない蓉子です。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『引き出しの奥のメダル』
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登場キャラクター 
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 中村蓉子(なかむら・ようこ)
     :知恵のクラスメイトの女の子。父親は県警刑事部マル暴中村。
 中村辰彦(なかむら・たつひこ)
     :吹利県警刑事部警部補、鬼のマル暴中村。

あの頃の
--------

 四月の半ばの日。
 あれは自分がまだ小学校にあがる前の頃の出来事。
 大通りの桜は既に散って、伸びた枝には淡い緑の葉が鮮やかに茂っていた。
 立ち並ぶ出店は、ザラメのこげた甘い匂いを漂わせるワタアメ屋さんに、
巧みなヘラ捌きも鮮やかなお好み焼き屋さん。

 県警敷地内に作られた試合会場。応援の掛け声が飛び交う中、使い込まれた
防具に身を包み、両手に持った竹刀を正眼に構えたまま、気迫だけで目の前の
相手を圧倒している姿。

 じっと見つめる広い背中、握り締めた手は汗で湿っていて。カラカラに乾い
た喉からあらん限りの声を出して。
「おとうさん!がんばって!」

 竹刀の切っ先が揺らぐ。
 甲高い音を立てて踏みしめた足が地を蹴る。
「せぇいっ!!」
 会場中に響く鋭い掛け声。
 続けて竹刀を打ちしえる高い音。

「一本! そこまでっ!」
 一瞬おいて、湧き上がる歓声。


無人の部屋
----------

 ノブをひねり、ゆっくりとドアを押す。木製のドアが小さく軋む音が誰もい
ない部屋にやけに大きく響く。明かりの消えた部屋の中、脇に置かれた棚には
数え切れないほどのトロフィーと積み重ねられた賞状で埋めつくされている。
奥に置かれた大きな作業机の上にはチリ一つ無く、置かれたままの筆記用具も
そのままで。
 父が家を出て行ってからずっと変わらない光景。それでもずっと、母は毎日
欠かさずこの部屋を掃除し、いつ帰ってきてもいいように整頓している。何度
手伝うと言っても、母小さく笑ってこれはお母さんとお父さんの事だから、と。
不自由な足を引きずりながら一人で掃除をしていた。
 父の部屋を一人で掃除する時の母の顔は、普段見る母の顔とどこか違って、
じっと溢れてきそうなものをこらえているような、切なげな顔で。娘である自
分とはまた違う想いを母は抱えているのだろうと思う。決してお互い憎みあっ
てるわけじゃないのに、どうしてすれ違ってしまうのか。
「お父さん……」
 作業机の隅、木製の写真立ての中。左手に優勝カップ、右腕にメダルを首に
下げた自分を抱えた父、その傍らで杖を片手に父の隣で微笑む母。
 奉納武道大会優勝写真。まだ、家族三人が平和で穏やかに過ごしていた頃。

 小さく軋む音をたてながら、ドアを閉じた。

引き出しの奥
------------

 自分の部屋、勉強机の一番上の引き出しの中。
 ペンケースや手帳や小物入れが入った更に奥、少し色の褪せた紙の小箱を取
り出す。そっと蓋を持ち上げ中を見る、入っているのは小さな金メッキの優勝
メダル。赤と白のリボンは少しよれて、メダルには県の鳥のトラツグミがデザ
インされて、下に小さく県の花のアンズがあしらってある。
 かけてもらった時はとても大きく見えたメダル、手に取ってみると思ったよ
り小さく感じる。
 表彰の後、首にかけられたメダルをはずして父に飛びついた自分にかけてく
れた品。大きな手が頭を軽く掴むように撫でて、そのまま抱き上げてくれた。

 つっぷした机の上。
 手の中の優勝メダル。

 あの日のような光景は、もう戻ってこないのか。


時系列
------ 
 2006年3月末
解説 
---- 
 小説『風春祭のお知らせ』の後、昔を思い出す蓉子。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。




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