[KATARIBE 30028] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十一』

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Date: Sun, 23 Jul 2006 00:28:00 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30028] [HA06N] 小説『風春祭断片・その十一』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年07月23日:00時28分00秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その十一』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ヘタリ寸前です。
というわけで、第六試合はふっ飛ばします。
……そして今回、書いたところが一時間。
…………ま、色々あります、ええ。

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小説『風春祭断片・その十一』 
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登場人物 
--------
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。基本的に語り手。 
 
本文
----


 ゆっくりと立ち上がり、リングを降りてゆく。
 その後姿を、じっと見ている蓉子ちゃんの白い顔が浮かび上がるように見え
て。
 その彼女の姿を……見ているのが、ひどく辛くて。

 しばらくの休憩、と、アナウンスが入る。
 周りの屋台に、人が集まりだす。
 ざわざわ、と。そのざわめきはやはり祭と名づけられるのにふさわしく明る
くて。

 屋根の上で太平楽に眠っている猫。街を走り続ける狼。以前そう言って笑っ
ていたことを思い出す。
 出来ることが何も無い……と、そうは思わないし思いたくない。
 だけど。

 仕事に頭を突っ込む積りは、最初から無い。それは確か。
 だけど。
 本当に、あの人を助けることすら出来ない、と。

 氷水の中で冷え切ったお茶の缶を買う。
 プルトップを引き上げて、口をつける。
 そんなに暑いとも思わないし、暴れたわけでもないのに、喉だけは相当渇い
ていた……と、缶に口をつけて、ようやく気が付いた。

「わあい、わたあめー」
 聞き覚えのある声に、振り返った。
 買ってもらったばかりの綿飴の袋を振りかざして、先程のお嬢ちゃんが笑っ
ている。横でお母さんが、やっぱり笑っている。
(とても、綺麗な笑顔で)
(でも、どこかとても辛そうな笑顔で)

 その笑顔が…………やっぱり辛くて。

 
 心配なんてとても届くところに居るようには思えなかった。
 今日のは、これ、単なる奉納試合だ。それでさえ相羽さんは、あの一瞬表情
を変えた。それまでの笑いは切り取るように消えて。
 あれがあの人の仕事の顔なのだと思う。立ち入る隙など、一片とて無い、あ
の表情が。

 どう、思っているのか自分でもわからない。
 ただ……何がどうなのか、言葉にも論理立った思考にもならないけど、ただ。

 自分の無力を、目の前に突きつけられて、何一つしないことが一番の手伝い
といわれている……ような。
(そんなことをもし言ったら、相羽さんは絶対怒ると思う。それくらいには、
あたしも相羽さんのことを知っている)

 空を貫くように届くアナウンス。第六試合の開始。尊さんを呼び出す声。

「もうすぐ始まりますよ、相羽さん」
「……あ……はあ」
 屋台の奥から声をかけられて、反射的に声を返して……はたと思い当たる。
 この人は?
「あ……ああ、あたしのこと知りませんよね。総務の新川といいます」
 可愛らしい人だな、というのが第一印象。多分下ろせば背中の中程まである
だろう髪の毛を、くるくるとまとめて大きなクリップで後ろで留めて。
「一度、総務に来られた時に、あたしも居たんです」
「……ああ、あの時ですか」
 籍を入れてすぐに、総務に呼ばれて行ったことがある。相羽さんのことを下
手に噂にして流さない、との約束は……マメシバン関係で相羽さんがチョコレー
トを、それも本宮さんや東さん名義で貰っているところからして、きちんと守っ
て貰っているようである。

「さっきの試合、凄かったですよね」
「…………ええ」
 皆でローテーションを組んで店番をやっているのだ、と、新川さんは笑った。
さっきの試合を見たから、今自分が店番なのだ、と。
「今の順序で行ったら、次が豆柴君の彼女で、その次が相羽さんと東さんです
から、楽しみで」
「……東さんって……」
「警備部の巡査部長ですよ」

 ……警備部?

「あの……公安とかあるところの?」
「ええ」
 そこまで言うと、彼女はくすくす笑った。
「ここまで響いてましから、あの、盾の舞の音」
「……た……ああ!」
 ジェラルミンの盾を、一斉にだん、だん、と叩きつけてはくるくる廻す……
……ある意味、チアリーダーのバトンに似てたな、と、ふと。
「だから、あの人達なんですか」
「そうそう」
 多分、相羽さんとの一戦でも、あの人達応援しに来ますよ、と、彼女はくす
くす笑った。

「っといけない、次の試合に遅れますよ」
「あ……いえ」

 尊さんの試合を見ない、とか言ったら、片帆に相当怒られるだろうけど。
「面白い試合になると思いますよ。豆柴君の敵を、彼女が討つんだから」
「……は」
 あれ、相手はあの大きい人か……って、え?

「あの、豆柴君の彼女って……」
「ああ、一部で有名なんです。去年の夏頃から、かな」
 そこまで言うと、彼女はちょっと躊躇して言葉を整理し……そして不意に、
にっと笑った。
「でも、豆柴君は、有名だって判ってないと思いますけど」
 ……さもありなん。

 最後だけでも見たらいいですよ、との助言と、これどうぞ、と差し出された
クッキーを手に、またリングの近くに戻る。
 ぼんやりしてたから……だから、あたしがあることに気が付いたのは、観客
席のすぐ近くにまで歩いてきた時のことだった。

「…………って」

 去年の夏って……多分それは、道場での稽古試合の時だと思うのだけど。
 とすると、あの時あたしもあそこに居て…………。

「……っ!」

 ある意味、気が付いたのが後で良かったのかもしれない。気が付いても、ま
さか彼女に尋ねるわけにもいかなかったろう。

 ……あの時から、まさかあたし達まで噂になってたんですか、とは。


 おお、と、どよめくような声が、前方から聞こえる。
 第六試合は……その真っ只中である。

時系列 
------ 
 2006年4月23日 

解説 
---- 
 武道大会、間奏曲。
 割り切れない感情やら何やらをかかえて、ふらふら歩く真帆の風景。
******************************************** 

 てなもんです。
 ではでは。
 


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