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Date: Tue, 18 Jul 2006 00:07:54 +0900 (JST)
From: いー・あーる <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30019] [HA06N] 小説『アオザイとチャイナ(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200607171507.AAA02304@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30019
Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
Log: http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30000/30019.html
2006年07月18日:00時07分54秒
Sub:[HA06N]小説『アオザイとチャイナ(下)』:
From:いー・あーる
ども、いー・あーるです。
一応、これでこの話は終わりです。
…………(脱兎用意)<これで、察して下さいませ。
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小説『アオザイとチャイナ(下)』
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登場人物
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相羽尚吾(あいば・しょうご)
:吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
相羽真帆(あいば・まほ)
:自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。
本文
----
荷物が届いた。
達筆の宛名は、相羽尚吾、とあったから、相羽さんが帰ってくるまで開ける
のを待った。
……正体はわかってたけど。
**
三月の途中から、四月、五月。
どうしてだろう、と、ふと思った。
「……なんか相羽さん、以前より……」
言いかけて止める。なんか言うだけ逆効果な気分になったからなんだけど。
「ん?」
不思議そうな顔のまま、ひょい、と肩に手をまわされる。
……逆効果だろうがなんだろうが、結局同じことかもしれない。
アオザイを一緒に買いに行った時にも思った。決して無駄遣いをする人じゃ
ない筈なのに、6桁のチャイナドレスにさっさと手を伸ばし、止めなかったら
買いかけてた。
気のせいじゃないと思う。この一月か二月、相羽さんはあたしに異様に甘く
なってる(その前から甘かったろうというのは……確かにそうなんだけど)。
だけど……やっぱり気になる。この人が妙にくっついてくる時って、大概仕
事が忙しかったり何か大変だったりする時だから。
「……ねえ」
肩に回った手を掴まえて、真正面から目を合わせる。
「相羽さん……疲れてたりしんどかったりしてる?」
「ん、特に疲れてるとは」
思わないけど、と、半ば口の中で言いながら、不思議そうにこちらを見る。
「……だって、なんか、以前より……」
一瞬言葉を選ぶ……んだけど、やっぱり他に言いようが無くて。
「…………くっついて、きてるよね」
三十代そろそろ中盤の人に、そういう表現って無いとは思うんだけど……。
「くっつかれるの嫌?」
と、思ってるのに。
「そうじゃなくって……だからっ!」
顎のあたりを撫でる手を掴む。何となく不満げな顔になった相羽さんに、も
う一度尋ねてみた。
「…………仕事、大変なのかなって」
守秘義務を徹底する必要のある仕事だから、相羽さんは仕事の内容について
は一言も言わない。それは覚悟の上だけど。
だけど、時折心配になる。
風春祭、武道大会。
あたしは武道のことなど何も知らないけど、それでもあの試合はどれもこれ
も迫力があったと思う。こういう試合を見ごたえのある試合と言うのかな、と
も。
でも、ふと思った。
この人達は強い。とても強い。
ってことは、そういう強さを要求されるのが、相羽さんの仕事なのかって。
要求されるだけ……相手もまた。
「平気だよ」
どんどん怖い方向に転がりかけた思考を、その声が止めた。
「……辛かったらさ、辛い内容はいえないけどちゃんと辛いっていうよ」
「なら……いいけど」
抑えていたあたしの手を、反対にしっかりと握る手。相羽さんはじっとこち
らを見た。
「だから、お前さんも言ってよ」
「……え?」
どこかとても心配そうな顔で、相羽さんはこちらを見ている。
だから……相羽さんの言いたいことは、判った。
「……辛いこと、無いよ?」
「ほんとに?」
「……うん」
だって。
それは、心配はする。だけどそれは相羽さんのせいでも何でも無くて、単に
あたしが勝手に心配しているだけだから。
「だから、そやって触って無くても、あたしは消えませんから!」
握られた手を引っ張ってみた。
だけど、相羽さんはしばらくこちらを見て、一言。
「だって、倒れたりするし」
あいた。
三月の半ばのことを……まだ、相羽さん心配してる、のか。
「…………熱も何もなかったじゃないですか」
心配をかけたのは本当だったから、思わず声が小さくなる。
相羽さんは黙ってこちらを見ている。あの時とよく似た、心配そうな顔で。
「………………後遺症もなかったし」
もそもそ口の中で言ってたら、両手で抱き締められた。
「…………ごめんなさい」
心配なんだよ、と、小さな声で聞こえた気がした。
あたしが心配するのと同じくらいに、この人も心配なのだ、と。
……だけど。
**
「届いた?」
「……うん」
「ほんとに?」
帰った途端、これだものなあ。
「見せて見せて見せてっ」
「ご飯の後!」
「……えー」
えーって……。
「汚れたらいやだから」
えー、と、相羽さんは繰り返したが、
「じゃあ、ご飯食べよう、ご飯」
…………。
ご飯の後、ひらひらぱたぱたくっついてくるベタ達を避けながら、着替える。
チャイナドレスよりも露出度は低いからまだましかと思ってたんだけど……
「……何だか、なあ」
特に上半身、本当にぴったりと合ってる。白い布だから透けそうになるのを、
ぎっしり施された刺繍が何とかカバーしている、んだけど。
気恥ずかしい。その一言に尽きる。
……のに。
「あーもうっ」
「どしたん」
「ベタ達が……」
上衣は、前と後ろに長く伸びている。それがひらひら動くのが楽しいらしく、
さっきからベタ達がひらぱたひらぱた遊んでいる。
「こら」
ぴん、と、相羽さんに弾かれて、ベタ達はすっとんで逃げていった。
……って。
逃げていったベタ達を置いといて、相羽さんはこちらを見ている。
何かその……ええと、何でそんな嬉しそうな顔してまじまじこちらを見てる
かな……
「可愛いよ」
……って。
「…………可愛くないですっ」
伸ばしてくる手を、手で抑える。
「これ、ほんっと……着てるだけで気恥ずかしいんですけどっ」
「似合ってるって」
だからそういうことを、耳元で言わないで下さいっ。
「……で、でもね、相羽さん」
「ん?」
「これで、外に出るのは、あたし厭ですから!」
へ?と、不思議そうにこちらを見るのに、もう一度念を押す。
「こんなの着てるの、他の人に見られたくないの……だから」
言い募ろうとした矢先に、あっさりと相羽さんは言い切った。
「見せないからいいよ」
「…………え、と」
後で、インターネットでアオザイのことを調べてみた。
品質によって色々違うものの、基本としてはチャイナドレスより高い。そん
な品を買って……
見せないって、ええと。
「……見せないってのは……ありがたいですけど、ほんとに」
意図が見えないまま、そう呟いたら、相羽さんがにっと笑った。
「わがままだからね、俺」
……そこで頷くべきだったでしょうか、あたしは。
「可愛いとこ見たいけど、他の奴らに見られんのもいやなんだよね」
「……いやその、可愛かないけど、他の人に見られるのはあたしも嫌です」
「だから俺だけに見せてよ」
「…………はい」
その言葉には、でも素直に頷けた。元々他に見せる人なんて居ない。
頷いて、顔を上げた先で、相羽さんはやっぱり妙に……何だか凄く嬉しそう
な顔になってた。
「だから」
ふっと思いついた、とでも言うように。
「行こうか」
どこに、と問い返す前に。
「空に」
「……あ、はい!」
**
黒のチャイナ服の、相羽さんの手を握って。
窓を大きく開けて、そのまま空に落ちる。
ざあと流れる大気。自由落下に近い落下速度と、忘れかけていたほのかな恐
怖の感覚。
遠すぎず……また、見つからない程度に近すぎない位置に、それでもゆっく
りと止まる。
夜の……もうすぐ11時。
大きく風が流れて、アオザイの上衣の裾が大きく翻った。
「っと」
少しバランスを崩しかけたのを、相羽さんが支えてくれる。そのまま背中か
らふわりと、抱きすくめる手。
白い生地の上の、黒い袖の色が、夜の中にも鮮やかで。
肩の上に乗せられる顎。そのまま黙って地上を見ている気配だけが。
「……相羽さん?」
「ん?」
「…………大丈夫?」
「大丈夫」
抱きすくめる手に力が込められるのが判った。
「莫迦みたいだけどさあ、やっぱ碇なんだよね」
「……え?」
「俺にとってのお前さんがね」
ほんの少し笑う気配。微かに震える腕。
「このままどっかに流されていかないように、ちゃんと帰ってくるようにって
いう」
静かに、少しだけ笑みの気配と一緒に放たれる言葉が……それだけに辛かっ
た。
「…………ちゃんと、碇の役に立ってる?」
「立ってるよ」
苦笑と一緒に、相羽さんは言う。
「だから、こうして二人で地上を眺めてる」
その声が、柔らかかったから。
その声に……安堵したから。
「…………心配かけるし、なかなか頼まれても言うこと聞かないのに?」
心配ばかりかける自分が居る。
相羽さんにこれだけ守られて、大事にされて、それでもこの人に心配ばかり
かける自分が居る。
「それでも、ね」
それでもその声は、やさしくて。
泣きたくなるくらいに、勿体無いくらいに、やさしくて。
「俺の碇はひとつしかないから、さあ」
現世に互いに、一つだけの。
「……相羽さんも、碇だから」
「うん」
「だからあたしは、落ちてゆかない」
この人を巻き添えにしたくない、と、以前思ってた。
今も確かにそう思うけど、でも何より。
この人が地上に属するなら、あたしはそこに居たいと思う。
「俺も帰ってくるよ」
抱き締められた腕に、まるで指きりの代わりのように力を込めて。
「ここに」
いつも、いつも。
誰が見捨てなくても、誰よりあたしが見捨てるあたしを。
拠り所にして、ただ無条件に。
あたしよりもあたしを信頼してくれる人。
「………………はい」
抱きすくめていた手が離れた。そのまま指が伸びて頬を撫でる。
あなたのほんの小さなわがままに、文句言ったり拗ねたりするだけの相手に。
泣くな、とは相羽さんは言わなかった。
ただ、泣く子供をあやすように、何度も頬を撫でた。
吹利の街はそれでも、淡く光り続けていた。
この人が毎日走り回って、保ち続けている淡い光の集合を。
また見にこようね、と言った。
相羽さんは頷いて…………笑った。
時系列
------
2006年5月終わりから6月はじめ。
解説
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アオザイの使用法について。
というわけで、当分、真帆のアオザイ姿は……とりあえず外部には封印です。
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てなもんで。
ではでは。
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