[KATARIBE 30017] [HA06N] 小説『黒衣の僧正』

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Date: Mon, 17 Jul 2006 19:02:39 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30017] [HA06N] 小説『黒衣の僧正』
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2006年07月17日:19時02分38秒
Sub:[HA06N]小説『黒衣の僧正』:
From:久志


 久志です。
 読んでる人がいるかは不明ですが、自分の為に書いてます、はい。
本宮家お家騒動のお話。小説『黒幕達の会話』の次当たりにくる会話です。

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小説『黒衣の僧正』
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登場キャラクター
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 小池国生(こいけ・くにお)
     :小池葬儀社社長、尚久の長年の親友。生まれつきの白髪。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮法律事務所所長、本宮家黒の系譜を継ぐ一人。眠れる魔王。
 源希(みなもと・のぞみ)
     :本宮家の住み込みメイド。実はアンドロイド。

語らい
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 十二月半ば。
 冷え切った風が吹きすさび、空はセメントをかき回したような濁った灰色に
満ちていた。
 コートの襟元を寄せつつ、小池国生は一人歩いていた。細身の体を覆った黒
のロングコートを羽織り、袖から覗く牛革の手袋も、コートの裾からから伸び
たスーツの色も染み一つない黒一色。全身黒で埋めつくされた中で、唯一冷た
い風になぶられる髪だけが、細い銀糸を束ねたように白く浮かび上がるように
見える。
 濁った灰色の空を仰ぎ見て、すぐ目の前の建物へ視線を落とす。かつては親
友の小さな息子達の賑やかな声で溢れていたこの家も、それぞれに成人した子
達を後にして幾分寂しげな様子が窺える。

「いらっしゃいませ、小池さま」
「こんにちは、希さん、でしたかな」
「はい、このお屋敷で旦那様と奥様のお世話をいたしております。さ、旦那様
がお待ちです、どうぞおありになってください」
「ああ、失礼するよ」
 姿勢も正しく深々と頭を下げる使用人の女性に案内され、何度と無く通りな
れた廊下を歩く。多少の傷もある年季の入った廊下は、古臭さというよりも、
どこか郷愁をそそるような懐かしさを感じる。かつて小さな子供達が駆けずり
回って追いかけっこをした様子が目を閉じるとすぐにでも浮かぶように。他人
の家だというのに、自分の家よりも心をくすぐらせるしみじみとした懐かしさ
を肌で感じる。
 それというのも昔から、それはもう二人が結婚する前から見知った仲だった
というせいでもある。この夫婦がどれだけの苦労を重ねて生活し、一つの館の
主となり息子達を育ててきたか、その積み重ねた時代を自分も共に生きたから
なのかもしれない。

「旦那様、小池さまがいらっしゃいました」
 書斎のドアの向こう、革張りの安楽椅子に腰掛けた尚久がゆっくり体を起こ
した。 
「やあ、小池さん。すみませんね、わざわざお越しいただいて」 
「お邪魔します、尚久くん」
「希さん、ありがとう。ブランデーを準備してあるから、君は母さんについて
いてあげてくれないか?」
「はい、かしこまりました。ではごゆっくり」
 ぺこりと一礼して部屋出て行く後姿を見守って。

「いいブランデーが手に入ったんですよ、折角ですからご一緒したいと思いま
してね」
「ああ、お構いなく」
 応接セットのテーブルに置かれたクリスタルグラス。注がれた深い琥珀の液
体が鮮やかに目に映る。目を細めて、手にしたコートをソファの脇に置く。
「私も久しぶりに君と飲めるのは嬉しいですよ。このところ仕事の方が何かと
忙しかったもので」 
「それはよかった、ゆっくりしていってください」
 グラスを手に取る、ゆらゆらと揺れる琥珀色の波を眺めながら、小池は小さ
く息を吐いた。

「……まったく、君という人は」 
「はて、私が何か?」
 全く悪びれることなく、しれっとした様子で微笑む。
「とぼけないでください、私の目はごまかせませんよ」 
「ははは、少々急な話だったのは確かだね。少し驚かせてしまったようだが」
 「当たり前ですよ、相変わらず君は人騒がせな」 
 本宮本家の後継として、分家の青梅から養子を取る。そしてその法的な後見
として尚久が、実質の後ろ盾としてその息子の史久が立つという情報が入った
のが数日前のこと。
 長年の付き合いのある小池にとって、この親子が何を思いどんな目的を持っ
て行動を開始したか、誰よりも先に気づいていた。
 吹利の名家、本宮家とは。小池自身出資元でもあり、長年の付き合いのある
大切な顧客であり、信頼を第一とし人脈を重んじる小池にとって無くてはなら
ない生命線でもある。
「なに、どちらに対しても悪いようにはしないつもりだよ? 私はただ穏やか
に暮らしたい、そのために今の凝り固まった古い家をすっきりさせたいんだ」 
「……そういう面に置いては私は君を疑ったことなどありませんよ」 
「それは嬉しいね」
「……昔の駆け落ち騒動といい、今回といい……君はいい歳をしてやんちゃが
過ぎますよ」 
「ああ、そうですね。昔も小池さんには大変お世話になりました、本当に感謝
していますよ?」 
 くすくすと喉を鳴らして楽しそうに笑う姿は、かつての若君然としたままで。
「君がそんな風に悪戯小僧のような顔をしているときは、決まってとんでもな
い騒動がおきるんですよ」 
「はて、どんな顔でしょうかね」
 しれっと、 まるで他人事のように。
「いつまでもやんちゃで人騒がせで……幸久くんそっくりですよ」 
「血は争えないというやつだね」
 つい去年、尚久の三男であり小池が社長を務める小池葬儀社に勤務する幸久
が起こした駆け落ち騒動を思い出す。あの駆け落ち騒ぎも関係者一同大騒ぎの
末に新郎が自らの非を認める手紙を見つけたことと、新婦自身が騒動の元であ
る幸久を選んだことで、かろうじて解決した話である。
「しかも君の場合は知恵も回る上に要領もいいから更にタチが悪い」 
「褒め言葉としてうけとっておきますよ」
 しかも全く否定しないところが恐ろしい。

 手にしたグラスに口をつける。じわりと喉の奥に広がるように口の中に柔ら
かな味が広がり、深い香りが鼻腔を刺激する。
 ふと、目の前で悠然と微笑んでいた尚久がすっと真顔になり姿勢を正して向
き直った。

「小池社長殿」 
「はい」 
「つきましては、貴方の顔の人脈と懐の深さを見込んでお願いがあります」
 真っ直ぐに見つめる目は、射抜かれるほどに真剣なまなざしだった。
「貴方の本宮本家、戸萌分家ひいては吹利の様々な有力者へのコネを私の計画
の為にお借りしたい。どうか私に協力していただけませんか?」 

 止まる時間。
 見据えた目は揺るがずに真っ直ぐに注がれている。
 降り積もるように過ぎる静寂を破って、溜息交じりの声が響く。

「……やっぱり君は腹黒い」 
「ご協力いただけませんか?」 
「私が君の為に力を貸さないと思っていますか?」 
「いや、全く」
 揺るがず確信そのままに、しれっと答えるとそのままくすくすと笑う。
「……君という人は」 
「ははは、いや本当に貴方には感謝していますよ、小池さん。私がいままでこ
うしてやってこれたのも、小池さんをはじめとした様々な人達が私を支えてき
てくれたからですよ。そのご恩は決して忘れていません」
「そんなことは構わないですよ。私が言いたいのは、そんな大それた計画を立
てているのなら、どうしてもっと早くに私に言ってくれないんですか」
「なにぶん、私からでなく相手から先に動かれましたのでね、こちらとしても
急いで対応せねば、と思いまして」
「全く、君はいくつになってもやんちゃ小僧のガキ大将で……いや、だからで
しょうね、賭けてみたいという気にさせる」
「それは光栄」

 ひと口、ブランデーを含む。ほのかに喉をやくような感覚を味わいながら。
「私の人脈といっても、ね。どの道、いずれは幸久君に跡を継いでもらうつも
りでいましたから」
 「ああ、そうだね。当分は幸久に親族たちの目をむけておいてもらおう」 
「もしや、幸久君も一枚噛んでいるのですか?」 
「いや、全く。だがヘタに計画を教えて泳がせるより、何も知らせないほうが
いいと見てね」 
 グラスをゆるりと回しながら、尚久が小さく微笑む。
 その顔は穏やかで優しげで……だが、一点の隙も無い。
「いずれは幸久にも一枚かんでもらうつもりだがね」 
「噛んでもらうというより」 
 溜息と共にあきらめたような声で小池が続ける。
「知らない間に謀略をめぐらされて、気がついたら有無を言わさず巻き込まれ
てる、と言ったほうが正しくはありませんか?」 
「そうとも言うね」 
「……気の毒に」 
「ふふふ、面白くなりそうだ」 
 握った手を軽く開いて掌を上に向ける。
「手品のように、ぱっと、全てをすげ替える様を見たいじゃないか」 
「さながら君は鏡の国の赤の……いえ君の場合は黒の王ですね」 
「それはいい、全て私の夢の内ですか。ならば貴方は僧正ですね、黒衣がこと
さらよく似合う」
「そうきますか」
 肩をすくめて笑う。
 小池自身、知らず知らずのうちに、これからいかにして行動すべきか考えは
じめていることに驚いていた。
 どうやらもう、すっかり尚久の術中にはまっているらしい。
 そう思うと、もはや笑いを抑えることができなかった。


「それでは、またご挨拶に伺いますよ」
「はい、また是非いらしてください。奥様もよろしくとのことです」
「すみませんね、少し体調を崩している様子でして」
「いえいえ、また具合がよくなった頃にまたお伺いします」
 玄関先、見送る尚久と丁寧に礼をする希に軽く会釈して本宮家を後にする。

「……眠れる魔王、か」
 振り向いた家は、日も落ちた中でほんのりと窓の隙間から灯りがこぼれてい
る。再び向き直って歩き始める。
 あの会話の後、小池は珍しく尚久が眉根に皺を寄せながら切り出した話を思
い出していた。

『もうひとつ、ね。私が急がねばならない理由ができたんだよ』
『理由?』
『これを』
 尚久の手の上に転がった小さなボタンのような機械。
『これは』
 じっと、尚久の目が小池の目を見る。
『小型盗聴器、だよ。母さん宛の宅配便の中に仕掛けてあったらしい』 
『…………』
『お分かりいただけるでしょう、私が掌握を急ぐ理由が』
『ええ。でも、どうしてこの件を最初にお話いただけませんか』
『貴方が頭に血を登らせないように、ね』

 革靴の踵が鳴る音が街の喧騒の中で小さく響く。きゅっと、牛革のこすれる
耳障りな音を立てて手袋をはめた手を握り締める。噛みしめた歯の奥、口元を
歪めて小さな哂いが浮かんだ。

 思い知るがいい、愚かな白の王よ。
 本当に恐ろしいのは魔王だけにあらず。
 彼と、彼女に害をなすもの全て、私の敵であるということを。

時系列 
------
 2005年12月中旬。
解説 
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 小説『黒幕達の会話』の後。なんだか尚父に劣らず怖い人になりつつある
小池社長でした。
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以上。



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