[KATARIBE 30014] [HA06N] 小説『アオザイとチャイナ(中)』

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Date: Sun, 16 Jul 2006 01:32:08 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30014] [HA06N] 小説『アオザイとチャイナ(中)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年07月16日:01時32分08秒
Sub:[HA06N]小説『アオザイとチャイナ(中)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
寝る前にばたばた流します。

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小説『アオザイとチャイナ(中)』
===============================
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。 
 蔡 藍慶 (Cai Lanqing / つぁい らんちん) 
     :特級風水師。『龍穴 ─Dragon Cave─』の店長。
 霞原珊瑚 (かすみはら・さんご)
     :少女型のアンドロイド。『龍穴』のアルバイト。


本文
----


 即断即決即実行。
 そういう人だと、これはよく判ってたことなんだけど。

 けど。

「これなんかもいいねえ」
 ……なんでそこで、そこまで嬉しそうに探しますか。

「真帆」
 なんて思いながら見てたら、ひょいひょい、と呼ばれる。
「はい?」
「これはどうかなー」 
 …………。
「…………拒否権発動していい?」

 いや、色や模様はいいなって思うのだ。地の色は少しくすんだ青、縫い取り
の模様は、やっぱりくすんだ金糸銀糸。小さな鳥や唐草の模様。
 ……なんだけど。

「駄目、これ?」
「……形が、ですねえっ」

 そりゃまあチャイナドレスだからしょうがないのかもしれないけど、スリッ
トは深いし袖はないし、ついでに喉のあたりが大きくくれてるし。

「あ、そお?」
 そうかなあ、色はいいのになあ、と、眺めてから、相羽さんはそれを元の位
置に戻す。
「…………どうしてそんな熱心に選ぶかなあ」 
 色を見て、形を見て、何度も指をすべらせて。
 そりゃ、ねえ、と、視線はそちらに向いたまま、そこで返事はストップする。
選ぶほうが忙しいということらしい。
「これもなかなか手触りとかいいねえ」
 相羽さんが触っている生地に触れてみる。
 確かに、手触りはいいんだけど、
「そんな着るもんじゃないんだから、化繊とかで充分でしょうが」
「どうせなら触って手触りがいいやつがいいじゃんか」 

 その、『触る』のが前提の選択ってどういうことですか……と言いかけて、
止める。
 ……大概返事の内容には見当がついたし……多分、相羽さん尋ねたらそのま
んま口にするし(頼むからそれはやめてくれと思うけど)。


 様々な色調の、チャイナドレス。
 光沢のある布。真紅の地に、少しだけ濃い色の糸でびっしりと縫い取りをし
た品が、すぐ目の前にある。
(これなんか六華に似合いそうだなあ)
 色白で華奢で、ふっつりと揃えた黒い髪は真っ直ぐで艶があって。
 あの子なら小柄で華奢だけど、スタイルいいからこういうの合いそうだし。
 ……つーかああいう子が着るならあたしだって見ていたいのにっ。

 と。

「ああ、アオザイもいいねえ」
「……へ?」

 チャイナドレスの横に、何着かのアオザイが並んでいる。その袖をつん、と
引っ張って。

「大人しい感じのアオザイだったら普段でも着れそうだよねえ」 
「……普段っ?!」 
 声をあげかけたら、そこに割り込むように。
「奥様はスレンダーでらっしゃることですから、よくお似合いなりますね」
 糸目の、言葉の発音からして異国の人らしい店主は、片言のようで、でも売
り込み文句だけはがっちりしているらしい。
「暑いの季節にはとても楽なることしますよ。旦那様とのデートに着ることも
素敵ありますね」 
 ……誰がデートですかと(以下略)。

 とりあえず、売り手の言葉に用はない。
「ってっか、あたしにこういうの選ぶくらいなら、相羽さんが自分の服買った
らいいじゃないですかっ」 
 袖を引っ張ると、相羽さんはやっぱり服を見つつ、少し肩をすくめた。
「スーツは割引で買える官製品で充分だよ」
 そういう問題じゃなくて……
「モノはいいし、頑丈だし」 
「普段着まで、同じのなんだもの……」 
「別にモノがよければこだわらないけどね」
 いや、何もお洒落をしろとは言いませんけど、でも……
 と、言いかけたところで。
「スーツの仕立ての取次ぎもあるしますね?」 
 お店の人が割り込んだ。
「あ、いえ、それは……」
「折角のことありますから、ドレッシーなチャイナ服をお揃いで仕立てること
もお勧めのことありますね」 
「結構です!」
 相羽さんが何か言いかけたのを遮る。そこで「やあ、いいねえ」なんて言わ
れた日には、それこそ面倒だ。

「……なんか普通のでいいです、もうっ」 
「似合ってるから、いいじゃん」 
「……そういう問題じゃなくて……」 
 こうも長々選んでたら、お店の人から何を勧められるか判らない。というか、
こうやって声をかけられてるあたりでまずいんだけど……と思っていたら。

「こちらのものなら、派手すぎない、シックすぎもないちょうど良い思います
ね」 
 突きつけられたのは、確かに一目見て相当上等のものと判る品だった。灰が
かった青を基調に丁寧な刺繍のされた布も、その縫製も。
 ただし。
(……六桁って……!)

 何度か中華街に行ったことがあるし、友人がチャイナドレスを選ぶのにつき
あったこともある。だから、大体の値段なら見当がつくのだけど。
 そりゃ良いものだ。それは認める。だけど。
 丸の数が、どう考えても一つ多い。
(幾らなんでも、こんなの一気に勧めるかなっ)
 華僑、という単語が頭に浮かぶ。ユダヤ人と並んで商法の雄とされる人々。
確かに、商法の信頼の基本は外さない。だけど同時に、相手の心が動いたと判
断した途端、今までの数倍の値段のものを勧められる。
 と……留学中のことも含めて思い出していた時に。
「へえ、手触りもいいね」 
 ……もうっ!

 相羽さんの袖を掴んで引っ張る。店の隅に移動して。
「お安くすることを約束ですね」
 その声は無視する。安くしてもらったところで、あの値段なら判断に違いは
無い。
「どうしてそういう洒落にならないものを選びますか……」
「ああ、ちょっぴり割高だったねえ」 
「ちょっぴりじゃなくて、非常になんですっ」 
 思わず、頭を抱えた。
 絶対に無駄遣いをする人じゃないし、自分の服装なんかには無頓着の癖に、
どうしてこう、妙なところで経済観念が壊れてるんだこの人は! 

「……だからね、普通のでいいでしょう?」 
「まあ、そだけど」 
「どこかに着て出かけるってならともかく……でしょ?」
 そうだけどね、と、相羽さんは悠長に首を傾げてくれる。
「似合ってて、いい品ならそれでもいいかとおもったけど」 
 ……やっぱり経済観念壊れてるし! 
「桁が違うの!」 
 とにかく駄目、あんな高いのは駄目、と念を押すと、ようやっと相羽さんは
頷いた。

「お客様、ご相談ならお茶しながらが良い思いますね」
 いつの間にか、テーブルの上に桃の形の饅頭とお茶を並べて、お店の人がに
こにこ笑っている。
「あ、いえっ」 
 冗談じゃない。この伝でいいカモ扱いされてはたまったものじゃない。
「気にしない。これ、中国の商人のスタイルのことですね」
 だから結構なんです……と、流石に口にはしなかったけど、とりあえずお茶
のテーブルからは遠ざかる。
 危険だ。

「も少し見てもいい?」 
「……うん」
 
 頷く前に、相羽さんはまた服の前に移動している。今度はどうやらアオザイ
を見ているらしく、ハンガーにかかった服を色々触っている(って、あたしも
それを平然と見ているわけだから……何だか麻痺してるなあ)。

 化繊だろうと判る、本当に薄い布で出来たもの。もう少ししっかりとした絹
らしき手触りのもの。鮮やかな青の上衣に白のパンツ、上衣は布の裏までびっ
しりと刺繍のほどこされたもの、等々。
 確かに綺麗なんだけど。

「お手ごろなものもあるしますね。お気に入りの布あることしたら、仕立てる
もできますね」 
「仕立ても出来るの」
「はい」
 何か頭痛くなってきた。

「これなんていいね、白だけど表面の模様がいい」 
 それからしばらくして、相羽さんが手に取ったのは、白の絹生地だった。
 織りの段階で模様が入っている。そこにびっしりと、殆ど同じ色合いの白の
糸で刺繍がほどこされていて。
 ……うん、綺麗な布だと思う。
 …………それを誰が着るんだっていう一点を除けば。

「お目が高いのことありますね。アオザイ、きちんと採寸して仕立てることを
しますから、時間を頂くしますがよろしいですか?」 
「どのくらいでできるの?」 
「2週間ほどいただければ、最上の品質でお届けですね」 
「もし、よろしかったら採寸だけでもすることをしましょうか?」 
「ああ」 
 ……えー……と、それは文句を言いたかったのだけど。
「珊瑚さん、珊瑚さん。採寸をお願いしますね」 
「はい」
 返事と一緒に現れたのは、中学くらいの女の子だった。綺麗な黒い髪を、丁
度肩の上で揃えている。白い顔は可愛いというよりはっきりと綺麗、怜悧な印
象さえある。真っ直ぐに切り揃えられた髪の毛が、その印象を強めていた。
「こちらへどうぞ」
 すっと、その彼女が手を差し伸べて店の奥を示す。こうなったら仕方ない。
「……はい」

             **

「……終わりました」
「あ……はい」

 手際よく洋裁メジャーを伸ばし、ぴしぴしと計ってゆく。採寸する箇所は、
予想以上に多かった。

「珊瑚さん、お届け先も聞いておくことをしてくださいね」 
「はい」
 仕切りの代わりのカーテンを押し広げながら、彼女が頷く。それについて、
また店に戻った……途端。

 黒のチャイナ……いわゆる功夫服……に、黒い丸サングラス。
「これ、お似合いと思うしますね」
 サングラスをかけさせて、お店の人はうんうんと満足そうに頷く。
「これもある、よいですね」 
 かぽ、と、黒い人民某をかぶせて。
「こう?」
「お似合いのことありますね。とても素晴らしいのことします」
 ……いや、似合ってるんだけど。それは否定しないんだけど。

「……相羽さん」 
「あ、お疲れ」 
「……その服」

 いや、確かに将来有望なチャイナマフィアに見えるんですけど。
 でもその服、絶対着易いと思う。
 ……だから、ついつい。

「……相羽さん」 
「ん、なに?」 
「……今なら遅くない。取り替えない?」
 アオザイと、その黒のチャイナ服と……と言う前に。
「だめ」 
「………えー」 
「楽しみにしてるから」
 チャイナ服のまま、腕組みしてにやーっと笑って。
 ……尚更に……刑事さんに見えないというかなんというか。
「うう……」
「うなるはよくないのことですね。せっかくの美人が台無しなるしますね」
 徹底してリップサービスの行き届いた人だ、とは思った。

「お届け先は」
 ひょい、と、さっきの女の子が顔を出す。冷静沈着、どこか無表情なままの
表情は、この年頃の子にしては珍しいものだったが、でもこの子なら似合う。
「ああ、お届け先ね」 
 言いながら、差し出された紙を受けとって、相羽さんはさらさらとペンを走
らせる。
「……はい、ありがとうございます」
「料金のほうってどうなってるの?」 
「お安くしておくしますね。このくらいでどう思うしますか?」 
 さらさら、と、細長い短冊状の紙に、その人は何やら書き付けてゆく。覗こ
うとしたら……相羽さんがひょいと手を伸ばしてその紙を受け取った。
「ふむ……先払い?」 
「先払いでお願いするしていますね」 
「了解」

 ……いや、ちょっと待った。

「相羽さん」

 黒の上着と、高い襟元。それに黒の帽子。
 それが……確かにすごく似合ってて。

「ん?」
「……それ、買うの?」 
「んーどうすっかねえ」 
「なんか、妙に似合ってるんだけど」 
「そだねえ、折角だから俺も買おっかね」 
「いい思いますね。よくお似合いのことします」 
 そしたら、と、また短冊を出して、さらさらと書く。今度は先ほどより長く
書いているのが判る。
「了解」

 今度こそ、財布を取り出して、相羽さんは手早く支払いを済ませる。
「それから、こちらはおまけのことですね」 
 お店の人は、ひょい、と、手を開いた。
「翡翠の腕輪ですね。さきほどのアオザイにとても合うこと思います」
「へぇ……良心的だね」
「中国の商売人、商売に投資を惜しむは成功しないですね」
 そうかも、と、妙に納得する。

「……でも、それ、入ってないですよね?」
 え、と、相羽さんが手を止める。
 何時の間にか、その手に白檀の扇子を持っている。その近くにきちんとした
箱が置いてあって、如何にも高そうで。
 ……冗談じゃない。
「……扇子ならあたしが見繕って買ったげます!」 
 はいはい、と、相羽さんは頷いたが、
「入ってないよね?」
「ええ、でも、こういうものも、あるしますね」 
 ってまた棚を開けだすし!
「いえ、結構です」 

 確かに商売に投資を惜しんでないとは思う。
 でも、その投資で絶対に損をしないくらいには、次々莫迦みたいに高いもの
を勧めそうだな、と、これは偏見でもなんでもそう思うから仕方ない。なんせ
チャイナドレス一着が10万越したのを見た日には。

「結構です」
 それでもまだ、棚の中をさぐっているのに牽制して。
「有難うございました」
 一礼して、そのまま店の出口に向かう。

「こちらが、領収書と、お受け取りのお控えになります」 
 はんこやら何やら、ぱたぱたと押していた少女が、さっと紙を差し出す。
「ありがと」
 相羽さんの声に、彼女はぺこり、と一礼して、またお店の奥に引っ込んだ。

             **

 手を掴んで、ずんずん歩いた。
 相羽さんは別に何も言わず……気になって顔を見ると、何となく上機嫌に見
えたので、少しほっとして……でも同時に、ほんの少しむっとした。

「……こういうことを、刑事さんに言うのは何ですけど」 
「ん?」

 詐欺やら麻薬取引やら。そういう危険な取引を取り締まる人だってのに。
 今日に限ってはふっかけられても何しても、全く気にしてない顔になってる。
 ……だから。

「欲しがりそうと思ったら、他と一桁違う品を勧められるお店って、気をつけ
たほうがいいと思います、あたしは」 
「まあ、そだけどね」 
「……判ってるなら、ああやって相手の売り言葉に、いちいち反応しなくても」 
「見るだけ見て買わなきゃいいじゃん」 
 
 ……絶対それ嘘だ。

「あのチャイナドレス、買いそうになってたくせに!」
「買ってたかもねえ」
「……矛盾しまくりじゃないですか!」
「お金は使うべきところに使うもんでしょ?」
「……使うべきところの判断がずれてますっ」

 
 そこまで言ったところで……すれ違う人の表情に気が付いた。
 何だか妙に、見てはいけないものを見たような顔になって、すっとこちらを
避けていって……

「あ」

 公道で手を繋ぐなんて駄目だ。
 そう思って手を離すと……相羽さんは少しだけ拗ねたような顔になったけど、
すぐににやっと笑った。

「二週間後が楽しみだね」
「…………」

 そこで頷き損ねたあたしは……まだ修行が足りないのかもしれない。



時系列
------
 2006年5月、中旬くらい?

解説
----
 アオザイ購入決定話。
 もすこしだけ続きます。
*************************************************

 てなもんで。
 ではでは。
 


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