[KATARIBE 29999] [HA06N] 小説『春時雨の竜・其の六』

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Date: Tue, 11 Jul 2006 23:12:36 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29999] [HA06N] 小説『春時雨の竜・其の六』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年07月11日:23時12分36秒
Sub:[HA06N]小説『春時雨の竜・其の六』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
久方ぶりに、この続きです。

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小説『春時雨の竜・其の六』
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登場人物
--------
 六華(りっか) 
     :冬女。元軽部真帆宅から桜木家へ、そして現在本宮家の一室に住む。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さんで霊感のある軟派にーちゃん。
 雷竜
     :空から落ちた雷竜……の兄弟。行方不明の兄弟を探しにきている。

本文
----

 時はゴールデンウィークの前半。
 場所は本宮家……つまり本宮兄弟の実家。

「あーこら、もぞもぞ動くな」
 相変わらず黒尽くめの一名が、背広の袖を抑えながら玄関の扉に手を伸ばし
た。抑えた袖のあたりから、きゅぅ、と、何だか妙な音がするのをあっさりと
無視して。

「おす、ただいま」
「お帰りなさ……あ、ゆっきーさんだ」
 ぱたぱたと玄関の上がり口に出てきた六華は、おや、という顔をした。


 美絵子の口利きで、六華が本宮家に住んでからもう数ヶ月が経つ。帰ってこ
ない息子の部屋が一杯あるからいいのよ、と、本宮四兄弟の母、こと麻須美さ
んは気軽に言い、ごく自然に彼女を受け入れている。

「よう、六華」
 だから幸久も実家に六華が居ることに、既に慣れている。ひょい、と手をあ
げて挨拶しながら、靴を脱いで上がる。
「でも、今、お父様とお母様は、幾久君のところに遊びに行ってらっしゃいま
すけど」
「ああ、聞いてる」
 六華の出したスリッパを履きながら、幸久は頷いた。


 お湯を沸かしてお茶を入れる。一緒に冷蔵庫のお煎餅を出して。

「美絵子さんは、大丈夫ですか?」
「ああ、ちとつわりがちょっと辛いらしくて実家に……って、おい」 
「あら」
 六華が目を丸くする。黒い背広と白いワイシャツ、その襟元からにゅるりと
濃く艶のある青の何かが頭を出したのだ。
「きゅっ」
 小さな頭に、大きな目。きょろりと六華を見ながら、小さく鳴く。それを見
やって、六華はほう、と溜息をついた。
「……また、奥さんのいらっしゃらない時に妙なものを」 
「俺じゃねえよ、桜木の奴に頼まれたんだよ」 
 おやおや、と、六華は呟いた。数ヶ月前に別れた相手の名前に対して、いっ
そ冷淡なほど平静な表情のままだった。

「きゅう……」
 青い鱗に包まれた、長い身体。頭から背中にかけて、細くたなびくような、
背びれとも鬣ともつかない毛。中国の水墨画にあるような、ある意味典型的な
竜は、きょろきょろと辺りを見回した。
「……はて?」
 不思議そうに呟いたのは六華のほうである。竜の気配に詳しいとは言えない
が、水にまつわる眷属として、水の気配にはそれなりに敏感である。しかしな
がら。
(この竜は、水の竜じゃない)
 そう思ってから、六華は小さく息を吐いた。
(……だから、わからないのよ)
 行方不明、かつ、探してくれと頼まれている相手。雨竜の子供なら、もっと
水の気が渦巻いていることだろう。だが同時に、竜の気についてはよく似てい
る。
(こんな竜たちが、あちこちに居るんだから……まったく)
 はあ、と、また息を吐いて、六華は幸久のほうを向いた。

「どうしたんですか、この子は」
「なんでも、雷が落ちたときに一緒になって落ちてきたとか」 
「…………あら」
 今度こそ、六華にしては『おやおや』である。空から落っこちた竜が、何匹
も吹利に居る……とは思えない。とすると。
(一緒に落ちた竜が居たって言うし)
(でもそうすると……それって雷の竜ってこと?)

「なんでもウチに気配がするだのなんだの言ってたんだが」 
 がぷ、と、お茶を一口含んで、幸久が言う。
「うちに……って、あれはこの方を探してるのじゃないと思いますが……」 
 小首を傾げた六華のほうに、青い竜はふよふよと漂うように飛んでゆく。目
の前に止まって、前足をひょい、と差し出した。六華が指を出して握手すると、
妙に満足そうに目を細める。

「……他にもいんのかよ」 
「あたしが頼まれたのは、雷の音に吃驚して空から落ちた雨竜のお嬢さんです
けど」 
「……竜が雷に驚くなよ」 
 幸久は呆れたように言うのだが。
「でも、その時に雷竜の子供さんも一人、空から落ちたそうですから……」 
「で、これか」 
 やれやれ、と、言いたげな幸久の視線の先で、青い竜……どうやら雷竜の子
供……は、きゅーと一声鳴いて、こっくりと頷いた。

 やれやれ、と、六華は溜息をつく。
 雷の酷い夜に、雨竜と雷竜の子供が、それぞれ一人ずつ落ちたとは聞いてい
る。それは知識としては頭に入っている。
(それにしても、なあ)
 どんくさいなあ、と、流石に声には出さずに六華が眺める視線の先で、雷竜
はしばしきょとんとした挙句、
「きゅーきゅー」
「つか、あばれんなこら」
 何かを探すようにきょときょとと動き回るのを、幸久がとっつかまえた。


 改めて、六華は外を見る。
 ゴールデンウィークの夕方。先ほどまで綺麗に晴れていた空を、糸を掃いた
ような白い雲が少しずつ埋めている。

「夕方くらいに」
「え?」
 襟の辺りでにょろにょろとじっとしていない竜を押さえ込もうとしていた幸
久が顔をあげた。
「もう一匹の竜の……親御さんがこちらに来るんですけど」
 そこまで言って、言葉を切る。そして六華はちろっと幸久のほうを見た。
「な、なんだよ」
「……目の毒かも」
「ってどういうっ」
「あれだけ素敵な奥さんがいるのに、美人を見るとすーっと目が移動するでしょ
ゆっきーさんは」
 すっぱりとした六華の言葉に対して。
「いや、ちょっと見とれるくらいはあるだろ」 
 幸久の言葉は歯切れが悪い。

 美絵子は、六華にとって、絶対の味方である。
 どれだけみっともない、情けない真似をしても、味方で居る、と言い切って
くれた人である。

 ……故に。

「…………そちらの方、お連れしましょう」
 ひょい、と手を伸ばして雷竜の子に触れる。ことさらに……思いっきりわざ
とらしく幸久を無視する格好で。 
「そろそろ来られる頃合ですから」
 つーんと横を向いたまま、そう言った六華に。 
「つーか、な、よそ見なんてしねーっつの」 
 そう、幸久は断言するのだが。
(見とれるくらいあるだろなんて言うから駄目なのよっ)

「何にせよ、そろそろ今日も来られるくらいですから」
 伸ばした手に、雷竜を巻きつけて。 
「こちらです、どうぞ」
 以前は幸久の部屋、今は六華の部屋に向かう。 
「まあ、その母親っつのにあわせればこいつの身元もわかるんだろ」 
「……まあ、どのくらい互いに行き来があるのか、竜のことは知りませんけど」

 確かにそれでも。
 この子が、何かを知っているなら有難いと……それは六華も思う。
 迷子になった雨竜の子。元気、と、わかっていると……その母親は言うのだ
けど。

(早く帰ってくるに越したことは無いものね)

 
 空を半ば埋め尽くした雲が、ほんのりと灰色を帯びてくる。
 雨の竜は、間近に居る。


時系列
------
 2006年5月はじめ

解説
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 「春時雨の竜」という題名から少し時期的に外れていますが、その続きです。
****************************************

 てなもんで。
 ではでは。
 


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