[KATARIBE 29994] [HA06N] 小説『出張前の光景その2』

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Date: Mon, 10 Jul 2006 23:50:19 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29994] [HA06N] 小説『出張前の光景その2』
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2006年07月10日:23時50分18秒
Sub:[HA06N]小説『出張前の光景その2』:
From:久志


 久志です。
書きたくてしょうがなかった一週間の出張のお話です。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説『出張前の光景その2』
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登場キャラクター 
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 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県警生活安全部巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事部巡査、ヤクザも避けて通る、通称ヤク避け相羽。
 桃実幸(ももざね・こう)
     :吹利県警生活安全部少年課課長。抜け目ない人。

和久 〜涙
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 クロゼットの奥から旅行用の一番大きな鞄を引っ張り出す。
 検察から戻ってすぐ、課長に一週間の出張をすることになった旨を報告して、
そのまま県警から一旦自宅に帰りついたのがついさっき。
 さしあたって下着と厚めの上着、念のため靴下は多めに持っていったほうが
いいかもしれない。北海道なんて生まれてこのかた一度も行ったことないし、
やっぱり今の時期寒さは厳しいかもしれないし。一週間分の着替えと、旅行用
の小物。洋服箪笥から替えの下着と靴下を出して小袋にまとめながら、ふと脳
裏をよぎる記憶。

 あれは丁度一月の初めの頃のこと。
 刑事部との合同一斉取り締まりで、違法摘発の真っ只中の出来事。
『豆柴!』
 耳に突き刺さるような鋭い相羽さんの声。
 取り押さえた男の手をがっちり掴んだまま、弾かれたように振り向いた先に
映ったのは――飛び出しナイフ。
 見開いた白目は真っ赤に血走り瞳孔の開いた目は正気が失せ、半開きの口の
端に泡を浮かべながら震える手でナイフを握り締めている、間違いなく薬物に
よる錯乱状態。普通ならばとてもではないが大人一人ではとても押さえられな
い手合い、しかもこちらは手が塞がった状態で。
 咄嗟の間に考えられたこと。
 手を離して避ければ自分だけはかわせるかもしれない、だが取り押さえた男
は避けられない。ならば、刃を突き出されるより先に体ごとぶつかってかわす。
 だが、結果は予想したものとは違っていた。
 目の前に飛び出した影、その背中に跳ね飛ばされるように取り押さえた男ご
と横へ転がされ、視界が回る。
『相羽さんっ!』
 転がったまま――捕まえた手は離さずに顔をあげる。
 相羽さんの手を染めて滴り落ちる赤。
『相羽さん!?』
 それでも相羽さんはいつものどこか人を食ったような笑顔のままで。なおも
暴れる男の腕を怪我したままの手で掴んで床に押し付けて。
『間一髪、だねえ。豆柴』
 でも、逆にその姿が逆に痛くて。

 あれから一ヶ月近く。
 相羽さんの怪我はもうすっかり癒えて、包帯はなくなっていたけれど。
 自分はちっとも変わってない。いつも、いつも、相羽さんや史兄や、周りに
助けられてばかりいて。
『これまで自分に注がれた手間暇を無為にするようなことはしないでくれ』
 それなのに、何一つ期待に応えられていない。

 ぱたんと、クロゼットを閉じて一息つく。
 とりあえず着替えと念のための厚めの防寒着と一通りの旅行セットは揃った。
詰め込むのはもう適当でいい。
 テーブルの上に置いたまますっかり冷えた珈琲をひと口飲む。
 自分が至らないせいで回りに迷惑をかける、失敗した自分のフォローの為に
大切な本当に貴重な時間を削って助けてくれる人達。
 事件を追って、相手の挑発にのって手を出してしまったこと。証拠が集まり
きらずにあわや不起訴となった今回の件を相羽さんや史兄が手を尽くしてフォ
ローしてくれたこと。しかし、その弱味につけこまれて別件事件の物証集めに
利用されてしまったこと。
 自分だけがこき使われるならいい。だが、自分が唯々諾々と相手に従ってし
まったせいで史兄や相羽さんだけでなく、葛城さんまで利用される羽目になっ
てしまった。気にせんときそんな日もあるとよ、と。葛城さんは笑って元気付
けてくれたけど。
 自分のせいで。
 先輩たちの貴重な時間を無駄に使わせて、自分を育てる為に注いでくれた労
力と期待を裏切ってしまったことが、何よりも痛い。

「すみません……」
 情けなくて、申し訳なくて。
「……すみません、相羽さん、史兄、葛城さん……」
 顎を伝って落ちた滴が、手の甲を濡らした。


老練の言葉
----------

「よっと」
 なるべく必要最低限な荷物で、と思ったけれど。一週間分の着替えを詰めた
バックは結構な重さで。空いた右手の甲で軽く顔をこする、あれからしばらく
経ってるのにまだ少し目の奥が熱い。
 壁掛け時計にちらりと目をやる、相羽さんとの待ち合わせの時間まではまだ
まだ余裕がある。相羽さんだって突然の出張であわただしいだろうし、何より
あの愛妻家の相羽さんが一週間も奥さんと離れるってのは、やっぱり嫌なんだ
ろうなとも思う。
「少し早いけど、先にいくか」
 訓練用に買った厚手の安全靴を履いて、立ち上がる。
 凹んでるヒマなんて、ない。

 家を出て肩に鞄をかけて歩きながら、肝心なことを忘れていたのに気づいた。
 尊さんに連絡しなきゃ、それに……クリスマスに尊さんがプレゼントしてく
れたコートが県警のロッカーに置いたままだ。
 慌てて胸ポケットから取り出した携帯でメール画面を開く。本当は出かける
前に一回会いたかったけど、今のこんな情けない姿は正直見られたくない。

『件名:突然の話ですが
 こんにちは尊さん、お仕事忙しいですか?
 突然な話なんですが、今日から一週間北海道と東京に出張することになりま
した。急な話ですみません。今日の夜の便で発つので、また北海道に着いたら
連絡いれます』

 電子音と共に送り出されるメール。
 思わず襟元に伸ばした手の下、服の上から触れる指輪の感触。
「尊さん……」
 まだ吹利を出てもいないのに、会いたくてしょうがない。

 * * *

 吹利県警の前まで来て。
 コートを取りに戻った……のだけど、正直気まずい。
 刑事部の他の人達には合わせる顔がないし、生活安全部の人達にも自分が出
張する分の埋め合わせで色々と無理してスケジュール調整することになったん
だし、できる限りそっと行って、すぐに戻ろう。

 と、思っていたら。
「おう、豆ちゃん」
「わっ」
 県警の更衣室、ロッカーのコートを掴んだまま飛び上がりそうになった。
「……か、かちょう」
 音もなく背後に忍び寄っていたのは生活安全部少年課、桃実課長だった。
「豆ちゃん、もうでとったと思うたんやけど」
「あの、すみません。忘れ物をしてしまって……すみません」
「ええねん、そんな謝らんでも」
「……課長」
 なんだか、また目の奥が熱くなってくる。
「今回の出張の件、尚ちゃんからあらかた裏の話は聞いとるよ」
「すみません、課長。そうでなくても忙しいのに、俺の失態のせいで……課長
にも他の人達にも」
「豆ちゃん、そんなに思いつめなさんな」
「……」
「そらお巡りさんかて切れば血が出る人間やし、わかっててもミスすることは
ある。そらあ機械みたいにはいかんやろ」
「はい……」
「豆ちゃんがちゃんと今回の失敗を理解して、次に同じ失敗せんようになれば
ええ」
「ですが」
「今は歯ぁ食いしばってやることやったらええよ。尚ちゃんも史やんも豆ちゃ
んのイイとこも悪いとこも、ちゃあんと見てる」
「はい……」
「だから、そんな豆ちゃんをいいように検察のお嬢ちゃんに利用されたくない
から史やんもああ言ったまでや」
「…………」
「一つだけ思うのは、豆ちゃんがこの件を気にしすぎて行動すべき時に行動で
きんようになるのが怖い」
「あ……」
「そういうこっちゃ」
「はい、課長。すみません……ありがとうございます」
「ええよ。お土産、楽しみにしとるよ」
「はいっ、失礼します」

 課長と別れて、県警を出て。
 重苦しい想いを抱えていた行きと違って、帰りは胸につかえていたしこりが
取れたようなすっきりとした感覚。課長のおかげ、かな。
 時間を見ようとして携帯を見ると、メールが一通届いていた。

『北海道?大変だね。ちゃんと厚着して風邪をしないようにして、気をつけて
行ってきてね』
 
「……尊さん。」
 携帯を胸にしまって、一息。
「頑張らなきゃな」
 やれることを精一杯頑張ろう。

時系列 
------ 
 2006年1月末
解説 
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 一月末、一週間の出張に出かける前の豆柴。
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以上。



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