[KATARIBE 29981] [HA06N] 小説『出張前の光景その1』

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Date: Fri, 30 Jun 2006 01:40:43 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29981] [HA06N] 小説『出張前の光景その1』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年06月30日:01時40分43秒
Sub:[HA06N]小説『出張前の光景その1』:
From:久志


 久志です。
 一月の話を今頃投げる奴。
書きたくてしょうがなかった一週間の出張のお話です。
豆柴が!泣くまで!書くのをやめない!

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小説『出張前の光景その1』
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登場キャラクター 
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 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県生活安全課巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事部巡査、ヤクザも避けて通る、通称ヤク避け相羽。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査、のほほんお兄さん。通称人間戦車。
 本多玖皇崋(ほんだ・きょうか)
     :吹利地検検察官。キツイ性格の人。
 その他県警の人々

和久 〜後悔
------------

「この検案は不起訴処分よ」
「……そんなっ」
 吹利地検。
 ぴしりと告げる声は厳しくて、容赦が無かった。
「状況証拠だけで物的な証拠が何一つないじゃない。それにその状況証拠だっ
て強引極まりないわ。これでは公判を維持できるだけの力はないわ」
 ばさりとデスクに書類を放ったのは、吹利地検の若き検察官、本多玖皇崋。
隣に並んだ史兄――本宮史久巡査と自分の顔とを鋭い目でじろりと睨む。
「ですが、事実と供述に基づいて裏はとれています。物的証拠はあげられてい
ませんが、証言は……」
 言い終わらないうちに史兄の手で制された。
「確実な物的証拠を押さえられなかったことは、こちらとしても捜査が行き届
かなかったことは認めます」
 もともとは先走った行動をとってしまった自分の失態なのに。
 自分をフォローする為、わざわざ忙しい時間を割いて史兄や相羽さんら刑事
部の人達が力を尽くしてくれている。その事実が、情けない。
 小さく息をついて、本多検事がとんと机を指先で叩いた。
「あのね、向こうも馬鹿じゃないわ。今の犯罪者は法律の知識ぐらいは備わっ
てるのよ。自分が安全な場所に逃げれるための法をね」 
「……はい」 
「それに、同じ事が繰り返される……と言ったわね? いつまでも体育界系の
ノリで筋肉バカやってるから、こんなことになるんじゃないのかしら。舐めら
れて当然ね」
「……すみません」 
「謝らなくてもいいわ。例えその分野が違えど、私達が連携して立件しなけれ
ばならないでしょう? 今回はそれがうまくいかなかっただけのことよ」 
 溜息と共にでた本多検事の言葉が刺さる。ぎゅっと握り締めた拳に爪が食い
込むのを感じる。

 何より自分の不甲斐なさが、どうしようもなく痛い。


相羽 〜見てるだけ
------------------

 ヤバそうな雲行きになってきたねえ。

 豆柴くんこと本宮和久巡査が事件の被疑者を確保してから丸一日。肝心要の
物的証拠が足らず、このままいけば証拠不十分で不起訴という事態にあたり。
検察側のフォローに回った史とバックアップの石垣と葛城、そして証拠収集と
して自分が動かぬ証拠を持って参じたわけだが。
「本宮和久巡査」 
「はい」 
「いくら証拠が出てきたからとはいえ、今までのことは、警察検察双方の連携
がなってなかったと私は感じてるわ。今回のことがいい例」 
 まあこの検察官のおネエちゃんがとんだ食わせもので。
「だから……だからここで地方のやり方を見せたいと思うの。吹利県警の全署
員と私達が一丸となってこの検案を勝ち取りたいわ。貴方も異論はないわね」
 わざとらしく目頭に涙を浮かべつつ――内心は舌出してるのが見え見えなん
だけどねえ――豆柴くんに詰め寄っている。
「……はい」 
「じゃぁ決まりね。手嶋事務官、手続は済んでるわね?」 
 うって変わって明るい声で事務官に向かって手を振る。
「私達が特捜部を出し抜くわよ。史久刑事、相羽刑事、貴方方も彼のサポート
をお願いします」 
 要するに自分は楽して面倒ごとだけ押し付けようって算段なわけだ。
「わかりました」 
「……わかりました」
 何かいい言いたそうな声だよね、史よお。まあ、豆柴くんのお人よしにつけ
こんで体よく利用しようという検事殿のえげつなさには多少ひっかからなくも
ないけど。むしろお前さんの場合、唯々諾々と検事殿の口車にのせられて利用
されちゃう豆柴くんに対してかなりおかんむりの様子だね、こりゃ。

「じゃぁ、早速貴方達に北海道に行って貰うわ」 
「え」 
「不動産の不法転売の主な活動場所は北海道だからよ。今から裏を取ってきて
頂戴」 
「わかりました」 
「さあて、速攻でチケットとって飛びますか」 
「それが終わったら、今度は沖縄、それと博多まで飛んで頂戴」 
 やれやれ全国行脚だね。
「後、警視庁との合同捜査になると思うから、東京に出向いて資料を片っ端か
ら集めてきて」 
「はいっ」
 大真面目に敬礼してるけど、相手の腹の底見えてるかい、豆柴くん。
 本来自分でやるはずの厄介ごと全部押し付けてくれちゃってまあ、食えない
女狸さんだね、こりゃ。
「そうそう、ついでだから警視庁の方々の御守もして頂戴」 
「ええ、そりゃもう可愛がってきますよ」 
「あぁ、肝心なこと忘れてたわ。私達は確実に減給処分だから、死ぬつもりで
やってね」 
 まあ、言われなくてもやりますよ。そちらさんは痛くも痒くもなさそだけど。
「……はい」 
「ええ、今回はこちらに非がありますし、ね」 
「従いましょう」 
 ああ、真っ青になっちゃったね、豆柴くん。まあこれもお勉強ってことで。
 後で史の奴にこってり絞られるだろうけど。


史久 〜溜息
------------

 吹利地検を後にして。
 思わず腹の底から溜息が出た。

 僕らを体よく利用した彼女の意図はわかっている。実際にこちらの捜査に落
ち度があったのは確かだし、そのフォローとして僕や相羽先輩やら刑事連中総
出で駆けずり回ったのは当然のことで。でも、その結果として本田検事にいい
ように使われる羽目になったわけで。

「相羽さん、史兄、すみません……」 
「まあ、いいんじゃない」 
「でも、俺のせいで迷惑が」 
「絶対に間違わないなんてことはない、繰り返さなければいいだけだよ」 
 帰り道、ひたすら恐縮する和久に対し、相変わらず人を食ったような笑顔で
気楽に答える先輩。
「しっかしまあ、食えない姉ちゃんだねえ」 
「……先輩」 
「まあ、今回は大人しくいうこと聞いとくよ」
 だがね、と言葉を続けて目を細める。
「次はないよ。今度は向こうから頭を下げて来る番だ」 
「そうですね」
「……すみません」
 和久の喉に詰まるような謝罪の声だけが繰り返し響いていた。

 * * *

 県警に戻って。
 生活安全部に報告に戻る和久を見送って、総務にチケット手配の連絡をしつ
つ先輩と二人刑事部へと戻る。
「おお、おかえりったい」
 明るい声で出迎えてくれたのはついこの間九州から吹利に赴任した葛城さん。
「どげんしたと?」
「……ええ、実は」
 歯切れ悪く応える声に、デスクに向かって書類を書いていた石垣さんが顔を
あげる。同じく片手に珈琲を持った中村さんがこちらを見た。

「北海道に沖縄、博多に東京……全国行脚ですね。史さん」
「博多にいくったい〜。ちょっとした里帰り気分とよ」
 並べた地名を聞いて一瞬唖然とする石垣さんと、博多と聞いた途端に故郷を
思い出したのか上機嫌になる葛城さん、なんだか小さく歌まで口ずさんでいる。
片や中村さんは眉をひそめていかつい顔を更に険しくしている。

「とりあえず飛び先と各署に連絡と応援を募るから、石垣ちゃん後頼むわ」
「ええ……相羽さんも気をつけて」
「北海道と東京は先輩と和久に行ってもらうとして、僕は博多、沖縄の方に飛
びます」
「あ、博多なら任せときんしゃい」 
「ええ、すみませんがお願いします葛城さん」
「そうそう、総務の大奥にはもうチケット手配は頼んであるから」 
「おー、流石、はやかねぇ」 
「現地の連絡はこちらで請け負います、葛城さんは博多の県警本部に連絡をお
願いします」 
「了解したとよ。」 

 * * *

 出張の準備やら手配やら連絡やら、刑事部での連携を終えて。
 まずやらねばならないこと。

「……すみません」 
 県警休憩室、身をすくめるように頭を下げる和久。
「謝らなくていい。こういう結果になったのはこちらの詰めが甘かったという
のは否めないからね」 
「ですが」 
「もはや、お前が謝ってどうなるという問題じゃない」
 続けようとした言葉を飲むこむように、 口をつぐんで唇を噛み締める。
「ただね、和久。一つ言っておく」 
「はい」 
「僕も先輩も、貴重な時間を割いて、検察の雑用係を育てたつもりは無いよ」
 噛みしめた歯が軋む音、握り締めた拳が震える動き。
 言葉は時に、切り裂く鋭い刃にもずしりと響く鈍器にもなる。それは僕自身
嫌というほど知っている。
「お前の真摯な気持ちと心がけは良いところだと思っている。だが、いいよう
に利用されるな」 
「……はい」
 俯いたまま搾り出すような声が答える。
「これまで自分に注がれた手間暇を無為にするようなことはしないでくれ」 
「すみません……」 
「警察官一人の利用料は安くない、心するように。先ほど総務部に北海道行き
の夜の便を予約してもらったから、今日は帰って支度してから先輩と合流して
向かうように、いいね?」 
「…………はい」 

 お前にはちょっと――大分痛いかもしれない。
 けど、この言葉は僕が思う本心でもあり、これからお前がきっちりと自覚し
なきゃいけないことで。ここでいつまでも検事殿一人にいいようにされるなら
ば、昨今の犯罪者にもいいように振り回されるのは明らかだ。

 しかしまあ、僕も大概過保護だね。まったく。

時系列 
------ 
 2006年1月末
解説 
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 一月末、一週間の出張の原因となる出来事。
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以上。



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