[KATARIBE 29969] [HA06N] 小説『風春祭断片・その四』

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Date: Sun, 25 Jun 2006 00:45:53 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29969] [HA06N] 小説『風春祭断片・その四』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年06月25日:00時45分53秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その四』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんとか続きです。
ぶん投げてます。険悪です(おい

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小説『風春祭断片・その四』
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 登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん
 本宮和久(もとみや・かずひさ)
     :吹利県生活安全課巡査。生真面目さん。あだ名は豆柴。
 如月尊(きさらぎ・みこと)
     :体は女子高生、心は年上お姉さんな人。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍して姓が変わる。 
 軽部片帆(かるべ・かたほ)
     :毒舌な大学生。真帆の妹。相当のシスコン。相羽尚吾を敵視中。


本文
----


「あ、片帆さーん」
 結構遠くから、手を振っている彼女に、妹は元気良く手を振り返している。
 その隣の、ちょっと遠慮がちに立っているのが、豆柴君で。

 で。

「……片帆、ほんとにやるの?」
「やるよ。何で?」
「なんか人が多いじゃない」
 ふむ、と、片帆は肩をすくめた。
「これは尊さんも頭が痛いだろうなあ」
 ……いや、そういうことじゃなくって。

            **

 護身術なるものの講習会があるというのは、相羽さんからも聞いていた。道
場でやるから興味があるなら来て、とも。
 ただ、問題としては……多分片帆、それ知らないんだよなあ。
 そして、こうやって人が多いってことは……ああやっぱり。
「……げっ」
 げって……片帆、あんたね……。

 複数の指導員、になるのかな、護身術を教える役の人達の中に。
「はい、痴漢役の相羽巡査です。背後からつかみかかるので指導の通り投げて
みてください」
 もうさっさといつものスーツに着替えた相羽さんと。
「はい、そう指をひっかけて……手首をきゅっと返してみて下さい」
 中学生くらいの女の子に丁寧に教えている本宮さんと。
「ええと、背後からつかむので、ええと、投げてください」
 何か妙にどぎまぎしている豆柴君と、隣の尊さんと。

 えい、と、女の子が本宮さんの手を勢い良く捻る。同時に本宮さんの身体が
ふわりと飛んだ。綺麗にくるんと回って、そのまますぐに立ち上がる。

「それでいいです。投げる感じ、判りました?」
「はいっ」

 じゃ、お疲れ様……と言って、笑って見送った本宮さんは、顔をこちらに向
けた。
「ああ、いらっしゃい、真帆さん、片帆さん」
「どうもっ」
 あ、やっぱ、片帆って本宮さんとなんかあったな。挨拶の言葉が荒い。
「本宮さんも指導員なんですね……今のは?」
「一番基本ですよ」
 それで、と、本宮さんが続けようとしたところに。
「やってみる?」
 にっといつもの笑い顔のまま。
「……あー……と」

 いや、この人も指導員なんだろうけど。
 でもこう、横で片帆が……なんかこう怖いんですけどっ。

「ちょっと試しに」
「…………ええと、でも……」

 うん、教えてくれると思う。すごく上手いとも思う。
 でもこう……夫を投げるって……それが教えてもらう立場で仕方ないったっ
て、なんかこうやりにくい。
 それに何よりかにより、片帆の周りの空気が放電しかけてるしっ。

 本宮さんに代わってもらえないか、と思ったんだけど、本宮さんはさっさと
次の人の相手をしている。

「ちゃんと教えるから」
 不意に後ろから手が伸び……かけて。
「じゃ、あたし教わりたいですっ」
 ぴしん、と、鋭いような声に、手が止まった。
「あ、じゃ、あたし見学してるから」

 一瞬、ちぇーっと言いたげになった相羽さんを……この際だ、見て見ぬ振り
してそのまま片帆と場所を代わって。

 …………まずかったろうか、かなり積極的に。

「わかりました、じゃあ、まず」
 それでも教わっている間は……不穏ながらも平衡状態というか。
 片帆もそこで意味無くあたるわけじゃないし、相羽さんはもとより片帆を敵
視してるわけでもないし。
 ただ。
(ああやって笑ってるから、なお片帆が怒るんだってば……)
 いや、相羽さんにしたら普通の顔なんだけど。
 笑ってるのが……擬態語にしたら「にこにこ」じゃなくて「にや」に近いか
ら、余計に誤解されるんだろうと思う(まあ、片帆の場合、「にこにこ」でも
同じことかもしれないけど)。

「はい、じゃ、今の指導の通り、やってみて下さい」
「はいっ」

 ……などと考えていたら、妙に折り目正しい片帆の返事が耳に飛び込んだ。

 慌ててそちらを見ると、丁度立った片帆の後ろから相羽さんが手を出してい
るところだった。
 その手を……なんかもう力任せに片帆が掴む。どこをどうねじったのか、ぐ
い、と片帆が身体を動かすと同時に。

(……ってっ)

 ぶん、と、えらい勢いで投げられた相羽さんと。
 息を荒げ、目を異様に光らせた片帆と。

 投げられたまま、相羽さんはひょいと身体を丸める。投げられた勢いのまま
くるりと回って、そのまま身軽く立ち上がって。
「なかなかお上手で」
「お褒めに預かって恐悦至極っ」
 …………あーもう……

「……先輩、片帆さん」
 とにかくこの二人の間で何を言っても上手くいかないのは学習している。頭
を抱えていたら、ふい、と声がした。
「片帆さん、僕が代わりますから……先輩、他のお相手をしてください」
 すい、と、ごく自然に片帆と相羽さんの間に入って。
 ああ、こういう時に本宮さんって本当に頼りになる。

「……はい、お願いします」
 一度大きく息を吐いて、片帆がぺこりと頭を下げる。
 うん、とかろく頷いて、相羽さんが数歩離れる。

「…………あの……指導員さん」
 一瞬、どう呼べばいいか考える。よく考えてみれば本宮さんには『本宮さん』
で呼んでるんだから、相羽さんにも『相羽さん』でいいようなものだけど。
 でも一応……こういう場だし。
 なになに、と相羽さんがこちらを向く。
「…………すみません」
「ん、いいよ」
 いやそこで、ウィンクしたりするというのが……。
「次、やってみる?」
「ええと……」
 ちょっと考える。うん、投げるのはやりたくないけど。
「ぶん投げられるほうってやっちゃだめですか?」 
「それ、指導にならないし」
「上手く投げられる指導って……無し?」 
「それだと受身でしょ」
「……あ、そっか」
 それは確かに、護身術じゃないよなあ。
「ちゃんとした護身術、教えましょうか?」
「あー……っと」
 気が付くと、本宮さんに教わっている途中の片帆が、三白眼でこちらを見て
いる。あの子の前でこれ以上は出来ない。
「……家で、教えて?」
 出来るだけ小さな声で言う。相羽さんは小さく笑って。
「了解」
 やっぱり小さな声で返した。

              **

 じゃ、あちらで見ているといいよ、と、示されたのは尊さんのほうである。
 豆柴君と尊さん、そして隣の……人形?

 しかしこう、順番待ちしてる人が多い。それも結構若い女の子が一杯。
「じゃあ、もう一度やってみますね」
「はーい」
 で、また、嬉々として教わってるし。

(気持ちは、わかるかも)
 何というか……豆柴君は可愛いのだ。要するに指導員なんだから遠慮なくや
ればいいのに、投げられては赤面し、手を掴まれては照れる。そこらが女性陣
にたかられる(あまり『もてる』という感じではない……豆柴君ごめんっ)理
由なのかもしれない。
 でも確かにこれじゃ尊さんも苦労するだろうなあ、と思っていると。

「はーいこっち見てくださいねー」
 順番待ちの人達が、その声に尊さんのほうを向く。一緒に豆柴君と、彼に指
導されてた女の子もそちらを見ている。
 尊さんは傍らの等身大の人形を片手で示しながら、明るい声を張り上げてい
る。

「痴漢などに襲われたら、まず、からだの正中線上の急所、眉間、陣中、喉、
鳩尾、金的を狙ってください」
 ささっと尊さんの指が動く。眉間や喉は判るんだけど……陣中?
 なんて訊きなおす間も無い。すらっと指を滑らせた尊さんは、しなやかな動
きで人形の向かいに回った。微妙に斜めの位置、周りの人もまた、よく見える
位置に。
 そして。
「こんな風に」
 ひゅん、と、軽やかに動いた手が、まるで吸い込まれるように人形の鳩尾に
入る。一瞬遅れて、どしゅっと手刀が人形に当たった音が響いた。

 どよどよ、と、周りがざわめく。そりゃまあ、少し大人びた感じとはいえ、
高校生くらいの女の子が一撃であれだものなあ……。
 視線の先で尊さんはにっこり笑っている。
 の、割に……なんか空気が帯電してる気が……

「……そうか、そうだったのかっ」
 不穏な、けれど聴き慣れた声に思わずそちらを見ると……案の定片帆である。
両手をぐっと握って頷いているあたり……ちょっと怖いんですけど。
 横の本宮さんは額を押さえてるし。

「ここが一番効き目があります。どんなに身体を鍛えても、この四つの急所は
鍛えられませんからね」
 にこにこ、と、やっぱり尊さんは笑いながら言うけれど。
 あそこまでゆくと、鍛える鍛えないの問題じゃないというか……護身術とい
うより、もうきっぱり武術じゃないかなあ、とか……

「……なるほど」
 で。片帆。
 そうやってにんまり笑わないで欲しい……。

             **

 いつもよりかなり早く、相羽さんは帰ってきた。
 綿あめで体中べたべたになったベタ達と一緒にお風呂に入った後、お茶と和
菓子を突付きながら、ふいと相羽さんは、こちらを見た。
「護身術、教えよっか?」
「あー」
 ベタ達がなんかわくわくした顔でこちらを見ている。
「……あ、それで思い出した」
「ん?」
「陣中ってどこ?」

 尊さんの……模範演技(と言っていいのかな)の時には、彼女の手がえらく
早くて、その部分だけはよく判らなかったんだけど。
 ああ、それか、と、相羽さんは和菓子に刺したフォークを皿に置いた。

「陣中はここ」
 つん、と、鼻と上唇の間を、指がつつく。
「あ、なるほど」
 そういわれれば、ここは急所だと聞いたことがある。
「正中線って、中心線だよね?」
「そう。あとはここも急所だよ」
 とん、と、下唇の下を突付かれる。
「……なるほど」
「眉間、陣中、喉、鳩尾……全部この体の中心の線にそってあるからね」

 とん、とん、とん、とん。
 言葉と一緒に、相羽さんの指がその場所を示す。
 確認のために、自分でも突付いてみる。
 確かに……自分の指で突付いても、一瞬ここは危ない、とこわばるのがわか
る。

「あとは頭のてっぺんとかも急所だね」 
「……ふむ」
 とん、と叩いてみる。
 どっちかというと、ここって凝りをほぐすところって意識があったけど、こ
こも急所なのか。 
「まあ急所だけでなく、頭をゆする攻撃ってのが」 
「揺する?」 
 返事の代わりに、相羽さんは拳をとん、と、頬のあたりに当てた。
「……ふむ」 
「どんだけ体鍛えてても脳を揺さぶる攻撃くらったら」 
 あとはここかね、と、顎の辺りにも拳をそっと当てながら、相羽さんは言葉
を続ける。
「ぐらりとくるよ」 
「そうなんだ……」

 脳を揺さぶる、というのは……何というか概念として斬新で。
 いや、考えてみたら、脳は頭蓋骨の中で浮いているわけだから、揺さぶられ
るわけだけど。

 握りこぶしを作ってみる。どの程度の力が必要なのか、でもあまりに強いと
本当に後が怖いから、とは思ったけど。
 やっぱりここは実践。
 右手で右の頬骨を殴ってみる。脳が揺さぶられる……その感覚がわかるくら
いの強さで。

 と。

「って……」 
 慌てたような声と一緒に、ぎゅっと抱き寄せられる。
「……何やってるかな」 
「え……いや、脳を揺さぶるって言うから、どんなのかなって」
 左手で右手が押さえられてる。そのまま空いた手が殴った頬を撫でている。
 そんな大袈裟な、と思うし……うん、実際そんなに強く殴ったわけじゃない
し、ほんとに大袈裟と言えるんだけど。
 
「やんなくていい、って」 
「……実践するために教わってるもんだと……」 
「実践させないために俺らがいる」

 そう言われると……一言も無い。

「まあ普通に護身術はおしえてあげるよ?」
「……はい」
 頷いて……気が付く。ベタ達と、雨竜。大きな目一杯に『興味津々、どうや
るの』と書いてある勢いでこちらを見てる。
 どうも……ここで教わると、この子達真似して大暴れしそうな気もする……
んだけど。

「やってみる?」
 興味は……ある。それと。
「……教えて下さい」

 これを教わったくらいでは、多分まだまだ足りないのは判ってるけど。
 少しでも……相羽さんの足を引っ張らないように、なれないだろうか。

「じゃ、ちょっと立ってみて」

 相羽さんが手を差し出した。


時系列
------
 2006年4月22日

解説
----
 風春祭の一日目。なんか片帆がえらいことになってます。
*****************************************************

 というとこで。
 あくまで真帆視点なんで、あちこちぼろぼろ抜けてます。
 抜けたとこ、足りないとこは……皆様たのまあ(ぐてり)

 ではでは。
 


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