[KATARIBE 29956] [HA06N]小説『瞋慍の矇儒、悲哀の傲囚・(上)』

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Date: Wed, 21 Jun 2006 02:08:27 +0900
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Subject: [KATARIBE 29956] [HA06N]小説『瞋慍の矇儒、悲哀の傲囚・(上)』
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 ごきげんよう、蜃楼鋒です。
 少しばかり、哀しいお話にお付き合いください。

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[HA06N]小説『瞋慍の矇儒、悲哀の傲囚・(上)』
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登場人物
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 本多 旅邁(ほんだ・つらゆき):独自路線と食道楽街道を、ただひたすらに              
               突っ走る貘

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――――大学受験を控えた高校生が帰るにしては、いささか早い時刻か。


 本多旅邁は、自分の家の玄関を開けた。
 今日は、珍しく部活には出なかった。

 本来ならば、そこで時間を潰して、吹利高校国語科教員にして自分の実姉
である、六車桐鵬華と一緒に帰りたかったのだが……生憎と、訪ねた頃には
もう学校を出てしまったらしい。 
 黙って靴を脱ぎ、ドアの鍵を閉める。陰気臭いと思われるだろうが、そも
そもから誰も応対などしてはくれない。元々独りで住んでいるのだから。

 それならば、彼女を待つ関係なしに部活に出てもよかったのだが、今日は
ホームページの大量更新もあってか、早々の帰宅を優先した。
 室内に入り、電気をつける。無機質で、少しだけ淋しげな間取りが眼前に
広がる。何が楽しくて、住まいを豪華に着飾らなくてはならないのだ。

 学生服のまま喰い歩きをしても良かったのだが、何となく――尤も、お腹
は空いていたが――そんな気にはなれなかったし、たまには「真っ直ぐ帰る
」と言うことも悪くはないだろう。
 鞄と制服の上着を、同時にリビングのソファ――これだけは、テレビをゆ
ったりと見るためにわざわざ自分に合ったものを購入したのだ――に放り投
げる。


――――オーダーで家に呼び寄せれば、何の問題もない……か。


 狙いは過たず、共に一旦は背もたれにぶつかって、そのまま椅子の上へと
落ちる。うむ、今日は二つとも成功した。
 それを見届けると、踵を返し洗面所へ向かおうと…………

「御帰りなさい……ませぇ」




 自分の後方――つまりは、“今しがた見た、誰も居ないはずの”リビング
――で声がした。




「――――――――っ!」

 瞬時に身構え、振り返った。

「おやおや、怖い怖い……顔ぉ」




 そこには、果たして…………“本来ならば居るはずのない老人”が佇んで
いた。




 低い身長のせいか、はたまた腰がやや曲がっているせいか、体格は実に細
くてひ弱そうだ。
 それを裏付けるかの様に、服は黒のボロボロの作業服上下に煤けた帽子を
被り、奇妙な形をした、いかにもさっき道端で拾ってきた棒っ切れよろしい
杖を携えていた。
 皺だらけのやや細長い顔に、真っ黒なサングラス――それでも、デザイン
は一昔前のジジ臭い代物だったが――をしていたおかげで、辛うじて「ホー
ムレス」とのレッテルは張られないか。

「ふむぅ。今日はやや遅めのご帰宅でしたのですか……ねぇ」

 そう言うなり、老人はにぃ、と気持ちの悪い笑顔を浮かべた。
 旅邁は、コイツの姿を見るや――本当は、耳障りな声だけで理解していた
が――盛大に眉を不快色に歪めた。
 珍しく、『食べ物屋・ザ・エンドレス・オブ・梯子』なる寄り道もせず、
真っ直ぐに帰宅したのが間違いだったか。

「お前にしては無礼な服装と行為だな。『場』を弁えろ、戊己」

 厭な表情をわざと見せ付けてから隠すかのべく、旅邁は呆れたとばかりに、
戊己と呼ばれた老人にそっけなく言う。
 この薄汚い老人の名は、蟻多戊己。医学,薬学,整体学,そして呪詛学に秀で
た、本家の特別機関『セナトゥス(元老院)』に属する重鎮である。

「ははは。それは、それは手厳しい。仮にも私めは、長年に渡り貴方様の教育
係を仰せつかった、そう言わば、言わば『恩師』に当たると言うのに……暖か
くは迎え入れてはくれないのです……ねぇ」

 よよよ……と、皺と汚れで醜くなった手で顔を覆い、泣く仕草をする。これ
がまた、実にわざとらしく嘘っぽい。
 特に、手垢が付着するにもかかわらず、気にせずサングラスごと直に触れて
顔を覆ってる辺りが何とも……いや、逆にそれでいいのかもしれない。

 戊己にとっては、サングラスなんてただの『お飾り』にしか過ぎないだろう。
元々コイツには、『光』なんて輝かしくも美しい代物なんざ、ハナっから見え
てないのだから…………

「何を言うか。『親しき中にも礼儀あり』……貴様が常日頃から説いてたこと
だろうが。例え、お前が我が幼き頃からの知り合いとは言えど、貴様はその『
礼』を汚したのだぞ。当然の報いだ」

 尤も、この台詞だけではまだまだ『報い』には不十分だがな。
 そう。この腐れた老いぼれは、不本意ながら自分の幼少時代の『知り合い』
の一人でもある。残念ながら、『恩師』なんて言葉は死んでも吐きたくないが。

 旅邁は、右の掌一杯に両目を覆う。否が応でも、幼い頃の記憶が甦ってくる
からだ。






 自分には、“何もないんだ”と。

 遊具や絵本は勿論のこと、人……いや、家族との会話もない世界。

 これが、“当たり前な世界”だと思っていた。

 食事や睡眠もない……ただあるのは、ひんやりと冷たい床と、あからさまに
漂う腐乱臭。

 そして……光のない、どこまでも果てしなく暗い……“闇”。

 “一切の『耀キ』は、僕には輿えちゃいけないんだ”。

「――――――――――――――――」

 “声”がする。遅れて、ぞっとするほど生温い感触……

 “あぁそうか。今日もまた『スル』んだ…………”。

 そして……“声”に導かれるまま、自分は――――――――






「で、家主の同意なしに勝手に他人の住処に忍び込むとは……よっぽどの事情
があっての『無礼行』だろう? さっさと伝えよ、そして早々に立ち去れ」

 覆った手をどけ、『瑕』を振り解くべく、先ほどと同様冷たく言い放つ。
 出来るならば、コイツの顔は見たくもない。
 いやもっと言ってしまえば、同じ場所にいて同じ空気を吸いたくないと言う
べきか。
 姿格好がどうこうではない。同様に、笑顔や喋り方がどうだとは、別にさし
たる問題にもならない。





 根本から“厭”なのだ。“『蟻多戊己』と言う生物の存在全てが”。





「いえいえ。無論、そんなにお時間は取らせませんよ。少しばかり……私めが、
貴方様の“ため”に作り申した『新薬』の程をお聴きしたかったのですよ……
……ねぇ」

 そう言って、戊己はニタリと、老人独特の笑みを浮かべた。



解説
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 読み方は、蟻多戊己(ぎだ・ほこな)。初めて、キャラシートなしに
出すキャラです。詳細は次の機会に……

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