[KATARIBE 29953] [HA06N] 小説『そして煙草の匂い』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 18 Jun 2006 23:49:20 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29953] [HA06N] 小説『そして煙草の匂い』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200606181449.XAA42796@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29953

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29900/29953.html

2006年06月18日:23時49分19秒
Sub:[HA06N]小説『そして煙草の匂い』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
かきますたっ(ぜーぜー)
……というわけで、先日に続き、煙草の話です。
煙草の火のつけ方については、IRCで教えて頂きました。
有難うございました>その節は

******************************************
小説『そして煙草の匂い』
=======================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 相羽さんの煙草のパッケージから、一本だけ抜き取る。
 部屋の隅で、何となく埃を被っていた灰皿を引っ張り出して。

 ……昨日は、相羽さんの休みの日だった。

           **
 
 煙草についてのやり取りは……何だか話が横に逸れてしまって、その時はそ
れきりだったのだけど。
 煙草ぐらい、うちで堂々と吸って下さいな。
 その一言で済む筈……なのに。


「ちょっと出かけてくる」 
「あ、はい」  

 相羽さんの休みの日は不定期だ。大体一週間に一度、なんだけど、仕事の具
合で一日くらい前後することは珍しくない。だからその日は前の休みから丁度
8日過ぎた時だったと思う。

「夕ご飯より遅くなります?」
「そんなにはかからないよ」

 苦笑して出ていって……そして一時間かそこら。ベタ達が段々と玄関のほう
を気にする頃に。

「ただいま」
「あ、おかえりなさい」

 三色のリボンのような残像を描いて、ベタ達がすっとんでゆく。
 とととと、と、小さな足音と一緒に、その後を雨竜が追いかける。
 見送って、茹でていたきぬさやを鍋からざるに移す。以前よくやっていたの
はバター炒めだけど(なんせ手間がかからない)、相羽さんは油が苦手だから、
最近はよくささみの酒蒸しと一緒にからし醤油であえて出す。

「もうご飯?」
「ううん、あと一時間かそこ……」

 ベタ達と雨竜を従えて(雨竜は、ちゃっかりと肩の上に乗っかっているけど)
相羽さんはこちらに来る。ひょいと手を伸ばして、あたしの髪を撫でる、手。

 そして同時に、煙草の匂い。


 ほぼ、一時間。
 その間、多分この人は、外で煙草を吸ってきたんだ、と。
 否、煙草を吸うためにわざわざ外に行ってきたんだ……って。
 ……根拠なんてない。でも、それ多分、この前見たシガーカフェじゃないか
なって……咄嗟に。

「どした?」

 そして同時に、この前話してたことを思い出す。
 ここは相羽さんのうちなのに。遠慮することなんて一つもないのに。

「真帆?」 
 少しいぶかしげに、語尾が上がって。
 頭を撫でる手が、ほんの少し止まる。

 うちで吸ったらいいのに。
 ……だけど多分、吸ったらあたしが咳き込むからって、この人は言う。その
ことは本当に有難い。涙が出るくらい有難い。
 だから……だけど。

「どした、真帆」 
 頭に廻された手で、そのまま引き寄せられる。
 シャツの胸元から、煙草の匂いがする。
 妙に、淡く。

 ……うちで吸えばいいのに。
 必死で考える。その一言をどうやって言ったらいいのか。
 そんな深刻なことにしないで、ほんとにちょっとしたことに聞こえるように。

「……相羽さん」
「ん?」
「そんな、高校生じゃないんだから、隠れて吸わなくていいのに」 
 笑い混じりに言ってみる。言って見上げる。
「…………ああ」
 見上げた顔に、何となく……そう、バツが悪いというか、あ、ばれた、みた
いな表情が浮かんでいる。

「……ちょっと、史の親父に会ってね」 
 久しぶりだ、どっか寄ろうってことになって、と……何だか言葉を選びなが
ら。
「ちょっと店寄った時に少し吸ってた」 
「…………でも、匂い消そうとしたよね?」 
「……うん」

 煙草を吸って、その程度の時間しか経ってないにしては、匂いが残ってない。
 そう思って、そう言って……自分でもどうしてこう、苦手なものにはこれだ
け勘が良くなるのか、と、一瞬滅入った。

「咳き込むとこ、みたくないから、さ」 
 少し声を落として。どう言えばいいか迷うように。
 髪を梳くように、頭を撫でながら。
「……そんな、気にしなくても大丈夫だよ」 
 弟分達に何度も言った時のように、出来るだけからっとした声で言ってみる。
ごめん真帆、ごめん壊した……そんな何でもないことに、返していた言葉のよ
うに。
 実際、気にしなくていいのに。

 なのに。

「……嘘、下手だよね」 
 ぽつん、と。
 その、言葉が。

「…………嘘じゃなくて、ほんとに平気だからっ」 
 ほんとに気にしなくていいって思ってるのに。うちで吸ったっていいし、も
しそうでなくても隠すようにして行かなくてもいいのに。
 必死に思った。叩きつけるように思った。
 ……でないと、相羽さんの言葉の本当の意味が……わかってしまうから。

 嘘、下手だよね。
 ……なんでもないことのように言おうとしているけど。

 どうして。
 どうしてこんなことで、あたしは泣くんだ。

 小さな子供をあやすように、ぎゅっと抱きしめられる。
 何度も何度も、頭を撫でる手。
 
 どうしてこんなに大事にしてくれる人に、あたしはたかがこんなことで泣い
てるんだろう。
 どうして。

 考えると余計に情けなくて…………

 涙が、出た。

               **

 ベタ達はようやく眠った。
 一緒に跳ね回っていた雨竜も、同じタオルの上で丸くなって眠っている。
 相羽さんはそのうち帰るから、と言うと、誰も居ないベッドの枕元で、それ
でも皆大人しく眠ってる。
 
 部屋の戸を閉めて。台所に煙草と灰皿を持ち込んで。
 相羽さんのご飯は、冷蔵庫にしまうか、きっちりラップをかけて避難させて
おいて。
 最初はガスの火で火をつけようかと思ったけど、それじゃいっぺんに燃やし
てしまいそうで、結局台所にあったマッチを使った。
 マッチをすって、そのまま煙草の先を火に近づけてみた。でも周りの紙がじ
りじりと焦げるばかりで上手くいかない。
 こんなに苦労して火をつけてない筈なのに……と思って、ふと思い出した。
やっぱり弟分の一人が言っていたこと。当時禁煙最中で、手元に残っている煙
草をどうしよう、捨てるには何だか勿体無い、いやそれが禁煙失敗の元だ……
などと皆でわいわい言っていた時に。


(それ、焚き火に放り込んだら?どうせ燃やすものだし)
(煙が煙草の匂いになるから勘弁っ)

 そんな会話が流れ流れて。

(ああ、真帆姉は吸ったことないんだろ、煙草。あれ、ただ単に火を近づける
だけじゃないんだよ)
(あ、そなの?)
(吸いながら火をつける)
(……へえ?)

 こう……あたしとしては、煙草を持って、すーと息を吸って、その間にマッ
チをすって火をおこして……と考えたものだけど。

(違う違う、先に火をつけとくの。その後、吸い込んで火を煙草の先端に寄せ
る感じかな)
(あ、なるほど)
(慣れてないと 火がつかなくてイライラするかもしれんね)

 そんなこと訊いてどうする、と、その時は突っ込みをくらったものだけど。


 相羽さんは、一仕事終わった時に煙草を吸う。それが癖なんだときいた。
 だから。

 マッチをすって、火をつける。息を大きく吐いてから煙草をくわえて、息を
吸い込みながらマッチを煙草の先に近づける。
 ……なんかつかないし。火。
 息が切れてきたので(ついでにマッチも燃えつきかけたので)、一旦煙草を
手放す。もう一度マッチをすって、火をつけて、今度こそ思いっきり息を吐い
てから、煙草をくわえる。
 普通に、と息を吸いながら火をつけた、途端。

 煙草が手から落ちかけたのを、必死で灰皿の縁に載せる。
 気管支の奥から、吸い込んだ煙を吐き出すような咳が出る。口の中から肺の
奥まで、ざらざらとした灰で埋まってしまったように。
 テーブルに手をついて、必死で咳を止めようとしたけれども、咳はいっかな
止まらない。このままだと寝ているベタ達が起きるかも、と、考えるのだけど
……考えるばかりで。
 灰皿の上で、細い煙を上げ続ける煙草。
 咳き込みすぎて、床に座り込む。
 きんきん、と、金属のように鳴る喉が、火に焙られているように痛い。
 
 がちゃ、と、咳の向こうで音がする。
 あ、まずい、と思う間もなく。
「真帆!」
 声と一緒に、気配。見上げた目の先で、手が伸びて煙草の火を消した。
 咳を抑えながら腕時計を見る。
 朝聴いていたより……それでも一時間は早い。

 口を抑えて、咳の音を抑え込む。
 喉一面、まだいがらっぽい。
 背中を撫でる手。何度も撫でていた手がふっと離れて、視野から足が動いて
離れて。
「ほら」
 水の入ったグラス。
 支えている手。
 辿っていった先の、本当に心配そうな顔。

 水と一緒に、口の中のざらりとしたものが、少し収まるのが判る。
 いがらっぽさが、少しく抑えられて。
 空になったグラスを床の上に降ろして。
 ……涙が、出た。

「なにやってんの」
 心配と、苦笑と。
 そんな声ごと抱き締められる。
 尚更に……自分が情けなかった。
「どんな……なのかなって」
 声がどうしてもかすれる。話すほど喉がいがらっぽくて、何度か咳払いした。
「……慣れたら……」
「だからさ、慣れる慣れないの問題じゃないしょ」 
 ほんの少し、声が怒ったように強くなって。
「合わないってわかってて無理して慣れようとするのは無謀だよ」 
 どこか厳しい声とは裏腹に、何度も手が頭を撫でる。その掌が温かくて。
 尚更に、泣けて泣けて仕方なかった。
「無理をして合わそうとかじゃなくって」 
 咳でかすれ気味なのが、忌々しかった。
「でも、平気になれたらどんなにいいだろうって」 
「それでさあ、死にそうなほど咳き込んでるなら意味ないしょ」
「無理したいんじゃない、そうじゃないけどっ」 

 だってたった煙草のことなのに。
 わざわざ家から出てって、こっそり隠すようにして、ばつが悪そうにして。
 ……でもそんなこと言っても、そうやって気を使わせるのは自分で。
 
 せめて煙の匂いくらい平気になりたかった。
 せめて……

「…………相羽さんに、喜んで欲し、いって」 
「喜んで欲しいなら、自分をいじめるようなことしないでくれる?」

 その言葉はとても正しくて。
 二の句が接げないくらいに正しくて。
 情けないのと、咳がやっぱりなかなか収まらないのと。
 ……何だかもう……ほんとにどうしようもない。


 この部屋じゃ駄目だね、と、小さく相羽さんが言う。
 頷く間もなく、ひょい、と抱えあげられて、隣の部屋に入る。きっちりと後
ろ手で扉を閉める。
 ……ああ、ほんとに煙草の煙が一杯だったんだ、あの部屋。
 
 ティッシュペーパーをむやみに掴んで、顔を拭く。相羽さんは何やら探して
いたようだったけど、すぐに、ああこれか、と呟いた。
「……え」
 さっき煙草を引っ張り出したパッケージを、手の中で何度も転がして。
「無茶しちゃ、駄目でしょ」
「…………煙草の匂い、好きなんだもの」
「そこで嘘つかない」 
「嘘じゃないっ」 

 溜息をついて、相羽さんは屈みこんだ。

「……じゃあ、こうしよう」 
 目を覗き込むように、じっと見ながら。
「お互い譲歩して」
 そこで少し言葉を止める。次の言葉を選ぶように。
「吸いたい時は俺はベランダで吸う、隠れて吸ったりしない」 
 だから、と。まるで小さな子供に言い聞かせるように。
「お前さんも、煙とか駄目ならちゃんとそういって」 
 泣けて、涙が止まらなくて、満足に声が出なかった。
 だから、ただ、頷いた。
 それでも……たったそれだけなのに、相羽さんは少し笑った。
 有難くて……申し訳なくて。

「……でも」
「ん?」

 ほんとうはもっと自分勝手な理由なのに。
 この人の煙草が平気になりたいのは。

 4月、5月とこの人は本当に忙しくて。
 仕事のことは何一つ聴けなくて。
 順調ですか、と、何度か聴いた。返事はうん、だったり、さあねえ、だった
りした。
 
「……でも、平気になりたいの、それは本当に」 

 それでもたまに、受け取る上着から、煙草の匂いがすることがあった。
 匂いがすると意識する以前に、咳き込んで。
 それでもそれは。

「だってね」 
「頑張ってどうにかなることと、頑張ってもどうにもならないことってあるで
しょ」
「……だってっ」  
 手を伸ばして、相羽さんの手を掴んだ。どうしても、この人に言いたかった。
 否……懇願してでも。
「煙草の匂いがしたら、相羽さん、仕事が大丈夫ってことだもの!」

 掴んだ手ごと、引き寄せようとしていた相羽さんの手が、止まった。

「そだね」 

 他に、この人の仕事のことを知る術がない。
 危険なのかどうなのか、何一つ判らない。
 守秘義務はある。だから仕事のことをいちいち尋ねられない。それはもう覚
悟の上だけど。

 だけど。

「その匂い……消さないで」 
 返事の前の、沈黙。

「……わかった」 
 耳元で、振動のように。
「わかったから、こういう無茶しない」
「…………はい」
 肩から背中にまわされる手が、そっと弾むように撫でる。

 ……あ。

「何?」
「台所に」
 行かないと、と言う前に肩を抑え付けられた。
「……相羽さん、でも、ご飯」
「取ってくるから……冷蔵庫?」
「……うん」
 頷くと、ぽんぽんと背中を軽く叩いて、相羽さんは手を離した。


 あじのたたき。胡瓜と大根の酢の物。さめてしまった茄子のお味噌汁。蕗と
厚揚げの煮物。
          
 ふっと思う。ゆっきーさんところや本宮さんところは、こういうことをどう
やって奥さんと話してるんだろう。
 美絵子さんなら『気にしない』で済ませそうだし、奈々さんも一言でけりを
つけそうで。
 こんなに手間取るのは……やっぱり自分が情けないからだろうか。

「……ん?」
 ふと気が付くと、相羽さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、何でもないです」
「そお?」
「あ、それ、しょうが足りる?」
「足りてる足りてる」

 お醤油と、漬物。
 それでもあたしはこの人の家族で。
 
 どれだけ下手でも、情けなくても。


「ごちそうさま」
「あ、はい」
 お粗末でした……という前に。

 とん、と。
 額を軽く突付く指。

「え?」

 視線の先で。
 相羽さんはやっぱりいつものように。

 にっと、笑った。



時系列
------
 2006年5月頃。『煙草の匂い』より約一週間後。

解説
----
 一つのことを決めるのに、えらい時間はかかってますが。
 家族ってのもゆっくりそうなるもんでしょう……多分。
******************************

 てなもんで。
 如何でございましょうっ>とよりん殿
 ではでは。



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29900/29953.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage