[KATARIBE 29952] [HA06N] 小説『煙草の匂い』

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Date: Sat, 17 Jun 2006 00:43:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29952] [HA06N] 小説『煙草の匂い』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年06月17日:00時43分38秒
Sub:[HA06N]小説『煙草の匂い』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とよりんさんからはっぱを掛けて頂きまして……んで書いてみました。
書けないときは書けるものから書く。
まだ書き途中の、風春祭の後の話です。

**********************************************
小説『煙草の匂い』
=================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 行きつけの本屋には、無料の冊子が数種類置いてある。
 無料とはいえ、最近結構面白いのが多くて、結局全種類貰ってくる。特にう
ちの近所にある店に詳しい冊子なんてのもあって、本屋や酒屋以外はとんと疎
い奴としては、結構重宝している。
 最近で面白いのは……『ご案内あなたの街より』だろうか。新しい店舗の情
報なんかが結構面白くて、貰うと帰りがけは読んで帰るんだけど。

「面白いの、それ?」
「うん、結構」


 4月、5月。
 相羽さんはいよいよ忙しくなった。
 待機の時間が、休みというより待機になってゆく。徹夜して帰ってきて、半
日眠って……そしてまた翌日から二日ほど戻らない。
 だから本当は今日も、ゆっくり休んでもらおうと思ってた。珍しく昨日は夜
に戻って、今日一日まるまる休みっていうから。
 なのに。
「せっかく休みなんだから、一緒がいいじゃん」
 せっかく休みなんだから、寝てたほうがいいんでは……と、言ったんだけど。
「買い物行くときは、ちゃんと起こしてよ?」
 ……34歳、有能な刑事さんにこういう形容詞を使うのはなんだけど。
 どうしてそやって、置いてったら拗ねるぞ、みたいな顔をするかなあ……


 本屋に入って、本を買って。
 やっぱり習慣のように無料冊子を受けとって。
「……へえ」
 店から出ながら適当に開いたページの最初に、書いてあった一言。
「……シガーカフェ?」

『吹利本町商店街、シガーカフェバーGARDENオープン。
オープンテラス席で友人達と優雅に珈琲を楽しむもよし、大人の隠れ家として
葉巻を楽しむもよし、ご来店をお待ちしております』

            **

 大人の隠れ家、なんだそうである。

「……葉巻なんだ」
 途中で買った和菓子を、濃い目の緑茶と一緒にお皿に載せて出す。白い丸い
お饅頭の、上の部分がちょんとへこんでいるところに水色の寒天が流し込んで
ある様子があんまり綺麗で、ついつい買ってきたお菓子。
 濃い目の緑茶を片手に、相羽さんがこちらを覗き込む。
「シガーカフェってあるから」
 冊子を開いて渡すと、相羽さんはふむ、と、目を通す。
「なんか……わざわざ煙草吸えますって出してるみたいで」
 一文を読んでいた相羽さんが目を上げた。
「最近吸う奴の肩身狭いからねえ」 
 少し、苦笑交じりに。
「……あ」

 相羽さんは、煙草を……吸わない人じゃない。特に、仕事のカタがついた時、
めどがついた時に吸う、と、これは以前から何度か聴いたことがある。
 でも。

「……あーあの、いや、そういう……」
 これはもう、好き嫌いとかではなく、あたしは煙草に弱い。喉が痛い時には、
人の服についた煙草の匂いだけで咳き込むこともある。

(部屋でタバコが吸えない)
 ネズミに追われて、ここに置いてもらったその初めに、相羽さんが言った言
葉。あたしがここに来て、相羽さんが困ること、と問い詰めた時に。
(お前さん苦手でしょ)
 その、一言で。

「狭くないです、うちでは!」  
 必死で言ったのがおかしかったのか、相羽さんは声をあげて笑った。

「まあ、普通にすいたい時には外で吸うし」 
 ……居候としてここに置いてもらった時から、そうやって。
 
 思わず、頭を下げた。
 くくっと、喉の奥のほうで小さく笑う声。
 くしゃくしゃと頭を撫でる、手。 

「……だってここ、相羽さんの家だから。煙草吸いたいなら吸うの当たり前だ
もの……」 
 ぼそぼそ言ったら、速攻で返事がきた。
「お前の家でもあるでしょ?」 
「…………だけど、煙草吸うからって、別に肩身狭くないし」 

 煙草の匂いが嫌いかどうか、実は微妙なところがある。
 煙となると、これはもう駄目で、即咳き込む。だけど、匂い自体……それも
人の服についたくらいだったら。

 くしゃ、と、また相羽さんの手が、髪の毛をかき回す。

「…………なんか」 
「ん?」
 小首を傾げるようにして、相羽さんがこちらを覗き込む。口元がやっぱり苦
笑混じりの形にゆがんだ。
「お互い譲歩するとこは譲歩するし、さ」 
「……そうなんだけど」 

 でも、思う。
 譲歩してもらったことは何度でもある。一緒に暮らして、こうやって家族に
なって、色々なことを相羽さんは変えたと思う。
 ……だけどあたしは、そこまでの譲歩をしているだろうか。
 
「俺だって吸いたいときは吸うし」 
 ことん、と、テーブルの端にあった湯呑みを置きなおして。
「それで咳き込んでるお前は見たくないから外で吸う」 

 ……どうして。

「…………時々、怖いんです」 
「なにが?」 
「六華と、達大さんのことがあったから」 


 六華と、達大さん。
 確かに心情的には、どうしても六華の味方をしてしまうけれど、でも実際に
はどちらが悪いって話ではないことくらい知っている。
 八尋さんのことでは、大喧嘩になった……というのが六華の言葉。でもその
後、確かに達大さんは謝りにきたのだという。
(その時は、だから……納得したんだけど)

 本当にぷっつりと心が切れたのは、その後だ……と、六華は言う。
(女の幽霊をくっつけて、助けて下さいって言いに来たの)
 なんてことはない風景だ。多分苦笑するくらいで終わる程度の。
(でも思った。この人、自分からその女の人を完全に拒否なんてしないんだ、
そしてあたしを理由にするんだって思った)
 それは絶対に誤解だ、と、達大さんは言うだろう。
(あたしが達大さんを好きで居続けるって……あれだけ八尋さんのことで言い
合っても、そんな風に疑いもしてない。彼女なら、付き合ってる相手なら、こ
こで怒って、女を追い払うのが当たり前だろって、それが見えてしまって。
……だから)

 ほんとうは、ちょっと笑えるくらいのこと。達大さんにしたら、何てことは
ない筈のことで。
 心の糸が、ぷっつりと切れてしまった、と。


「……六華だって、ここでぷつっと切れるって判ってたら、流石にそう言った
と思う。だけど」

 不思議だったの、と、冷酒のグラスを抱えたまま、どこかあどけない表情で
六華は首を傾げていた。
 不思議だったの、どうしてこんなことで、あたしの心の糸は切れるのだろう。
 不思議だったの、ほんとうに、ほんとうに……と。

「…………そういうことは判らないものだなって」

 相羽さんは何も言わない。
 その沈黙が……ただ、怖くて。

 どうして、と自分でも思う。
 どうしてあたしは、こうやって一番大事な人に、こんなことを言ってるんだ
ろう。どうして。

「辛いとは思ったことはないよ」 
 静かな声は、微塵の揺らぎもなく。
「ただ」 
 少しだけ強い言葉に、顔を上げる。
 相羽さんはじっとこちらを見ている。
「俺がお前さんを必要だってことを信じてくれないのは辛いね」 

 その言葉が。
 刺さった。


 信じてないわけじゃない。疑ってるわけじゃない。
 だけど時折怖くて…………っ

「…………お茶、入れてきます」
 立ち上がろうとしたら、相羽さんの手が伸びた。ふわりと包むように右の手
を取って、くるりとひっくり返して。
 ついばむように、軽く唇が触れる。

 この人があたしの半身であること。
 必要だと言い切ること。

「信じてるんです」
「ありがと」 
「……でも時々怖くなるんです」 
「離れるのが?」 

 そう、今は絶対そんなことないって言える。そんなこと相羽さんはしないっ
て、今は言える。
 でも。

「離さないって約束したじゃん」 
「それも信じてるの」

 時間軸の、現在の一点。その一瞬にはその言葉はまがいもなく本当だ、と。
 ……でも、時間軸の向こうで、それがいつまでほんとうなのかは。

「…………ごめんなさい」 

 掴まれたままの右手を、まるで絡めるように引っ張られた。
 そのまま、涙がこぼれた。


 相羽さんのシャツの胸元には、煙草の匂いが無かった。
 そのことが……ひどく、さみしかった。


時系列
------
 2006年5月頃

解説
----
 風春祭の後、また忙しくなった先輩の休日の日に。
******************************

 てなもんです。
 実はまだちょっと続きます。

 ……で、こんなもんでいかがっすか(汗)>とよりんさん

 ではでは。


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