[KATARIBE 29951] [HA06N] 小説『春時雨の竜:其の五』

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Date: Fri, 16 Jun 2006 01:16:40 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29951] [HA06N] 小説『春時雨の竜:其の五』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年06月16日:01時16分39秒
Sub:[HA06N]小説『春時雨の竜:其の五』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
のんのんと進む話の、続きです。
……たいして続いてないけど(えう)

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小説『春時雨の竜:其の五』
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 登場人物
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 六華(りっか) 
    :冬女。元軽部真帆宅から桜木家へ、そして現在本宮家の一室に住む。 
 女
    :着物姿の女。実は雨の竜。

本文
----

「見つかりませぬようですなあ」
「……はあ」

 くるり、と、流れるように纏め上げられた髪には、青磁の色に似た玉の簪が
刺さっている。それを指先でいじりながら、彼女……竜女は、どこかおっとり
とした口調でそう言った。

 最初の依頼から、既に何度か彼女はこの部屋に来ている。
 あまりたびたび地上に降りると、雨が降るから困る、とのことで、流石に毎
日は来ないものの。
(来たいところなんだろうけどね)
 六華は小さく溜息をついた。


 竜を探せといわれても、六華に特別な能力があるわけでもない。結構フルタ
イムで働いているのだから、そんなに暇なわけでもない。ただ、確かに冬女と
して、雪や風を多少は操る……そういう意味では水の属性を持つ者として、多
少は雨竜を見つけやすいのだろうとは、思う。

 ……しかし。

「見当は、おつきでしょうか」
「ついていないと申せば嘘でしょうが……それにしても多すぎて」

 考えてみれば奇妙な話だが、この狭い吹利の街の中、あちこちに水の眷属の
気配があり、またそこここに竜もしくは人ならぬ眷属の気配がある。飛びぬけ
て鋭いわけでもない六華には、それらの気配のどれが探すべき相手であるかが
わからない。
 それに目の前の彼女が居る場合、全ての気配を吹っ飛ばしてしまい……結局
弱い気配をそのたびに見失う、ということもあるのだが。

(竜で、水で……これだけ強烈だと、ねえ)

 何故彼女が六華に目をつけたのか、六華自身にもわからない。同じ水の眷属、
同じ女性、それらの属性の重なりはわかるものの。
『この方なら見つけて下さると思ったのですよ』
 あっさりとそう言った彼女は、けれども理由を言わなかった。というより、
理由が必要とすら思っていなかった節がある。
 
 その、論理や納得の仕方は、確かに人のそれとはずれている。
 ぞっとするほどの美女の姿をとってはいるが、確かに彼女は竜なのである。

(に、しても……なあ)
 それでも六華にしたら、多少不思議ではある。最初の頃はともかく、ここの
ところ、彼女の雰囲気は柔らかい。子供のことを心配してはいるものの、どこ
か悠揚迫らぬ空気がその周りにあるのだ。
(心配じゃない筈なのになあ……)

 と、簪をいじっていた手を止めて、彼女がこちらを見た。

「心配は、しておりますよ」
 鮮やかなほどの紅色の唇を、柔らかく笑みの形にして。
「けれども、今はあの子が無事であると判っておりますから」
「……え?」
 思わず訊き返した六華に、彼女はほんのりと笑って、玉簪の玉を指差した。
「これは、あの子に繋がっておるのですよ」
 ほんのりと優しい、青磁の色のその玉は、半ば透き通り、半ば光を反射して
いる。少し暗くなった部屋の中では、その玉は確かに、ぼんやりとそれ自体が
輝いているようにも見えた。
「あの子は……そりゃ迷子にはなっておりますが、今怯えてはおりません」
 指を滑らせるようにして、玉を撫でる。まるでここには居ない子供の頭を撫
でるかのように。

「あの子のような小さな竜は、まだ人にはなれませんの」
 簪が少し揺らいで、長い髪が少しほつれる。それをそっと指で抑えながら、
彼女は緩やかに言葉を紡ぐ。
「けれど、安心して人の近くに居るなら、人と化すことが早くなりもしましょ
うしなあ」
「人に?」
「はあ、人に」

 人と化すことは……さて、竜としては歓迎すべきことなのだろうか。

「でも、不思議だと、思うております」
 切れ長の目を、しかし今はどこかあどけなく開いて、彼女は言葉の通り不思
議そうに言葉を繋ぐ。
「あの子は確かに、見ただけでは少し大きなトカゲのようなものでございます。
そのようなものが平気な人ならば、確かに苛めることもなく、可愛がることも
ございましょう……でも」
「……トカゲ扱いされて、竜の子が安心するとは思えない」
「ええ」

 六華は玉簪の玉を見る。
 その光は、確かにほわりと柔らかく暖かい。

「あの子は竜の子です。無論限度はありますが、多少ならば空に浮くことがで
きる。人の子と大して変わらないくらいには、人の言葉も判る。そのような子
をトカゲとして、人は扱うものでしょうか」
 こくり、と、六華は頷く。女はどこか流れるように言葉を続ける。
「この吹利の街は、不思議に寛容であると聴きます。けれども、そこまで寛容
な人が居るものでございましょうかねえ」
「それは……」

 ふ、と。
 六華は口をつぐんだ。

 不思議に対して寛容で。
 それは時に、常識を外れるのではないかと思うほど、人に対しても人ならぬ
者に対しても開けっぴろげで。
 唐突に転がり込んだ、冬だけしか生き延びられない女を、何ヶ月も家に留め
るくらいには…………

(でも)
 思う。それが真帆だけならば有り得ることかもしれないが。
(でもあそこ……真帆サン一人じゃないもん……)

 一応、警察官である。竜を見つけて『ああこれが竜か』で済ませるとは、六
華には思えない。それに。
(真帆サン独り占めにしたがる人が、そんな、真帆サンの興味を引くよーな相
手を長くおいとくものですかっ)
 ……まあ、偏見というべきかある程度は正しいというべきか、微妙かもしれ
ない。

「それでも、確かに居場所が判るに越したことはございません。ゆるゆるで宜
しいので、探しては頂けませぬか」
「……あ、それは構いません」

 こくり、と、また頷いた六華に、女はにこりと笑いかけたが、
「おや、いけない」
と、また慌てて身を翻した。
「また雨が降る……では、また」
「はい、また」

 六華の言葉を背に受けながら、彼女はふわりと身を翻す。動きの制限される
筈の着物の裾を、さらりと捌いて。

 一瞬、その文様が、流れるように窓の外に飛び出し。
 そしてそのまま柔らかく空へと……


 ぽつ、ぽつ、と、降りかけていた雨の音が、ゆったりと間遠になる。
 日の長い夕刻の空は、雲が晴れるにつれて、また明るい色合いに戻ってゆく。

 六華は、一つ溜息をついた。

時系列
------
 2006年四月下旬くらい

解説
----
 雨竜の話、六華側の風景。
 雨竜のおかーさん、案外呑気です。
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 てなもんです。
 まだまだ続きます。
 ではでは。
 


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