[KATARIBE 29945] [HA06N] 小説『風春祭断片・その二』

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Date: Sun, 11 Jun 2006 01:08:27 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29945] [HA06N] 小説『風春祭断片・その二』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年06月11日:01時08分27秒
Sub:[HA06N]小説『風春祭断片・その二』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
風春祭、続きというかなんつか。
この二人は楽なんですよね……

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小説『風春祭断片・その二』
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 登場人物
 --------
  形埜千尋(かたの・ちひろ)
   :吹利県警総務課職員。県警内の情報の元締め 
  本宮史久(もとみや・ふみひさ)
   :吹利県警刑事部巡査。屈強なのほほんお兄さん

本文
----

 そしてお祭りには、企画者と根回し部隊が要るもので。

         **

「…………おーい、本宮の兄ー」 
「はい?」
 吹利県警、休憩室。
 弁当箱を開いていた史久が首を傾げた。
「あのさあ、一名えらい我がままな奴がいるんだけど」 
「……え?」 

 ほうじ茶を一杯に入れた湯飲みを傍らに置いて、紙袋から取り出したパンを
齧る。左手には書類らしきもの、目の前にはペン。昼ごはんの最中も、仕事を
しているかのように見える千尋……なのだが。

「ほら、風春祭。あれでホストクラブやるって盛り上がってるでしょ」
「……はあ」

 あくまでおまけのような企画であるらしいのだが、確かに企画者こと薗煮は
かなり「本気(と書いてマジと読む)」であるとの評判である。既に刑事課の
面々は有無を言わさずホスト役になることが決定であるらしい。

「なんだけどね。嫁が着たらそっち限定、他には行かねえって言い張るわがま
ま坊主が一名いましてね」
「…………」
「それでも人材としては優秀極まりないから、一応許可しておいたんだけどね、
……どういうことだろ、これ」
「……………………先輩」

 そこできっちり誰かわかる辺り…哀しいというかなんというか。

「つっか……奥さん知ってるの?相羽君が前にホストになって潜入捜査したこ
ととか」 
 潜入捜査でホストとして働き、最終的にそこのNo1を追い抜いた実歴は、既
によく知られている。確かに奥さんがそのことを知っていたとしたら、奥さん
の目の前でホストになるのを嫌がるかもしれないなあ、と、千尋は考えたもの
だが。
「案外、全部話してます」 
 千尋の手から、ぽろっとペンが落ちた。

「…………全部?」

 現在こそ使われていないものの、おネエちゃん情報網の名は未だに有名であ
る。たらしこみ、利用し、遠慮会釈なく情報を絞り取っては棄てる。大概の女
性にとって、『知ってしまうと百年の恋も醒める』ような情報だ……と、千尋
などは思うのだが。

「そういうとこ、わりと包みかくさないです」 
 最初に会った時の話題が、おネエちゃんを如何にしてたらしこむか、である。
大概にして規格外れであることは……恐らく周囲も大いに認めるところだろう。

「…………あの奥さん…がねえ」
 あれから二、三度は見かけた。地味であまり目立たない、そして真面目そう
な印象の彼女は、大概本を抱えて歩いていた。
 およそ恋愛譚に詳しくも、免疫があるようにも見えない彼女。
「……どうやってだまくらかされてんの一体?」 
 えらいひどいことを、えらく真面目に尋ねた千尋に、史久もやはり真面目に
答えた。
「……なんと言いますかね、妙に理解しあってるというか」 
 ちょっと考えてから、史久は苦笑した。
「お互い、一番わかってるんでしょうね」 
「…………」 
 
 愛妻家であることは、それなりに知られている。決して表立ってそのように
振舞うわけではないし、口に出して言うわけでもないのだが。


『あ、美味しそうですねー』
 数日前だか、総務の子が休憩室で弁当を食べている相羽に話しかけたという。
『ああ、美味いよ』
『奥さんのお手製ですか?』
『そだよ』

(それがですね、なんてのかなあ)
 あっけにとられつつ、総務の部屋に戻ってきた彼女の言葉が良かった。
(背中から「絶対あげないよ」みたいなオーラが出てましたよ)

『…………相羽さん、何かがっちり確保してます?』
『ん、そらまあ。あげないし』
『…………はあ』

(ほんとに美味しそうに作ってあったけど、別に貰いたいとも何とも言ってな
いんですよ。でもきっぱりと言うんだもの)


「……そら、まあねえ」
 あっけにとられつつも、なんとなくだが千尋は頷いた。
「そういう旦那の昔を知ってたら、奥さんも見てるの厭だろうねえ」
 それに、と、千尋は思う。
(あの奥さんが横に居たら、相羽君、他のお客さんに愛想ふりまけなくなりそ
うだしねえ)

「…………了解。判った。許可しとこう」 
「ええ……お願いします」 

 うーむ、と、千尋は書類を見やる。
 どうやらその書類、仕事というより……ホストクラブの人員を記したものら
しい。
「で、本宮君は、まだ奈々さんは来ないよね?」 
「……ええ、まだ手が離せなくて」 
 長男が生まれて、まだ二週間と経っていない。咄嗟に成り立てお父さんの顔
になった史久の腕を、千尋はぽん、と叩いた。
「……フルタイム頑張れ」 
 あんたの先輩の分もね、と、付け加えられて、史久は溜息をついた。

 実際問題、ホストをやらせれば、この穏やかそうな……しかし相当に裏のあ
りそうな御仁は、相当に見事にやってのけるだろう、と千尋は思う。気が付き、
気が利き、ついでにそつが無い。
(……終わった後で、ストーカーとかくっついたりしないだろうね)
 考えてみて……肩をすくめる。
 どれだけ考えても、ストーカーこそ気の毒、という状況しか思いつかない。
 まあいいや、と、千尋は書類をめくった。

「あと……君の弟さんは?誰か彼女とかいるの?」 
「…………まあ」 
 史久の答えはあやふやである。
「目の前で豆柴君がホストやってたらやきもち焼きそうな?」 
「……おそらくは」

 パンを食べ終わって、目の前のペンを取り上げる。その先でとんとん、と、
歯を突付きながら、千尋はこそっと史久のほうを見やった。
 
 去年の夏の、道場での顛末については、既に情報を入手している。ついでに
その彼女の仕事場である花屋のことも知っている。
 綺麗な、かなり勝ち気でおきゃんで、結構一途で焼餅もしっかり焼きそうな。

「多分、彼女のほーが苛々するくらいのんびり進めてんじゃないの?」
「あいつも、相当に晩生ですから」
 溜息交じりの声に、にやり、と、千尋は笑った。
「彼も、じゃあフルに入ってもらおうか」 
 おいおい、と、溜息混じりに(つまり半ば諦めた状態で)見やる史久に、千
尋はにっこりと付け加える。

「ああ、じゃあ、弟さんにゆーといて。文句があるならあたしにちゃーんと言
いなさいって」 
「……ええ」 

 しょうがないなあ、と、やはり溜息混じりに頷いた史久を見やると、不意に
千尋は真顔になった。

「……ねえ、本宮君」 
「はい?」 
「どーしてそういう女性の扱い方だのたらしこみかただの、きちんと弟に教え
ないかな貴君は」

 ……真顔で言うことなのかと突っ込める輩は、ここには居ない。 

「…………教えるものではないように思いますが」 
「しかして現状を見よって奴でしょ?」 

 総務課の女の子達からも、すっかり可愛がられている状況は、千尋も史久も
よく知っている。

「…………どうにも、要領の良さに欠けるようで」 
「そこらをちゃんとおにーちゃんが教えないと」
 うんうん、と、大仰に頷いてから、千尋はずい、と、ペンを突きつけた。 
「というわけで、ホストの役、ちゃんと豆柴君に教えるよーに」 
「……それは」 
「文句があるなら原稿用紙一枚にまとめて推敲してから述べよ」 
「いえ」 

 やれやれ、と史久は肩を落とす。
 
「じゃ、よろしくねー」
 またもや書類に目を落としながら、ぱたぱたと千尋は手を振った。

           **

 お祭りには企画者が居る。そして根回し部隊も居る。
 ……それがあまりに強力であると、断るにも断れない状況が発生するわけで。

 とりあえず風春祭までは、いろいろと根回しが行われそうである。

時系列
------
 2006年4月半ば

解説
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 というわけで、さっそく余波が県警に流れている模様。
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 てなもんで。
 ではでは。
 


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