[KATARIBE 29932] [UB01N] 小説『安全』

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Date: Wed, 31 May 2006 23:37:52 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29932] [UB01N] 小説『安全』
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2006年05月31日:23時37分51秒
Sub:[UB01N]小説『安全』:
From:久志


 久志です。
お題「カブト」を書いて見ようとして失敗しました。

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小説『安全』
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登場キャラクター 
---------------- 
 ヒモエ・アマガミ(甘神紐衛)
     :元ヤクザの傭兵、ツガの店の常連。
 ツガ・ヨシロウ(津賀与四郎)
     :老練な相場師、舶来品輸入販売店の店主。

アマガミ
--------

 フラワーポッド。
 赤道直下の南洋、モルディブ群島の沖に浮かぶ群島〈アーキペラゴ〉都市。

 頬を撫でる吹く風は、海からの水分をたっぷりと含み、吐き出した息のよう
にしっとりと生暖かく淀んでいる。ねっとりと渦巻くような湿った空気の中、
街灯の光が淡い光を滲ませるように磨り減った路地を照らす。既に日も落ちて
いるが、街並みは闇に染まりきることもなく熱気に満ちた空は夜の涼しさとも
無縁だった。

 ――この世に安全な場所というものはない――

 アマガミが一歩足を踏み入れた先、最奥のカウンターの向こうで大柄な体を
長椅子に横たえた老人のしわがれ声が耳に響く。
 店内は合成樹脂で表面をコーティングされた木製の棚が立ち並び、天井から
飴色の硝子傘に覆われた照明がほのかに淡いオレンジの光を落とし、片隅に置
かれた生体オブジェのシダの葉の不自然な青々しさを彩っている。
 立ち並ぶ棚の合間を縫って、アマガミは店の奥へと歩を進める。淡い照明を
照り返す琥珀の液体を湛えた酒瓶、大陸産の本物の小麦で作られた様々な種類
のパスタの袋、ラベルの張られた瓶詰めのドライフルーツ。日々消費する食料
の大半を合成食品でまかなっているフラワーポットに置いては、いずれも高級
品に値する。だがそれらの品の殆どはうっすらと表面に埃が浮かび、ここ最近
手に取られた形跡はない。

 舶来品輸入販売店という表向きの看板を掲げているが、実際は店主の個人的
な煙草道楽の為だけに作られた店。
 アマガミ・ヒモエ、四十五歳。十数年程前には日本でヤクザの組に所属して
いた。三十半ばの頃は強面の中堅として当時日本に進出していた中国マフィア
や東南アジア犯罪グループを相手に何度と無く抗争を繰り返していた。しかし
抗争も沈静化した頃、密かに漁夫の利を狙っていた警察の罠にかかり、所属し
ていた組は解散、アマガミは五年間の服役を余儀なくされた。現在では服役を
経てヤクザから足を洗い、過去の経験を生かして新天地フラワーポットで傭兵
として警備会社に雇われている。アマガミにとって煙草は学生時代から続くの
唯一の楽しみであり、ほぼ週に一度のペースで店に立ち寄っては趣味の煙草を
選び、香りと味わいを楽しむのが日課になっていた。

 少し表面の剥げたカウンターの向こう、濃紺の長椅子に大柄の体を沈めた店
主が葉巻を噛みながら心持ち宙を見上げている。その背後には、天井まで届く
ほどの高さの棚一面にぎっしりと世界中の煙草のケースが並べられ、奇妙な格
子模様を作っている。老人の座った長椅子の前に置かれたモノクロテーブルの
上には、細いアンテナを長く伸ばし網目のスピーカに銀色の丸いダイヤルがい
くつも取り付けられた、半世紀近く前からデザインを変えていない短波ラジオ
が置かれ、その傍らには数枚の白紙のメモと万年筆が転がっている。テーブル
の脇には、表面をうっすらと灰色に染めた個人事業者用サーバがグリーンのラ
ンプを時折瞬かせながら静かに低い唸り声あげている。
 老人の皺だらけの指につままれた葉巻から細い紫煙がゆっくりと天井へと伸
び、鼻腔の奥から全身に染み入るような葉の香りが胸に心地よい。
「いい葉だな」
「ああ、今朝届いた逸品だ。お前もどうだ?」
「いただこう」
 カウンター脇の通路から、慣れた動きで長椅子の向かいに置かれたソファへ
腰を下ろすと、老人がゆっくりと体を起こし、色も褪せて枯れ枝のように節く
れだった指でテーブルに置かれた分厚い紙箱から葉巻をつまみだしてアマガミ
の前に差し出した。その拍子に老人の首の後ろの端子からサーバまで伸びた灰
色のケーブルの細い影が生き物のように揺らめく。情報最先端と過去の遺物と
がごちゃ混ぜになった奇妙な光景。
 左手に受け取った葉巻の頭を上にして心持ち傾け、右手に取り出したガスラ
イターを反対の葉に近づける。火を近づけすぎないように手を止め、炙られた
葉が徐々に黒く染まっていくのを待つ。均一に火が回りきった頃を見計らって、
葉巻の頭をくわえて軽く噛みしめながら小刻みに煙をふかす。いずれも焦って
はいけない、あくまでゆっくりとこれらの無駄に凝った手順を踏むことで香り
は深みを増し、味は更に心を和ませる。
 今となっては、喫煙体験を体感することができる擬験〈シムステイム〉が既
に一般化され、高価な舶来品をわざわざ入手することも凝った手順を踏まずと
も同じ味と香りを楽しむことは可能になっている。だが、煙草を楽しむ要素の
ひとつとして、この手間暇をかけるという行為自体にも意味があるのだ。

 細く、長く、吐き出した紫煙。
 鼻腔に深い香りの余韻を残しつつ、名残惜しむよう消えてゆく。

 ――この世に安全な場所というものはない――

 店に足を踏み入れてすぐに発せられた言葉。
「さっきの台詞はどういう意味だ?」
「言葉のままさ、この世に安全な場所などというものは存在しない」
「ここはあんたの城じゃなかったか?」
「城壁も無ければ堀も無い城だ、攻めるには易い」
 葉巻を摘んだ老人の指先が揺れる。
「ならば、もっと警備の聞いた屋敷に篭るべきだろう、無駄な凝り性は寿命を
縮める」
「変わらんさ、どれほど細心の注意を払い用心を重ねようと、絶対に安全な場
所というものは存在しない」
 半分程減った葉巻を灰皿に置き、テーブルの上の万年筆をつまみあげる。

「それが持論か?」
「ああ、私はそれを兜町で学んだ」
 灰皿から立ち上る煙を、サーバのグリーンのランプが照らす。

 ツガ・ヨシロウ。
 かつて、兜町――旧東京証券取引所、証券市場の代名詞――で長年株式取引
を経験し、不況の後も凄腕の相場師として名を馳せた男。

「この世はすべからくつながる世界であり、ほんの小さな蝶の羽ばたきすら、
時に世界を揺るがす大風に変わる」
「そして市場を意のままに操り、莫大な利益を叩きだした錬金術師、と」
「そんな大層な存在じゃないさ。私など矮小で弱い吹けば飛ぶような存在でし
かない、ただそれをしっかり理解し、いかに生きぬき、命を燃やしつくすこと
に賭けているかどうかだ」
 手に取った万年筆を弄ぶようにくるりと回す。
「決断を下す時、勝負を賭ける時の心の昂り。己が生きてここに在るという充
足感、それを知ったのがたまたまこの世界だったというだけだ」
「成る程」
 薄暗いオレンジの灯りに照らし出された深い皺に覆われた顔、だがその目は
とても老人とは思えないほどに強い意志を感じさせる、ある種獰猛な野獣にも
似た色をたたえていた。

「かつて、場立ちという仕事があった」
「なんだ?それは」
「お前が物心着く頃には既に無くなっていたから知らないだろうがな。まだ私
が若い頃、株の取引を「場立ち」と呼ばれる証券会社の者達の手サインで売り
買いを行っていた」
 葉巻をくわえたアマガミの目の前でひらりと枯れ枝のような手がひらめく。
「売りか、買いか。単価はいくらか」
 1から5までを示す指の数、6以上を示す独特の手のサイン。買いは手の平
を自分に向けて、売りは手の平を相手に向け。何十年も昔にとっくに廃れた過
去の幻影、だがその動きはとてもやせ衰えた老人とも思えないほ手馴れた滑ら
かな動き。
「一番重要なのが、銘柄を示すサインだ。全ての取り扱い銘柄に固有のジェス
チャーでサインを送る……例えば、東京電力ならばトウキョウの『ト』の字を
宙に書いてから額に触れる、電力をデコとかけた冗談のようなやり取りだ」
 喉を鳴らすように笑う。
「指で3のサインを作り方の後ろへ越す、三越。片手で朝日が昇る様子を出し
た後に飲む仕草でアサヒビール。片手で鼻を摘む、東京ガス。額にVの二本指
をつける、NEC――日本電気」
「ユニークだな」
「ああ、味のあるものが多かったな。何より、せわしなくサインを送りあい、
競い合っていたあの空気は世界を肌で感じられた」
 アマガミが市場を知る頃には既に場立ちの姿は無く、証券市場の代名詞だっ
た兜町も新証券取引所のオープンと共に人々の記憶から薄れていた。
「時は無常で、世界は情け容赦なく全てを飲み込み、だが人一人の許容量は変
わらない」
「この世に安全な場所というものはない?」
「そうだ、この世はひとつの広大な舞台であり、人はすべからくこの舞台の中
の一役者であり、その事実は変えることはできない。この世で起こるほんの些
細な事象によりいとも簡単に覆され、押しつぶされ、流されてゆく――」
 
「――血の舞台だ」


 ***


 血の舞台。 

 店を出たアマガミをむせ返るような熱気の渦が出迎える。
 所々につぎはぎのように舗装の後が残る路地を踏みしめ、まだ微かに鼻腔に
残っている残り香の余韻を感じながら、アマガミはジャケット内側にしつらえ
たポケットに手を伸ばす。手に触れる柄の感触、まるで手の一部のように長年
握りこみ何度となく使い込んだ逸品の存在を確かめ、ジャケットの胸ポケット
にしまったメモの内容を胸のうちで復唱する。

 薄暗がりの路地の片隅、店の目と鼻の先で様子を窺っている男二人連れ。
 一人は短く刈り上げた髪をそのまま針鼠のように立たせた小柄な男、その片
割れは伸ばした髪をきっちり後ろに撫でつけた大柄な男。揃いのダークスーツ
に身を包み、いずれも年の頃はアマガミより若い。
 腹の底から湧き上がるような高揚感、背中を這い上がる衝動。
 得物の柄を握り締めたまま、地面を蹴って右の細い脇道へと飛び込む。その
まま振り向きもせず路地を駆け抜け――跳んだ。
 着地の衝撃を受け流すよりも早く、懐の得物を抜く。
 男二人は、突然目の前に飛び込んできたアマガミの姿に、驚愕の表情を作って
いた。その見開いた目が、手にした得物を捕らえるより早く、開きかけた口が
意味のある言葉を発するより早く、白い軌跡が男達を捕らえていた。
 閃く太刀筋、横に振りぬいた刀が手前のトンガリ頭の男の首を薙ぐ。
 重力に引かれるまま、目を見開いたままの男の顔が熟れすぎたリンゴのように
落下する。トンガリ頭が地面に転がるより早く、返す刀が袈裟懸けにオールバッ
クの男の肩口を捉えていた。
「がっ」
 悲鳴にならぬ声、鈍い音と共に口から滝のように血を溢れさせながら大柄の男
が両膝をついて崩れ落ちる。飛び散った血しぶきが悪戯書きのように路地を汚し、
湿って淀んだ空気にどす黒い血煙が渦巻いた。
 手にした得物を一振りし、踵を返す。依頼された人数は六人。 

 ――あと、四人――

 振り返りもせず、アマガミは駆けた。


筆談メモ
--------

『盗聴されている、店の周りで私を張っているようだ』
『場所の逆探知に少し時間が欲しい、会話をあわせてくれ』
『わかり次第、対処をして欲しい。数は六人だ』
『わかった』


ツガ
----

 合成革の長椅子に身を横たえたまま、ツガは静かに目を閉じていた。
 中国製のモノクロテーブルの上に置かれた灰皿の上にはすっかり短くなった葉
巻がまだ微かに燻っている。落とした灯りに照らし出された店内は終わらぬ黄昏
の中にいるように淡いオレンジ色に満たされ、時折サーバの緑のランプの瞬きが
生き物の目のように不気味に部屋を照らす。

 ――人数は六人

 薄く目を開き、膝の上で組んでいた手を広げて両方の肘掛にのせ、ゆっくり体
重を移動させながら体を起こし、壁にかけられた時計と頚部の端子からつながっ
たサーバの時刻、腕時計の順にチェックしいずれも狂いが無いことを確認する。
 アマガミが店を出てからきっかり五分。
 ネットワークの逆探知で得た情報は六人、先ほどまでツガの擬似視覚に表示さ
れていた地図に点っていた六つの光点。その内五つは既に消えている。

 どの世界もすべからく繋がるひとつの世界の一端であり、隔絶された安全な場
所などありはしない。人の力などは広大な世界からすれば取るに足らない点に過
ぎず、どれほどの技術をもとうと権力を揮おうと吹けば飛ぶような小さな存在で
しかない。

 光が一つ消える。

 慣れた手つきでくびの後ろのケーブルを抜き、無造作にテーブルの上に放り、
ツガは体を起こした。


 ***


 軋む音を立てて開いたドアの向こう側。
 むせ返るような熱気と、鼻をつく血の匂いが満ちていた。

 ツガが歩を踏み出したすぐ先、血溜まりの中で崩れ落ちた男が微かに体を痙攣
させる傍ら、右手に長ドスを手にしたアマガミが無言で立っていた。羽織った
ジャケットはまだらに血に染まり、下げた切っ先からはまだ血が滴っている。

「終わりだ」
「ご苦労」
 薄く笑って、完全に動かなくなった男を一瞥する。
「言ったろう」
 
「――この世に安全な場所というものはない」


解説 
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以上。

 あくしょんしーんを書くことを放棄しますた。ええ。


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