[KATARIBE 29925] [HA06N] 小説『絡む糸・その一』

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Date: Sat, 27 May 2006 22:58:58 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29925] [HA06N] 小説『絡む糸・その一』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年05月27日:22時58分58秒
Sub:[HA06N]小説『絡む糸・その一』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
雨竜の話もあるとゆーのに、この話書いてます。
もこもこ進めてゆきます(ケイトだけに)<こら
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小説『絡む糸・その一』
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登場人物
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  関口聡(せきぐち・さとし)
    :人の感情を常に左目で見、右耳で異界の音を捉える。高校二年生。
  月居冴夜(つきおり・さよ)
    :人の感情を、ダイレクトに感情として受け取る異能者。聡の血縁。
 
本文
----

 まるで脳の間に溜まり、淀む、濁った水を静かに押し流すように。
 そんな……透明な水のように。

           **

 関口聡が学校に行くようになって、しばらく。それでもまだ彼は、「おねえ
さん」こと月居冴夜(つきおり・さよ)のところに居候状態である。
 
「で、学校、どう?」
「……休むのが早すぎたというか、出てゆくのが早すぎたというか……」
 珈琲を前に、聡はげんなりとして呟く。
「やっぱりきついかね」
「……時々」

 見るだけならば良い。聞こえるだけでもまだ何とかなるかもしれない。けれ
どもそれが両方ともなると、流石に聡としても頭が痛い。

「別に……」
 珈琲の香りが緩やかにテーブルの上を流れる。
 その流れを追うように、ゆっくりと聡は口を開く。
「見える感情が、どうこうじゃないんだけど」
「うん」
「全部、見えるし……それがふっと言葉でも聞こえてきたりする。それが」
「ああ、それは辛いね」
 冴夜はこくりと頷く。
「……ねえさんに言うのは、何だか、だけど」
「あたしは慣れてるよ、もう」
 どこか超然とした、表情に乏しい顔に、この時ばかりははっきりと苦笑を浮
かべて、冴夜は答えた。
「うん……」

 そして互いに黙る。
 互いの感情を、それぞれの方法で知ることの出来るこの二人は、しかし互い
の感情だけは苦にならない。どちらも己の感情を、極力まで外に出さない訓練
が出来ているし、それはまた、自分の能力を極限まで使わねば相手の感情は見
えないということにも繋がる。

「……なんか、さ」
「うん」
「頭の中が……何だろう、絵を描いてる時の筆を洗うスポンジになったようで」
 あああれね、と、呟きながら冴夜は珈琲を口に含む。
「筆につけた絵の具の色は、本来綺麗な筈なんだけど……でも全部描き終わっ
てから洗うと、わーっと全部の色が混ざって出てくる、それが」
「聡の今の頭の中?」
「……うん」

 聡が苦笑する。
 冴夜が苦笑する。

「残念ながら、頭の中を洗う水は無い」
「……うん」
「そんなものがあったらあたしは大喜びであんたに教えてるわよ」
「僕も、そうだと思う」

 さやさやと、乾ききった風のような音をたてて、二人が笑う。
 そんな夢のようなことが、と。

          **

 創作部は大きく分けて二通りの人が居る、と、聡は思っている。つまり、三
次元に属するものを作成する人と、二次元上で表現されるものを作成する人と
に。
 大多数は前者に属しており、後者に属していると思われるのは、高瀬夕樹く
らいのものかもしれない。けれども夕樹自身は毎度マイペース、本さえあれば
何にも構わない風に、いつも部室で本を広げている。
 その、本を広げて黙って読んでいる時の夕樹の周りの空気が、聡は気に入っ
ている。頭の大部分を本の世界にのめり込ませた状態には、裏も表も無い。
 だから、聡はよく創作部に行く。紫が居ない時には、案外他の部員達も居ら
ず(というか、そういう日は部活がもともと無い日なのだろう)、居るのは夕
樹だけである。
 本を読んでいる夕樹の横でやっぱり本を読んだり、時には互いの最近のお勧
めを話したり、帰りがけには互いに読み終わった本を交換したり。
(部活とは言えないけど)
 それでもそれが楽しくて、部員ではないながらも、聡はよく創作部に行く。
 何度も通った廊下を早足で歩いて、そして人が居ないのを見計らっては何歩
か走って。

 そして創作部の廊下の前で。
 妙なものを見つけた。


 ぽん、と、丸い、鮮やかなカナリヤイエローの火花。
 びっくりびっくり、と、それこそ一杯一杯に表現されたその色に、思わず聡
は足を止めた。
(……何だ?)

 廊下の隅に、それはくちゃんと丸まっていた。
 淡い、綺麗な緑、少し青の混ざった色のその何かは、丸まった身体を、少し
だけ聡のほうに伸ばしてみせた。

 毛糸、それも毛羽の少ない、恐らく夏毛糸。
 それが実に無秩序に編まれている。全体の形として一番近いのは、小さな子
供がぐりぐりと描いたイカとタコの合いの子の、頭の部分を少し小さくして、
足の部分を少し太く、そして長さをばらばらにしたもの……といえばいいか。

(これは……紫先輩の作品だな)

 速攻で、そう思いついて……そして恐らくそれが正解であるあたり、紫も信
用が無いというか、信頼されているというか。

(しかし……これ、自分で動いてる?)

 まん丸のカナリヤイエローの球は、今はどこかきょとんとした若葉色に変わっ
ている。疑いも恐怖も、そこには無い。

「……おいで」
 手を出してやると、ちょこちょこと器用に動いて手の上に乗っかる。色々な
長さの、触手というか手足というか、を丸めて座ったところを見ると、丁度聡
の手の上に収まる大きさである。
「ふうん……」
 そっと掌を傾けると、するすると小さな身体が滑る。あわあわと手足(便宜
上そう呼ぶこととする)を振り回して、その小さな何かはバランスをとり、え
いやと聡の指に絡みついた。
 ぽぽん、と跳ねる、銀交じりの群青の細い三角。
「あ、わるいわるい」
 手をまた水平に戻し、その上の小さなうす緑の塊を指先で撫でる。途端にそ
れは手の上で何度も跳ねた。ぽん、ぽん、と、そのたびに綺麗な浅黄の色が、
小さな花火のように周りに飛び散る。

 その色合い。その透明さ。
 それは、確かに。
(紫先輩の、だ)

 その小さな何かは、すっかりと聡の手の上でくつろいでいる。目もなく口も
無い、いわば表情を思わせるものは一切無いくせに、手の中からこぼれるよう
な、無邪気な満足と安堵。

 その感情はどれもこれもひどく純粋無雑で。
 そしてどれもこれも、呆れるほどに透明で。


 そっと指先で撫でる。
 そして聡は、ゆっくりと創作部に向かった。


時系列
------
 2006年5月のはじめ

解説
----
 蒼雅紫の作成した、不思議生物(生物?)ケイトちゃんと、聡の話、
その始まりです。
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 てなもんです。
 ではでは。
 



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