[KATARIBE 29920] [HA06N] 小説『淡緑の影』その4

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Date: Tue, 23 May 2006 00:23:03 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29920] [HA06N] 小説『淡緑の影』その4
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年05月23日:00時23分03秒
Sub:[HA06N]小説『淡緑の影』その4:
From:久志


 久志です。
しばらく書いてないうちに文が書けなくなっとりますよ。
東っちと奥さんの出会い続きます。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『淡緑の影』その4
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登場キャラクター 
----------------
 坂口かほる(さかぐち・かほる)
     :吹利に引っ越してきたイラストレーターのお姉さん。
 坂口みはる(さかぐち・みはる)
     :かほるの従妹、居候のかほるの相談役。

考察時間 〜坂口かほる
----------------------

 ここ数週間前から新しく増えた日課。
 休館日を除いた日の午前中は欠かさず図書館に通うこと。
 無論、仕事の時間調整もしっかり考えているし、手を抜いたりもしていない。
それにあの図書館の蔵書の充実ぶりは私にとって宝の山といってもいい程のも
のだし、仕事で使える資料集めにしても創作意欲をかきたてる為の精神統一の
空間としてもそても優れている。
 いや、言い訳はやめよう。私が図書館に通う理由、それは。

 ――あの人に会えるかもしれないから。

   ***

「それで」
 どんと手にしたマグカップを食卓に置いて、向かいの席に座った私の顔をじ
ろりと睨む少しつりあがった瞳。
「その彼の名前は?職業は?どこに住んでいるの?」
「ええと」
「その後も会ったんでしょう?」
「ええ、あれからまた図書館で二回見かけて」
「それで?」
「……それだけ」
 深々と溜息をついて天井を仰ぐ同居人、ショートボブの毛先が首を振るたび
にふわふわと踊る。
「情けないっ、何そのダメダメっぷり!」
「だって、そんなこと言われても」
 夕食時、食卓に向かいで呆れた顔で私の顔を眺めている同い年の従妹で居候
先家主。ショートボブの前髪の間からじろりと切れ長の目が睨む。
「あんたね、今時中学生でもそんなにトロくさいことしてないわよ」
「でも、そんな、図書館でたった三回顔を会わせただけの人にどうやってそん
な事聞けるのよ」
「甘いわね、その人あんたと同じ怪しげな本が好きなんでしょ? だったら彼
が本を読んでるときに、そういった本がお好きなんですか?とでも声をかけて
みればいいじゃない」
「そんな、ひどい。別に怪しげな本じゃないわよ」
 でも、呆れられるのもわからなくもない。
 最初に会ったあの日から毎日図書館に通いつめて二週間以上、あの人の姿を
見かけたのは二回。いずれも開館してからすぐの早い時間帯、特に休日平日と
決まっているわけではなく、間隔もまちまちで。
「思うに休日が休みじゃない職業だと思うのよね、シフト制だったり」
「ひょっとして夜のお仕事?」
「失礼ね、そんな雰囲気じゃないわ」
「そうかしら?案外夜は黒服だったりするんじゃないの?」
「違うわよ、あの人はもっとこう……」

 朝、開館して間もない殆ど人のいない図書館。
 一糸の乱れもないぱりっとしたスーツ姿に、背筋を真っ直ぐにのばして深い
灰色のカーペットを踏みしめて歩く姿。書架の前、彫刻のように佇んで背表紙
を眺めている横顔。際立って整っているとかそこにいるだけで視線を集める華
があるというのとはまた違う、その場に溶け込むような独特の存在感。

「……かほる」
「え?」
「浸るのもいいけど、少しは進展を考えたら?」
「ええと、そ、そうよね」
 両手で頬を軽く叩いて背筋を伸ばす。
「でも、おかしいのよ」
「何が?」
「一応、守衛さんや司書の人に聞いて見たのよ。朝一番から来る人なんて珍し
いじゃない? 私なんかもすぐ顔を覚えられたし、あの人もしょっちゅう顔を
出しているみたいだから」
「そうよねえ、あんたみたいなヒマ人すぐ覚えるわよ。で、どうだったの?」
「それが……」

『男の人?……いえ、お見掛けしていませんが?』
『え?そんなはずは、あの昨日の朝に来ていたはずですよ』
『ええ、昨日あなたがいらしてたのは見ていたのですが』

 入り口で出入りを見ているはずの守衛さん。
 いつも貸し出しの受付をしてくれる年配の司書のおばさん。
 書架整理でしょっちゅう顔を見る若い男性。

 誰一人、彼の姿を見ていないという。

「……その彼って、ホントにいたの?」
「いたわよ、嘘じゃないわ」
 どうして、あの人の姿に誰も気づいていないのか。
 ぴんと姿勢正しく歩く姿、軽く俯いて頁を追う横顔。どこにいてもすぐ見つ
けることができるのに。

「まるで、姿なきものってとこね」
「やめてよ、ヘンな呼び方」
「それか図書館に住む新種の座敷童かもしれないわね」
「もうっ、みはる!」
「冗談よ」
 手にしたマグカップを傾けてすっかり冷めた珈琲を含む。

 誰も見ていない、あの人。
 でも確かにそこにいた、あの人。

 こんなに気になっているのに。まだ、名前すら知らない。

時系列 
------ 
 2000年3月。
解説 
----
 東っちと奥さんと初めて出会った日の後。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。

 奥さんも案外天然ですか。
というかいつになったらまともに出会えるのかこの二人。


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