[KATARIBE 29911] [HA06N] 小説『笑面』

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Date: Thu, 18 May 2006 00:43:56 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29911] [HA06N] 小説『笑面』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年05月18日:00時43分55秒
Sub:[HA06N]小説『笑面』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@急いで寝ないと(汗)です。
というわけで、ある日のログから起こしました。
非常に大胆に、がしがし削っておりますが……
他の人のキャラクターの口調は、全てログを用いております。

とりあえず、お借りした皆々様、有難うございます。

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小説『笑面』
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  周御鋭司(すみ・えいじ)
    :奇行の人。ボケる人。不可解人。現在部活難民。一年生。
  戸萌葛海(ともえ・かつみ)
    :戸萌家の長女。メガネなボクっこ娘。一年生。
  関口聡(せきぐち・さとし)
    :人の感情を常に左目で見、右耳で異界の音を捉える。二年生。

本文
----

 片目は人の心を見。
 片耳は異界の音を聴く。

「でも、なんで人の心の声まで聞こえたりするんだろう」
 小さな台所と、畳の部屋が二つ。片方の部屋に置かれた座り机に置かれた珈
琲の前で、聡は首を傾げる。
「……うーん」
 父方のいとこの子供に当たる『おねえさん』こと、現在の聡の家主は、やは
り珈琲を前に、やはり首を傾げて言葉を整えるように考えた。
「ああ、あれだ。スピン空間みたいなもんじゃないの?」
「は?」
「素粒子の空間。素粒子の性質をその空間内の回転やら方向やらで説明するん
だけどね」
「…………はあ」
 ブラックの珈琲をすすりながら、聡は珍妙な顔になる。それを見て、彼女は
くすりと笑った。
「異界ってのは、何も四次元だの平行宇宙だのだけのことじゃないってこと。
人の心もやっぱり異界のものだと思うよ」
「……」
 手の珈琲碗を座り机に下ろし、聡は微妙な表情を浮かべる。その様子に、や
はり彼女も微妙な……そしてどこか皮肉げな顔になった。
「入れ子細工のその先に在るものだからね。異界と思っておけば、そんなもん
と思えるんじゃない?」

 異界、と、彼女がいい、聡が聴く。
 その言葉の……奇妙なほどの実在感。

「……聡」
「え?」
「まだ、大丈夫?」

 色は白い……と言えば聞こえが良いが、どちらかというと灰色がかった、不
健康な顔色。ぱさぱさとした髪は、そんな年でもないのに白髪混じり。地味な
顔立ちの中で、その目だけが怖いほどに鋭い。彼女はすっと視線を聡に向けた。

「……うん」
 しばらく視線を合わせた後に、聡はふと頷いた。
「まだ、僕は大丈夫だと思う」
 どこまでが芝居か、どこまでが強がりか。
 それさえ判らないほどに、見事な笑みと一緒に。


               **

 紅いマフラーが風になびいている。
「うぅむ、ついに部活難民も吾一人」 
 吹利学校高等部校舎、屋上にて、腕組みをして風に吹かれる謎の一名。
 えらく背が高い。さっきからぱたぱたと風になびく真紅のマフラー、マット
仕上げのガントレット、そして同じくマット仕上げのプロテクターが付いたご
ついブーツ。私服が許可されている吹利学校でも、それなりに目立つ格好であ
る。
「だが……吾は負けぬ。寄る辺なき民のために」
 言葉と一緒に、強く拳を握る。
 ぎしり、と、ガントレットが声をあげるのが、こちらまで聞こえて。
 
(……何となく仮面ライダーとかそういうのみたいだな)
 ごたごたと置かれた恐らく天文部の機材(その割には何故か電気ポットや鍋
があるのが非常に謎であるが)の陰に隠れるように座っていた聡は少し首をす
くめた。似合わないわけでもないし、それなりにサマにもなっているのだが、
それにしては彼のポーズのどこかに、妙に『自ずから崩す』部分があるのだ。

「むっ、何奴っ」
 不意に、その謎の一名が聡のほうに視線を向けた。しゅっと、どこから出て
きたのか、一枚のカードが風を裂いて飛び。
 ……そして、計ったように聡の手前でへろへろと失速した。ぺち、と、何だ
か情けない音を立てて、そのまま落下し、コンクリートにぶつかる。それを拾
い上げて聡は立ち上がった。

「……いや、部活難民なんて言ってるから」
 恐らく一年生。人好きのする顔立ちに、今は、少々過剰に見える表情を浮か
べて、彼はこちらを見ている。
「僕も同じ、即行帰宅部なんで」
「なんだってぇえー」 
 てぇーー……てぇー……てぇ…………と、えらい勢いでエコーがかかる。お
やおやと聡が見ていると、相手はやはり平然と、手の中のスイッチをぷち、と
動かした。
 途端にエコーが止まる。

「……いや、部活って、そんなに必要かな」 
「むぅ、まぁ青春の一ページを飾る要素としては、標準的に用いられるもので
あるなぁ」 
「なるほどー」
「交友関係に価値を見出す類の人間であれば、くらすめいと以外で、良好な人
間関係を醸成する契機の一つとして重要視もするであろう」 
「そうか、なるほど」

 言っていることは、なるほど尤もなものなのだが。
 標準を思いっきりとっぱずした相手の台詞としては……ある意味逆方向にとっ
ぱずした台詞かもしれない、と、聡は内心苦笑した。

 くるくる、くるくる、と、左の視野の中で透明な球が廻る。
 鮮やかな黄色のポルカドット(それこそポルカでも踊りそうに跳ね飛んでい
る)。そしてそれと並行に並ぶ、深い群青色の静かな流れ。
 相反するものが両立し、ごく当たり前のようにせめぎあう。
 かすかな、眩暈。

 と。
 ととと、と、階段を駆け上がる音。そして開く扉のきしみ。
「……何やってるの、鋭司クン」
 綺麗な竜胆色の火花と一緒に響く、少し高い声。

 小柄な、ショートカットの少女。目の前の彼とは正反対に、標準服をきっち
りと着込んだ彼女は、あきれたような目で、真紅のマフラーたなびく彼……つ
まり彼の名前が『えいじ』なのだろう……を見ている。

「うむ、戸萌嬢。部活動は頑張っているかね」 
「うん、頑張ってるけど……」 
 言いかけて、ひょいと止める。そして目の前の友人(らしい)から聡へと視
線を動かした。
 ぽぽん、と、左の視野の中で、卵色の疑問符が飛び回る。

(一年にしては見たことの無い顔……くらいに思われたかな)
 そのくらいは察するが、この場合察したことを示しても面白くない。そんな
内心を微塵も見せないまま、にこにこ笑っていた聡を見て、彼女はちょっとた
めらってから、口を開いた。
「あのう、鋭司クンの知り合いですか?」 
「いや、初めての人、だと思うよ」 
「うむ、袖すりあうも他生の縁と言うでな。前世であればわからぬが」 
 妙に時代劇じみた口調の相手の言葉に、やはりにこりと笑って聡は頷く。
「部活難民ってとこは同じなんで、思わず、ね」
 ああ、と、頷いてから、ともえ嬢、と呼ばれた少女は、あれ、と、首を傾げ
た。
「まだ部活決めてないの?」 
「うむ、いまだに決まっていないのだよ」
 えへん、と威張ってみせる。相手の少女の仕草同様、かなり親しい友人同士
の、それは会話であるとわかる。
「……クラブに入れないわけじゃないんだ」 
 友人が居ないとか、人付き合いが本気でダメ、とか……まあ、そういう感じ
は最初からなかったのだが、それにしてもこれだけ親しい友人が居るのである。
問題ないじゃないか、と、言外に含んだ聡の言葉に、彼はひょい、と、肩をす
くめた。
「気弱で引っ込み思案である私は、競う部活はダメなのであるよ〜」 
 どこのポケットから出したのか、片手に小さな白旗がぱたぱたと翻っている。
 
「どこが気弱で引っ込み思案だよっ」 
「じゃ、競わない部活なら?」 

 突っ込みがともえ嬢、のんびりとした答えが聡である。
 まともなのは……確実にともえ嬢のほうである。

「文化系の部とかにすればいいじゃないかあ」 
「頑張らない部活ならばよいのであるがなぁ」 
 うぅんうぅん、と、それこそ擬態語で飾りたいほど、しっかりとした『悩む
ポーズ』である。

(頑張らないで、競わない部活……)
 そのポーズにつられるようにそこまで考えて……ふい、と、聡はまばたきし
た。
(……あ、今、怖いこと考えてしまった)

 それぞれが……まあ、頑張る人は頑張っているが、気楽にやっている人は気
楽なまま、そこらも自由な部では、ある。ついでに文科系だし。

「なにより、気弱で引っ込み思案であるので」 
 考えている聡の様子には構わず、鋭司はうむうむ、と、一人頷きながら言葉
を続ける。
「部活見学など、恐ろしくてとてもとても」
 最後の『マフラーをはためかせて豪傑笑い』のポーズまで、内容と振る舞い
がちぐはぐなのが……しかし左目に写る意識の球には、妙に似つかわしい。

 何よりも、と、聡は思う。
(気弱だろうが引っ込み思案だろうが、それがまとめて自称に過ぎなかろうが、
あそこなら何とかなりそうだし、なあ)

「じゃ、部活見学せずに、これはと思ったところに入る、とか」 
「一服盛られて入部届けに判を押していた、と言う事態にでもなったらどうす
るのであるか〜」 
「その時は……君の才覚だよ、あとは」 
「解毒能力はさほど高くないのであるよ?」 
「入部届けを、後で蹴り飛ばすくらいのことは君なら出来そうだし」
「そんな恐ろしいことはムリであるよ〜」 

 へにょへにょ、と、膝から砕けるような動き。情けなさそうな表情。
 それらがやはり、静かな……そして揺るがない、奇妙に深い色合いの藍色に
裏打ちされて打ち出されている。
 その感情は……常に二色に分かれ、常にどこかシニカルでもある。

「入部届けに縛られた契約の神の裁きによって、箪笥の角に小指を打ちつけて
しまうのである」 
 あはは、と、聡は笑った。
「まあ、難民も面白いから、そのままやってみたら?」
「……ま、まあ、鋭司クンが興味もったところに入ればいいよ、うん」 
 毒気を抜かれたような……何となく困ったような意識に、聡は少しだけ視線
を向ける。
 彼女のほうは、これは見事に、一色の感情である。いや、一色というよりは
裏と表が無い、というべきだろうか。
 ……無論、それは比喩的なもの。全く裏表が無いわけでは、ないのだけれど。

 ともえ嬢、と呼ばれた彼女は、弓道部に入っているらしい。
 道理で、小柄な身体の背筋がぴんと伸びている筈だ、と、聡はなんとなく納
得する。

「昔はあんなの素直だったのに……もう昔の戸萌嬢には戻らないのであるな」 
 納得して……そしてぼんやりと聞いている間に、話はどんどんとすっとんで
ゆく。それなりに会話に身が入っているのだろう、二人とも階段を上ってくる
音、そして静かにドアのノブが動く音を気に留めていないらしい。
「闇討ちなんてしないようっ」
「むしろ、鋭司君がひねくれさせたんだと思うけど」 
 どちらかというと、穏やかな緑や少しくすんだ緑。
 そういう感情の裏側に……やはりどこかずれたもう一つの感情。
「あぁ、カルト研究に身を売った元部活難民が」 
 背の高い一年生が、ある意味とんでもない一言と一緒に振り返る。
 驚いているようには、見えない。

「カルト研究!?」 
 ずさーっ……と、背景に効果音が入りそうな勢いで、ともえ嬢が『引く』。
 ちがーうっ、と、入ってきた
「実践オカルト研究会!」 
「丁寧に言うと、おカルト研究」 
 そんな妙な部活があったっけ、と、聡は苦笑する。

「いや、なんとなく入って見たいなーと思ったから。」 
「アレであるな。夜中の学校で交霊会を開いたり、校庭に動物の血で魔法陣を
描いて召喚儀式を行うのであるな」 
「そこまではしないと思う……たぶん……」 
「ゆ、優一クンが……変態に」 

 変態になるかどうかは、ともかく。
(動物の血じゃなくて、自分の血で小さな魔方陣の一つや二つ描いてる人も居
るだろうなあ……)
 などと、そこはそれ、一年の長というもので……聡もこの学校のことを少し
は判っていると言える。
 故に。
「いいんだ、いいんだ……どうせ僕は誰に理解されない化け物なんだ……」
 いじいじ、と、いじけまくる後から来た一名を見つつ。

(さて、一年生の彼氏は、どこまで冗談の積りで言っているんだろうなあ)
 少々真顔になって、そんなことを思う聡である。

「さて、風祭氏はほおって置いて」 
 ひょい、と、相手を横に避け……たところに。
「おいといて?」
 また、ぬっと出てきた一名。
「うぅむ、怠惰で楽しく適度に活気があってらくちんな部活はないものか」 

 そして……聡はやはりにこにこと笑いながら、四人を見やった。


 どこかで考えてはいる。鋭司と名乗る一年生が、それなりに部活に入りたい
と思っているのは事実であるし、だから良い部に入れたらいい、とは思う。創
作部も、その候補だとは思う。

 けれども。

(基本は善良な、人たち、なんだろうな)

 後から来た二人の意識もまた、くるくると色を変え形を変える。恐らく高校
に入る前から親しいのだろう。互いの会話が……それこそ内容によらず、会話
それ自体が愉しいのだろう、と……それはこうやって左の目で見る必要が無い
くらいによく判ることで。
 けれども。
 だからこそ。

(……きつい)

 鋭司のように、意識の裏表(というか表面と奥)が、はっきりと違うように
見えるならば良い。反対に、戸萌嬢のように裏表が無い(もしくは偏りなく並
行状態に見える)のも、これは苦ではない。
 ただ……大概の人は、意識の裏と表がほんの僅かにずれる。
 それも、偏りつつ、ずれている。
 そのいびつさが……聡には辛くて仕方が無い。

 差し出されるイチゴポッキーの箱。礼を言って受け取ると、相手はひょいと
一つ頷いて、次の子にまわす。
 くるくるくる。
 その周りに存在する、様々なる色。


 創作部から足が遠のくのも、やはり同じ理由である。というか正直、紫の居
る創作部に行くのが……きつい。
(先輩のせいでは、無いんだよね)
 ぽき、と、音を立ててポッキーを折る。その音をぼんやりと捉えながら、聡
はやはり考えている。
 紫の意識や感情は、目の前の戸萌嬢と似ている。というより彼女よりもまた
一段とずれが無い。それは聡自身見ていて、大丈夫か、もう少し裏があるほう
がこの人のためじゃないだろうか、と、考え込んでしまうほどに、無い。
 けれども。

 紫の周りの人々。そのうち最低でも二人は彼女に対して特別の好意を抱いて
いる。
 無論、そのようなことを口にするわけではない。そして好意を抱いている二
人も、別に仲が悪いわけでもない。

 けれども。
 その、僅かなゆがみ。それも偏った、『ずれ』と認識される意識のゆがみ。
 それが色や形として見えてしまうと……

(……きつい)

 いわば、恋愛部門だけに偏ってずれてるからキモチワルイ。そう言うと家主
の『おねえさん』はころころとしばらく笑い……そしてふと、その表情を苦い
ものに改めた。

『でも、どうしようもないんでしょ』
『……うん』
『ずれているのが普通、ってのも判ってるよね』
『無論』

 ただ、それが、あくまで視覚の問題として……苛々とするだけのこと。

 動けない相手の額の上に、一定感覚で水滴を落とすと狂う、という都市伝説
のような話を聞いたことがある。
 精神と肉体は、そうやって奇妙な連帯の元にある。

 精神を読むことで狂うわけではない。
 それが、目に苛々とすることで……

 そんな狂いかたもあるのかもしれない。


「あの手の食玩は、童心に帰れて良い物である」 
 ぼんやりと見ている間に、話はくるくると変わっていたらしい。
「でも、シャボン玉で食べれるのはおもしろいよねー」 
「そんなこともあろうかとっ!」 
「用意して置きました?」 
「先取りされたので、割れないシャボン玉でいくのである」 

 へえ、と、聡は顔をあげる。


 割れないシャボン玉。
 ストローに息を吹き込む一人。
 そしてそれを避けて移動するあとの4人。

 それらが全て、くるくると廻る球に、聡の目には捉えられて。

 綺麗だ、と、思う。
 綺麗だ、と、胸の中で繰り返す。


 綺麗、と思わねば……恐らく立ち行かない。

 人の感情をどうこう言えるわけが無い、と、やはりわかっている。そんな立
派な、裏表の無い人間ではないのだ、自分は。
 むしろ……こうやって笑いを貼り付けて、微塵も揺らがずここに居る自分ほど
汚いものは居ないのではないだろうか。

(それがずれているだのゆがんでいるだのと)

 それらの意識を、微塵も見せることなく。


 ぷわぷわと、確かに割れないシャボン玉が飛ぶ。
 ぷわぷわと、綺麗でありながら、どこか……奇妙にそれは見えて。


 にこにこ、と、やはり聡は笑いながらそれを見る。
 にこにこと。

 やはり割れることのない、柔らかな笑みを浮かべたまま。



時系列
------
 2006年4月末〜5月はじめ

解説
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 部活難民の一年生と、聡との会話。

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 てなもんで。
 ではでは。
 
 


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