[KATARIBE 29899] [HA06N]小説『貘にある「母の日」・前夜祭』

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Date: Sat, 13 May 2006 23:57:55 +0900
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Subject: [KATARIBE 29899] [HA06N]小説『貘にある「母の日」・前夜祭』
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 ごきげんよう。蜃楼鋒です。
 旅邁の普段の動きとは徹底した対比を醸し出すべく、
どれだけお姉ちゃんっ子かを表現してみました。

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小説『母の日・前夜祭』
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登場人物
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 本多旅邁 (ほんだ・つらゆき)
     :自己中心的な夢喰い貘

本文
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 ようやく書き終えた…………

 定期試験終了時の如き気持ちで、筆記用具を置いた。
 去年と比べると、だいぶ仕事が速くなってきた。
 満足そうに頷くと、椅子の上で大きく伸びをした。
 別に、本当に試験をしてた訳ではない。いやそもそも、今さっきまでの物書
きは「勉強」なんて頭の痛くなる行為ではない。
 大きく溜息を吐くと、改めて誤字脱字や語彙の違い等等を確認するべく、再
び視線を机上面に向けた。
 質素な便箋に、自分にしては本当にゆっくりと丁寧に書いた文字。

 ……よし、誰がどう見ても『手紙』だ。

 そう。受験生の本職である勉強もせずに、今まで手紙を書いてたのだ。
 何とまぁいちいちもったいぶった事をしていると思われるだろうが、これに
はちゃんとした理由がある。
 日付付きのアナログ・デジタル両方が入った時計を見る。

 明日――いや、もう今日か――は、「母の日」だ。

 ただ、宛先は母ではない。
 今一度、記載を確認する。うむ、間違ってない。
 我が姉貴だ。姉貴に、日頃からの感謝――っても、そんなに感謝したことは
無いが――しての手紙。
 自分で語っておいてなんだが、恋文じゃない。だが、いくら姉貴への手紙と
は言え、これは『感謝の手紙』だ。自分にとっては、勉強よりも大切なことな
のだ。

 ……よし、おかしな点は無し。これで姉貴へのプレゼントは完成した。

 後は、「渡す場所」だ。この市内に住んでるのだから、こちらから出向いて
直接手渡せばいい。郵送送なんて以っての外だ。
 だが、さすがに姉貴の職場まで出向く気にはなれないし、姉貴の家に置いた
って、性格からして帰宅時の疲れた身体で果たして見てくれる――いや、気付
いてくれるかどうか……
 考えあぐねいていると、携帯が鳴った。
 すぐさま推敲を中断し、ハゲタカの如く飛びついて送信者を確認した。
 胸が熱くなった。姉様だ。
 
 姉様には、メールで「逢いたい」とだけ伝えておいた。酷くそっけないが、
短い文章がいいのだ。下手にもったいぶって長い文にするのは流儀に反するし
、それに姉様なら、こちらが何も言わずとも解ってくださる。
 実際、返事はこちらにとっても喜ばしい内容だ。さすがは姉様。よきかなよ
きかな。
 すぐに返信内容を考えることにした。
 まぁ、姉貴への場所はその時になったら考えよう。どうせ、頼まれてもいな
いのに夜遅くまで仕事をしていくはずだ。それに、「検事」と言う職とは、そ
う簡単に休日を取らせてもらえないらしい。
 よって、姉貴には『二つの花』と手紙だけを添えておけばいい。案外、会社
にある姉貴の机にボンと置いとけば大丈夫だろう。

 だが、姉様はそう言う訳にはいかない。
 姉様は、同じ公務員でも姉貴とは違い「教師」だから、多少なりとも時間が
取れるはずだ。それなのに、直接手渡さなければまるで意味が無い。
 それに姉様には、手紙の代わりに一緒に京都にあるレストランのディナーに
行く手はずになっている。
 会員制の完全予約制。残念ながら、肝心の料理に関してはやや『店舗』に負
けてしまってるが、店内の雰囲気や来ている客層と総合すれば、決して間違っ
た選択ではないはずだ。
 随分とお情け的な選び方だが、姉様の前で味とかにケチをつける訳には行か
ない。そんなことしたら、姉様が哀しむだけで台無しだ。
 今回の目的は『味の評価』ではない。『姉様に感謝の気持ちを篭めて』――
つまり、主役は姉様なのだ。
 当然、姉様の気に入ることをしなければならないのだし、いくら味が良くっ
たって、さすがにそこいらに点在する誰でも入れるお店に入れる訳には行かな
い。そんな場所で、どうやって花を渡すことが出来ようか。

 ちらっと、視線を別の方向に向ける。
 そこにあるのは、特に目立った飾りも無い、実に質素でオーソドックスな二
つの包装物。中身は、花。母の日に贈るカーネーションと、姉の『カラー』を
それぞれ表した花。
 苦虫を噛み潰した顔になる。
 先日、恥ずかしい思いをして花屋から買ったのだ。

 今にして思えば、料理店に行く時の様に変装するべきだった。確実に、変な
学生さんだと思われてるに違いない。
 元々、自分で店に出向く必要は無かったし、出向く気なんて毛頭無かった。
真の金持ちとは、店の人間をこちらに呼ぶことが出来るのだ。
 だが、どれだけお金を積んで最高の花を用意したところで、姉様の笑顔はや
や曇ったものだったし、あの姉貴でさえも露骨に厭な顔をするばかりだった。
 あの時ばかりは、歯痒い気持ちで一杯だった。「金で人の心までは買えない
」と言う戯言を、この身をもって受けた瞬間だった。
 考えに考えた末、二人の馴染みの花屋を覗いてその違いを調べようと思った
のだが……運悪く店員に見つかった上、とんだ大恥をかいてしまった。

 気持ちを落ち着かせるべく、頭を振る。しかしそのおかげで、それに見合っ
た収獲はいくつかあったからだ。
 まず何と言っても、自分の求める花言葉の花を間近で用意出来たからだ。
 チューリップと竜胆。チューリップには『博愛』、竜胆には『正義』の花言
葉があるらしい。
 言うまでも無いだろうな。チューリップは姉様に、竜胆は姉貴にそれぞれ贈
る。我ながら、実にセンスがいい。
 今までは、呼びつけた店員に全部任せていたから、昨日初めて知った時には
やや新鮮だった。

 しかしチューリップか……

 後々考えてみたら、チューリップなんて触ったのは幼稚園以来だ。社会人の
姉様に贈るモノとしては、少々ガキっぽいかとも思ったのだが……如何せん、
引き返して「代えて欲しい」なんて口が裂けても言えるはずがなかった。思い
返しただけでも、恥辱に耐えかねて死んでしまいそうだ。
 だが今にして思えば、もうちょっと聞いておくべきだったかもしれないと言
うのもまた事実。
 再び顔を歪める。店員に薔薇を勧められ程度で焦ってしまったのだ。ありえ
ない失態。まだまだ未熟だ。

 ……って、少しブルーな気持ちが入ってしまった。

 気持ちを切り替えるべく頭を振ると、姉様と姉貴へのプレゼントを仕分けし
てまとめるべく、包装物と手紙を手に取った。
 個人的には、この包装のやり方は気に入っていた。
 これは自分ではない。と言うより、自分でやったら実に悲惨なものになる。
 言わずもがな、花屋の店員だ。と言うよりは、花屋の店員が全て用意してく
れたのだが。
 自分と同じくらいの年代――違和感があったが、間違いないだろう記憶して
いる――であるにもかかわらず、仕事振りや貫禄からして、とてもバイトの素
人とは思えない。

 気に入った。また今度も、あそこの店員さんに包んでもらおう。うん。

 姉様にメールを送り一息吐いた時に、ふと視界にもう一つラッピングされた
カーネーションが映った。自分の位置からやや離れた所にあり、実に寂しそう
だった。
 おっと、忘れてるところだった。文字通り「母の日」に贈るべき人物のこと
を。
 再び溜息を吐くと、すぐさま郵便証明書を引っ張り出した。
 これから見て判るように、両親も同様に仕事で居ない。こちらは姉貴とは違
い、遠方の地で頑張っている。
 尤もこの家を独りで好きに使えるからして、こちらにとってはとてもとても
有り難いことだが。
 とにかく、『常識で考えれば』手渡しは物理的に無理だろう。
 送り先と届け先を記載し、舌をのばして唾液で切手を張る。少々はしたない
が、いちいち引出しから糊を出すのが面倒だ。
 一通りの形式行為を終えると、二番目の引出しの入れてあった指輪を、カー
ネーションと一緒に同封する。
 ペリドットをあしらった、造るのに結構値が張った指輪。あの人には、これ
だけでいいんだ。

 ……よし、これで全てが完了した。これでようやく寝られる。後の身支度は
、いつもより少し早く起きてやればいい。
 そうそう、今は睡眠。寝不足のまま行く訳にもいかないし、逢う相手――姉
様に失礼だ。
 逸る気持ちを抑えつつ、ベッドに入り電気を消す。決戦は明日だ。

 それでは、おやすみ…………


時系列
------
 2006年、母の日当日

解説
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 旅邁が花屋に出向いた後の話。
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 実は、ここに小説風なものを投稿するのが初めてだったりします。
 まだまだ至らぬ駄文ですが……一発で無事なことを祈ります。


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