[KATARIBE 29891] [HA06N] 小説『春時雨の竜:其の一』

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Date: Sun, 7 May 2006 23:33:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29891] [HA06N] 小説『春時雨の竜:其の一』
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2006年05月07日:23時33分37秒
Sub:[HA06N]小説『春時雨の竜:其の一』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
のんびりと進めております。
てなわけで、こういう風景。
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小説『春時雨の竜:其の一』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 ベタ達
     :以前、相羽家で飼われていたベタ達のあやかし。

本文
----

 ただいま、と言って……しばらく。
 相羽さんはあたしの頭の上を、まじまじと見た。
 気持ちはわかる。

「……なに、そいつ」
「ええっと……あの」
 ベタ達はただいまの代わりにふよふよ泳いだ後、揃って台所に行ってしまっ
た(というか逃げた、というのが本当かも)。
「ベタ達と空に落ちてたら……なんかついてきて」
 はあ、と、溜息とも頷きとも取れない声を、相羽さんは出した。

            **
 
 四月の初めに、本宮さんとこに赤ちゃんが生まれた。

「うわ、ほんとにっ」 
「すっとんで行ったよ、史の奴」

 本宮家にとっては初孫らしく、ご両親も大喜びだと言う。

「都合の良い時に、うちもお祝いにいこうよ」
「そだね」

 そうなると、本宮さんを出来るだけ家に返そう、というのが刑事部の全員一
致するところとなり……自然に相羽さんの帰りも遅くなる。
 待って起きてることは無いから、ちゃんと寝るように、と、毎度相羽さんは
釘を刺してゆく。帰る時間は恐らくこれこれ、この時間より早いことは無い、
と言い置いて。

 そんなこんなで、10日ほど過ぎた日のこと。


 桜の盛りも精々頑張って一週間、今一度の……と幾ら願っても、また丁度悪
い時に雨が降るもので、頑張っていた桜はそこで殆ど散る。

「今日は……」
「今日中には、帰れる……かね」
「了解です」
 出来るだけ軽く受ける。いちいち尋ねるのも、実際のところ申し訳ないと思っ
たりするから。
「ご飯用意しておくね」
「そうして」

 その日も、夕方に雨が降った。
 ぱたぱた、と、屋根を叩く雨粒の音が、いつの間にか連打に変わる。点状の
音が、いつの間にか面状になり、そして雷の音を伴い。

「わ」

 窓の外一面が、白く塗りつぶされたような一瞬。
 ぴゅん、と、赤と青の半ば透明な色がすっ飛んできて、そのままぺとりと首
筋にくっつく。
「……単なる雷じゃないの」
 だから、首のところでふるふるしないように。そこそこやっぱりくすぐった
いんだから。

 何度か、雷が鳴った。
 何度か、空を鋭く裂くように、稲光が走った。

 そして。

「わっ」

 どん、と、ひときわ大きな音。
 そして……空白。
 それを埋めるように響いていた雨の音も、急激に小さくなって。

 ごろごろ、と、名残のような雷の音。

「……夕立みたいなものだったのかな」

 ばたばた、と、軒先を鳴らす雨の音が、どんどん間遠になって。
 そして、ぱたり、と、最後に響く音。


 その夜、久しぶりに散歩に出た。
 お供は赤と青のベタ。メスベタは誘ったけれども、つーんと部屋の向こうに
飛んでいってしまって、結局ついてこなかった。
 時刻は九時。相羽さんが帰るにはまだ間があり、そして、裏通りや公園の人
通りが少なくなる頃。

 すっかり緑に変わった、桜の木の枝の色。
 アスファルトに張り付いた、花びらの名残。
 
「なんか……かなり晴れたね」

 殆ど丸に近い月が、濡れた道の上にぼやけた光の帯を映している。まだ少し
湿ったような空気を、大きく吸い込んで。
「ちょっと行こうか」
 慌てたように青ベタが肩に飛び乗り、赤ベタが掌に戻ってくる。左右を見回
して、そのまま空に落ちる。最初はかなりの速さで、そして人目につかないあ
たりでブレーキをかけて。
 水分を含んだ、すっかり春色の大気。
 月は足元に。
 街は頭上に。
 ベタ達は今まで張り付いていたのが嘘のように、ひょいと身を翻して、更に
空へと泳いでゆく。

 暫くぼんやりと、そのまま街を眺めていた。
 自分が守っている街、と、相羽さんは言ってたっけ。

 そう思うと、この街の灯が一つ一つとても大切なものに思える。
 ……と同時に……何も出来ない、と、ふと。

「駄目だな」

 呟いてみる。
 何も出来ない、と、それは事実であっても、そう思って落ち込んだって、何
一つ役に立たない。何も思わずに落ち込まないほうが、まだ相羽さんの役に立
つくらいのもので。

「……ったく……」

 と。

 さわさわ、と、気配。

「ん?」

 ベタ達は、基本として声を出さない。ただ、ばたばた、と、鰭を動かす、そ
の気配のようなものは、時折見ていなくても伝わってくることがある。
 ばたばたばた。
 これは……何事?

「……どしたの?」

 振り返ると、そこには二匹のベタが並んでいる。
 赤いベタが向かって左側、青いベタが右側。
 そしてその間、二匹のベタの背鰭と胸鰭を掴んで。

「きゅぅ……」

 目をぎゅっとつぶって、ぽろぽろと泣いている…………何か。

「どしたの、一体」
 
 淡い緑とも青ともつかない……そう、上品な青磁の色合いの身体。
 トカゲのような、でもそれにしては子犬くらいの大きさで、トカゲにしては
少々大きめの体つき。指は細くて長く、そして……どうやら先に、白い真珠色
の爪が並んでいる。それに、トカゲとは決定的に違う大きめの耳と、はっきり
と表情を浮かべた顔。まあ、だからこそあたしは、この子がぽろぽろ泣いてい
る、と判断できたわけで。

「……どうしたの」

 困ったような顔のまま、互いに顔を見交わしているベタ達のほうに手を伸ば
す。その青白い生き物は、目を真ん丸くして一瞬ためらったが、結局そのまま
こちらの手に移った。

「きゅぅ」

 小さな泣き声と一緒に、そのままこちらを見上げる。
 大きな目は知性と感情を示してこちらを見ている。

(……あやかし?)

 生前の姿をほぼそのまま映したベタ達も、その目と表情だけは元の状態とは
格段に異なる。はっきりとこちらに判る目の動き、そして表情の変化。 
 彼らの示す表情と、この子の表情とは似ている。
 そしてもう一つ、類似した点。

(多分この子……子供、だわ)

 手の上でちょん、と前脚を揃えて上半身を起こし、こちらを見ている表情が、
どうしても小さな子供を連想させるのだ。どこか幼い、まだ恐らく親の庇護下
にあるだろう年齢の子供を。

「でも……どうしたの、おかあさんは?」
 言った途端、あ、失敗、と思った。こちらを見ている目が、途端にうるうる
とうるみだし、泣き止んだ筈の目から、またぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「迷子になった?」
「きゅぅ」
 こくこく、と、頭を上下させる。
 つまり……きゅぅ、しか言えないけど、こちらの言葉はわかるらしい。
「おうちに帰れない、のかな?」
「……きゅぅ……」
「ああ、泣かない泣かない……ね」

 何となく、小さな子供を思わせる仕草に、思わず抱えて頭を撫でる。

「どうしようかな……」

 それでもあやかしである。うちに連れて帰るのは別にかまわないけど、そう
すると親御さん(多分探しているだろう)が、見つけにくくなるかもしれない、
ここは涙を呑んで置いて帰るべきかなあ、とか思っていたら。

「……え?」
 ひた、と、何だか冷たい感覚があると思ったら。
 襟首の辺りに、しっかりと絡みついた小さな指。それでもかなり頑丈そうな
爪が、襟のあたりの布に突き立っている。
「どしたの」
「きゅぅっ」
 しか、と、こちらにしがみついて、その小さな生き物はこちらを見上げる。
「……一緒に来るってこと?」
 こくこくこく。
 そんな勢い良く頷かなくても。
「と、言っても……って」
 ぷくー。ぱたぱたぱた。
 目を上げると、二匹のベタが、全身でサインを送っている。
 つまり……
「連れて帰れって?」
 こくこくこく。

 さて、どうすればいいのかな、とは思ったけど。
 だけど……そこまでされると、まさかそれで引っ剥がしておいてゆくわけに
もゆかず。

「……そう、しようかな」
「きゅーーっ」
 嬉しそうにこちらを見上げた、その小さな生き物と。
 周りをぱたぱた跳ねるように飛ぶベタ達と。

 そしてあたしは、ようやく気が付く。というか思い当たる。
 トカゲに良く似た、けれども大きな耳。そして爪。

「……竜?」

             **

「……きゅぅ……」

 そして冒頭に戻るのである。


 じっと見られて、照れたのか怯えたのか、その小さな竜はするるっと頭から
首の後ろを通り、そのまま背中に張り付く。それでも興味があるのか、肩の辺
りから首を覘かせて。
 丁度頭が耳にくっついて……なんだかひんやりしている。

「まあ、いいんだけど」
 言いながら、相羽さんは上着のボタンを外す。手渡したハンガーに上着をひっ
かけながら、それでもやっぱり肩の上の小さな竜を見て。
「……何食うの?こいつ」 
「さっき、べたずと一緒に和菓子食べてたけど……」 

 戻ってきてから、ご飯を一緒に食べて。
 お味噌汁とご飯を、少しずつ食べた小さな竜は、食後に出した和菓子をよく
よく眺め……そしてベタ達と一緒に食べていたっけ。

 ふうん、と、相羽さんは頷くとも溜息ともつかない声を出した。

「きゅぅ…………」
 肩の上から、その子はじっと相羽さんを見ている。ネクタイを取り、着替え
る様子を、それこそまじまじと。
「ごはん、食べます?」
「うん」
「じゃ」
 今つぎます、と、言おうとしたときに。

 ひょい、と、相羽さんが手を出す。肩の辺りに伸びた手を、その竜はちょん、
と首を傾けて眺めていたが、
「…………きゅぅ……」
 恐る恐る、といった調子で、手を伸ばした。そのままひょい、と、相羽さん
の指に手をかけ、そのままするりと乗り移る。

「……竜、だよねえ」 

 くるんと尾っぽを丸めてちょんと座ると、丁度手の上に収まる。青磁の色の
身体と大きな黒い目をじっと見てから、ゆっくりと相羽さんは言った。
 途端に、こくこく、と、頭を上下させる。
「そう、みたい」

 家に帰った後に、それについては尋ねた。
 竜。それも雨の竜。それが判るまでにはかなりかかったのだけど。

「ふうん」

 じっと相羽さんはその小さな竜を見ている。視線の先で、しばらくその子は
もじもじと手を動かしていたが、

「…………きゅーーっ」
「ん?」

 するん、と、手から半ば落ちるように降りる。そしてテーブルの上をとたぱ
たと移動し、またこちらの肩に飛び乗って。

「……きゅぅ」

 今度は腕に絡まって、丁度柱の影から覗く子供のような格好で、それでも相
羽さんを見ている。
 なんつか……可笑しいというか、ほほえましいというか。

「……逃げてる?」 
 相羽さんの声に、ぴょっと頭を引っ込めて。
 でも、その分、尻尾がぴょこ、と、飛び出して。
 …………可笑しくて可笑しくて。

「……威厳ないねえ」
 やれやれ、と、相羽さんは肩をすくめてお箸を取り上げる。 
「空で迷子になって泣いてるとこを、べた達が見つけてつれてきた子だもの」 
「なるほどねえ」 
 つまりこいつら並か、と、周りを飛び回るベタ達を突っついて。
 いやそうなんだろうけど。
 でもこう、一応竜の子なんですけど。

「迷子になってた子だから、そのうち帰してやらないといけないんだけど」
 くっついたままの竜の子の頭を、指先で撫でる。
 目を細くして、子供は腕にしがみつく。

「……お母さんをどう探すかが問題かも」
「だね」

 やれやれ、と、相羽さんは肩をすくめたけれども、
「まあ、おいおい考えよか」 
 小さく笑って、お味噌汁に手を伸ばした。

時系列
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 2006年四月半ば

解説
----
 というわけで、雨竜のお嬢ちゃんはこちらに来たようです。
『周囲に妙な連中(人外含む)が寄って来やすい:3』は伊達ではないです>真帆
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 てなわけで。
 なんだかんだ言って、先輩、こういうちっこい子、好きなんだろうなあ。
 ではでは。
 


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