[KATARIBE 29879] [HA06N] 小説『春時雨の竜:序』

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Date: Wed, 3 May 2006 16:36:37 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29879] [HA06N] 小説『春時雨の竜:序』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年05月03日:16時36分37秒
Sub:[HA06N]小説『春時雨の竜:序』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
これは少し続きます。
久しぶりに、のほほん話を書いてみたく……
……でもこれ、最後決まってないんだよなあ、どうしよう<おい

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小説『春時雨の竜:序』
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 登場人物
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 六華(りっか) 
    :冬女。元軽部真帆宅から桜木家へ、そして現在本宮家の一室に住む。 
 女
    :着物姿の女。

本文
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「そんなわけでねえ」
 艶のある声が、やはり艶のある唇から流れる。
「娘が帰ってこないのですよ」

 濃い藍の色の着物には、銀の糸で流紋が一面に縫い取ってある。濡れたよう
な艶と質感の長い髪はざっとまとめられ、そのまま少し太めの簪で無造作にま
とめられている。背は高め、すらりと伸びた背中の線が、着物越しにもなまめ
かしい。

「それは、ご心配でしょう」
 澄んだ、少し高い声が応じる。抜けるように白い顔は、額のところで綺麗に
揃えた前髪の具合か、それとも周りにふっさりと流した髪のためか、どこかし
ら少女めいて見えた。


 本宮家の、一室。
 元は三男の部屋だったその部屋に、今は六華が住んでいる。元々あった家具
は箪笥と机、そして椅子が一脚にベッド。飾りの無い家具は、そのまま現在の
六華の家具となっており、以来全く増加していない。
 その、部屋に一つの椅子に、着物姿の女が座っている。部屋の主のほうは、
ベッドの端にちょんと座っている。
 ぽっかりと、窓は開いている。その窓のすぐ近くに女は椅子を寄せている。
窓の向こうは既に黒、街の通りからの明かりが空に立ち込めた雨雲に反射して、
それが空の色を黒から灰色へ、少しだけ明るく変えていた。

「それで、お嬢さんも人の姿に?」
「いえあれは、まだ子供ですから人に成る術を知りません」
「……それじゃ……ぱっと見たら」
「大きなトカゲに見えるくらいの大きさですしね、まだ」
 手で、これくらい、と示すのを見て、六華は苦笑する。
「……それは、良かった」

 言ってから、良かったといっていいのかな、と、六華が苦笑する。
 まあ良かったのでしょうよ、と、女も苦笑した。

「色は……」
「淡い緑……少し青がかっておりますかね」
「青磁のような?」
「……ああ、そうかもしれません」
 成程、と六華は少し笑った。
「春の雨の御子なのですね」
「そうですね……まだほんに幼いのですよ」

 ふ、と。
 女は少しだけ眉を寄せた。
 それだけで女の顔は、母の顔になった。

「でも、そんな小さな御子が、またなんで」
 六華の問に、女はしばし黙った。

「…………雷竜がね」
「……はあ」
「一緒に仕事をしますでしょう。その時にどうも向こうも一人落ちたらしいの
ですよ」

 は、と六華は口をあけた。

「……ええと、今日の夕方の、雷交じりの雨ですよね」
「はい」
「そういえば、どーんとえらく大きく鳴ったと思いましたが」
「あの時に、雷竜の小さいのが一人落ちまして、同時にうちの子も飛び上がっ
て」
「……おちた、と」
「…………お笑いになってようございますよ」

 ちろっと見られて、六華は慌ててぽかんとした表情を元に戻した。

「あの雨であの雷でございましょう。さあ子供が落ちた、さあ咄嗟に雨を止め
て探そう、とはまいりませんで」
「……そう、ですねえ」
「それでも互いに慌てて雨を収めまして、探しに来たのですが」

 疲れたように女は首を横に振る。
 六華は小さく溜息をつく。

「それで」
「私も、長くここに留まるわけにはゆきません。子を探すと言っても、人の姿
を取ることは容易でもございません。それで」
「お手伝いは致します、勿論」
 安心させるようにほんのりと笑んで、六華は言葉を遮る。
「ただ、見つかりましたらどのように」
「ああ……できるだけたびたび、私もこちらに参ります。この時刻頃で宜しゅ
うございますか」
「ええ、こちらは良いですが」
「見つかりましたら、私が参るまで預かって頂けませんでしょうか」
「わかりました……あ、けど」

 ふっと気が付いたように、六華が声をあげる。

「私がお母様の知り合い、と、御子は知りませんよね?」
「……そうでした」

 あらあら、と、女は呆れたような声を出した。

「うっかりしておりました……それじゃ、これを」

 するり、と、襟の辺りから懐に手を入れて。

「これを見て母のものとわからぬ筈はありません」

 女の白い指に挟まれて出てきたのは、円に近い形をした、薄く半ば透明なモ
ノである。淡い青と淡い緑、それに淡い紫紺の色が柔らかく混ざったその透明
なモノを、彼女は六華の手に落とした。

「判りました。お預かり致します」

 受け取って……そして六華はくすりと笑った。

「まさかこれ、喉の下の鱗では」
「そこまでは致しませぬよ」

 冗談と、十全に判っていてのやりとりである。
 女もまた、くすりと笑ったが……そこでふと真顔になった。

「あの子が無事と判って居ります。もし無事でなくなれば、何より先にこの鱗
が」

 喉の下をそっと撫でかけた指が、そこで止まった。

「無事とは、判っております。けれど」
「ええ、お察し致します」
「では……」
「はい」

 ぽつ、ぽつ、と、間遠に音がする。
 慌てたように女は椅子から身を翻して立ち上がった。

「それでは、またよろしゅうに」
「はい」

 一礼、して。
 瞬時、女の姿が霞み、その輪郭がぶれ。

 そして一転。

 すらり、と、青く長いものが大きく開いた窓から外へ流れ出た。否、そのま
ま空へと流れ『上がった』。
 そして同時に、途切れなく続きだしかけていた雨音が、ぴたりと止んだ。

「……ふむ」
 六華は手の中の薄青いものを見やった。
 ほんのりと、まるで癖のように浮かべていた笑みを消して、少し眉を寄せる。
そのまま彼女は呟いた。

「……しかし、雨の竜が迷子って……困ったなあ」

 手の中の鱗から窓へと、六華は視線を移す。
 暗闇の中でもすっかりと雲の晴れた空には。
 ぽかんとした月が、ひっかかっていた。

時系列
------
 2006年四月半ば

解説
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 桜の季節の終わった後、春の雨の降る中で起こった事件。
 さて迷子のお嬢さんは一体。
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 てなもんで。
 ではでは。
 


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