[KATARIBE 29868] [HA06N] 小説『桜の頃に』

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Date: Sun, 30 Apr 2006 02:13:00 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29868] [HA06N] 小説『桜の頃に』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月30日:02時13分00秒
Sub:[HA06N]小説『桜の頃に』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
殆ど一ヶ月遅れですが。

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小説『桜の頃に』
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登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文 
---- 

 桜の蕾のゆっくりと膨らむ頃。。
 叔母から着物を貰った。


「ああ、真帆、元気?」
「うん、元気」

 叔母……母の妹は、現在も現役で働いている。デザイナーの彼女は、その仕
事柄、洋服は山ほど持っている(買わないといけない時があるのよ真帆ー、と、
以前嘆いてたこともある)。しかし、この叔母から『真帆、あんた着物いらな
い?』と電話を貰った時は、正直なんだろうと思ったのだが。

「おとうさんのね、おうちのほうが何か引っ越すとかで、その時にごっそり着
物が出てきたってのね」
 おとうさん、つまり叔母のご主人の家はかなりの旧家で、引越しにえらい手
間取ったというのは、従妹からも愚痴を聞いている(手伝いに引っ張り出され
たらしい)。
「それで着物貰ったんだけど、うちの娘はほら、着物、丈が合わないし」
 従妹はあたしより6つほど年下だが、身長は170を越す。すらりとしてい
てスタイルは良いと思うのだが、とにかく昔の着物だと、丈がまず合わない。
「あと、こういう地味でばばくさーいって色、あんた好きだったし」
 ……毎度、黒か灰色の服を着ている身としては、それはもうその通りですと
しか言いようが無いわけで。
「貰ってくれない?あんただったら来てくれそうだから」
 その電話で呼び出されて、受け取りに行ったのだけど。

「鈍色っていうらしいのよね」
 たとう紙を開いて、叔母はまず着物を広げて見せてくれる。
「……うわ、手が込んでる」
「でしょう」
 流石にデザイナーさんの目は肥えている。ほんの少し赤みの強い灰色の着物
は確かに色合いこそ地味だったが、地の織り文様は相当に凝っている。それに
裾と片袖には、その部分だけ紅の色で細い絞りの模様が加えられている。どう
やってやったのだろう、と思うほど、その文様は鋭い直線で地の色と区切られ
ていた。
「これ……縫い取り?」
「違うのよ。ここだけ絞り入れてるの。同じ布」
「うわ」
 流石に……選ぶ着物が違う。
「これにね、この帯を合わせると……いいでしょこれ」
「ほんとだ」
 真っ黒な地に、亀甲模様の縫い取り。細い線だけど、色は結構鮮やかで。
「今の時期、真帆なら合うかなーって思ってね」
 着物だけじゃない、帯に帯締め、ついでに長襦袢まで用意して、叔母は待っ
ていてくれたのだ。有難うございます、と、それはもうお礼を言ったのだけど。

「で、どう?」
「……どう、って」
「あんた達、結婚式も何もしないんだもの。ご主人も忙しいって言って、あた
しらまだ会っても無いし」
 新年に、親戚一同が集まる。本当ならそこに行く筈だったのだけど、相羽さ
んの仕事からして、それはかなり無茶で。
「仲良く……はしてるみたいね」
「……向こうも、一人暮らしが長かったから」
 叔母のところに子供が生まれるのは遅かった。だから特にあたしや弟は、叔
母にあちこち連れてってもらっている。よって、一人でほっぽらかしても平気
な……むしろ人と一緒に居るのが苦手だった子供の頃を、この叔母は良く知っ
ている。
「あれよ、真帆。旦那さんが口に出そうが出すまいが、お洒落した時は『旦那
さんに見せるため』ってことにしとくのよ。そうすると喜ぶんだから」
「……はあ」
「単純なんだからね、男ってのは」
「…………はあ」
 なんつか……千鈞の重みのある言葉である。
「この着物でも着て、一緒に桜見に行ったらいいわよ。この着物桜に映えるし」
「はい」

 その時、ようやくあたしは気が付いた。
 これは……結婚式も挙げなかった無責任な姪に、叔母が考えに考えて下さっ
た結婚祝いなんだろうな、と。

「……ありがとう、おばちゃん」
「いーわよう。あ、でも、夏のお盆の頃は、一度ご主人連れてきてね。会いた
いから」
 からからっと笑って、叔母はそう言った。

           **

 そう言えば、去年も桜を一緒に見た記憶がある。
 やっぱり何となく歩きながら、いわゆる『花見』の人達を避けて。

 着物を貰った、とだけは相羽さんに言った。でもどんな着物か、なんてこと
は一切言わなかったし無論向こうも聞かないし。
 ゆっくりと三月が終わり、ゆっくりと四月に変わる。
 その、丁度境の頃に、桜の花が満開になった。


「相羽さん」
「ん?」

 先日倒れてからこちら、相羽さんは寝る時間に厳しい。
 結局一日眠って過ごして(ご飯を作るの禁止、と、きっちり言い渡されて)
その上にこんなにぐうぐう寝てたら、それでなくてもだらける奴が、もっと怠
惰になる、と思ったんだけど。

『無理してないって、言ったよね?』
『……はあ』
『大丈夫って言ってたよね?』
『…………言ったけど』
『で……?』
 
 で、実際はどうだったかね、と、言外に示して相羽さんはじっと見る。
 ……完敗である。

 だから、今日もそんなに時刻は遅くない。
 まだ……うん、まだ、9時前だ。

 新聞を読んでいる相羽さんに、お茶を出して。

「桜」
「ん?」
「見に……行きたいな、って」 
「いいよ」 
 拍子抜けするほど軽く返事が戻る。と同時に、新聞を折りたたみだす。
「あ、じゃ……30分、待って」 
「ああ、いいよ」 
 着物の用意はしてあるから、あとは着替えるだけ。帯の結び方だけは叔母に
教わってきた。
 足袋を履くところから、あとはさかさかと着替えて……それでも30分くら
いかかるあたり、あまり早いとは言えないけど。
「で……邪魔しないの」
 ぱたぱたぱた。着物を突っついては離れてゆくベタ達を一旦向こうの部屋に
追いやる。恨めしそうな目をしながら、ベタ達は相羽さんのほうに向かった。

 鈍色の絹。帯の黒の地。淡い紅の色の帯揚げをくくって。
 以前買ってもらった銀の櫛を髪に刺し込んで。

「すいません、遅くなりました」
 時計を見ると、30分をもうすぐ廻る。
 声かけといてこれだから、なあ……
「ごめんなさい」
 自分で着付けると、ある程度着心地が良いように緩められるから楽、と、こ
れも教わったことだけど、それにしても洋服のように威勢良く歩くわけにはい
かない。出来るだけそれでも急いで、部屋から出てゆくと。

「…………まずかった?」 

 思わず、尋ねてしまう。
 てか、会った途端にぽかんとされると……やっぱり変なのかもしれないとか
そもそも桜見に行くのに着替えるってのが大袈裟に見えたのかとか、色々と……

「いや」 
 ぱたぱたと、蝶のように飛び上がって周りを巡るベタ達。彼らと一緒に立ち
上がって。
「ちょっとびっくりしただけ」 
 にっと笑って、ごく自然に近づいて。
 ひょいと伸びた指先が、頬を軽く撫でる。
「似合ってるよ」 

 時折思いあたる。この人がおネエちゃんマスターだった理由。
 褒め上手というか、照れないというか、そのタイミングとか言い方がえらく
上手い……というか。

 ありていに言って、こちらが照れるんですけど。
 
「……」
 ただ、照れているのも何だから、一礼する。くくっと、笑い声がした。

「いこか」 
「……はい」

          **

 時折、こうやって夜、散歩をすることがある。
 最初の頃、よく、相羽さんは手を繋ごうとしたけど、流石にそれは断った。
人様の歩いているところで手を繋ぐのは……やはり恥かしいことだと、これば
かりは抜けない。
 最近は、だから相羽さんも何もしない。ただ、手を伸ばせばすぐ届くところ
をずっと歩いている。
 もっと早く歩くのが普通じゃないかな、とよく思う。特にこうやって着物で
歩いていると、いつもよりどうしてもゆっくりとした歩みになってしまうし。
 でも。
 時折桜を仰ぎながら、相羽さんはゆっくりと歩いている。
 桜の一番多い公園は、この時期やっぱり人が出ている。ビニールシートに陣
取ってわいわいやってる人達もいる。人ごみは苦手なんだけど、でも一度は通
り抜けしよう、と……まあ、行ってみたんだけど。
 やっぱり人が多い。とにかく通り抜けてしまおう、と、着物で出来る限り足
を早めた時に。

「あら、三沢さん」
「?」
 三沢さん?
 丁度すれ違いかけた、その女性の視線は、名前はともかく相羽さんのほうに
向いている。明るめの栗色に染めた髪は綺麗に整えられていて、少し派手目の
顔立ちに良く似合っている。
「人違いですよ」
 さらっと、肩の後ろから、声。
「……あ、す、すみません」 
「いえ」
 ちょっと会釈して、相羽さんは軽くあたしの肩を押して歩き出す。相手の女
性は少し腑に落ちない、と言った顔になったが、すぐにそのまま歩いていった。

「……三沢さん??」 
 なんじゃそら、と、思って見上げると、相羽さんは軽く肩をすくめた。
「ま、色々お仕事上ね」 
「…………」
 あ……そうか。
 多分、以前の仕事で会った女性で。
 今はもう、この人、その情報網を使わないって言ってて…………

 ぽん、と、軽く背中を叩かれた。
「いこか」
「あ、はい」
 高歌放吟。まさかそこまで騒いでは無いけど、やっぱりこの人ごみは苦手だ。
「……去年行ったとこに、行っていい?」
「いいよ」
 人が居ないところ。道沿いなんだけど、丁度街灯に照らされて、見事に桜が
映えるところ。
 そういえば去年、そこで光魚を見たっけ。
 そういえば……相羽さんと、あの時も一緒に。


 これだけ桜が咲いているのに、どうして、と思うほど……この道は人通りが
少ない。この時期、まだ散るには数日ある桜は、ずっしりと重く見えるほどに
咲き誇っている。微風の中、それでもこれだけ近づくと、桜はほろ、ほろ、と、
ほころびるように散っている。

 ほろ、ほろと。
 間遠に。柔らかに。

 桜の花は怖い。
 綺麗で艶やかで、夜の闇をも染めるほどに絢爛としているのに。
 なのに、静かで。

 ああ確かにこの花は花魁だ。黙って微笑んで、それだけで人を惹きつける。

「……相羽さん」 
「……ん?」
「…………手」 

 即座に、手を取る手。
 指をしっかりと絡めてから、きゅっと握る。 
 振り返ると、相羽さんはにっと笑って、軽く手を揺すった。
 ……安堵した。

「……桜って……怖い」 
 しっかりと繋ぎとめられたまま、ゆらゆらと桜の下を歩く。
 ゆらり、ゆらり、と。
 目を離すのも惜しいほど、艶やかで柔らかなその花の下を。
 ゆらり、ゆらり。

「落ちそうになる……よね」 
 ぎゅっと、握られた手に力が込められるのが判る。
 少し痛いほどに握られた手に、今はそれでも安心する。

 この人は、あたしの碇だから。 
 あたしは今は、桜の闇へとおちてゆくことは無い。

 ふらり、ふらり。
 そんな足取りで、並木の半ば辺りまで来た時に。

「……あ」

 ぽう、と。
 桜の枝の中に、ほの光る何か。

 そんなに大きくは無い。丁度手で水を掬うような形を作ったら、その中にす
とんと入るくらいの。

 だけど。

「……あ……っ」

 ふわふわと、満開の桜の間から出てきたそれを見て、思わず声をあげてしま
う。だってそれは。

(もし、光魚になるなら、マンボウかな)
 以前、この人とそう話したことを思い出す。
 何となくもこもこと、空を泳ぐマンボウになれたら……って。

「…………ほんとにマンボウなんて居るんだなあ」
 可笑しくて、でも何だか悔しいような、悲しいような。
「分身?」 
 少し笑って、相羽さんが応じる。
「……違う」

 ほこほこ、と、目の前のマンボウは、確かにこれも光魚らしくほんのりと光
を帯びている。全体が淡い銀の色の腹が、今は桜の色に染まっているようで。
 
「……何か先に取られた気分がする」

 あたしがなりたかったのに。
 あたしがいつかはこうなりたかったのに、って…………

 と。

 手を、引っ張られた。
 同時に肩にかけられる手がそのまま背中に廻って引き寄せて。
 いつの間にか、握っていた手を離されていて。
 両手で抱き締められる。

「……良かった」 
 相羽さんは黙ったまま、ただ、促すように背中を撫でた。 
「相羽さんが居なかったら……多分このマンボウ追っかけて落ちてた」
 
 見開いた目に、桜と、その中をふわふわ飛ぶマンボウが映る。
 まるで誘うように。
 ……それでも。

 背中に廻る手に力が入る。微かに震える腕。
 目を、閉じた。

 昔あたしは、光魚になることを自ら拒否した。
 拒否するだけの強さを持っていた。
 どうしたら以前のように強くなれるのか。どうやったら以前のように光魚と
なることを拒否できるのか。去年ここで桜を見たときは、そんな風に考えてた。
 でも。
 
「……良かった」 

 そういう風には強くなってないと思う。未だに。
 だけど、今はそれでもここに留まると思う。
 このひとは、あたしの碇だ。

「そう、だね」
 ほんの少し、笑うような気配と一緒に。
「置いてかれたら泣くよ、俺」
 
 あたしは何も強くなっていない。
 だけど、この人が居てくれるから。
「……どこにもいかない」 
 そうやって言える。言い切ることが出来る。
「大丈夫」 
「……ああ」 
 背中を何度も撫でる、手。

 もう一度目を開いて桜を見た。
 もうそこには、あの小さなマンボウは居なかった。

「っと」
 小さく呟いて、相羽さんがそっと手をほどいた。あたしも慌てて身を離した。
 少し遠くから、足音。

 さらさらと、微かな風に桜が柔らかく揺れる。
 いつの間にか、相羽さんの髪にも、花びらがまとわりついている。

「ついてるよ、花びら」
「どこ?」
「髪の、こっち」
 手で示す横を、どうやら仕事帰りらしい人が早足に歩いてゆく。
 やり過ごして、足音が聞こえなくなるまで、何となく黙って。
 そして……何となく、顔を見合わせて笑った。

「帰ろっか」
「そだね」

 さらさらと、風に満開の桜が揺れる。
 それを、最後に見上げる。

 あたしはもうそちらには落ちてゆかない。
 花の闇の中には……落ちてはゆかない。


「帰ろ」
 ぽん、と、肩を叩くようにして、促された。
「あ、はい」
 相羽さんは、少し笑った。


時系列
------
 2006年4月の初め

解説
----
 去年一緒に見た桜を、今年も一緒に見る話。
 桜に魚は定番のようです。
*****************************************************

 てなもんで。
 であであ。
 
 


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