[KATARIBE 29866] [HA06N] 小説『微光(下)』

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Date: Thu, 27 Apr 2006 02:10:44 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29866] [HA06N] 小説『微光(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月27日:02時10分44秒
Sub:[HA06N]小説『微光(下)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
砂糖を吐きつつ、続きです。
……己はハマグリかっ(汗)

*******************************************
小説『微光(下)』 
================= 
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文 
---- 

 電話の音で目が覚めたのは憶えている。
 起きないと、と、ぼんやり思ったけど、動く前に電話は留守電に切り替わり、
いつもの台詞が終わる前にちん、と、切れてしまった。
 誰だろうと……考えた。
 そしてそのまま、また……眠ってしまったようだ。


 がちゃがちゃ、と、音がした。
 何度か蹴るような音。そして足音。
 そして、閉じた目にも、急にまぶしい……灯が点いた?

「真帆っ」

 そしてほとんど同時に。
 悲鳴のように。

「……あい……ばさん?」
 背中に廻る手。持ち上げられる上半身。
 何度か瞬きして、目を開く。と同時に、至近距離に相羽さんの顔があって。
「……え?」
「大丈夫?」
 それも、何だか泣きそうな顔で。

 相羽さんの手が、そっとこめかみを撫でる。
 少し、痛い。
「ごめん」
 表情に出たのか、相羽さんが呟いた。
「……あの……大丈夫だから」
 考えてみれば、面倒でしんどくて、頭をぶつけたまま台所に転がっていたわ
けだ。それは確かに驚くだろう。
「寝てただけだから」 
「…………」 
 何だか珍しいほど心配を表に出した顔で、相羽さんがこちらを見ている。
「ちょっと眩暈が酷くて……ただ、これは、そこにぶつけただけで」
 手で、テーブルの端を指差す。
「いやあの、ちょっと眩暈が酷くて、下手に動くと頭って血が出るからあちこ
ちに血が飛びそうだし、救急箱引っ張り出すのもおっくうだったし、だから少
し収まるまでここで寝とくほうがいいかなって」 
「安静にして、ちゃんと医者にみてもらわんと」
「お医者さんには行きたい……んですけど、保険証が」
 それか、と、小さく呟いて、相羽さんは黙った。

 そう言えば、そう言って電話をかけたんだっけ。
 それで心配して……帰ってきたんだろうか。
「いや、眩暈だけ……本当にそれだけで、熱別に無いし、大したことないし」
 相羽さんの手が、傷に触れる。どうしたろうって思うくらい、ほんとに心配
そうに。

 上嶋さんに、以前刺された時のことをふと思い出す。
 あの時、この人が心配してなかった、とは、流石に思わない。
 だけどあの時も、それから後も、ここまではっきり心配って顔に出してたっ
け。
「……とりあえず」
 何とか、この心配顔を止めたくて。
「1月に、相羽さんが怪我してきたより、よほど大したことないから」 
 軽く言った積りだったけど……妙にさっくりと刺さった顔を、相羽さんはし
た。
「わかってる……けどね」 
 ふわ、と、頭を撫でる手。
「心配するよ」 
「……変な電話、かけてくるしね」
 苦笑交じりに言ったのだけど、やっぱり相羽さんは口をつぐんでしまった。


 時刻はまだ、6時を廻ったくらいだった。
「あ、保険証、どこにあるか教えてもらえる?」 
 救急箱から消毒薬とガーゼを引っ張り出して、相羽さんが傷口を手当てして
くれる。
 血をふき取ってみると、実際怪我は大したことがない。それでも相羽さんは、
えらく丁寧にガーゼで傷を覆って、テープで止める。
「ああ」 
「眩暈が治らないから、ちょっと病院行ってきます」
 こうやって座っていても、頭の芯からくらくらと廻る。
 それだけは自分でも心配で。
「ちゃんと治してよ」 
 ガーゼの上から、何度か傷を撫でて。
「俺が心配だから、さ」 
 頬を挟む、両手。
「……てか……原因、何となくわかるから、大丈夫だよ」 
 笑ってみても、やっぱり憮然とした顔は変わらないままで。
「……あと一日、放っておけば多分治る。ただ、それだとごはん作れないし」 
「飯よりお前の体のが大事」 
「……大したこと無いんだよ、ほんとに」 

 うつらうつらしている時に、ふと思い当たった。
 多分これは、精神的な疲れなんだろうな、と。
 疲れ……というか。今までずっとのしかかっていたものが、すっと外れて、
急に軽くなって……そして調子を崩している、そんな感じ。

「そしたら、いってくるね」 
 出来るだけ普通の声で言って、立ち上がる。
 いや、立ち上がろう、として。

「……うわ」
「っ」

 ぐら、と、世界が揺れる。完全に重心がずれたな、と思った時に抱きとめら
れた。
「…………一緒にいくよ」 
「あーいや……相羽さん、だって仕事から帰ったばっかだし」
「だめ」
 あっさりと。
「いかないほうが心配」 
 いや、まあ……たしかにどっかでこけそうなんだけど。
「……相羽さん、それ、あたしを甘やかしすぎ」 
「ちがうね、俺が甘えてるの」 
「……へ?」 
「お前がいないのがやなんだよね」 
 さらっと言ってから……にっと笑う。
 ……わざと言ったな、今の。

 ふと、窓の外を見る。
 いつのまにかすっかり暗くなっている。

「病院どっか、開いてるかな」
 怪我の手当てしてもらって、何となく眩暈の原因に思い至って。
 これなら別に病院に行かなくてもいいんだけど。
「連れてくから」
 言葉と一緒に、ふわ、と、持ち上げられる感触。
「……ってか、相羽さんっ!」
 真面目に抱き上げて外に出そうだから怖い。
「歩ける。肩借りたらちゃんと歩けるって!」
「玄関までね」
 普通、しないと思う。いくら驚いたとしても……そして動けないって言って
も、タクシー頼むとかこう……
「心配なんだよ」
 その一言で、無言になる自分が……正しいのか変なのか。

           **

 近くの病院まで、手を引いてもらって。
 眩暈がするというので、多少先生も心配したらしく、血圧やら多少測って。

「問題は無いようです。多分、過労でしょうね」
 あたしとさして年の違わない女医さんは、そう言ってこちらを見た。
「下世話な話ですけどね、私の母が以前、子供二人の受験が終わった直後、そ
んな状態になりましてね」
 一日かそこらで治りましたけど、と、笑って言われて、ほっとした。
 とりあえず、一日ゆっくり休んで……とのことだったし、それに関しては、
こちらの見立て(というか予想)も同じだったので、結局そのまま家に戻った
のだけど。
「……下世話ですけど、奥さん、もしかして」

 ほこほこと笑った妙に人の良い顔で、女医さんが尋ねたことに、思わず笑っ
てしまって。

「いえ、そういうことは無いです」
「なら、良かった」
 それだけの、会話。



「いいから寝てな」
 そう言って、寝かしつけられる。そのまま相羽さんはコンビニにお弁当を買
いに行き、帰った後はお風呂を掃除している。
「一人の時は、ずっとやってたことだよ?」
 笑いながら言われるんだけど……違和感ありまくりで。

 二人と三匹で、コンビニのお弁当を食べて。
 先に入りな、と言われてお風呂に入って。
 出た途端、殆ど直行で寝かしつけられる。

「……相羽さん過保護」
「そうでもないよ」
 額を撫でながら、相羽さんが笑った。

 台所で寝ていた時は気が付かなかったけど、かなり体は冷えてたみたいで、
お風呂に入って温まった途端、気が抜けるように眠気がさした。
 ほこっとしたまま、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「……あの、相羽さん」 
「ん?」 
「…………電話、しないほうが、良かったんじゃない?」 

 結局は過労です、自宅で寝てなさい、で済んだことだ。
 それをわざわざ電話するのは、余計な心配だけかけたんじゃないかなって、
思ったんだけど。

「いや」 
 すっぱりと、そう答えるのは……でも、半ば予想はしてたけど。
 でも、それに甘えるのはどうかと思う。

「でも、結局過労なだけだし、休んどくだけだし」 
「だからさ」 
 額を撫でていた手が、ふと止まる。
「辛かったら連絡してもいい。それで迷惑なんて絶対おもわないからさ」 
「…………大丈夫?」 
「大丈夫」 
 そう、きっぱり言われるけど。
「連絡して……お仕事の邪魔になってない?」 
「大丈夫だよ」
 そっと、軽く叩くように頭を撫でる、手。 
「俺はお前さんの旦那でしょ?」 
「……そだけど」 

 それは、そうだけど。
 でも、母があたし達が病気だってんで、父に連絡したことはない。
 無論自分が熱を出したくらいで、連絡をしたことは無い。
 確かに、今回、保険証の場所が判らなかったってのはあるけど、探せば見つ
かったろうし、言い訳にしてないとは自分でも言えない。

「奥さんって、仕事の邪魔したら駄目じゃない?」 
 今日も……そりゃ、当直明けだから帰ってくるのは早くて普通かもしれない
けど、その後病院まで連れてってもらってるし、その後、お風呂まで入れても
らってるし。
「……電話したら、相羽さん、心配するから……邪魔にならない?」 
「それで切り替えできない俺だとおもう?」 
 間髪いれずに切り返されて、思わず黙る。
 それは……確かにそうだとは、思う。
 実際、相羽さんは公私混同をしない。だから反対に……ある意味、電話が出
来たわけで。

「仕事はするよ、こればっかりは止められない。でも、さ」 
 じっとこちらを見て。
 やっぱりどこか心配そうな目で。
「ちゃんと言ってよ」 
「…………言って、でも……いいのね?」 
「いいよ」 
 その一言に、嘘は無い。
 そのことはよく判る、から。
「俺もちゃんと言うから、さ」 
「……うん」 
 何だか……ほっとした。

 枕元に肘をついて、相羽さんがこちらを見ている。
 手を伸ばせばすぐ届くところで、少しだけ笑ったまま。
 頭を何度も撫でる手。

「……なに?」 

『ご主人と、喧嘩かなにかなさいました?』
 彼女と年が近いってのもあったろう。そして確かに、彼女の雰囲気は、そう
尋ねることを下世話と感じさせないような、ゆったりとしたもので。
『いえ、そういうことは無いです』
『なら良かった』
 どこか人の良い顔をほころばせて。
『そういう……精神的な疲れが元な気がしますよ、そういう眩暈』

 喧嘩、なんて。

「…………何でもないです」 
「そう?」
 そのまま、額を撫でる手を、両手で掴む。
「ん?」
 少し不審そうな声に返事をしないまま……相羽さんの片手を抱え込んだ。

「…………すぐ、寝ますから」 

 呆れるくらい、甘えていると思った。
 情けないな、とも思った。
 ……だけど。

「……五分だけ、貸して下さい」 
 五分あったら眠れるから。
 それ以上って言うと……以前、この人の手を握ってたら、お布団に入らない
でそのまま寝てたから、少し心配で。

 でも。
 でも、一緒に居てほしかった、から。

「好きなだけ、いいよ」 
 その声に……安堵して、そのまま目をつぶる。
「……おやすみなさい」 
「おやすみ」 


 抱え込んだ手。
 わがままも甘えも、許してくれるそのままに、少し開いた手。
 軽く震えるように、笑う気配。
 
 喧嘩、どころか。

 特効薬代わりに相羽さんの手を抱えて。
 あたしはそのまますとんと眠った。


時系列 
------ 
 2006年3月下旬 

解説 
---- 
 倒れた後、発見されて……の顛末。
 でも、確かに、帰ってみたら家が真っ暗で、電気つけたら転がってた、だと。
 ……そりゃびっくりするよなあ。
************************************************ 

 てなもんで。 
 であであ。 




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