[KATARIBE 29865] [HA06N] 小説『闇払い』

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Date: Wed, 26 Apr 2006 01:27:29 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29865] [HA06N] 小説『闇払い』
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2006年04月26日:01時27分29秒
Sub:[HA06N]小説『闇払い』:
From:久志


 久志です。
闇夜模索の中と下の間あたりのお話です。

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小説『闇払い』
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登場人物
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 丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課元ベテラン刑事。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ひきずる過去あり。

帰路 〜丹下
------------

 日の落ちた路地。立ち並ぶ街灯が照らし出した影が幾重にも重なって伸びる。
三月も終わりの時期とはいえ、まだ夜の空気は冷たい。薄手のコートの襟元を
寄せ、丹下は一人家路についていた。頬を撫でる風は切り裂くような冬の冷た
さではないものの、ゆっくりと確実に体の温かさを奪っていく。

 ゆっくりと消えていく、温かさ。
 ひっくり返した砂時計の、落ちていく砂。

 思わず伸びた手が左胸――心臓の位置で止まる。コートの上に触れた手の下、
皮膚の下、肋骨に守られた胸の中で休むことなく脈打つ心臓。ほんの握り拳大
の大きさの決して休むことなく働き続ける循環器官。ここ数年程前からふとし
た運動の際に感じる胸の痛み、長年刑事として酷使し続けてきた報いが狭心症
という形で丹下の体自身に跳ね返ってきていた。
 細く、ゆっくりと息を吐く。
 定年も間近に控え、もはや刑事としても第一線から退いた丹下に思い残すこ
とはない。悔いが残る事件もあった、追い切れなった事件もあった、解決して
もやり切れない後味の悪い事件もまたあった。それでも自らが走り続ける事は
止められなかった。
 止まることもできず、ただ走り続ける人生。かつて自分と同じような生き方
をしていた男の顔が丹下の目の奥をよぎる。自らを襲った辛さに耐え切れず、
何もかも投げ捨てて、ただ走ることだけで自らを保っていた姿。
 ――だが、それはもう過去の話。

「いい嫁もらったもんだなあ」
 空を見上げてぽつりとつぶやく言葉、同時に脳裏に浮かぶ顔。
抑えきれない涙をぬぐいながら唇を噛み締めていた姿、あの男が走り続ける為
なら何でもしたいと真っ直ぐに告げた声。
 
「なあ、相羽よう」


待人 〜相羽
------------

 相羽が自宅に帰った頃には真帆はまだ帰宅していなかった。脱いだコートを
片手に掛けて誰もいない部屋を見回す。
 明かりの無い居間は、カーテンの隙間から差し込んでくる外の明かりでぼん
やりと青く染まって、普段より一回り広くなった印象を受ける。片隅に置かれ
た水槽の中で一匹の青いベタが長いヒレをふるわせながら泳いでいる。
 誰も居ないがらんとした部屋。一年も経ってないはずだというのに、随分久
しぶりの事のように感じていた。

 ライトに照らされ、微かに青く光っている水槽を指先で軽くつつく。
「よう、ただいま」
 水槽の中、ヒレをなびかせながらふよふよと浮かぶ様は、闘魚という名には
似つかわしくないほど優雅な姿だった。
「最近、お前にかまけてなかったね」
 苦笑して水槽の表面を指先で撫でる。真帆が居る時に姿が実体化するベタの
あやかし達の姿は今はない、居るのだろうが相羽の目では見ることができない。
 水槽の中で一匹で佇むベタだけが、長年変わらず続いてきた風景。

 あの日から。

 ずっと。

 ふと湧き上がってくる、喉元をつかまれひきずりこまれるような悪寒。頭で
は理解していてもいつまでも蝕み続ける――心の奥の黒い穴。
「まだ……」
 どうして受け入れられないのか、逃げることは何の解決にもならないことは
わかっているなずなのに。
 
『…………ごめんなさい』

 搾り出すような真帆の声、何度も謝りながら背中を撫でる手。
 どうして悲しませたくない奴にそんな辛い思いをさせてしまうのか。

「真帆……」
 がらんとした部屋、真帆はまだ帰ってこない。

 ***

 居間のテーブルの前、椅子に腰掛けてぼんやりと過ぎる時間を待つ。時計の
針が一回りした頃、胸ポケットの個人用携帯が震えるのを感じた。
「真帆?」
 しかし手にした携帯の画面に表示されていたのは予想とは違う見知った番号
だった。
『よう、相羽』
「……丹下のオヤジ?」 
 長年聞き馴染んだ声。一人きりになった事件の後、何度となく訪ねてきては
何くれとなく世話を焼いてくれ、刑事の道へと誘った張本人。
『ついさっきまでな、おめえのカミさんと話してたよ』
「真帆と?……なんだってまた」
『覚えはねえか?』
 まるで見透かしたような丹下の問いに、思わず口をつぐむ。

 ――お父さんの事件って……どんな……事件、だったんですか?

 その問いに答えることができず。
 言葉を失ってしまった自分の背を撫でながら謝る真帆の声。

 沈黙の答えを汲み取って、丹下が少し苦笑する。
『おめえよう、嫁相手に意地はるなよ」 
「…………」 
『まったくのう、言葉にするのもこっぱずかしいが言ってやるさ』
 ひとつ、電話の向こうで息を吸う微かな音。

『おめえはよ、ひとりじゃねえだろ』

 どこにも行かない、と。
 いなくならない、と。
 何度も言ったはずで。

『ワシからはそれだけだ。カミさん大事にしろよ』
 最後の言葉は小さな笑いを含んだ声で。
「……オヤジ、さ」 
『ん』 
 一瞬の躊躇いの後。
「…………ありがとう」 
『ああ』


時系列 
------ 
 2006年3月半ば
解説 
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 闇夜模索(中)と闇夜模索(下)の間あたり。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。


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