[KATARIBE 29861] [HA06N] 小説『微光(上)』

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Date: Sat, 22 Apr 2006 23:41:23 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29861] [HA06N] 小説『微光(上)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月22日:23時41分22秒
Sub:[HA06N]小説『微光(上)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
きゃらくたーはいぢめるためにあります(え?)
……というわけでは決して!無いのですが。
とりあえずまたもや前半です。
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小説『微光(上)』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 ベタ達
     :相羽家で飼育されていたベタ達の変じたあやかし。
     :ぷくぱた話法で意思の疎通を行う。

本文
----

 ゆっくりと。
 ぽつ、ぽつ、と、水面に泡が浮かんでくるように。
 その夜あたし達は話をした。

 大したことは話していない。今日のこと、中村さんの奥さんとの話、ずっと
昔の話。
 順序も無茶苦茶に、思いつくままに。
 何かを話し合うため、というより、ただ声を聞いていたかった。
 話す前の、小さく息を吸う音。静かな声。それが途絶えるのが何だか勿体無
くて、そういえば、そういえば、と、互いに何度か繰り返したように思う。
 
「……真帆」
 それでも、明日の仕事があるから、と、互いに眠りかけた最後に。
「はい……?」
「どこにもいかんよね?」
 どこかしら、眠りに入りかけた、そんな声で。
「いかない」
 手を伸ばして、頭を撫でる。真っ直ぐな、腰のある髪が手の中で少し弾んだ。
「どこにもいかないよ」
「……そう」
 ほっと、溜息まじりにそう呟く声は、語尾がすっかり寝息に変わっていた。
 ぼんやりとした視野の中で、それでもほんとうに安心しきった顔で眠ってい
るのが判る。それが何だか、以前こうやって眠っていた自分と重なって。
 
 護りたいと思った。
 少し引っかいただけで、雪崩のようにのしかかってくる過去から、どうにか
して護りたいと思った。
 でもそれは、ものすごく難しいことかと思っていたけど、でも実際には単純
なことで。
 どこにも行きません。その一言でこんなに安心してくれるんだな、と。

 何だか背中に背負っていた重い荷物が、見かけはそのままで、すっかり軽く
なったような。
 そしてその荷物を背負ったまま、うんと伸びをしたような。

 そんな、気がした。

              **

 多分、今日は帰れないと思うから、と切り出されたのは、それから数日後の
朝ご飯の時だった。
「……あ、はい」
「危ないことじゃないって」
 咄嗟に顔に出たのか、相羽さんはそう言って笑った。
「明日の夕方には帰る。もしなんかあったら、携帯に連絡して」
「いいの?」
「聞くのは後になるけどね」

 未だに携帯を持ってないから良く判らないけど、仕事の邪魔にはならない、
と、相羽さんは断言する。実際今までにも2、3回は、留守電状態の携帯に連
絡を入れているし、それで困ったとは聞いていない。
 ……だけどやっぱり、遠慮があるのも事実なんだけど。

「じゃ」
「いってらっしゃい」
 ベタ3匹と一緒に、玄関まで見送って、閉まったドアに鍵をかける。
 かちゃん、と、音がした途端、何だか急に肩が重くなった気がした。
「……ん?」
 くるくる、と、肩を回す。異常は何も無い。
「ん?……だいじょぶだいじょぶ」
 気が付くと、ベタ達が何だか心配そうにこちらを見ているから。
「ちょっとね、肩凝ってるみたい」
 それに関してはいつものことだから、ベタ達も慣れている。うんうん、と揃っ
て頭を上下させた後、いつものように部屋へと飛んで戻ってゆく。

 それにしても何だか妙だ。仕事が詰まった後、酒を呑んだりすると時折こう
いうことになるんだけど(肩が凝りすぎているんだと思うが)。
 なんぼなんでも、朝から酒は呑んでないのに。

 その時は、そのくらいで終わった。


 夜中に電話があった。
 帰れない、でもこちらもちゃんと仮眠は取れる、明日の夕方に帰る。
『だから、寝といて』
「……相羽さん、ほんとに寝るのね?」
 寝るよ、と、笑い声。
『だから、電話してるでしょ?』
「……うん」
 公私混同をしない人だから。もし仮に、何か切羽詰ってるようなら、電話を
しないか、してもこんなに悠長なことは言わない。
『おやすみ』
「おやすみなさい」

 自分でも無駄だとは判ってる。もし万が一……万が一のことがあるにしろ、
その場合、こちらが叩き起こされるほうが、まだ動けるとは思う。睡眠不足で
もしもの場合の相羽さんの足を引っ張るほうが問題だ、と、それはわかる。
……頭では。

 だからそうやって電話を貰ったからには、やっぱり約束を守らなければ、と、
これは思うわけで。
 部屋のあちこちでひっくり返って眠っているベタ達を枕元に並べて。
 そして布団に入って。
 寝るぞ、寝るんだぞ、と、思った記憶はある。


 そして、目覚ましの音に起き……ようとして。

「……え?」

 肘で体を支えて、上半身を起こす。それこそ無意識のうちの動きが、でも、
そこで止まってしまう。
「……何?」
 酒飲みのたとえ、と、笑われそうなんだけど、泥酔状態で動くとこうなる。
身体を起こした途端、視野が豪快に回ったのだ。

 初めてじゃない。だから対処はできる。
 ……の、だけど。

「……何で?」

 寝る前に一滴も酒を呑みませんでした、とは言わない。寝ないとなと思った
から、グラス一杯の焼酎を生のままあけた。それは否定しない。
 だけど。
 誓ってもいいけどそれだけだ。眠らないと、と思ったから酒を呑んだけど、
万が一の時に起きられなかったら恥だと思ったからそれ以上は呑んでない。少
なくともその程度の酒量で、こんな風になる筈が無い。
 一旦頭を枕に戻す。手探りで眼鏡を探して、あお向けになったまま、眼鏡を
かける。
「うわっ……」
 視野が明瞭になった分、世界が回る。天上の木目がぐるぐると回るのが、妙
にはっきり見える……って。
「ベタ達、いる?」
 ぴょ、と、赤と青の色が視界に入る。それがやっぱりぐるぐると回るのが、
奇妙といえば奇妙で。
「あのね、ちょっと具合悪いみたいだから……テーブルの上のね、かごの中の
お菓子食べといて」
 乾き物、というとまるで酒のつまみだけど、要するにお煎餅とか袋入りのお
菓子とかのことである。ベタ達が、いざとなったら二匹(時には三匹)で力を
あわせて、袋を開けられる……ということは、互いにあまりありがたくない場
面で確認済みである(要するにベタ達がつまみ食いしてるとこを捕まえたわけ
なんだけど)。
「ちょっと……ごめん、ご飯それで食べておいて」
 枕もとの目覚ましを、一時間後にセットする。一時間。もし酔いだの何だの
が残ってたら、これで充分醒める筈だ。
「一時間したら、起きるから」
 ぷくー、ぱたぱたぱた。
 二匹が盛大にOKの合図をするのを片目で確認して、あたしはもう一度目を
つぶった。


 で。
「……あかんわ」
 一時間後、眩暈は酷くなるばかりだった。

「どうしよう、かなあ」
 ベタ達は不安そうに、枕元でふよふよと待機している。
「ごめん、動かないほうが安全だから……ご飯どうしよう」
 ぱたたた。気にするな、とでもいいたげに。
「でも、あんた達の後輩のご飯もあるし……ちょっと待ってて」

 ベッドから半ば転がり落ちて、四つんばいになる。この姿勢だと眩暈がしよ
うが何があろうが、大概大丈夫なので。
 はいずって、水槽のベタのところに行く。何とか餌だけやって。
 そしてそのままそこに転がった。

 何だろう、これ。
 ほんと世界がくるくる回ってるし。
 それに、動いてみてわかる。熱は無いようだし別に風邪ってわけでもなさそ
うだけど。
 疲れてる。こうやって横になっていると、背中が床に吸い付くような感触を
憶えるくらいに、疲れている。

「……ごめんね、ほんとに」
 目の前にひらひらしている二匹を見ると、起きないとと思うんだけど。
 見ているだけで、目が回るようではどうにも仕方が無い。
 目をつぶる。途端に何だか引き込まれるように意識が遠くなるのがわかる。
 ……どうしたんだろう、本当に。

 と。
 つくつく、と、突っつかれて、目を開けた。
 目前に、心配そうにふよふよしてるベタ達。
「そだね……せめて布団で寝ないと」
 転がって、うつぶせになる。何とか四つんばいのまま、ベッドの近くまで行っ
た時。
 昨日、空にして、そのまま寝てしまった焼酎のグラスの匂いが鼻を突いた。
 途端……吐き気がした。

 相羽さんや片帆に言えば相当怒られそうだけど、これがなかったらあたしも
病院に行こうと考えなかったかもしれない。だけど……そりゃ、二日酔いにな
るくらい呑んだというならともかく、匂いだけで吐きそうになるって、何か変
だ。
 これは、病院行ったほうがいいか……と思って。
 
「あれ」

 籍をいれてから、一応扶養家族になっている筈で、そうなると保険証も以前
のを使うわけにもいかないような気がするんだけど。
 ……ど。
 どこにあるんだっけ。

 一瞬、そのまま寝ようかなと思ったのは事実。でも、やっぱり病院に行った
ほうがいい、というのと。
 自分でもすごく情けない、情け無いって思うけど。
 ……相羽さんに電話したかったんだと思う。

 仕事中に電話に出ない、と、知ってたからの甘えもあったと思う。もしそう
じゃなかったら、絶対に電話してない。これは確か。
 だけど。

 吐き気がおさまるのを待って、もう一度電話のところまで移動。すっかり憶
えた番号を押す。
 留守電状態を示す言葉。そして合図の音。
 
「……すいません、相羽さん……保険証どこやったか判らないんで、仕事の手
が空いたら電話お願いします」 

 それだけ言って、電話を切る。
 少し……ほっとして。
 同時に、一気に自己嫌悪に陥った。

 電話する必要なかったよなあ、とか。
 何やってるんだろう、寝とけば治るのに、とか。
 ……余計にしんどくなって、そのまま布団に戻って、頭から布団をかぶった。
 でも情けなかった。一応、心配させないように、保険証を使う理由は何も言
わなかったけど、だけど。
 吐いても発熱しても、何とかしてたのに。
 ……何で、電話したかなあ……

        
 気が付くと、頭だけは布団から出ていた。
 額の辺りに、ベタ達がへばりついていて、それがひどく心地よかった。
 ってことは、少し熱があったのかもしれない。
 時刻は2時過ぎ。
 喉が渇いた。

「……おなか、すいた?」
 こちらの目が開いたのに気づいてか、
 ぷくぱた、と、合図をしかけて二匹ははた、と止まる。
「あたしも喉渇いたから……何か作ろうか」

 身を起こしてみる。
 おかしいくらい眩暈は健在である。
 目をつぶってみる。それでも頭のどこやらが、ぐらぐらと廻るような気がし
て、思わず手を握り締めた。
 でも、熱も無い。どこがしんどいわけでもない。
「何かあったっけな」
 伝い歩きしながら台所に行く。胡瓜とパン、お弁当に使ったひじきと大豆の
煮物の残り。厚揚げと水菜の煮びたしを出してやると、ベタ達は早速突付きだ
した。行儀が悪いけど、一緒のお皿から水菜をつまむ。
 喉が渇いた。

 へただけ取った胡瓜を塩だけでぽくぽくと齧る。
 コップの水に、氷を落として。
 気が付くと厚揚げを食べつくした(一応)ベタ達が、ぢっとこちらを見てい
る。
「……なに、胡瓜?」
 ぷくー、ぱたぱたぱた。
「っても」
 手元の胡瓜を見る。ほんとにあと少ししかない。
「ちょっと待ってね。もう一本切るから」
 どうせこの連中用だと、少し小さく切ったほうがいい。
 冷蔵庫から胡瓜をあと一本引っ張り出し、乱切りにしたのをお皿に入れて、
テーブルの上に置いた、途端。

 ぐらっと、視野が廻った。
 重心がずれる感覚。足元が滑って。
 そして、がつ、と。
 厭な音だな、と、自覚はあった。

 一拍置いて痛みが来る。目の斜め上、額の左側のほうを、何だかつう、と、
伝うのが判って。
 そのまま、床に倒れる。
 多分、そんなに長いことかかったわけじゃないだろうけど。


 ばたばた、と、額を軽く、でも必死に叩く感触に目をあける。紅と青の透き
通るような鰭が、目の前をはたはたと動く。

「……ああ、だいじょぶ」
 ぶつけたところに手をやる。ぬるっとした感触は、何度か経験のあるもので。
「あり、切っちゃったか」
 運が良かったなと、どこかで思う。台所の床は板張りだから、拭けば何とか
なる。これで絨毯とかだったら、洗濯は相当大変だった筈だ。
 はたはた、はたはた。
 ベタ達が乱舞するように。
 
 どうしてか判らないけど。
 ほんとうに……疲れてて。

 そういう場合、出来ることって一つだから。

「……ほんとに、大丈夫だからね」

 言い置いて、目を閉じる。
 

 本当は、最初からこうやればよかったのだろう、と、どこかで思っている。
 連絡なんてしなくていい、ただ、一日寝ていればそのまま治ったかも、と。
 大学の頃、留学の時期、そしてこの五年の間も。
 野良猫が、手足を丸めて眠って怪我や病気を治すように。
 あたしは丸くなって眠って身体を治していた。
 
 手足を丸める。
 床は少し冷たくて。
 だけど、それが眩暈のする額や頭には、どこか心地よくて。

 深く目を閉じる。
 癒えるのを待つ野良猫のように。


時系列
------
 2006年3月下旬

解説
----
 新年早々から色々あったごたごたが片付いた後に、また一つ。
 真帆が倒れてます。
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 てなもんで。
 であであ。
 


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