[KATARIBE 29858] [HA06N] 小説『闇夜模索(下)』

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Date: Tue, 18 Apr 2006 00:21:42 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29858] [HA06N] 小説『闇夜模索(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200604171521.AAA62768@www.mahoroba.ne.jp>
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2006年04月18日:00時21分42秒
Sub:[HA06N]小説『闇夜模索(下)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる(逃亡用意)です。
何とか最後まで行きました。
で、先輩バージョンはひさしゃんが書くということで(押し付け)<鬼
頼んだぞしょうちゃん(って、先輩に頼んでどうするよ己……)

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小説『闇夜模索(下)』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ひきずる過去あり。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
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 そんな長い時間とも思わなかったけど、お店の壁の時計を見たら、もう相当
時間が経っていた。
 道が分からないというと、丹下さんは笑って、見慣れた通りまで送って下さっ
た。

 途中の公園で、一度顔を洗った。
 泣いて帰るのは……卑怯だと思った。
 泣いてない、泣かない。顔を拭きながら口の中で唱える。
 泣いてたのが分かったら、絶対心配される。何より泣くことで……相羽さん
が怒れなくなるとしたら、それが一番厭だと思った。
 謝る時に、泣き顔で謝りたく無い。

 蛇口をひねって、水を止めて。
 もう一度だけ、ハンカチで顔を拭いて。

 何の気なしに見上げた桜の木の枝の、蕾が少し赤みを帯びているのが、妙に
目に付いたのを憶えている。


         
 扉を開けると、玄関には消していった筈の電気がぼんやりと点いていた。
「ただいま帰りました」
 鍵を開けるのに手間取ったせいか、扉が開いたら、もう、相羽さんが居て。
「お帰り」
「すみません、遅くなりました」
 謝ったら、それだけで目の奥が変に熱くなって、慌てて目を見開いて顔を上
げた。
 黙って、少しだけ心配そうに、相羽さんがこちらを見ていた。

「…………ごめんなさい」
 何だか辛くなって、頭を下げた。
「どうした?」
「……あの」
 一瞬ためらう間に、するんと手が伸びて頬を撫でる。
「まず……おいで」
 玄関じゃどうにもね、と、少し笑って、相羽さんは手招きした。
 
 
「なんかあったん?」
 部屋に入って、相羽さんが座る。何となくその前に正座して。
 いや……正座して、言うべきことだと思う。
「……約束を、破りました」
 言って、一瞬の沈黙。それが怖くて奥歯をかみ締めた。
「相羽さんのこと、聞いてきました」

 何ていえばいい。いや、いい言い方なんて無いんだけど、でも。
 必死に……でもうろうろと考えているのを断ち切るように。

「丹下のオヤジから、聞いたよ」

 目の前が一瞬……白く色あせた。


 聞いていて。
 どうしたら。
 どうしよう。
 ……いや、どうしようも何も、自分が悪いんだけど、でも。

「……ごめん」

 声と一緒に、伸びた手。
 一瞬、暴走しかけた思考をすとん、と止めるように。
 抱き寄せられる。

「心配かけてごめん」
 押し出されるように、涙がこぼれた。
「……ごめんなさい」

 情け無いけど……本当に、本当に、ほっとした。

「……聞いて……構わなかった、ですか?」 
「ああ」 
 溜息のように微かな笑い混じりの声が、一言で肯う。
 その言葉に嘘は無い。
 
「……自分でも情けないけどね」 
 相羽さんの声の響きが変わった。
 苦笑というには苦すぎる、そんな響きに身を起こして見上げた。
 こんな時でも、相羽さんは……苦笑している。

「…………直視する勇気なかったんだね」 
「……それは…………っ」 

 想像だけでも、背筋が寒くなる記憶。
 直視できなくて当たり前のことじゃないか。

「でも、それじゃあ解決しない……それは理解してた」 
 言い切って、少し黙って俯いて。
 そしてまた、小さく言葉を継ぐ。
「……理解は、してた」 
 
 俯いた顔は長めの前髪で半分隠れて、よく見えない。
 
「……もう、さあ」 
 微かに語尾の震える声。腕にかけられたまま握り締められる手。
「耐えられないんだよ」 
 どこか小さな子供が呟くようなイントネーションごと。
「……失くすの」 
 目の前に居るのに。
 ……まるで一人で膝を抱えて座り込んでいるように。

「約束、したよ」 
 右手を伸ばして、相羽さんの腕に触れた。
「ずっとここにいるって」

 どこかの教育家か誰かがある一文を記して笑われた……と、書いてあったの
は確かブラッドベリの短編だったと思う。
 『両親は子供より先に死んではいけません』
 ましてそんな惨い姿で。

 まさかお父さんのせいじゃない。発砲した相手だってそこまでは考えてなかっ
たろう。強いて言うならそれは運命や偶然と言うべきもので。

 ……だから。

「あたしは、あなたより長生きします」

 運命や偶然というものに、だから喧嘩を売る。
 この人が二度とそんな風に傷つかないように。
 
 相羽さんは黙っていた。
 身じろぎもしないまま、ただ黙っていた。
 
 ふと。
 長い前髪で隠れた目元から。
 ぽつり、と。

 そして喉の奥で抑え付けたような悲鳴の欠片ごと。
 崩れるように、しがみつくように。
 相羽さんが。


 肩に涙が染み込む。薄手のトレーナーとシャツを通してそれが判るくらいに。
 声を殺して。でも抑えきらない声が引き裂くように。

 何年も何年も、堪えてきた分を押し流すように。
 相羽さんが、泣いている。

 熱を帯びる頭を撫でた。何度も何度も。
「ずっと一緒に……居るから」
 他に何も出来ないことが悔しかった。
「大丈夫、だから」
 背中にまわされた手に、力がこもるのが判った。


 どれだけの間、そうやっていたか判らない。

 泣かないで、とは言えなかった。泣くしかないような、不条理で惨い過去を
持つこの人に、泣くなとはとても言えないと思った。
 だけど、泣く、その原因から。
 幾度も襲い掛かる過去から。

 護りたい……と。
 貫くように、思った。

 しゃくりあげるような背中の動きが、ゆっくりと小さく、間遠になる。
 しがみつくように抱き締めていた手から、少しだけ力が抜ける。
 息を大きく吐く、気配。

「……尚吾さん」
 ゆっくりとあげた顔は、まだ涙がこぼれるままで。
 突き上げるように、いとおしいと思った。

「……これは、あたしのわがまま」 
 いつもこの人が宥めてくれる仕草そのままに、頬の涙をぬぐって、手で包む。
「尚吾さんを、渡しません」
 大言壮語。そういわれて仕方がないことだけど。
 でも、ほんとうにそう思った。
 言い切って構わないと思った。
「あなたのお父さんにも……お母さんにも」
 どんな過去にも。どんな不条理にも。

 相羽さんの視線は、真っ直ぐに据えられたまま動かない。
 どんな言い訳も、どんな言い繕いも、一切通用しない、そんな眼差しのまま。
 だけど。

「……誰にも、渡しません」 

 相羽さんは、動かなかった。
 重ねた唇ごしに、ただ鼓動だけが伝わるような気がした。

 多分、それは数瞬のことだと思う。
 唇を離して、頬に触れた手を離した。
 相羽さんは、やっぱり泣き濡れた顔のままで。

「ありがとう」

 呼吸にまぎれるような小さな声と。
 抑えるように頬を挟んだ手の震えと。


 
 あたしはあなたの為になっていますか、と。
 その晩あたしは尋ねなかった。

 たとえ一切の役に立たない、足を引っ張るだけの存在であっても。
 否、傷つけることしか出来なくても。

 あたしはここから離れない。


時系列
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 2006年3月半ば

解説
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 未だ癒えない傷を、しかし初めて直視する先輩。
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 てなもんで。
 (脱兎)
 


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