[KATARIBE 29855] [HA06N] 小説『闇夜模索(中)』

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Date: Sun, 16 Apr 2006 02:09:53 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29855] [HA06N] 小説『闇夜模索(中)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月16日:02時09分52秒
Sub:[HA06N]小説『闇夜模索(中)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる(ある意味がたがた)です。
続きです(なんて端的)
……ああもう、へたったー(ぐて)

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小説『闇夜模索(中)』
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登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課元ベテラン刑事、現在指導員。

本文
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 真っ白に血の気の引いた顔。
 テーブルに倒れこむ間際の、見開いた目。

 言葉一つで呼び戻される、乾いてもいない傷の向こうの。

 過去。


         **
 
 至近距離で、顔に散弾銃を浴びて。
 単語としては、分かる。どういう状態になるかも、何となくは。
 だけど。

「それが誰か……いや、人かどうかすらもわからん状態だった」 

 だけど。

「奴はそのまま倒れたきり、丸々二日うなされていた」 

 淡々と語られる言葉とは裏腹に、丹下さんの手が握り締められる。
 白く浮き上がる、関節の一つ一つ。

「…………み……」 
 かろうじて出した声は、情けないほどかすれていて。
 一度息を吐いて、問い直す。
「……見たんですか」

 誰が、とは問えない。誰を、とも問えない。
 そしてその答えも、主語が不明のまま。

「倒れた父を助けおこして」 

 けれどもその意味は……切り裂くほどに明瞭で。
 
「……通報で、銃声と悲鳴が聞こえた、とな」 


 血の気の引いた顔。
 焦点の合わない目。
 
 ……あの時何を みて 

 喉の奥で悲鳴を堰き止める。
 あたしは一体何を、あの人に思い出させたのだ。


「あいつはなあ、母親も中学入ってすぐに亡くしとってな。親族もおらんで、
父一人子一人だったらしい」 
 静かな声に、それでもどこか鋭いいたみを含んで。
「父親の葬儀の時も、一人遺影をかかえて……ただ、呆然としとった」 


(お幸せに)
 
 同時に脳裏に翻る、長い髪。
 引き剥がしたような空の写真立て。
 心配そうにはたはたと宙を舞うベタ達。

 額に爪を立てて、ぎりぎりと力を入れた。
 せめてその痛みに逃げたかった。
 
 
「それから、かの。ワシも気になって何度も奴を訪ねたよ」 
 かすかに身じろぎする気配。
「しかしのう、どうにも我の強い奴でなあ。涙ひとつ見せようとしなかった」 
 苦笑と、小さな溜息。
「……だが、そんな姿を見てられんでな。なんとか、してやりたかった」 
 
 静かに泳ぐ水槽の中のベタの、気配だけが目立つがらんどうの部屋。
 何かをしたいと思った。出来ることがないかと思った。
 ……だけど。
 …………だけど……

「たとえ、自己満足の罪滅ぼしだろうとな」 
 ぎり、と、食いしばった歯の間からもれ出るような声に、思わず顔を上げた。
「…………それはっ」 
 それは、違う、と思う。
 罪滅ぼしでは……この人がそんなことをすることはない、と。
 あたしは相羽さんじゃないけど、多分相羽さんもそう言うと思った。
 どう言えばいいのか分からなくて、ただ首を横に振った。


「奴を刑事の道に誘ったのは、ワシでの」 
「……え」 
「最初は乗り気でもなかったんだがのう」 
 やりきれないような苦笑のまま。
「だが、それでも」 
 ぷつん、と、そこで言葉が切れた。

(仕事は……好き嫌いっていう話じゃないんだよ)
(……でもなんていうかね、やらなきゃなんないと思う)
 少し困ったように、溜息混じりに、そんな風に。

「……走る以外に、なかったんだろうなあ」 
 ふと宙に浮く視線。笑うしか選べない、苦笑のまま。
「本当に、しょうもない意地っ張りで我の強いガキでなあ」 
 何となくつられて、笑いそうになって。
 でも涙が止まらなくなって、慌ててハンカチで顔を拭いた。

「……それからな、何かとワシに協力をしながら、ただひたすら奴はつっぱしっ
ていた」 
 小さく、首を横に振って。
「……奴にはそれしかなかった」 

 
(あの人の傷を癒せるのは、真帆さんしかいないんです)

 ふい、と。
 本宮さんの言葉を思い出す。
 ……とんでもない過大評価だ。現にあたしは何も出来なくて。

 何一つ、相羽さんの為に出来なくて……


「頼もしくもあった、その道でやっていくならそれでもよかった。だが……」 
 ちょっと言葉を詰まらせるように、丹下さんは言葉を止めた。
「ただ、勝手なもんでの。見ていて、辛かった」 
「…………はい」 
「他にどうしようもないほど道を選べない、奴を見ているのがな」 
 唇を、噛んだ。


「……でも、なあ」
 ふ、と、丹下さんが笑った。
「今の奴を見ていて、ホッとしとる」 
 両手を組んでテーブルに置いて、目を細めて。
 目元に淡い笑いを浮かべて、丹下さんがこちらを見ている。
「…………え」
 
「やっと、奴が地に足をつけて歩いていけるのか、とな」 
 
 すっと、額のあたりから血の気が引くのが分かった。
「…………でも」 
 じっと動かない視線の、やさしさと……その怖さ。 
「お前さんが、つけてくれていると、ワシはおもっとるよ」 
 小さく笑って、丹下さんは。
「…………でも……」 
「奴は、変わったよ」 
 そんなことを、言われるのだけど。
「何もかも放り出してつっぱしる奴じゃなくなった」 
 それは、良い変化なのかどうか。
 走れなくするほど……あたしは弱味になっているのか。
 足を引っ張っているのじゃないだろうか。
 
 何より、何一つ出来なかった……

「…………聞いた、んです」 
 何を?と言いたげに、丹下さんがこちらを見る。 
「どんな事件だったのか……と」 
 
 ひどい聞き方をした、とは、思わない。
 聞くこと自体が酷いことだった、とは……思うけど。
 だから。

「相羽さん……は……」 
 息を吸うと、それがそのまましゃくりあげる声になりそうで。
 必死で、飲み込んだ。 
「……まだ、囚われとるのか」
 頷くと、丹下さんは小さく舌打ちをした。
 でも仕方ないと思った。

「…………皆さん、言われます、良かったって」 
「……ああ。ワシも心からそう思う」 
 中村さんの奥さんも。
 本宮さんも。
 ……でも。
「でも……何も、出来てない……っ」 
「違うなあ」 
 間髪を入れずに、声が返る。
「奴はあんたが必要だよ」 

 眼鏡を取って、両目を押さえた。
 どうしてそんなことが言えるのか……本当なら詰め寄ってでも訊きたかった。
 抑えても抑えても、涙が止まらなかった。

「あいつがあんだけ執着するなんざあ、あんたが始めてだよ」 
「…………でもっ……」 
 宥めるような声が、尚更に辛かった。
「良かったって言われるようなことを、あたしは何一つしていません……っ」 
「何をしたかじゃないさね、あんたがいる事に意味がある」 
 
 家族になって。
 何があっても戻っていいと、あの人は言ってくれて。
 ほんとうに、どうしてここまでと思うほど、無条件に許されているのに。
 
「……今日も……嘘、ついてしまって」 
 自分はそれに、甘えることしかしていない。
「もう、聞かない……って……言ったのに」 
 大きく、溜息をつく気配。
「……蓋をして、しまいこんでもどうにもならねえよ」 
 どこか鋭く、突き刺すように。
「あんたが掘り返さなくても、あいつは常に蝕まれてる」 
 それは確かに、学生の頃から知っている、先輩の言葉として。
「それを知っててなお埋めようとしてる」 
 ある意味では厳しく、ある意味では容赦のない。
「いつまでも、傷がなおらねえ」 

 完治して欲しいから、ここに来た。
 だけど、そのために相羽さんの聞かれたくもない過去を聞くことは、同時に
裏切ってることじゃないかと……思う。
 本当に。あたしは何か役に立てるのだろうか。
 ほんの欠片でもいいから……


「……犯人が、その後どうなったか聞くかい?」 
 ぼそり、と声がした。
 頷くと、丹下さんはやはり小さく頷いた。
 
「事件の後な、俺らが捕まえてな。だが、もうヤクでどうしようもないほど体
がボロボロになっててな」 
 唖然として聞くうちに、丹下さんは吐き捨てるように言葉を続ける。
「……起訴はされた、だが。判決が下る前に病院で死んだよ」 
「……………って!」

 中村さんの奥さんを襲って、病院で一ヵ月半。
 そしてまた事件を起こして、起訴されて。
 判決に時間がかかったとはとても思えない。たとえそれがまたもや心神喪失
だの何だのの手ぬるいものであっても。
 つまり。
 その短い時間に、病院で中毒死するような患者を、病院はそのまま……?!

「…………なんでそんな中毒者を……っ」 
 言いながら分かっている。言ったところでしょうがない。ましてこの人にぶ
つけても、それこそ何にもならない。
「……わかってる、ワシも許せねえと思ったよ」 
 口に出してから後悔して、唇を噛んだ。
「…………すみ……ません」 
 いや、と、丹下さんは苦笑した。
「確かにそいつがやったことは許されねえ、中村のカミさんは一生まともに歩
けねえ、相羽は事件の傷でずっと苦しんでる、それもわかってる」 
 だけど、と、言外に含めた言葉と表情で、丹下さんはこちらを見る。
「……そいつが死んでな、母親と会ったよ」 
 苦笑というには、あまりに苦い表情のまま。
「実の親にな、引取りを拒否された」 

 ふい、と思い出す。
 シャーロック・ホームズの連作の、一体どの話かは忘れたけど、その一節。
 男には、必ず誰か、死んだ時に泣いてくれる女がいる。妻か母か、もしかし
たら姉かもしれない、でも必ず一人はいる。
 もし居ないなら、それほど不幸でそれほどの悪党は居ないだろう……と。

「この子がやったことはお詫びのしようもない、死んでよかった、と」 
 さらさら、と。
「たまらねえんだよな、そういうの」 
 丹下さんの言葉は、ある意味で軽くて……だからこそ重くて。

「そいつがやったことは許せねえよ、だが実の親にまで死んでよかったと言わ
れて、見送りもなしに無縁仏になっちまった奴が哀れだと思った」 
 一度口をつぐんで、そしてきっぱりと。 
「そんな奴を量産させちゃならねえと思ったよ。相羽や中村のカミさんみたい
な被害者もな」 
「…………はい」 

 もしも、と、思う。
 もしもその犯人が、中村さんの奥さんを襲った時点で刑を受けて……本当に
ちゃんと病院で手当てを受けていたら。
 その人も、相羽さんのお父さんを殺すような真似はしなかったんじゃないか。
 刑を受けたほうが……幸運だったのでは、ないか……って。
 ……ふと。

「あいつをこの稼業にひっぱったのは、あいつに生き延びて欲しいってのもあっ
た、こんなやりきれねえことを終わりにしたいからでもあった」 
「……はい」 
「……だからよ、その為にもなあ。奴に立ち直って欲しいんだよ」 
「…………はい」

 それは分かる。そうであって欲しいと思う。
 だけど。

 
「本当はな、ワシも動けるギリギリまでこの稼業でやってきたかった」 
 すう、と、丹下さんは目を細めた。
「だがね、もうここが」

 ……え?
 胸のあたりを、親指でとんとんと叩く仕草。
 それって。

「……思うようになってくれないんだあなあ」 
 息を呑んだあたしを見て、丹下さんは苦笑する。
「狭心症って奴でね」 
「…………そんな」 
「こき使いすぎたんだなあ、時々ここが思うようにならなくなる」 
 言ってから、丹下さんはまた……笑った。
「心残りはねえさ、女房子供ももういねえ」 

 だけど。

「……知って、いるんでしょうか」 
 相羽さんは、と……主語を欠落した疑問文を、けれども丹下さんは正確に捉
えて下さった。 
「いや」 
「………っ」 

 どうしよう、と思った。
 この人が居なくなったら。もしこの人が。

「……それでも、やっぱり……奴のことだけは気がかりだ」 
 半泣きになったあたしの顔を、真っ直ぐに見据えて。

「俺が頼めることじゃねえけどよ、奴を頼むよ」 

 本宮さんは知らないのじゃないかと思った。
 丹下さんの心臓のことも、だから先がある意味で見えていることも。
 だけど……恐らく理屈ではない部分で、あの人は動いたのじゃないかな、と。

 高校の頃からずっと、見守ってきたこの人の代わりに。
 何が……出来るわけでも、ない。それはそうなんだけど。

「……私で……出来ることなら」 
「……頼むよ」 
 やっぱり……笑うような、ひどく優しい顔のまま。
「思い上がりも甚だしいがの……半分、ガキみてえなもんだしよ」 

 思いあがりなんかじゃない。
 この人が居たから、多分相羽さんは無事に今までここに居て。
 ここで……生きていて。
 だから。

「…………幸せに、なって欲しいんです」 
「ああ」 
「それだけは」 

 この人の代わりなんて出来ない。そんなことは分かってる。
 だけど、多分この人と、願っていることは同じだから。

 溶けた氷を、丹下さんはからりと口に含む。
 つられて、水を飲んで……ふと。

 一つだけ、甘えてみたかった。
 尋ねることを、許して欲しかった。

「…………あの」 
「ん?」 
「……良かったんで、しょうか」 
 主語も説明も吹っ飛ばしていることを、どこかで自覚している。
 だけど。
 だけど、主語や説明が無くても、あたしが知りたいのは、その一点だったか
ら。
 役にも立たず、何も出来ない自分だけは……分かっていたから。
「…………本当に……役に立てなくて」 

 す、と、丹下さんがこちらを見る。
 そしてすぱん、と、切るように。
「良かったよ」
 抑えていた涙が、またこぼれた。

「……走ってる相羽さんが、ずっと羨ましかったんです」 
「……ああ」 
「だから、ずっと走れるように、そのためなら何でもしたかったのに」 

(……それだけの弱味なのだと)

 本宮さんのお父さんの、その一言。
 突き刺さるほどに……情けない現実。

「……足を引っ張ってる、みたいで」 
「そんなこたねえさ」
 口ごもりながら言った言葉に、けれど丹下さんの返事は、早かった。
「今のあいつを走らせてるのは、あんただよ」 
 まっすぐに、こちらを見て。
「いい嫁を、貰ったよ」 

 ぱたぱたと、涙がこぼれた。
 お世辞かもしれない。儀礼かもしれない。
 でも、相羽さんを高校の頃から知っているこの人が、そう言ってくれること。
 そのことに……本当に、何かが外れるように、安堵した。

「……ありがとうございます」 


 わからない。今だって確信があるかって言われたら分からない。
 でも、この人の言葉を聴いて、間違いでなかったと思う。

 少なくとも、その一点。
 間違いでなかった、と……思う。



時系列
------
 2006年3月半ば

解説
----
 先輩の古傷のこと。そして丹下さんのことも含めて。
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 てなもんで。
 次で最後の予定です。
 予定です、ええ。

 ……予定ってのは未定なんですよっ!(逆切れ<誰も何もゆーてへんやん)

 ではでは。
 


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