[KATARIBE 29854] [HA06N] 小説『闇夜模索(上)』

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Date: Sat, 15 Apr 2006 02:51:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29854] [HA06N] 小説『闇夜模索(上)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月15日:02時51分37秒
Sub:[HA06N]小説『闇夜模索(上)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何かこう、ほんっときついというかなんというか(しくしく)
とりあえず、流します。
上とありますが、多分、中、下、となります。

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小説『闇夜模索(上)』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ひきずる過去あり。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 丹下朔良(たんげ・さくら)
     :吹利県警刑事課元ベテラン刑事、現在指導員。

本文
----

 本宮さんと会った日。
 相羽さん相手に、初めて仮病を使った。

 夕ご飯の用意も済ませて、お菓子も用意して、ついでに明日のお弁当の下準
備もして……そのまま布団にもぐった。
 ……玄関まで迎えに行かなかったのも初めてのような気がする。

 つらくて。
 つらくて、つらくて。

「どうしたん」
「……えと、ごめんなさい、何か頭痛くて」 
 玄関先まで出迎えたベタ達を引き連れて、相羽さんがベッドにまで来る。思
わず布団にもぐって、掛け布団を手で抑えた。
「そう?」
「あの、ごはん出来てるし、お風呂入れてあるし、追い焚きして」
「わかってるって」
 苦笑。そして布団からはみ出た頭を、そっと撫でる手。
「……ゆっくりねてて」 
 涙が出た。
「…………ごめんなさい」 
 額の上で手が止まる。少しひんやりとした指が心地よくて、だから尚更涙が
止まらなくて。

 このひとに嘘をつく。
 このひとのため、と……そんな大義名分。

「おやすみ」 
「…………おやすみなさい」 

 思い出したくもないだろう過去を……他の人から聴く。
 このひとのため、というけれど。
 それでもこのひとには辛いことじゃないかと思う。
 
 布団をかぶって泣いた。
 ごめんなさいと言えば、多分相羽さんは気が付く。ごめんなさいと口で言っ
ても、あたしはやっぱり、明日本宮さんのところに行く。

(お願いします)

 善意だからこそ断ることが出来ない。
 それが、つらくて。
 つらくて、つらくて……

 夢の中で、いつのまにかあたしは何度も謝っていた。
 (ごめんなさい)
 喉に絡みつく声。どれだけ叫ぼうとしても出ない声。
 (ごめんなさい)
 叫んでも聞こえない。手を振り回しても届かない。
 それがかなしくて、尚更苦しくて。
 (ごめんなさい)
 泣きそうになった、時に。

 ふっと背中が温かくなって。
 何だか急に、溶けた……と思った。
 右の手を包むように握る手。
 とん、とん、と、間遠なようで、続く音。
 それが夢の中の最後の記憶だったと思う。


            **

「お久しぶりだのう」 
 ひょっこりと。
 その人は少し笑って頭を下げた。

 夕ご飯の用意と、お風呂の用意。思いつく限りの用意を済ませてから、書き
おきを残して家を出た。
 約束した場所に居た本宮さんにつれられて行った先の店の、名前も場所も分
からないまま。
 ただ、そこには、以前会ったことのある人が居た。

「…………いつも、お世話になってます」 
 丹下さん……といったっけ。
 学生の頃から世話になった人。そう相羽さんは言っていたっけ。

「まあ、そんなに暗い顔せんでくれや」
 少し笑って、その人は手まねで席を勧めてくれる。
 じゃあ、と、本宮さんは一礼して……そのままお店からも出てゆく。
 僕の聞くことじゃありません、と。
 ……先手を打たれたような気も、した。 

「籍、いれてからもう随分経つかのう。早いもんだ」 
 言われて指を折ってみる。去年の10月の半ばくらいだったから。
「……もう……半年近いです」 
 そんなに、もう経ってしまって。
 でも……未だにこんな体たらくで。
「ほうか……」 
 その人は少し目を細めた。
 ほんの少し……まるで孫の話を聞くようだな、と思ったけど、もしかしたら
それが本人の居ないところでの親の顔なのかもしれないとも思った。

 相羽さんの学生の頃から、知っている人。
 多分、一番辛い記憶をも含めて。

「いや、回り道はやめて本題からいくかの」 
 丹下さんは、少し笑うと、目の前の水のグラスに手をかけた。
「……あの事件は、あいつが高校二年の五月の頃だった」 
 水を飲むわけでもなく、ただ、視線を落として。

「酷い、事件だった」 
 酷いということは……わかる。それだけは分かっている。
 ……それだけに。話を急かすこともできない。 
「その頃は、なあ。ここいらで指定暴力団によるいざこざがあってのう、俺ら
もぴりぴりしとった」 
 ……暴力団?
「……犯人はな、組に使われてた下っ端での。この事件の前にも二件の傷害を
おこしていてな」
 いいにくそうに、言葉を続ける。
「……そのうちの一件の被害者が、中村のカミさんだ。仕事帰りに、夜遅い時
間に帰る途中、刺された」 
「…………っ」 
「……何の落ち度もない、ただそこで通っただけの」 
 そこまで言うと口をつぐみ、丹下さんはあおるようにコップの水を飲んだ。

 思い出す。
 中村さんの奥さん。
 足をそっと撫でていた細い手。

「刺した奴は、捕まったよ……俺らが捕まえた。捕まえて証拠を挙げて送検し
たさ。……でも、なあ」 
「…………はい」 
「心身喪失状態って奴でな、結局不起訴で罪には問えずに一ヵ月半の措置入院
で事件は片付けられてしまった」
 え? 
「……中村のカミさんは、今でもまともに歩くこともできねえ、ってのにな」 
 溜息を深くついて、そう、言うけれど。
 でも。
「……一ヶ月半、って………」 
 
 暴力団の一員で。
 前科数件の、それも今回は通り魔の犯人で。
 それが……一ヶ月半?!

「……そんな……っ」 
「…………俺らも納得できなかったよ、だが、これ以上は俺ら警察ではどうに
もできねえんだな」 

 昨今、加害者の人権を擁護しすぎて被害者の人権をおろそかにしている、と
の論がかなり力を得てきている。だけど確かに以前は、加害者もこの社会の犠
牲者、のような論が新聞などの主流だったような気がする。
 
 以前も、そんな話を聞いた。
 銃を持つことも許されず、そのまま撃たれた中村さん。
 ……この人達は、その『論』に生死を分けられている。
 
「……そして、おきちゃいけねえ事件が……おきちまったんだあな」 
 そして、多分。
 誰よりも……相羽さん自身が。

 細く息を吐いて、丹下さんは視線を落とす。
 目の前のグラスから、その前で組んだ手へと。

「たちの悪い鉄砲玉さね。一番持たせちゃいけない奴に、獲物を渡した」 
「…………え……もの?」 
 刺されたのじゃなくて?
 ……持たせちゃいけない、獲物って……?

「……あいつの父親も、運がなかった」 
 淡々と、丹下さんの言葉は続いていて。
「獲物を持った狂犬に、運悪く出くわしちまった」 
 淡々と、無表情のまま口元だけが動いていて。
「……銃声を聞いたあいつが、第一発見者だった」 
 いつのまにか水の無くなっていたコップの氷を、からんと揺らして。

 銃声。

「…………撃たれ、た……んですか?」 
 かろうじて、口から出た問いに、丹下さんは直接は答えなかった。
 ただ、どこか突き刺さるような視線を、一瞬だけこちらに向けた。

「銃声を聞いた近所の通報で駆けつけたワシらの前に、変わり果てた父親の傍
らで呆然と座り込んでた奴がいた」 

 ……かわり、はてた?

 撃たれたのだ、と、それは分かる。事故で亡くなった人のことを、変わり果
てた姿ということも知っている。
 ……だけど。この人が、そう言うってことは。

 つまり。

「……酷いもんだった」 
 テーブルの上で、片手を広げる。まるでその手の中にいつもその過去が握ら
れているように。
 ……否。
 その手から過去が離れないとでもいうように。

 一度。丹下さんは顔を上げた。
 一度、あたしを見据えた。

 そして、低く単調な声のまま。
 その言葉は、あたしの目の前に投げ出された。
 
「至近距離で、顔に散弾銃を浴びてな」 

 

時系列
------
 2006年3月半ば

解説
----
 先輩の古傷の正体を知る丹下さんから、真帆への会話。

********************************************

 てなもんで。
 こう……きついのは、PLの視点とキャラの視点は、同じ方向にあるけど違う、
ってとこかもしれないです。

 ではでは。
 


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