[KATARIBE 29848] [HA06N] 小説『閃闇』

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Date: Sat, 8 Apr 2006 01:07:09 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29848] [HA06N] 小説『閃闇』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月08日:01時07分09秒
Sub:[HA06N]小説『閃闇』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
闇しりーずです。
闇の時の単語。そんなんあるかーってのも使うしかっ(ぐっ)
てなわけで続きです。
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小説『閃闇』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。

本文
----

 相羽さんが倒れた、翌日の待機の日。
 あたし達は多分、かなりの時間を手を繋いで過ごしたと思う。


 いつの間にか眠って。
 気が付いたら、いつものように腕枕で。
 
「おはよ」

 いつもと変わりのない声と、髪を撫でる指。
 

 どう謝っていいかわからなくて。
 そも、謝ってもこの人、謝らないでいい、で済ませそうな気もして。
 それに、謝ったら昨日のあの状態を思い出して、また同じになったらどうし
よう、とも思って。
 ……考えてみたら、せっかくの休みの日を、そうやって横でぐずぐずされて
て、相羽さんは迷惑だったろうなと……これはほんとにそう思う。


「……お茶、どうぞ」 
 テレビはあるけど、休みの日に相羽さんがテレビを見てることは、あんまり
無い。つけても、音だけ聞いて、手元の新聞見てることのほうが多い。
「……ん、ああ」 
 広げられた新聞の横、でも邪魔にならないあたりを見繕って湯呑みを置く。
 それを、伸びた手が受け取って。
 ……そして右から左へ動かして。
 あれ、と思ってる間に、同じ手が伸びて、膝の上に乗っけてた手を握った。

 ほんの少し、指先の冷たい手。
 それでも、朝からずっとどこかふわふわと落ち着かない……不安なままだっ
た気分が、どこかすとんと落ちるように安堵した。

 ひどいことをした。
 でも謝ると、またそのことを思い出させてしまいそうで、何も言えなくて。
 
 相羽さんは何も言わない。
 
「…………一度、だけ」 
「ん?」 
 ごめんなさいと繰り返しても何にもならない。
 だから、繰り返しはしないけど。
「……ごめんなさい」
 それでも、申し訳ないことをしてしまった、そのことは事実だから。
「もう、二度といいません」 
 頭を下げる。そのまま数瞬の沈黙の後。
「…………わかった」 
 その言葉と同時に、握られた手をそのまま引きよせられていた。
 

 相羽さんは何も言わなかった。
 だからあたしも、それ以上何も言わなかった。
 何にも言わなかったけど、でも、相羽さんが怒ってないことだけは判ったか
ら、そのことはほっとした。
 けど……上手く言えないけれど。
 二度と触れないことにしたんだけど、まだそこに『触れないことにした』肝
心の原因だけは残っている……みたいな。
 ごはんを食べていても、一緒に本を読んでいても、その日は一日、そんな気
がしてならなかった。

           **

『こんばんは』
「あ、本宮さん」

 休みの翌日。相羽さんは少し遅くなると言い置いて仕事に行って。
 そして、6時過ぎ。

『今、時間ありますか?』
「えっと……一時間くらいなら」
 今から一時間くらいすると、スーパーの生鮮食料が2割から半額引きになる
から、相羽さんの仕事が遅い時は結構この時間を狙って買い物に行く。
『そしたら……一時間、頂けますか』
「あ、はい」

 商店街のはずれの喫茶店に行くことを約束して、電話を切って。
 迂闊だけど、あたしはそこでようやく、本宮さんの電話の意図するところに
思い至った。

(……相羽さんの、こと?)
  
 お弁当を渡して、玄関で見送って。
 ……普通の顔だったのに。大丈夫と思ったのに。
 財布を持って、袋に放り込んで。
 少し……胃が痛んだ。

            **

「それで」
 注文した珈琲がテーブルに並んでから、本宮さんはおもむろに口を開いた。
「何かあったんですか?」

 なにか、って。
 一体、どう言えば。

「和久が心配してまして」
「……豆……いえ、弟さんが?」
「豆柴でいいですよ」
 いや、お兄さんの前でそれはちょっと……
「でも、結構あれで、鋭いので」

 そう、だと思う。
 待機日を一日置いて。その間、何も言わなかったし、それ以上何もしてない
筈なのに。

「……先輩のことで、なにか?」 
 咄嗟に首を、横に振ったのに。
 違う、何も無い……って……だのに。
「あったんですね」 
 質問でもなく、疑問でもなく。
 断定する声が……痛くて。
 
 もう何も言わない。もう何も訊かない。もう何も知らなくていい。

「……真帆さん、そうやって溜め込むのはお互いの為になりません」 
 本宮さんの声は穏やかで、だから余計にその言葉が厳しい。
「…………溜め込んでないです」 
 最後まで黙っていればよかった。
 何も訊かなければ良かった。
「……溜め込まなかった、から……っ」 

 ぱたぱた、と小さな音に、慌てて目を開けた。
 眼鏡の縁から涙がこぼれてた。
 慌てて、手拭を取った。

「……何があったんですか?」
 ゆったりとした声で、本宮さんが言う。
 何だか幼稚園の先生のような……と思ってしまって、少しだけおかしかった。
「…………中村さんの、奥さんにお会いしたんです」 
「はい」 
「あの方、足が、悪くて……そしたら相羽さんのお父さんの……」 
 お父さんの、亡くなった、事件。むきつけに言いたくなくて言葉を選んでい
たら、本宮さんが先回りしてくれた。
「……事件のことですね」
 ほんの少し、息を吐いて頷いた。
 無論……この人も、知っていることなのだ。

「……奥さんが、言われたんです」 
 本宮さんは黙ってこちらを見ている。
「縛られていたものからやっと逃れられた……って」 
 本当に、嬉しそうな顔で。
「でもあたしには判らない。何に縛られてて、何から中村さん達が解放されて」 
 それに、と思う。あの時の相羽さんは。
「……相羽さんは、解放されたのかどうかも」 
 解放なんて……されてないじゃないか。

「…………だから、何があったのか……って、訊いてしまって」

 真っ青に変わったあの人の顔。
 過去に捉えられたままの、虚ろな目。

「……僕も、先輩の口から詳細を聞いたわけではありませんが」
 本宮さんの、穏やかな声。
「事実関係は知っています」 
 視線の先で、こゆるぎもせず。
「僕の独断かもしれませんが、その事実を真帆さんにも知って欲しい」 
 でも。
「……いらない」 
「いえ……」 
 何か言おうとする、その言葉を打ち消したかった。
「聴きたくない」 
「そうしなければ、きっと先輩はいつまでも傷から目を背けたままになりそうで」 
「…………だけど……っ」 

 だけど相羽さんは倒れてしまって。
 一日経ってもまだ豆柴君にばれるくらいに……

「今までは、傷を知覚したら崩れ落ちるしかなかった」 
 淡々、とした声が、責めさいなむように。
「……でも、今は真帆さんがいます」 
 その言葉に……かちんと来た。流石に。
「…………いたって……どうなるのっ」 

 現に。
 何も出来なかった。
 呼びかけて、叫んで、こちらに引き戻すことがようやっと、他には何も。
 真っ青になって眠ってしまうまで、他には何も出来なかった…………っ

「先輩の傷は、ちゃんと向き合わなければ治せない」
 本宮さんは、返事をしない。
 ただ、淡々と……まるで事実のように、語る。
 だけど、事実じゃない。
 ……事実じゃないから、これだけ今、辛いんじゃないか……!

「…………無理。あたしには何も出来ない」 
「あの人が崩れ落ちない為に」 
「だって何にも出来なかったもの、現に!」 

 テーブルを拳で叩く。
 がしゃん、と、カップがぶつかる音がした。

 ふ、と、本宮さんが居住まいを正した。
「……真帆さん、会って欲しい人がいます」 
「厭」 
「お願いします」 
「……厭っ!」
 す、と、頭を下げる。その様が……悔しくて辛くて。

「…………相羽さんに約束したんです」 
 口の中に淡く広がる、血の味。
「もう、言わない。もう訊かないって」 
「……お願いします」 
 下げた頭を、本宮さんは上げない。
「あの人の傷を癒せるのは、真帆さんしかいないんです」 
「…………だって、崩れたもの、相羽さん」 

 崩してしまったのだもの。あの人を。
 誰のせいでもなく……この、下らない好奇心と半端な偽善のせいで。

「……あの人はずっと崩れ続けてます。だから縋りつくしかない」 
「だけど!」 

 縋りついてくるあの人を、抱き締めるより他に何も出来なかった。
 転がるほど辛い中に居るのに……何一つ。

 何か出来ると思うのが思いあがりだって思った。
 何かしてあげたいと思うのは増上慢だと思った。
 だからせめて……もう二度と、あの傷に触れることだけはすまい、と。

 そう、約束したのは昨日なのに。

「……本宮さん」 
 涙が止まらないのに。
 何だか……笑ってしまう。
「嫌われたくないって思うのは卑怯かなあ」
「いえ」 
「あの人のことを想ってないから……嫌われたくないだけで言ってるのかな、
あたしは」
 
 触れただけで倒れるほどの傷。
 それでも、あの人はあたしを赦す。
 そのことが……尚更に辛いのに。

「傷ついて欲しくないのは当たり前です」 
 きっぱりと言って……本宮さんは苦笑した。
「……あの人、本当莫迦がつくほど意地っぱりですから」  

 珈琲、冷めますよ、と、言われて、初めてカップを手にした。
 半ば冷めた珈琲は、舌に苦味が重く残った。

「…………あの、ね」 
「はい」 
「多分ね、あたしが話を……その誰かから聞いても、相羽さんは怒らないと思
う。そうか、って……言うと思う」

 本当なら、余計なことを言うな、思い出したじゃないか……って、後から怒っ
ても無理ないと思う。
 だけど、相羽さんは一言もそんなことを言わなかった。 

 相羽さんの、一番痛いところ。
 触れても、確かに相羽さんは怒らないかもしれない。
 だけど……だからってそれで、どうしてあたしが癒せるなんて、この人は決
め付けるんだ。

「だから、聞けない。聞かない」 
 
 一瞬の沈黙の後、本宮さんはまっすぐにこちらを見た。

「そのまま蓋をしても、あの人の傷はそのままなんです」 
 いつもは穏やかな表情を浮かべた顔に、今は鋼のように曲がらないものを浮
かび上がらせて。
「……浮かび上がって、いつまでもいつまでも苦しめ続ける」 
「…………だけどっ!」 
 その話を聞いて……それはもしかしたら、相羽さんを癒す一端になるかもし
れないけど。
 でも、あたしにはそんな力は無い。
 
 中村さんの奥さんは、良かったと言った。
 本宮さんは、癒せると言った。

 ……過大評価、するほうはいいだろうけど。
 されたこちらが、失敗したら。

「真帆さん、あの人をつかまえてあげてください」 
 唇を噛む表情をどう読んだのか、本宮さんがふとそう言った。
「絶対に、置いていかない、と」 

 掴まえていたい。無論そんなの当たり前で。
 だけど貴方の要求することは、その手を離せって言ってるようなものだ!

「でも、その痛い傷に、薬をかけて治せって言うんでしょう?」 
 眼鏡を外す。一度涙を払って、またかけなおす。
「あの人が嫌がって手を離したって、何の不思議がある?」 

 見据えた先で、本宮さんは憎らしいほどに動かない。
「離しませんよ」 
 まるでその一言に篭めた過信だけでは足りないように。
「絶対に」 
 だから、と。
 お願いします、と。


 真っ青な顔。
 溺れる人がすがりつくように、背中を掴んだ手。

(お幸せに)
 
 目を細めて笑って、空に溶けた優しい人。


 あのひとの喉に、撃たれた弾丸がまだ残っていて。
 触れただけで、どくどくと血が流れるほど生々しい傷が残っていて。

 それを抜き取れ、と、目の前の人は言っているのだと思う。
 触れることが許されているのは、確かにあたしだけなのかもしれない。

 だけど。

 触れることはできるかもしれない。だけど弾を取れるかどうかは判らない。
 何の僥倖か、弾を取ることが出来たとしても……それであの人を癒せるのか
どうか。
 もう傷に触れない、との、約束を破って。
 それで、もし癒せないなら。
 もし、あの人がもっと痛むだけに終わってしまうなら。
 痛んで苦しんで……でも赦すよ、と。

 そんなことを言わせるのが……家族か。

「……酷い、よ」

 額に爪を立てる。
 せめて痛みを感じていないと、重さに潰されるから。


「……本宮さん」
「はい」
「相羽さんのために……なるのね?」
「はい」

 即答出来る貴方が羨ましい。
 どこにそんな確信があるのか。

「それだけは……嘘じゃないね?」
「はい」

 どんな目で、睨んでいたろうかと思う。
 もし嘘なら、もし失敗するなら。

「…………わかりました」

 もし失敗しても、本宮さんのせいには出来ない。そんなことは不可能だ。
 もしこのことが、相羽さんの意に沿わないなら。

「お会いします」

(お幸せに)

 せめて、あの人の願ったその一つだけは……果たしたい。
 その一つだけは、譲らない。


 もしも、繋いだ手を離すことになったとしても。

時系列
------
 2006年3月中旬。

解説
----
 闇シリーズ続きです。
 こう……難儀なのが二人居ると、難儀が二倍。
 そして史兄が毎度ながら苦労してます……。
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