[KATARIBE 29845] [HA06N] 小説『無明の闇』

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Date: Wed, 5 Apr 2006 23:47:52 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29845] [HA06N] 小説『無明の闇』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年04月05日:23時47分52秒
Sub:[HA06N]小説『無明の闇』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
春闇の続きです。
闇しりーずです(やなしりーずだなあ……)

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小説『無明の闇』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 過去に、この人を盗られてしまう。
 咄嗟に……そう思った。

         **

 半分忘れかけていた買い物をして、家に戻って。
 うろうろと考えながら夕ご飯を作る。
 さわらの照り焼き。高野豆腐の揚げだし。茹でキャベツを千切りにしてじゃ
ことあえたのは、この前片帆から習った料理。
 適当に作りながら、でもうろうろと考えていた。
 訊こうか、どうしようか……と、一応は。
 でも、多分、最初から訊かなければ収まらない、と判っていたと思う。

 良かった、と、中村さんは言った。
 縛られていたものからやっと逃れられた、と。
 
 縛られていたこと。それが相羽さんのお父さんの事件に関連すること、とは
流石に判る。
 酷い事件であった、とも、僅かにだけど聴いている。

 だけど、一体何から逃れたのか。
 いや、中村さんは、そこから逃れられたと思ったかもしれない。でも。

 ……相羽さんは?


 気が付くと、ベタ達がうろうろと炊飯器の辺りをうろついていた。
 
          **

「……相羽さん」
「ん?」

 どうやら高野豆腐が気に入ったようで、メスベタが後の二匹を蹴散らしてお
皿を確保。恨めしそうに見ているベタ達に、こちらの皿から半分を譲って。
 そして最後にお茶を出してから、一度、息を大きく吸って。

「今日、中村さんの奥さんにお会いしました」
 へえ、と、相羽さんが視線をこちらに向ける。
「あの方の、足が悪い理由をお聞きました」
「……ああ」
 一瞬、視線が湯呑みに落ちて、小さく溜息をついた。
「それと」 
 言葉を、選ぶ。
 どのように言っても……この人のお父さんが亡くなった事件ではある。だけ
ど幾らなんでも、『殺した』と、言うのは……あまりに酷い。
「……ん?」 
「犯人は……相羽さんのお父さんの……事件の犯人と同じって」 
「…………ああ」 

 相羽さんの表情は変わらない。
 湯呑みに落とした視線も、変わらない。
 ……だから。

「……あの」
「…………ん?」 
「相羽さんのお父さんの事件って……どんな……事件、だったんですか?」 
「…………」 

 一呼吸の、間。
 そして、相羽さんの手から、湯呑みが落ちた。


「…………相羽、さん?」 
 軽く見開かれた目。だんだんとこわばる口元。こめかみの辺りが白く血の気
の引いてゆく様を、何故か妙に憶えている。
 そして。

「?!」

 空いた手が自分の顔をわしづかみにするように抑える。相羽さんはそのまま
テーブルに倒れるように突っ伏した。

「ご……ごめんなさいっ」
 
 思わず立ち上がって、肩に手をかけた。
 反応は全く無かった。
 胃の底が……冷えた。


 以前、一度。
 相羽さんが悪夢で飛び起きたことがある。
 飛び起きた気配で思わず目が覚めて、慌てて手を伸ばしたけど、数秒の間、
相羽さんは気が付きもしなかった。
 どうしてそう思ったか判らない。根拠も何も無い。ただ。
 このままだったら過去にこの人を盗られる。
 そう、思った。

 だから。

「相羽、さんっ」 
 両肩に手を置いて揺さぶった。
 でも、いつの間にか両手で顔を覆ったまま、相羽さんは何の反応も無い。

 いやだ、と、思った。
 この人を盗られるのは絶対にいやだ、と。

「……ごめんなさいっ」
 咄嗟に。
 だから、抱き締めた。
 どうしていいかなんてわからない。だけど今この人を襲っている過去から、
この人を引き離したくて。
 引っ張られる過去から、この人を引き戻したくて。

「…………あ」 
 腕の中で、微かに身動きする気配があった。
 そして、小さな声。

 真っ青な顔。
 口元を手で抑えたまま。
 こちらを少し見上げるように動かした、目はどこか焦点がずれていて。

「……尚吾、さんっ」 

 そのまま、腕の中で。
 もたれかかるように、すがりつくように。
 崩れるのが……判った。
 

 柔らかそうに見えるのに、しっかりとした手ごたえのある髪。
 力なく、投げ出されるように丸められた、肩の線。
 この人が未だ囚われている過去。何かのきっかけさえあれば蘇り、この人を
呑み込もうとする過去。

 戻ってきたこの人を、だけど手を離したらまた引き戻されそうで。
 だから手に力を込めた。
 絶対離すものかと思った。
 
「…………尚吾さん」

 まるで溺れた人がようやくたどり着いた岸に手を伸ばすように。
 背中に、まるでようやくひっかかるように、まわされる手。
 そのまましがみつくように抱きついて。
 何度か、ひきつるような呼吸の、感触。

 戻ってきた、戻ってきてくれた、と……本当に安堵したけど。
 同時に、殴られるように……気が付いた。

「…………ごめんなさい」 

 この人を、過去に突き落としたのは、自分。
 こんな目にあわせたのは。

「ごめんなさい……っ」

 その言葉しか、もう、思いつかなかった。

        **

 ゆっくりと腕をほどいて、顔を上げる。まだ真っ青な顔は、疲労し切った無
表情のまま。
 寝る、とも言わなかった。ただ、手を掴んだまままっすぐにベッドに向かい、
そのまま布団にもぐりこんだ。

「……ごめん、しばらくこうしてて」
「はい」

 握られた手は、指先がひやりと冷たかった。
 つらくてつらくて、その手を両手で握った。
 青ざめた顔のまま、相羽さんは目を閉じて、そのまま。

 溶けるように、眠った。


「…………ごめんなさい」
 眠ってしまっても、握った手はそのまま力が緩むことはなく。
 その力の強さが、そのままこの人の恐怖のようで。
 そのことが、つらくて。
 つらくて、つらくて、つらくて。
「……ごめんなさい……っ」


 どんな過去か、わからない。何があったのか、この人が何を見たのか。
 だけど。

「…………ごめんなさい」
 握った手に、額をつける。何度謝っても多分この人は怒らない。
 それが判るから……尚更に辛くて。
 
「もう……言いません」

 もう尋ねない。
 もう訊かない。

 この人がこんなに苦しむようなことを、もう二度としたくない。

「ごめんなさい」

 だけど、同時に思っている。
 身勝手にも……思っている。

 どうしたらいいのか、どうすればいいのかって……どこかで思っている。


 この人を、過去に、盗られてしまいたく、ない。

時系列
------
 2006年3月中旬

解説
----
 先輩の古傷の一件。いざ突っつくとえらいことになるようで。

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 てなもんで。
 ……どこに着地すればいいのだろう(えう)

 であであ。
 


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