[KATARIBE 29836] [HA06N] 小説『春闇(上)』

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Date: Wed, 29 Mar 2006 00:28:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29836] [HA06N] 小説『春闇(上)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年03月29日:00時28分03秒
Sub:[HA06N]小説『春闇(上)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
こんじょがないです。
ので、一つの話を半分に切って流します。
…………どーせ花粉が悪いんだ<責任転嫁

**********************************
小説『春闇(上)』
=================
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 中村慶子(なかむら・けいこ)
     :中村辰彦の妻、蓉子の母。娘に良く似ている。
 中村蓉子(なかむら・ようこ)
     :高校一年生。剣道の腕は相当。


本文
----

 春が近づいた……なんて悠長に思っているうちに、すっかり大気は春のそれ
に打ち変わり。
 ついでに……今年は軽いとはいえ……花粉なんかが飛んでいたりする、そん
な夕刻に。
 或る話を、聴いた。


 年頭に比べると、相羽さんの仕事は少し忙しくなくなったように思う。
 無論比較問題。でも、最近は待機の日の途中に呼び出しが来ることもないし、
一週間に一度は(曜日は動くものの)休みがある。
 明日は休みだから。今朝そう言い置いて、相羽さんは仕事に行った。

 買い物途中に通る公園。
 面積はかなり狭い。ついでにあるのは、ぶらんこと砂場、それと半ば錆びた
ジャングルジムくらいで、見る限り遊んでいる子供の年齢はかなり低い(それ
くらい狭いところでも喜んで遊べる年齢ってことで)。ただ、この公園には一
本だけだけど、ある程度大きな桜の木があるので、この時期はそれを目当てに
ここを通ることが多い。
 桜を見上げる。
 まだ、茶色い蕾の状態の、その花を。

「……あ、真帆さんっ」
 ふい、と、声をかけられて、そちらを向いた。
「…………あ」
 小柄な、高校生の女の子。ふっさりとした髪を、肩を少し過ぎるくらいの長
さに揃えている。大きな、少し目尻の下がった目が愛らしい。
 その隣に、杖をついた女性。顔立ちから、すぐお母さんと判る人。
「蓉子ちゃん……お久しぶりです」
「あら、蓉子お知り合い?」
 やっぱり目尻の少し下がった大きな目を蓉子ちゃんに向けて、その人がおっ
とりと尋ねる。
「ええと、夏に道場の練習の見学に来てた人で」
 ちょっとこちらを見て、少しだけ緊張したような顔で。
「えっと……相羽さんの、奥さん、です」
 そう言えば、籍入れる前に会ったっきりかもしれない。ってことは、お父さ
んから聴いたのだろうか。

「初めまして。相羽真帆と申します」
「まあ、相羽さんの……はじめまして中村慶子です」
 立ち止まると、会釈をされる。その時にも軽く杖を付いて。
「あ……お母さん、でいらっしゃいますか?」
「はい、母です」
 答えたのは、蓉子ちゃんのほうだった。
「ちょっと、一緒に散歩に出てて」
「あ、なるほど」
 見たところは異常がない。けれどもいつも片足を引きずるようにして。
「真帆さんはお買い物ですか?」
「あ、はい……中村さんは」
「この子がパフェでも食べようかって……あ、もし時間がおありならご一緒し
ません?」
「あ、はい」
 どれだけ早くても、相羽さんが帰ってくるのは9時過ぎる。
 時刻はまだ5時前だ。

 
 美味しいアイスやパフェの店なら、女子高生くらいの女の子に訊くといい、
らしい。らしい、というのは妹もあたしも、そこらはかなり疎かった(現在進
行形で)からなんだけど。
 この子が美味しいって言うんですよ、と、連れて行ってもらった喫茶店は、
公園からほど近いところにある小さなお店で、でも、その小さな店内は、結構
人が入っていた。
「蓉子ちゃんのお勧めは?」
「ここのチョコパフェ、美味しいですよ」
「じゃ、それにしようかな」
「美味しかったけど、ちょっと寒くなるのよね……蓉子はどのケーキが好き?」
 何だかんだ言いつつ、選んだところで、蓉子ちゃんが、あ、と、声をあげて
立ち上がった。
「いけない、先に図書館行くんだった」
「本返すの?」
「うん、今日までなの」
 注文、戻ってからする、急いで戻るから、と、蓉子ちゃんは立ち上がり、肩
にかけていた鞄ごとぱたぱたと走って出てゆく。お母さんはそれを微笑みなが
ら見送った。

 それにしても。
 中村さんの奥さん。
 夏の剣道の練習の時に相羽さんから聴いた。別居中だ、と。
 だけど……

「どうなさいました?」
 微かに首をかしげて、中村さんが尋ねる。
「あ、いえ」
 大きな目がこちらを見る。何となくあせって答えた。
「足……無理なさってませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ。慣れましたから」
「……それなら、良かった」
 
 お姉さんが来て注文をとり、代わりにお水を置いていった。
 所在なくて、そのグラスを取りあげる。
「道場にいらしたということは、主人ともお会いしましたのね」
「あ、はい」
 そちらを見ると、中村さんは少し寂しそうに笑っていた。
「……厳しいお稽古だったでしょう?」
「あー」
 確かに、相当……とか思ったけど、そう言っていいやら悪いやら。
「いつも真剣な人ですから」
「……はい」
 それは確かに、そう思った。
 ことに。
「蓉子ちゃんとの立ち会い、見てましたけど」
「……ああ」
 それだけ言っただけで、お母さんには通じたらしい。
「……真剣勝負で、お父さんだなって」
「二人して、不器用ですから」
 くす、と、お母さんは笑う。
「性格は良く似ていまして」
「……あ、そかも」

 本宮さんと中村さんの試合の後。
 蓉子ちゃんも相当の腕だと思うけど、あの試合の様子を見る限り、まだお父
さんに敵わないだろう……と、あたしですら思った。まして彼女が思わなかっ
たわけがない。
 けれども、彼女は真っ向勝負を挑んでいたっけ。


「真帆さんは相羽さんとご結婚なさったんですよね」
「あ……はい」
 正面から言われると、まだ、何だか気恥かしい。
「……きっと、主人は喜んだと思います」
「え?」
「昔から、気にかけていましたから」

 ……昔?
(俺が学生の頃から世話んなった人とか、いるから)
 そういえば、そんなことを相羽さんは言ってたっけ。
 でも、一度だけお会いした時は、中村さん、そんな顔してなかったけど……

「私とも……少なからず、縁がありましたし」
「あ……そう、なんですか」
 中村さんの、お父さんならわかる。でも、このお母さん、とも?
 ……相羽さんからは、聴いたことがない。

「…………あの」
「……はい?」
「あ、いえ」
 どこでご縁が、と言いかけて止める。
 どんな縁だか、訊いて良いかどうかも判らない。
 うろうろと考えていると、お母さんはくすりと笑った。

「縁といいますか、関わりといいましょうか」
 言いながら、お母さんはふっと目を細めて視線を落とした。
「…………はあ」
 尋ねたかったけど。
 尋ねていいのか悪いのか。
 なんて思っていたら、お母さんは少し笑ってまた顔を上げた。
「相羽さんのお父さまが……事件で亡くなられたのはご存知でしたか?」
「……少し、聞きました」
 深く訊くにはつらい記憶だ、とも。
「私も、事件で足が不自由になりまして」
「………ぁ」
 じっと、こちらを見る目。
 私『も』……って……?
「……私が主人と会ったのは、その事件の時でした」
 手を伸ばして、足をさすりながら。
 何と言っていいか、判らないまま顔を見ていると、お母さんは静かに言葉を
継いだ。
「通り魔で……犯人はすぐにつかまりました」

 小柄で、蓉子ちゃんとよく似ていて。
 だから多分若いころは、彼女にもっと似ていただろうと思う。
 あどけない、可愛らしい、どこか一所懸命で……
 
 身体が、震えた。

「……ですが、犯人はまた」
「え?」
 犯人は捕まっていて。
 そして、この人は今に至るまで残る傷を負って。
 ……で……え?

「……犠牲者が」
「通り魔……が?」

 いや、ちょっと待て。
 日本の刑罰は軽い、と、言われることがある。あたしも時々そう思わないで
はない。
 だけど、これだけのことをやったら普通、それなりの期間捕まるのが普通じゃ
ないんだろうか?

 と……でもそれでも、どこか他人事のように聞いていたあたしの耳に。

「……亡くなられたのは、中年の男性で」

 …………え?

「父一人、息子一人の家庭だったそうです」

 それは否応無く、あたしの知っている、ただ一人の過去に収斂し。

「息子さんは、まだ高校生で」
「……っ」

 がた、と。
 椅子が……鳴った。



時系列
------
 2006年3月中旬

解説
----
 案外人の過去なんて、こういうお茶の場で判ってくるものだったり。
 (下)に続きます。

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 てなもんです。
 ある意味、尚久とーちゃんとの会話から、これは続いてるのかもとか思ったり。
 ではでは。
 


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