[KATARIBE 29834] [HA06N] 小説『淡緑の影』その1

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Date: Sat, 18 Mar 2006 02:28:17 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29834] [HA06N] 小説『淡緑の影』その1
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2006年03月18日:02時28分16秒
Sub:[HA06N]小説『淡緑の影』その1:
From:久志


 久志です。
豆柴君の話書こうとして妙な話がわいてきた。

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小説『淡緑の影』その1
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登場キャラクター 
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 東治安(あずま・はるやす)
     :吹利県警警備部、公安の人。2000年当時巡査。二十半ば程。
 坂口かほる(さかぐち・かほる)
     :吹利に引っ越してきたイラストレーターのお姉さん。

記憶の間 〜東治安
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 記憶の中に残っているのは、淡い緑色の影。
 何度あの時の記憶を手繰ってみても、その影に覆い隠された姿を思い出すこ
とができない。
 それは何故か。
 ひどく、危うい予感が圧し掛かるように胸に重い。

   ***

 深い灰色のカーペットを踏みしめて通路を歩く。
 足音を吸い込むカーペットは長年踏みしだかれて表面が毛羽立ち、テレビ放
送終了後の砂嵐の渦巻く様子を思い起こさせる。広いフロアは中央を通る通路
を挟んで重々しい木製の書庫が一定間隔で立ち並び、分類の番号以外では区別
もつかないそっくり同じ光景が一面に続いている。
 ずらりと立ち並ぶ、いずれも同じ書架の群。だが、一歩脇道に入るとそこは
ぎっしり詰められた様々な本の背表紙に目を惹かれる。
 腕時計の時間は午前九時十五分、九時開館の図書館には他に目ぼしい人影は
ない。平日の午前中というせいもあるが、普段平日に図書館を利用する小さな
子供や母親らはこの書架のスペースにまでめったに足を運ぶことはない。

 非番のひと時、ぽっかりと開いた間隙をぬって、何度となく通いなれた図書館
で本に囲まれて過ごす時間。

 実家の近所に位置する市立図書館。
 さほど小さいわけではないが、さりとてわざわざ遠方から足を運ぶほどには蔵
書量は多くない。利用者の多くは近所の児童や学生や主婦らで、もっぱら人で賑
やかになるのは平日午後から夕方にかけての時間帯と休日の終日。南側を向いた
コの字型の建物の内側に広い中庭を配置し、東側には子供向け書架、中央に新刊
や文庫の書架、西側には閲覧室と文学書の書架が配置されている。本の配置が幸
いして比較的静かに書物を読むことができる。各部屋から見て中庭側はガラス張
りになっていて、小さなソファと閲覧用の机が置かれている。自習室でもある西
館の広い閲覧室は大抵自習する学生らに埋めつくされている為、もっぱら読書は
窓際のソファか二階にある小さなカフェで珈琲を前にしてというのがいつもの過
ごし方だった。
 目の前の書架にぎっしりと並ぶハードカバーの背表紙を指先でたどりながら、
しんしんと体に降り積もような静かな時間に心地よさを感じている。

 この図書館に通いつめるようになったのは丁度小学校にあがった位の頃。
 最初は父親から逃れる為に。
 そして次第に自分の趣味の為に。

 大学時代、警察官を志してから、一度も帰っていない実家のことを考えてみる。
距離にしてみれば、ゆっくり歩いたとしてもこの図書館からものの数十分の距離
で辿り着く位置にあるはずの家。だが、そこには懐かしさや温かさといった本来
そこにあるはずの自分の原風景が浮かんでこない。
 埋もれた記憶の中、何度となくかつての過去の記憶を再生したとしても。本来
自分がいるべき場所はこの図書館であり、窓から広い中庭を望める小さな閲覧用
の机と長年使い込まれてすっかり表面が毛羽立った深緑のソファが懐かしむべき
自分の居場所だった。

 父親という人物。
 幼い頃から、よく似た顔立ちだと何度となく周囲から言われてきた。
 自分自身、ふと鏡を見て父の険しい顔を幻視したかのような錯覚を覚えたこと
は一度や二度ではない。
 非常に厳格で、家において絶対的な権力を持っていた父親。
 妻である母にも息子である自分にも全く発言権というものはなく、父の発言と
采配が全てであり、一度下された決定は絶対に覆ることはなく。何事にも許可を
得なければ何もすることができず、自らの行動の是非のすべては父の判断だった。

 厳格で、潔癖で、徹底的で。
 空想的なもの、娯楽的なもの、神秘や奇跡、魔法といったものを一切否定し、
テレビはニュースやドキュメンタリー、せいぜいがスポーツくらいしか見た記憶
がない。同年代の子供が見ていたアニメや特撮は一切見ることを許されなかった。
漫画や娯楽小説も一切禁止され、買ったのを見つかろうものなら片っ端から破り
捨てられ、読むことを認められたのは文学小説や思想文学やノンフィクション。
 全てにおいて、父の検閲なしには生きられなかったあの頃。
 学校帰り。この静かな図書館の片隅で本を読んで過ごす時間だけが、縛り付け
た様々なものから解き放たれる僅かなひと時だった。

 反動のようなものかもしれない。
 小さな頃から通いつめていたこの図書館で読むものは、決まって国内外の幻想
文学や世界魔法大全、架空戦記といった父が真っ向から嫌うものばかりだった。
中でもラヴクラフト全集やク・リトル・リトル神話といった暗黒神話体系。
 人間という存在を完全に超えたところにある圧倒的存在としての神。
 その神々の前において、人間という存在は吹けば飛ぶ塵芥のようなものであり、
何の気に留めることもないどうでもよい存在だという、虚無的な魅力に取り付か
れていた。

 小さなソファに腰掛けて窓硝子の向こうの中庭を横目に眺めながら頁を手繰る。
 静かに、溶け込むように、埋没するが如く。


書架風景 〜坂口かほる
----------------------

 その人に最初にあったのは、吹利に住む友人宅に引っ越してすぐの事だった。

 会社で事務職を勤めながら、大学時代から細々と副業として数々のイラストを
描きつづけて。ようやく定期的に依頼を貰い、自分のイラストを好んで採用して
くれる作家さんができ、駆け出しながらもプロのイラストレーターとして気持ち
を新たに、近所の探索を兼ねた資料集めにでた先でのこと。

   ***

 さほど大きくはない半分公民館を兼ねた市立図書館。
 コの字型の建物の開けた箇所に見晴らしのよい広い中庭が広がり、東側、中央、
西側と分かれたフロアは思ったよりも広く書架も充実していて。

 何よりも、重々しい木製の書架にぎっしり詰まった数々の本に圧倒されていた。

「……わぁ」
 うわ、国書刊行会の世界幻想文学大系、日本幻想文学集成も全て揃ってる。
 わ、こっちはラヴクラフト全集も、こっちにはク・リトル・リトル神話集に、
おまけに真ク・リトル・リトル神話大系まで、それだけじゃないアーカム・ハウ
ス叢書、バベルの図書館。欲しいと思いつつも手が出せずに絶版になった冊子や
高価でとてもそろえられなかったシリーズ物が全巻揃っている様は圧巻だった。
 まるで、私にとって楽園といってもいいほどに。
「すごい……」
 国書刊行会だけでなく、日本海外の幻想文学が溢れんばかりに書架にぎっしり
と埋められて。
「何処から手をつけようかしら、ね?」
 あまりにも贅沢な悩みに思わず足取りも軽くなる。
 ずらりと並ぶ背表紙をたどりながら一冊の本に手を伸ばそうとした時、ふと同
じ本に伸びた手に気づいた。

「あ」
 まるで今そこにふっと現れたように、全く存在感を感じなかった男性が一人。
同じ本に伸ばしかけた手を止めてちらりとこちらを見た。
「失礼」
「……あ、はい、すみません」
 思わず引っ込めた手に差し出される本。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 無表情な顔で本を手渡すと、元の書架に向き直る。

 まるで風景の一部ように、溶け込むように、この図書館にいること自体が当た
り前のように。
 あの人はいつからここにいたのか。
 良く考えて見れば、公共の図書館なのだから人がいるのは当たり前なのだけど。
 あちこち書架を見回っている間も書架から本を探している時にも、いる事に全
く気づくことなく、突然現れたとしか言いようがない。

 なんだか、不思議な人。

   ***

 結局あれから数冊の本を手にして、中庭が見渡せる窓際に置かれた小さな閲覧
用机と机をはさむように置かれた深緑のソファに腰掛けて本を開く。
 窓の向こうに広がる中庭は奇麗に手入れされた花壇が並んで、春間近の緑の葉
があちこちに茂っているのが見える。蔵書といい閲覧環境といい、この図書館は
なかなかの物件かもしれない。

 それと。
 ついさっき会った、あのひと。

 どうしてか、頭から離れない。
 風景のように、当たり前のように、違和感なく溶け込んでいた不思議な人。

 整っているというよりも、目立った特徴のないといったほうが近い顔立ち。
立ち居振る舞いにほんの僅かの隙も感じさせない、どこか人工物めいた雰囲気。
人工物といっても電子機器やコンピュータとも違う、例えて言うならば熟練した
職人が丹精込めて作り上げた精密機械のような、芸術品めいた印象を受ける。

 心持ち本で視線を隠しながら、見上げた先。
 数冊の本を片手に書架を眺める横顔。
 幻想文学というよりも、法律書や医学書が似合いそうな。でも、その印象のち
ぐはぐさが逆にどことなくおかしい。

 この、機械めいた人は、どんな人なのか。


緑羅紗 〜東治安
----------------

 淡い緑色の影。
 奇麗に切り取られたように、記憶の中でその場所だけグリーンのシルエット
が残っている。

   ***

 人の記憶とは案外自分勝手で、時折意識しない心の奥底で勝手に記憶を改竄
してしまったり、ありもしない記憶を作り出してしまったり、都合の悪い記憶
を消し去ってしまったりする。
 目撃者の証言もそうだ。証拠として重要なのは動かぬ物証であり、被疑者の
自供や目撃者の証言を裏付ける決定的な物証がない限り、事件を立件するのは
難しい。

 記憶とは、曖昧で頼りないもの。
 ついさっき目の前で一言二言会話を交わした女性。
 細くて少し波打ったくせのある髪、生え際から奇麗に梳られて、指で梳いた
ならするりとすり抜けそうな少し色の淡い長い髪。右肩にかかる位置で淡いグ
リーンのシフォンスカーフでゆるく縛り前へたらしている。

 淡い緑色の影。
 鮮やかに印象に残っているのはあのスカーフの色だけで。
 だが、そこから先。長い髪を両サイドに分けた間にあるはずの顔が記憶から
浮かび上がってこない。何度思い出そうと試みてみても、その姿は淡い緑の影
に覆われてその顔立ちをたどることができない。

 それは、何故か。


時系列 
------ 
 2000年3月。東治安、オフの日の光景。
解説 
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 東っち、奥さんと初めて出会った頃。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。

 なんかベッタベタな展開ですね、お二人さん。


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