[KATARIBE 29833] [HA06N] 小説『連理』

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Date: Sat, 18 Mar 2006 01:49:52 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29833] [HA06N] 小説『連理』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年03月18日:01時49分51秒
Sub:[HA06N]小説『連理』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
以前のログを元に書いてます。
3月が遠いです………

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小説『連理』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。元おネエちゃんマスター。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 最初に話題になったのは、相羽さんが出張から帰ってすぐの頃だったと思う。


「……指輪?」
「そう」
 くすくす笑いながら、相羽さんはお箸を持っていないほうの手で、すっと自
分の首筋を辿ってみせる。
「鎖で首にね、かけて」
「…………あらら」

 豆柴君にしたら不運もいいところだと思う。鎖にぶらさげてってことは、一
応隠そうとしてたんだと思うけど、一週間一緒の部屋で寝泊りして、この人に
そういう……見つかって困るものが見つからないわけが無い。

「でも、どんな指輪?」
「裏に朱と黒で模様が入ってたね」
「裏?」
「そう」
 そこまで言って、相羽さんはまたくくっと笑う。
「表のは、花屋の嬢ちゃんがつけてたね」
「…………へ」

 花屋の嬢ちゃん、というと。
 
「……尊さん?」
「そう」

 あたしが、というより片帆がかなり親しくしている人。かつて花澄がここに
居た時に、とても親しくしていた人。
 見てくれはまだ高校生くらいにしか見えないんだけど、実は30歳。だから、
確かに豆柴君と釣り合いが悪いわけじゃないと思う。
 だけど……しかし。

「表のって、つまり」
 何と言っていいかちょっと困って、指で示す。
「そう」
「で、豆柴君は」
「似たような模様が、裏側に入ってる指輪」

 ……つまり、まあ。
 そういう指輪、なんだろけど。

「結構隅に置けないよね、豆柴君も」
 くつくつ、相羽さんが笑う。

 確かに、そういう……うん、そういう指輪なんだろうけど(とはいえ、どう
も豆柴君だと、口に出して何も言えずに、ただ渡してるだけのような気がしな
いではないんだけど……)。

 …………でも。
 くつくつ笑ってる相羽さんを見てて……なんだか……こう、むっとするとい
うか何ていうか。
 この人……絶対豆柴君のこと笑えない癖にっ。

「…………指輪」

 え、という風に、相羽さんが笑いを止めた。


 指輪を欲しい、と思ったことはない。
 まずそういう習慣が無い。それに実際、この人が結婚指輪とかしてたら、そ
れこそ家族という弱味があることを示すわけだから、仕事上良くないとも思う。
 親から許可貰った翌日に即籍を入れて、その時にはもうここに住んでたから
とりたてて特別なことを何かやったわけでもないし、しようと思ったことも無
い。
 だけど。

「……指輪とか、って。つける?」 
 何か恐る恐る、みたいな声で相羽さんが言うほうを、見る。
「…………今、初めて思い当たったよね?」 
「…………うん」 

 正直な話。
 指輪を欲しいかと訊かれたら、いらないと言ったと思うし、今だっていらな
いと答える。でも。

「相羽さん」
 うん、と、妙に居心地の悪い顔のまま、相羽さんが小さく頷く。
「……豆柴君をそうやってからかうの、禁止っ!」
「……わかった」 
「ってか、指輪とかつけたら、相羽さんには不利だと思うから、別にいいけど」 
「別段不利になんてならないよ」 
「弱味があるって、わかるじゃない」
 おネエちゃん情報網を使うことはない、と、相羽さんは言う。だからそっち
では困らないのかもしれないけど。
 じゃ、なくてさ、と、相羽さんが何だか困った顔になる。
  
「……というか、全然わかってなかったからさ」
「いいです」
 
 色々思った。
 どうしてこれだけ、おネエちゃんを手玉に取ってきた人が、そして他人のこ
とだとほんっとよくわかる人が、自分のことだと頭から抜けるんだろう、とか。
 でも、そもそもあたしは、ほんとに指輪とか貰っても困るほうだし、とか。

「あたし、指輪とかつけないから、ほんとにいりませんけど」 
「……うん」
「でも、豆柴君をからかうのも、尊さんをからかうのも、もう絶対禁止!」
「わかった」

 ぴし、と。
 その一言は確かだったから、それで済んだと思った。

          **

 バレンタインから、数日後。だから、その会話から二週間以上は後に。

 はい、と、差し出された。
 かなり……驚いた。


 夕ご飯を終えて、お風呂に入ってもらって。その間に片付けてお茶とお菓子
の用意をするのが、普通の時間に帰ってきた相羽さんの普通の段取りで。
 お風呂にくっついてったベタ達は、相羽さんより先にこちらに戻ってくる。
それでも相羽さんが来るまでは、お菓子を食べるのを待つあたり、この子達も
判ってるなって思うけど。
 お風呂から出てくるのを見計らってお茶入れて、お菓子を用意して、新聞紙
を用意して。
 いつものようにその前に座りながら、でも相羽さんは、はい、と、小さな紙
袋を差し出した。
 だから。

「えっと……」
 小さな紙の、袋。少し揺するとかさかさ、と、小さな音。
「あけて、いい?」
「うん」

 袋をあけて、ひっくり返して。

「…………え?!」

 今度こそ、すごく驚いた。
 
「相羽さん、なんでこれ知ってるの?!」

 銀の、ペンダントだ。
 ペンダントトップ。幅は4cmくらいあるだろう。高さは一番高くて1cm、
でこぼこしてるから一概には言えなくて。

 というか、これ。

「人に……訊いてね」
「……って」


 留学していた国の、それは御伽噺のような話。
 貧乏な羊飼いの男が、高名な学者の娘と恋に落ち、とうとう駆け落ちした。
そして10年、彼は学びに学んで奥さんの父親に認められる以上の、優れた学
者となった。
 その時に、苦労をかけた奥さんに、あるペンダントを贈ったという。
 金で出来た、聖地の街並みのペンダント。
 
 金で出来たのもあるんだろうけど、あたしが見たのは(そして普通に売って
るのは)それを銀で作ったものだった。
 留学していた時に何度か見た。今から考えると、決して高いものじゃなかっ
たけど、親の仕送りに頼っていた貧乏学生としては買えるものでもなく。
 
 それが、今、手の中にある。


「……なんで?」
 そもそも、こんなペンダントがあるなんてこと、普通の日本人は多分知らな
い。留学してても、多分男子は知らない。
 それを何でこの人が、と思ったんだけど。

「半分、俺の為」 
「へ?」
 ……なおさら意味が判らないんですが。

「貸してみ」
「……あ、はい」

 手渡すと、相羽さんはくるりと手を回して、ペンダントをつけてくれた。
 丁度鎖骨の中央の、ひんやりとした感触。

「……なんてかね」
 指で触って確かめていると、相羽さんがぼそっと言った。
「まともな恋愛って全然やってなくてさ」 
 ……まともも何も、恋愛をやってなかったあたしには、それについては何も
言えないってのがほんとなんだけど。
 でも、相羽さんはやっぱりどこかもそもそと、言葉を繋げる。
「まるっきりそういうのわかってなくてさ」 

 相羽さんの手が、ペンダントに伸びる。
 撫でるように、銀の街並みを指先で辿って。

「豆柴君のこと、いえないからね」
「…………」

 銀のペンダントの、その冷たい感触。

「相羽さん、さ」 
「ん?」 
「もしかして、おネエちゃんには、しっかりプレゼントとかした?」 

 まともな恋愛をやったことないって言っても、この人多分この仕事を始める
前から相当もててたろうし、ましておネエちゃんを口説いてる時なら、プレゼ
ントの一つや二つ贈ったりしてないだろうかと思ったんだけど。

「いや、いちいちプレゼントしてたらもたない」 
「……うーん、じゃあ、違うか」
「ん?」
「いや、おネエちゃんにプレゼントしてたから、反対にあたしにはしないのか
な、って」
「……プレゼントって習慣自体がねぇ」 
「貰ったりしなかった?」
「貰ったことは山ほどあるけど」

 ……一般の男性の恨みを山と買う発言ですな。

「あげる相手、いなかったしね」
「……うーん」
 
 ある意味一杯いたはずやんか、と思うのと。
 そう言うのが……なんか躊躇われるのと。

「でも、それじゃなんで、豆柴君が尊さんに指輪贈ったろうとか、そういうこ
とがわかるの?」
「理屈では、わかってて」
 少し、笑ったように、困ったように。
「でも自分となるとさっぱり、ね」 
 それで、なのか。
「……それで、これなんだ」 
 指先で、もう一度確認する。
「……気に入らない?」 
「すごく嬉しいです」

 それは、ほんとに。 
 相羽さんが、このペンダントのことを知ってること自体、あたしには嬉しい
なって思えることだし、それを売ってるとこを探してくれただけでもとても嬉
しいことで。

 だから、これは、わがまま、なんだけど。
 100%に、まだそれ以上を望むようなことなんだけど。

「……相羽さん」
「ん?」
 手で、おいでおいで、とやると、不思議そうに相羽さんは二歩ほどこちらに
近づく。
「あのね、これは、わがままだから、真面目に取らないでね」 
「ん?ああ」 
 わがままだから、耳元で小さな声で言う。
 相羽さん相手だから言える、そんなわがままだから。
「お揃いだったら、もっと嬉しかったな」 

 豆柴君が自分のと尊さんのと、こっそりお揃いにしたように。
 うん、これはでも、完全にわがまま。つけたりのこと、だから。
 
「……そこで悩まないよーにね?」
 だから。
 出来るだけ冗談めかして、出来るだけ軽く言って、笑ったんだけど。

 ど。

「…………?」

 相羽さんは、黙ってる。
 怒ってる顔じゃ、ない。それは確か。でも。
 何だか居心地の悪いような……いや。
 ……照れている、ような?

「……尚吾さん」
「え」
「なんかまだ内緒にしてる」 
「……いや、別に内緒なわけじゃあ」 

 もごもご、と、口ごもるような。
 悪いこととか、不安になることじゃない、それは判るけど。
 
「尚吾さん?」
 
 見上げた先で、相羽さんは小さく息を吐いた。そのまま自分の襟元のボタン
を一つ外して。
 そして、指先で軽く、襟を弾くように開いて。

「…………あ」

 細い細い、銀の鎖。
 その、先の。

「……まあ、こういうこと」 

 照れくさそうに言う、相羽さんの顔。
 少し長めの鎖の先の、銀のエルサレムのペンダント。
 あたしの首の、それと全く同じ意匠の……それが。
 何だか……ゆがんで。
 
 あ、いけない、と思う前に、涙がこぼれた。
 こぼれたまま……止まらなくなった。


「……なんでわかるの」 
「なんでって言われてもさあ」 
 苦笑交じりの声と、頭を何度も撫でる手。
「わがままなのに。ほんとにわがままなのに」
 頬の下で、微かに、振動のように、笑う気配。

 どうしてだろうと思う。
 どうしてこの人は、あたしのわがままをこうやって覚えてて、一番……考え
られないくらい一番嬉しい方法で実現してくれるんだろう。
 嬉しくて。
 本当に、本当に、どう言えばいいか判らないくらい嬉しくて。
 
「……ありがとう、尚吾さん」
 少しだけ身を離して、何とか涙を一旦でも止めて、拭いて。
 そして、見上げる。
「本当に、嬉しいです」

 ああ、駄目だもう。何かいくら拭いても涙が止まらない。
 止まらないくらい嬉しくて、嬉しくて。

「ありがとう」
「大事にしてよ」
 ね、と……念を押すように、そしてどこか苦笑するように。
「……勿論」
 泣いてたら駄目だと思った。
 だから、もう一度無茶苦茶に目を擦った。
「…………ありがとう」
 
 嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて。
 ただ、それだけしかいえないくらい嬉しくて。

 見上げた先で、相羽さんは、少しだけ口元を歪めたように見た。
 少しだけ目をほそめたようにも、見えた。
 頬をぬぐう指。ふわっと唇が触れる感触。
 そしてそのまま、押し付けられるように抱き締められた。


 世界で一番。
 陳腐で言い古された言葉だけど。
 世界で一番幸福だと思った。

 この人と一緒に居られることが、一番幸福だと。


 そう、思った。


時系列
------
 2006年2月下旬

解説
----
 豆柴君と指輪の、ある意味波及効果。
 ええ……わかってなくても良いんです。見習ってください豆柴君(謎)。
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 てなもんで。
 であであ。
 


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