[KATARIBE 29832] [HA06N] 小説『詩集・山村暮鳥』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 17 Mar 2006 01:02:31 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29832] [HA06N] 小説『詩集・山村暮鳥』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200603161602.BAA35581@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29832

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29832.html

2006年03月17日:01時02分30秒
Sub:[HA06N]小説『詩集・山村暮鳥』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんか久しぶりの、聡です。
……でもこう、なんかこう……(えう)

と、とりあえず流します(汗)
ふきらん、ねこやさん、以前のログからお借りしてます。
********************************************
小説『詩集・山村暮鳥』
=====================
登場人物 
-------- 
 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  :高校生で歌よみ。創作部所属。詩歌を読むと、怪異(?)がおこる。
 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  :周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。 
 桃実匠(ももざね・たくみ):http://kataribe.com/HA/06/C/0539/
  :桃実一刀流小太刀術の伝承者。腐女子に妙に協力的。

本文
----

「高瀬君、ほら、見つかったよっ」
 一冊の本を掲げて、聡が創作部に飛び込む。 
「うわっ……」 
 夕樹の視線は、もうまっすぐに本のほうに向かっている。
「本で読みたいって言ってたから、探してみたんだ」 
「うわぁ……」
 酒飲みが酒を見る時の如く……というと何だが、それこそ意識の全面がきら
きらと輝いていて。
「あったんだ、本屋に」
「古本屋にね」
「うわあ…………」

 
 聡が夕樹の短歌のノートを読んでからこちら、結構この二人はよく話すよう
になっている。
 題材は詩や短歌の本。知識や好みはある程度重なっているし、またある程度
は離れているのが余計に会話を面白くしているのかもしれない。

「萩原朔太郎の、『竹』なんていいなあ」
「ああ、あの詩」
「『ますぐなるもの地面に生え』、だけでもう……」
 感極まって絶句、の風情で語る夕樹の周りを、一瞬細い竹が取り囲んでは消
える。
「僕はあれかな、『とほい空でぴすとるが鳴る』の一行だけは妙に覚えてる」
「それはあれだ、『殺人事件』」
「そういう題だっけ」
「『遺伝』なんかもいいなあ。教科書に載ってたあれ」
「……ええと」
「のをあある とをあある やわあ、の」
「あれかあ」

 そんな会話の中で、ふいと。

「高瀬君は、山村暮鳥なんかは読む?」
「……誰だっけ」
「一番有名なのは……『いちめんのなのはな』かな」
「ああ、あの人かぁ」
「いいよ。詩集『雲』の序なんて、本当に絶品だよ」
「へえ……」
「確かインターネットでも読める筈だけど」
「……そういうのはやっぱり活字で読みたいなあ」
「印刷して製本したらいいんじゃないかな。僕の親戚の人はそうやって本にし
てたし」
「…………岩波文庫とかの趣のあるフォントで読みたい」
「贅沢なことをさらっと言うね」
「言ってみないと」
「そもそも岩波文庫に入ってたかなあ……」

 そんな会話から暫くしての、本発見……なわけだが。


 創作部の部室の扉は、大概いつも半分は開いている。
 本を受け取った夕樹は、ページを開いた途端に没頭している。
 自然、聡のほうは多少手持ち無沙汰になる。

 と。

(……あいた)

 ぴこぴこと、扉の向こうに見え隠れする意識の球。ショッキングピンクと
きらきら光る水色。
 丁度、また新しい玩具を見つけた子供のような。

(まーた腐女子の誰かが見てるのか)

 はあ、と聡が溜息をついたところで、半開きの扉を勢いよく開けて。
「なんやヌシやん、また落ち込んどるんかいな」
 元気のよい、若緑の三角と矢印模様。

              **

 詩の話なんぞ、そうそう他の人と出来るものでもなく。
 知らない詩、知らない話を、教えてくれる相手というものはとても貴重で。
「だからこうやって話してるだけなんだけどなあ……」
 はー、と、溜息をついた聡を見て、匠のほうはけらけら笑う。
「まー、二人とも文学少年やし、見栄えも小ギレイやし──」 
 それもどうかと、と、突っ込む前に。
「俺やセンパイとは違う意味でお似合いのカップリングやもんなぁ」 
「……てか、友人が出来るたびに、そうやって言われるってのもなあ」
 ほとほとうんざり、と顔に書いた状態で呟く聡を見て、匠はまたけらけらと
笑った。
「人気もん税やと思うて、諦めや」 

 話している横で、相変わらず夕樹は本にかじりついている。いいのか悪いの
か、二人の会話も耳に届いていないようである。
「まあ……高瀬君が気にしないなら、構わないんだけど」
 はあ、と、聡が溜息をついたところで、夕樹がひょいと顔を上げた。
「……ん?」
 やはり自分の名前を呼ばれると、人は反応するものらしい。

「あー、なんでもない」
 ぱたぱた、と、聡が手を振る横で。 
「──やっほ」 
「どうも……って、誰?」 
「剣道部の有名人の、桃実匠君」 
 ごく当たり前の紹介に。
「新しいライバルの出現に影がかすみそうな、元ヌシやんの彼氏──っちゅう
ところかなぁ」 
「…………と、腐女子のたまわく、というとこだろうね」 
「ま、そーゆーことやね」
 とんでもない自己紹介と、それに続くもはや完全なる漫才のやりとり。
「へえ」 
 夕樹は二三度、目をしばたいたが。
「ところで、ヌシやんって誰のこと?」
 根本的な疑問である。
 ……が、しかし完全にこれまでの会話を聞いていなかったことを露呈する疑
問文でもある。
 黙って自分を指差した聡の横で、匠がやれやれと肩をすくめる。
「しっかし、ホンマに本が好きなんやなぁ。さっきから俺とヌシやんが話とっ
たことも気づかんかったのと違うか?」 
「なるほど……って、何か話をしてたの?」 
「……小事にて、気にする必要は無しって奴」
 苦笑しながら片付けようとする聡の苦労(?)を放り投げる勢いで。 
「新しいライバルの出現に霞まんようにするには、どーしたら良いかっちゅー
話?」

 はっきり言って、何が何やらの世界である。
 
「ふぅん……」 

 何が何やら、のこの会話に、疑問がなかった訳では無論無い。しかしどうや
らそれが自分に直接関係無い、と見切った夕樹は、その一言で『ワケワカラン』
な会話を一旦終了させた。
 そのまま、先程からしっかりと握ったままの本の表紙をそっと撫でる。
「それより、この人の詩良いね」
「良いだろー」
「なんか、うまく言えないけど……良い」 

 うむ、と、二人揃って頷きあう。その間にあるのがどうも古びた本(それも
詩集らしい)というのは、ちょっと妙な光景かもしれない。

「にーさん、随分ご執心やね」 
「山村暮鳥の詩集。いいよこれ」
 どれどれ、と覗き込んでくる匠に、聡が少し笑って説明を加える。
 やまむら、ぼちょう……と、首を捻りながら、匠は名前を反復する。
「おれ、宮沢賢治と高村光太郎くらいしか知らんからなぁ……どんなんなん?」 
「誰でも知ってるのは……『いちめんのなのはな』かな」 
 
 ちなみに、ここで会話を聡が引き受けているのは、既に夕樹が本の世界に逆
戻り完了だからである(要するにまた本を開いて読み出している)。
 ああ、と、匠が手を打つ。

「いちめんのなのはな、いちめんのなのはな、いちめんのなのはな──ってヤ
ツやったっけ?」 
「うん、それ」 
「あぁ、あれは好きなタイプかもしらんなぁ」 
「いいよ、この人の詩は」 
 身を乗り出して力説する聡である。
「ヌシやんは、どこが好きなん?」 
「すごく短い間に、詩の技巧やら何やらがどんどん変わって、最後には目に映っ
た全てが詩になってるとこかなあ」 

 山村暮鳥という人は、詩人としては実際珍しいような生涯をおくっている。
 11歳で学校を退学、その後18歳で受洗、23歳でキリスト教の伝道師と
なる。その後31歳で最初の詩集を出し、34歳で結核に倒れ、40歳で昇天。
 明治時代のクリスチャンである。その故に村を追放されることもあったとい
う。だというのに、あまりに一途に伝道師たらんとし、とうとう俸給まで停止
されてしまうようになる。
 調べれば調べるほど苦労と貧窮、病の連続のその生涯の中で残した詩。
 その言葉は、開いた本の頁から、鮮やかに光を放つほどに美しい。

「最後の詩集は……確か、死後に出たと思うけど、序の言葉なんか、震えるく
らいいいよ」 
「あぁ、詩人そのものが好きなんやな」 
「詩人が見て、伝えてくれる世界が好きなんだ」 
「なるほどなぁ」

 妙に神妙な顔で、匠が頷いた。
「俺は、詩人のはらわたを引きずりだしてるようなのが好きやなぁ。だけど、
なんかきらきらしててグロテスクやない感じのが」 
「そういう詩は、はらわたまで綺麗じゃないと書けないよ」
 言ってから、聡はぽん、と膝を打った。
「……ああ、だから、宮沢賢治と高村光太郎なのか」 
「そういうことかもしらんなぁ」 

 うんうん、と、匠が頷く。
 座ったままぶらぶらと、聡は足を揺らす。

「宮沢賢治さんの、春と修羅は、初めて読んだ時にめまいがしたっけ」 
 ふっと、言葉を思い出すように。
「心象のはいいろはがねから、って、その色が目の前にわっと迫ってきて」 
「あれ読んで、目頭にくるもんがないようなやつはあかん」
「……うん」 
 きっぱりと言い切った匠の言葉に、聡はうっすらと笑って頷いた。
「光太郎は、檸檬が強烈やったなぁ。なんか、果汁のしぶきまでくっきり目に
浮かんで」 
「僕は……やっぱり、あどけない話かなあ」

 あどけない話である。
 その、言葉の持つ響きの愛らしさとあどけなさ。


「……しかし、見事なもんやな」
「全く聞こえてないんだろうね」

 あーのこーのと言っている横で、夕樹は本にかじりついている。時折頁をめ
くる以外、動くこともない。

 40歳の若さで亡くなり。
 今では本も、絶版であったり入手が難しかったりする、この詩人の。

「ある意味、冥利に尽きるだろうな」

 少し笑って、聡が呟いた。
 夕樹はやはり黙ったまま、本に没頭している。


 ある放課後の、創作部の風景である。


時系列
------
 2006年1月下旬くらい。

解説
----
『詩歌創作部員』から続いて、の話。
 創作部のほかの面子が居ないのは、多分ゆかりんがお休みだからじゃないで
しょうか……とか思ったり。
***********************************************************************

 てなもんで。
 ではでは。
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29832.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage