[KATARIBE 29813] [OM04N] 小説『春の宵』

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Date: Wed, 08 Mar 2006 02:04:57 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29813] [OM04N] 小説『春の宵』
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ふきらです。
久しぶりにおにばな。

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小説『春の宵』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):http://kataribe.com/OM/04/C/0002/
  見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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 西の空に沈もうとしている三日月は、ほんの少し赤みがかり、ぼんやりと
光っている。
 時貞と望次は二人、望次の屋敷の縁側で黙って酒を酌み交わしていた。時折
吹いてくる風は甘い香りを運び、酒で火照った体を心地よく撫でていく。
 燭台の炎が揺れ、それにつられて床に伸びている二人の影も左右に揺れる。
 望次は大きく息を吸い、静かに吐いた。
「やはり、春は良いな」
 その言葉に時貞は口に運びかけた杯を途中で止め、望次の方を向いた。口の
端が少しつり上がっている。
「……なんだ、その顔は」
 自分の方を見ている時貞に気が付いた望次が憮然とした表情で彼を睨むと、
顔を庭へと向けた。
「俺が季節を愛でてはいかぬのか」
「いや、そういうわけではないがな」
 そう言いつつも、時貞はまだ笑みを浮かべている。
「では、何故笑う」
 庭を見たまま望次が問う。
「確か前にも同じようなことを言っていたな、と思ってな」
「む…… そうだったか」
「おう。歌を詠む鬼が出るという屋敷に行ったときに同じ事を聞いたぞ」
 その言葉に望次は眉をひそめ、照れたように鼻の先を掻いた。時貞は途中で
止めていた杯を口に運ぶ。
「ま、何度でも言っても構わぬよ。春が良いのは本当のことだ」
「う、うむ」
 ぎこちない動きで望次は酒を飲み干す。
 三日月程度の月明かりでは庭全体の様子を見ることはできない、外壁の側に
桜の木が立っているのだが、二人が座っている場所からはその姿はぼんやりと
しか見えなかった。
 桜の他にも庭には様々な花が咲いているが、縁側の近くで燭台の明かりに照
らされているもの以外は夜の闇に紛れている。
 しかし、その存在は辺りを包む香りで十分に感じることができた。
 しばらくの間、二人は言葉を交わすことなく酒を飲んでいた。
「……む」
 不意に望次が顔を上げた。
「どうした?」
「いや、ちょっとな」
 望次は床に杯を置くと、片膝立ちになり辺りを見回した。そして、桜の樹の
側の外壁に座っている老人の姿を見つけた。
「あれは……」
 先ほど話に出てきた、件の歌を詠む鬼である。その老人の周りだけぼんやり
と明るく、彼の表情が二人のいる位置からでも見えた。彼は歌を詠むこともな
く、ただ穏やかに微笑みながら桜の樹を眺めている。
「何かいるのか?」
 彼が見ている方に時貞も顔を向けた。しかし、時貞の目には何も見えない。
「この前の老人が外壁に座っているのだ」
 望次の説明に時貞は、あの歌を詠む老人か、と言った。
「うむ」
「それならば何の心配もあるまい」
「うむ…… しかし、なぜここに来たのだ?」
 望次の問いに時貞は微笑んだ。
「良い桜があるから、では理由にならぬか?」
「……そういうものか」
「そういうものだ」
 望次は再び床に胡座をかくと、置いていた杯を持ち、老人に向けて軽く掲げ
てからその中身を飲み干した。
 風が吹き、桜の花びらが二人の間に一枚落ちてきた。

解説
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[KATARIBE 29784] [OM04N]小説『歌を詠む鬼』の数日後辺り。

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