[KATARIBE 29811] [HA06N] 小説『小さな鯛焼き』

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Date: Tue, 07 Mar 2006 01:34:14 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29811] [HA06N] 小説『小さな鯛焼き』
To: kataribe-ml@trpg.net
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ふきらです。
たまには三十分一本勝負ではないものを。

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小説『小さな鯛焼き』
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登場人物
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 一白(いっぱく):http://kataribe.com/HA/06/C/0583/
  津久見神羅の式神。

 火川猛芳(ひかわ・たけよし):http://kataribe.com/HA/06/C/0580/
  帆川神社の宮司。

本編
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「ほい、みやげじゃ」
 将棋を指しに出かけていた猛芳が新聞紙の包みをこたつの上に置いた。
「……どしたの?」
 こたつに入ってウトウトとしていた一白が体を起こし、まだ眠そうな目でそ
の包みを見つめる。
「帰り道で鯛焼き屋の屋台を見つけてな。何となく買ってきてしまったん
じゃ」
 一白は包みにそっと手を触れてみた。新聞紙の上からでもそれはほんのりと
温かく、湿っている。鼻を近づけると鯛焼きの匂いに混じって、新聞紙のイン
クの匂いが匂ってきた。
「へぇー 開けてもいい?」
「構わんよ。では、ワシはお茶でも入れてくるとしようかの」
 猛芳が台所へと姿を消し、それじゃあ、と一白がその包みを開けようとした
時、包みの中からカサカサと音が聞こえてきた。
「ん?」
 開けようとした手を止め、包みをじっと見つめる。しばらくしてから、再び
包みがカサカサと音をたてる。
「な、なんだろ……」
 一白はおずおずと指で包みを突いてみた。包みはカサカサと音を立てて左右
に揺れる。どうやら、中で何かが動いているようだ。
「お爺は鯛焼きだって言ってたよね……」
 鯛焼きと言えば鯛の形をしたあんこの詰まったお菓子のこと、というのは当
然一白も知っている。しかし、それが動くというのは聞いたことがない。
「ど、どうしよう……」
 開けずにいる包みを前にじっとしているうちに、湯飲みを二つと急須を持っ
て猛芳が居間に戻ってきた。
「なんじゃ、まだ開けておらんのか?」
 こたつの上にそのまま置かれている包みを見て猛芳は首をかしげた。
「だって、これ動くんだよ?」
 その言葉に怪訝そうな表情を浮かべて、猛芳は包みに手を触れた。
「……動かんじゃないか」
「あ、あれ?」
 一白はもう一度、猛芳が持っている包みに手を触れてみた。
 猛芳の手の中で包みがカサカサと音を立てた。
「ほ、ほらぁ」
 一白が慌てて手を引っ込める。猛芳は包みを持ったまま、ほう、と目を見開
いていた。
「まあ、とにかく開けてみるかのぅ」
 包みをこたつの上に置き、セロテープで留めてあるところから丁寧に新聞紙
を剥がしていく。
 新聞紙の下にはもう一つ別の包みがあった。それを開くと、鯛焼きが6匹並
んで湯気を立てている。
「……何も変なものはないな」
「……うん」
 鯛焼きを見下ろす猛芳と一白。
 すると、真ん中の鯛焼きの間から小さな鯛焼きが顔を出した。
「わっ」
「おっ」
 揃って短く声を上げる二人。
 小さな鯛焼きは身を捻って大きな鯛焼きの間から抜け出すと、ふわりと浮か
び上がった。
「鯛焼きが……」
「浮かんでる……」
 二人とも呆気にとられた表情で目の前に浮かんでいる小さな鯛焼きを見つめ
ている。鯛焼きはきょろきょろと辺りを見回して、やがて二人に気が付くと彼
らの方をじっと見つめた。
 しばらく黙ったままで互いに見つめ合う。
「……ど、どうするの?」
 一白が猛芳に尋ねた。
「何にせよ鯛焼きじゃからのう……食うか」
「ええっ 食べちゃうのっ?」
 一白の驚いた声に反応したのか、それとも「食う」という言葉が分かったの
か、小さな鯛焼きは慌ててその場をくるくると回り始めた。
 そして、猛芳の方を向いてじっと見つめる。一白も同じようにじっと見つめ
る。
「む、むう……」
 一人と一匹から見つめられて、猛芳はたじろいだ。さすがにこう抵抗されて
は食べてしまうわけにはいかない。彼はやれやれ、と溜め息をついた。
「しかし、食わないとしてもどうするかのう……」
 猛芳が腕組みをして考えている間に、小さな鯛焼きは辺りをふわふわと飛び
回り、縁側へと出た。
 鯛焼きは外に出ようとしたが、窓は閉まっていてガラスにペタリと張り付い
てしまう。
 諦めきれずに何度かガラスにぶつかるがガラスは割れるはずもなく、ペタン
ペタンという音がするだけである。
「逃がしてあげた方が良いのかなあ」
 小さな鯛焼きについて縁側まで出た一白が言った。
「どうやら、そのようじゃのう」
 猛芳もそれに頷き、縁側の窓ガラスを開けた。
 小さな鯛焼きは少し躊躇した後、開けた窓ガラスの隙間から外へと飛んでい
く。
 二人はしばらく見送っていたが、やがてその姿が見えなくなると窓ガラスを
閉め、居間へと戻っていった。
 こたつの上にはまだ湯気を立てている普通サイズの鯛焼きがある。
「……さすがにもう動かないよねえ?」
 一白の呟きに猛芳は苦笑を浮かべた。

時系列と舞台
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2006年2月。

解説
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小さな鯛焼きの行方は誰も知らない。

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