[KATARIBE 29810] [HA06N] 小説『二月の半ば』

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Date: Mon, 6 Mar 2006 00:05:52 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29810] [HA06N] 小説『二月の半ば』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年03月06日:00時05分52秒
Sub:[HA06N]小説『二月の半ば』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何だかくたびれ切ってへろへろです。
というわけで、流します(何が、「というわけで」なんだか)

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小説『二月の半ば』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。かつて「おネエちゃんマスター」として名をはせた。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。2005年の10月に入籍。


本文
----

 二月の半ばの夜。
 ずっと……そう、あの子が行ってしまってから元気のなかった相羽さんが、
新聞読みながら、YESの曲を楽しそうに鼻歌で歌ってるから。

「……相羽さん?」 
「ん?」 
「なんかいいことあったの?」 
 夕ご飯を食べて、お風呂を済ませて。時刻はそうも遅くないし、早くもない。
 別に、そんなに仕事が楽になったようにも見えないってのに。

「んー、そうかな?ああ、あれだ」 
 新聞から目を上げて、相羽さんはにやっと笑う。
「もうすぐバレンタインだし」 
「……へ?」 
 えーとそれって……
「はいっ」
 手を上げる。 
「ん?なに?」 
「……そんなにたくさんの人からもらえるの?」
 相羽さんはきょとんとしてこちらを見てから、ふむ、と首を傾げた。
「ほら、バレンタインの時期ってさ。デパートとかで珍しいチョコとか並ぶじゃん」 
「あ、うん」 
 頷いて、意味を考え直す。
「……え?」

 えーと、それってつまり??

「え、えとえと、相羽さん、今までも自分でそれ買いに行ってたの?!」 
「そうだけど?」 
 ……にあわねーっ……と、内心突っ込んでしまった自分は、家族失格かもし
れない、ある意味。

「この時期はチョコ売り場歩くの楽しいし」 
 本当に楽しそうに、相羽さんは言う。
 ……うん、この人お菓子好きだから、そういうのあるだろうけど。
 ど。

「…でも、買わなくても、これ欲しいって相羽さん言ったら、贈ってくれる人
居るよね?」 
「たかる気は無いしなあ」 
「……それはそうだけど」 

 そっか、バレンタインデーか。
 相羽さんなら、それこそ山ほど貰って帰ってくるんだろうなあ。
 最近、マメシバンでの将軍役がえらい人気らしいし(と、甥っ子と義妹の証
言有りだし)、それでなくてもチョコとか山ほど貰ってたろうし。
 チョコにそんなに詳しくないし、多分この人が自分で探してくるチョコのほ
うが、あたしが探すものより美味しいだろうし。
 何だか……そんな風に考えると、滅入ってくる。

 …………贈る必要ないのかなあ。
 ベタ達には、あげたいけど。

 相羽さんはやっぱり楽しそうに鼻歌を歌ってる。
 ……そこで何故、Lonry Heartなんだ……って、そうじゃなくて。

「あの……相羽さん?」 
「ん?」 
 
 チョコじゃなくてケーキなら作れるんだけど、と……言いかけて、何でそん
なこと言わないといかんのか、と、咄嗟に。
 だから。

「…………チョコ、色んなのが出てるんだね、今の時期」 
「そだね」 
 頷いて……何だか相羽さんがこっちを見てる。
 確かに、妙な誤魔化し方になってるもんなあ……

「あの」 
「うん」 
「……ああいうのって、ケーキとかだったら……」 
 もごもご言いかけたら、相羽さんがにっと笑った。
「大歓迎」 
「…………ほんとに?」 
「ほんとに」 
 少し、ほっとした。

「……それに、さあ」 
「なに?」 
「嫁から貰うってのが、ね」 
「…………え」 
 変、なのかな。
「……変?」 
「くれないの?」 
「…………あのっ!」 
 そうじゃ、なくって。
「インターネットとかで調べたんだけど、チョコレート自体を作るのは難しい
なって……だけどケーキなら作ったことあるし、ちゃんと作れたから、作ろう
かなって……」
「楽しみにしてる」 
 くくっと小さく笑って、相羽さんは言う。
「てかね、お前が作ってくれるってなら、尚更ね」 
 つっても、なあ。
「……あの、味重視なら、買ったほうが美味しいかもよ?」 
「味じゃなくてさ。お前が作ってくれるのがいい」 
 つくつく、と、伸びてきた指が額をつっつく。

「や、あの、一応食べられるものは作った!」 
 何だか慌ててしまって言葉を紡ぐ。うん、そら、飛び切り上出来とは思わな
いけど、食べられないものを作るわけでも……多分無い。
「えっと、留学中に作って、野郎共に食べさせたら食べてたからっ」 
「…………」 
 ……あ、まずった。
「……他の男には食べさせて、俺には食べさせてくれない?」 
 多分毎年、チョコレートを山のように貰ってるってのに、何だか拗ねた顔で。
「だ、だって、あの国バレンタインとか無かったから、誰かが作らないとそこ
らのチョコしかなくて……」 
「そーいう意味じゃなくってさ」 
 よいしょ、と身を起こして。
 伸ばした腕が、肩から背中に軽く回されて。
「お前が俺の為につくった奴が食べたい」 
 少し笑ってそう言うと、相羽さんは少し身を屈めた。
「だめ?」 
 そういうことを……そういう声で、耳元で言うかなこの人はっ。
「……作ります」 
「ありがと」 

 去年がどうだかは知らないけど、多分沢山貰ってたろうなと思う。
 この人に、チョコレートを積極的に渡したい人だって……多分今だって沢山
居るんじゃないかと思う。
 
「…………相羽さん」 
「ん?」 
「あの、わかんないけど……ひどいことを言うって思われたくないけど」 
 増上慢な話だけど。
 時折本当に思う。思い知る。
 この人はあたしが大切なんだろうなって。何か大袈裟に言ってるわけじゃな
く、本当に。

 そのことが時折、ひどく怖くなる。

「……なんでそんなに」 
 大切にするの、と、尋ねたかった。
 そんなにあたしに、価値があるのか、と。
 ……何度も聞いている。その度にそうだと肯定される。……でも。

「言ったじゃん」 
 今もやっぱり、相羽さんは苦笑していた。
「必要だって」 

 その言葉に、一切の嘘はない。それは確かに。
 どうしてそれなのに、こうやって怖くなるんだろうか。

「……でも」
 もごもご、つい言いかけたその続きを、多分相羽さんも判っていたのだと思
う。
「お前にまで手離されたらさ」 
 ほんとうに静かな声で。
「……何もなくなるから」

 お母さんが亡くなって。
 お父さんも亡くなって。 
 そしてこの前……もう一人。
 知らなくても良かった、その一人を。

「…………っ」 
 手を伸ばして、抱きしめた。
「……離しません」
「ありがと」 
 頭を撫でる、手。
 
 我侭三昧だ、と自分でも思う。
 本当に……どうしてこんなに甘えるかなと思う。自分でも。
 ……でも。

「手を離したらいなくなるかもしれないの、相羽さんのほうじゃないか」 
「いなくならないよ」 
 心外そうに言ってくれるけど。
「……怪我するし」 
「……」 
「急に出張になるしっ」 
「……悪かった」 
 確かに一週間の出張なんてのは初めてだったけど、急に電話がかかってきて
『今日帰れない』ってのは、もう何度聞いたことか。

「……あたしは家に居るから、そんな急に居なくなるなんてことないけど」
 何度も何度も、頭を撫でる手。
「相羽さんは、外で、仕事が仕事で」 
「……心配かけるし、仕事に追われてばかりだし」
「仕事じゃ、なくても」

 それに仕事に関わらなくても。
 八尋さんのこと。赤ちゃんのこと。
 女性であることを肯定し、十全に利用することに微塵も躊躇いを感じない人
達が、この人の周りには沢山居て。
 生まれて20年近く、女性であることを呪ってきた身としては……どうしても
気が引けるし一歩後退する。
 だけど。
「…………いっぱいチョコレートもらってくる人だしっ」 
 口から出してしまった途端、涙が出た。
 
「何回もいったっしょ」
 あやすように、宥めるように、何度も頭を撫でる手。
「絶対にお前のとこ帰ってくるから」
 大丈夫だから、何も心配ないから、と、繰り返すように。
「ここしか帰るとこないって、さあ」 
「……でも」 

 でも、と……ついつい口に出してしまう。
 相羽さんの言葉には嘘は一切無い。だけど。

「……相羽さんがその積り無くても、チョコレート贈りたい人居るだろうし」 
「俺はお前から欲しい」 
「…………知ってるけど」 
 傲慢だな、と、どこかで思う。
 だけど。

 小さく息を吐く音。
 溜息のように……どこか辛そうに。
「……俺も散々あくどいことやってきたよ」 
 穏やかな、静かな声で。
「……そのことに関しては弁解の余地も無い」 

 赤ちゃんが言ってしまった後に、相羽さんはやっぱりそんなことを言ってい
た。自分が悪いから、自分のせいだ、と。
 だけど、そういうことじゃなくて。

「あの、違う」 
 これは、本当に。
 相羽さんに子供がいたかもしれない、と、判った時に、あたしは少しもそれ
を問題とは思わなかった(いや、ある意味問題なんだけど)。
 これでも一応は馬齢を重ねている。だから、結婚の前とは言え、誰かに子供
が生まれたかもしれない、なんて話題は、もめる原因になるくらいは知ってい
る。だけどあの時、そいういうことは少しも思わなかった。
 だから。

「相羽さんを責める気は、無い。ほんとにないの」 
「……」 
「……でも、相羽さんを、『必要』って言った人は、一杯居るんだろうなって」 
 
 相羽さんの言葉を疑うことはない。以前がどうであれ、その以前については
きっちり了解しているし、それは揺らがない。
 だけど、相羽さんは『利用』であり『必要じゃない』と思っていても、相手
が『本気』で『必要』なことは、それこそ幾らでもある。筆頭が多分、千夏さ
んだし、他にも一杯。
 相羽さんの気持ちは疑わないし疑えない。だけど彼女達の気持ちもまた。
 だから。

「その人達のことを思うと…………」 
 一瞬、刺された脇腹の痛みが蘇る。いつもはすっかり忘れているのに。
「…………怖い」 
 背中にまわった腕に力が篭った。
「百人のおネエちゃんに必要だって言われるより、ね」
「……そうじゃない」
 言いかけた言葉を遮る。相羽さんの、この人の心を疑っているわけじゃない。
「なに?」 
「どれだけ恨まれてるかって思うと……それは当然だから、別に何でもない」
 百人のおネエちゃん。たとえどれだけ理屈を捏ねられても、負ける積りは無
いけれども。 
「…………あの子のことを思うと、怖い」 
 一瞬、言葉を呑むような沈黙。そして。
「…………お前に、辛い思いさせて本当に悪かった」 

 もし、でも、あたしが居なかったら、あの子は生き返ることは無かったんだ
と思う。無論相羽さんがあの子に会うことも無かったと思う。
 
「……それでも、あたしはここに居ていいんだよね?」 
「ここにいて欲しいよ」 
 背中に回された手が、微かに震えたような気がした。
「こんな俺を見放さないでいてくれるなら」
「見放さないです」
 言い切ってから気がつく。互いに見放さないって確信している癖に、相手に
は見放されるかもって怯えている。
 何ていうか、やっぱり似ているのかもしれない。あたし達は。

「……でも、相羽さん、もう、無いよね?」 
「無いよ」 
 一瞬の遅滞も無く、返事がある。
 ……だけど。

「あのねっ」 
 それでもやっぱり、怖い。
「お母さんのほうが喧嘩売ってきたら、あたしは負けない」 
「ああ」 
「でも、子供にだったら、あたしは」 

 相羽さんが何があってもあたしの処に戻るという。そのことをあたしは微塵
も疑ってはいない。
 だけど、もし、万が一……相羽さんの子供が居るとしたら。
 その子は、あたし以上にこの人の家族で。
 ……天涯孤独な、この人の。

「…………あたしよっか権利ありますから」 

 言った途端、身体の中にぽっかりと大きな空洞が出来たような気がした。
 その空洞に何もかも吸い取られてゆくような。

 ずっと一緒にいたいと思う。
 相羽さんがそう思っていることも知っている。
 だけど時折、波が寄せるように怖くなる。
 怖くて怖くて仕方なくなる。
 その怖さを押さえつけたくて、肩口に額を押し付ける。
 背中にまわされた腕に力が篭るのが判った。


「相羽、さん」
「なに?」
「…………チョコケーキ作るね」

 他愛も無いことだけど……いや、だからこそ言ってみる。
 
 だから一緒に居て下さい。
 だからずっと。

 あたしの家族で居て下さい。


時系列
------
 2006年2月中旬。

解説
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 水子騒動の後の、ある風景。
 バレンタインデーの、少し前のことです。
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 ええ、特に前半、ひさしゃんのあの絵(http://kataribe.com/HA/06/G/200603/0006/)を思い浮かべて頂けると
とても正しいのではないかと。

 ではでは。



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