[KATARIBE 29806] [HA06N] 小説『ほんの少しの善であるなら』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 2 Mar 2006 23:49:02 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29806] [HA06N] 小説『ほんの少しの善であるなら』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200603021449.XAA63738@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 29806

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29806.html

2006年03月02日:23時49分02秒
Sub:[HA06N]小説『ほんの少しの善であるなら』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
水子話、何とか最終です。
こーでも、まだまだぐらぐらと揺すられますが(予定)

*********************************************
小説『ほんの少しの善であるなら』
===============================
登場人物
--------
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さん。生まれつき霊感が強く視えすぎる人。
     :ちょっとひねくれてるけど根はいい人。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。2005年の10月に入籍。
     :幽霊を自動的に実体化する異能あり。

本文
----

 小さな顔を真っ赤にして、泣く、その声。
 睫毛にまだ一杯に涙を溜めたまま、小さな口に手を突っ込んだ様。
 眠りながら手を伸ばして、セーターの網目を掴んだ手。

 思い出すと、つらい。
 忘れるのは切ない。

 あたしより……表現は変だけど……相羽さんに権利のあった、あの赤ちゃん。
 ……思い出すと、辛い。
 そのことがなおさらに。

            **

 多分今日は遅くなる、と、相羽さんが言った。夕ご飯だけ用意しておいてく
れたらいいから、と。
 だから、何となく今日は、買い物が終わった後もさっさと家に帰らずに、あ
ちこちの店を覗いてたのだけど。

 丁度夕刻。丁度仕事帰りの人が、街に増える時刻。
 予想はしていなかった。でも。
 あたしにとってはこのタイミングで会えて最高に幸運な相手が。

「あれ」
「……こんにちは」

 黒尽くめの服装のまま、目の前に。



 30分。一時間は絶対頂きませんから、と、断って喫茶店に入る。

「何かあったのかよ」
「うん。専門家に聞かないと判らないこと」
「……葬儀の関係で?」
「幽霊のことで」

 言った途端、ゆっきーこと幸久氏は顔をしかめた。

「いや、その、ちょっといろいろあって」
「…………って?」

 ご注文はお決まりですか、の言葉に、珈琲を頼む。幸久氏が注文する間に、
どう言えばいいか、とりあえず最初の出だしを考えて。

「あの、聞きたいんだけど」 
「……ああ」 
「この前……」
 それでも言葉に悩む。
 何て言えばいいんだか。
「水子、の、赤ちゃんが、うちに来て」 

 非常に変なことを言ってる自覚は、ある。
 水子の赤ちゃんが家にくる。どこをとっても突っ込み処満載である。
 ただ。

「ほら、あたしの周りで……実体化するじゃないか」 

 そのことを、あたしより先に知ったのは、この人である。
 というか、実体化してしまえば他の人と同じ。だからあたしはそもそもあた
しの周りで幽霊が実体化してるなんてことに気がつきもしてなかったんだけど。

「あー…………なるほど」

 そこらには詳しい人だから、こういう相談がほんと楽だ。

「……だから、抱っこして、出来るだけ世話して……」 
 考えてみれば一日ですらない。
 お昼にやってきて、ご飯を食べさせて、抱っこして、寝せて。

「…………そしたら、消えちゃったんだ、よね」 
 夜にはもう、消えてしまった子供。
 溶けるように。もともとそこに居なかったように。
 
「…………そう、か」 
 その声の響きの何かに、思わず相手の顔を見た。
 幸久さんは、ちょっとほっとしたような顔をしていた。

「ねえ」
 色々、こちらの思惑やら因縁は関係ない。でも。

「……その子には……それで良かったんだろうか」 

 お待ちどうさまでした、と、元気一杯の声と同時に。
 珈琲二つ、そしてケーキ。
 ご注文は以上ですかー、ではごゆっくりーと、毎度の言葉が終わるまでの沈
黙を、多分幸久さんもあたしと同様に、言葉を用意する為の時間として活用し
たに相違ない。
 
「……あのさ」 
 それでも話しにくそうに、幸久さんは何度か額を指で擦る仕草をした。
「…………うん」 
「こないだ、さあ……通りで見かけたんだよ」 
「え?」 
「……まあ、ケバイ姉ちゃんでさ。なんつーか、な」 
 手近の珈琲カップの取っ手に手を伸ばしながら、でも手にはとらず、ただ指
先で何度も撫でて。
「……ひとりやふたりどころじゃない数の」 

 そこまで聞けば、何となく判る。
 つまり、その女性って。
 顔を上げると、幸久さんは、やっぱりどこかバツの悪そうな顔のまま、こち
らを見ていた。
「…………水子?」
 一番言いづらいだろう言葉をこちらが言うと、小さく頷く。
 
 しかし、あたしには見えないことだけど。
 壮絶な光景であったろうとは、思う。
 たった……というと申し訳ないけど……一人。それだけでも辛かったし、い
たたまれなかった。それは今でも変わらない。
 だのに。

「……そんなかで、さ。一人だけ……遅れて縁がある奴がいた」 
 珈琲をくるくるとかき回して。
「ああいう手合いってのはさ、縁が消えたら迷うしかない」 
 さらりと流した言葉の、その奥にある無残さ。
 何度この人は、そのような光景を見てきているのだろう。

「他の奴らは、たとえ報われなくても母親しか縁がないんだよな」 
 母親の周りだけを漂う水子。
 父親に通ずる縁の無い水子。
 それはつまり……父親たる人々が、既にこの世に居ないか。
 ……縁を繋げないような状態にあるのか。
 (それほどの無惨なことがどのようなことであるか、実際には良く判らない
 ものの)

「で……そいつだけは違った」 
 珈琲碗に落としたままだった視線を上げる。
 その仕草が無くても、あたしは。
「だから」
 どこか、決然とした雰囲気のまま。
 一旦途切れた言葉を、しかしそのままの勢いで。
「俺が、母親との縁を切った」 

 ふと、思う。
 それまでずっと母親の周りを、何を求めてか進んでいたあの小さい赤ちゃん
が。
 ざっくりと縁を切られた、その勢いもそのまま……進んだ先の。
 もう片方の、親。

「俺がやったことが正しかったのかどうか、俺自身もわからん」 
 その言葉は、けれどもひどく痛かった。
「……あんたん家に騒動押し付けただけかもしれない」 
「それはっ……」 

 そんなことは問題じゃない。少なくともあたしには問題じゃないし、相羽さ
んにしても……少なくとも、問題の第一番目にはおかない筈。

「ただ、さあ」
 
 幽霊に関わることを、この人はひどく嫌がった。
 無意識のうちに実体化してしまうあたしの異能に気がついたのはこの人が先
で。以来幾度か注意をされてきた。下手に実体化をするんじゃない、変に未練
の残る相手の葬式に出るもんじゃない、などなど(それをこちらがどれだけ実
行したかは、また別の問題なのだが)。
 でも。
 それでもこの時、幸久さんは少しだけ笑っていた。
 ほんの少しだけ。

「それでも、笑って逝ったなら……よかったんじゃないかと、俺は思う」 


 ずっと、考えていた。
 理由やきっかけは不明だけど、それでもお父さんのところにやってきたこの
赤ん坊にとって、一番の幸せって何だろうって。
 生きているあたし達の思惑は別だ。そんなものは何とでもいえる。
 でも、あの赤ちゃんにとって一番の幸せは、相羽さんと、見たことの無いお
母さんが並んで座っていて、二人がにこにこしていることじゃないかって。
 お母さんなる人となら、幾らでもあたしは勝てると思う。否、勝つなと言わ
れても勝とうとすると思う。
 でも。
 もし仮に誰かが、この子にお前は譲るべきだと言われたら、もうそれであた
しは勝つことが出来ない。
 
 だからこそ。

 
「…………そう、思う?」 
 そうであるならどれだけ嬉しいか。
 その一念で言った、言葉に。

「追っても追っても、何も返してもらえない」 
 少なくとも、あたしよりも多く、死後この世を彷徨う人々を見てきた筈の人
が、静かな口調できっぱりと。
「……それよりは」 
 そう、言い切ってくれること。

「………………ありがとう」 
「……ああ」 

 次善であったかもしれない。けれどもそれでも、あの子の為に、少しでも良
かったというのなら。
 それならば、良かったと思う。
 せめてそれならば……本当に。

 かなり醒めてしまった珈琲を、幸久さんが一気に飲み干した。


時系列
------
 2006年2月上旬

解説
----
 水子話の、最終。
******************************************

 ではでは。
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29806.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage