[KATARIBE 29798] [HA06N] 小説『地蔵供養(下)』

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Date: Sat, 25 Feb 2006 22:55:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29798] [HA06N] 小説『地蔵供養(下)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月25日:22時55分04秒
Sub:[HA06N]小説『地蔵供養(下)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええ、えらい苦労しました。
というわけでこれで一応ラスト。

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小説『地蔵供養(下)』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。かつて「おネエちゃんマスター」として名をはせた。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。2005年の10月に入籍。
     :かつての「おネエちゃんマスター」の所業については詳しい。

本文
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 ふよふよとベタ達が、入れ替わり立ち代り赤ちゃんの周りを飛び回っている。
長い尾鰭が何度も赤ちゃんの手の近くを通る。と同時に、赤ちゃんのほうも目
を動かす。
「……そのうち掴まっても知らないよ?」
 ぷくー。ぱたたた。
 ……それは良い度胸だ。
 まあ、相羽さんが心配で、あやかしになったような子達だ。相羽さんの子供
になら、掴まっても本望なのかな……と。
 ちょっと、思ってみた。

 ……にしても。

「大丈夫。そんな無茶をさせる積りで言ってないから」
「…………」
「このミルク飲んだら、かなり機嫌が良くなるから……抱っこしても平気だよ」
 お湯を沸かしてもらっている間に、オムツをつけて。ミルクを作って哺乳瓶
を持ってゆくと、涙で顔中くちゃくちゃな顔をなおくちゃくちゃにして、手を
伸ばしてきた。余程おなかがすいたらしい。
「おなか空いてたんだよね」
 こちらが声をかけても、最初のうちはそれこそ相手にならない勢いでミルク
を飲んでいたのが、流石に瓶が空になる頃にはそれなりに落ち着いたらしい。
何だかよくわからない言葉をわやわやと言いながら、でも結局、リンゴの煮た
のも結構食べて。
「ほら、すっかりご機嫌になったね」
 やわらかめのタオルでそっとくるんで、手だけは自由に動かせるようにする。
顔を近づけると、赤ちゃんは大喜びで手を振り回した。
 小さな手。ほおずりするとふんわり柔らかい頬。
「じゃ……お父さんにだっこしてもらおうね」
 よしよし、と、何度か揺すって顔をあげる。と。
「……相羽さん、そこでどうしてそっちに居るの」
「いや……」
 校長室に呼ばれた小学生じゃあるまいしに、と思うのだが、えらい恐る恐る
近づいて、何とか手を出しつつ。

「……なんかさ、壊れない?」 
「自分の子供抱っこしようって時に、壊れないがありますかっ」 
「……」

 おっかなびっくり。
 それでも何とか両手に抱えて……って。

「……ねえ、相羽さん」
「なに?」
「そやって相羽さんが怖がってたら、子供は余計怖がるよ?」

 怖がる、というより、この場合不機嫌になる、かな。現に今だってあんまり
相羽さんが硬直してるから、赤ちゃん居心地悪くなってもぞもぞしてるし。
……ってあー。

「ほぎゃあっ」
 ……ほら泣いた。
「あーあー泣くな、泣くな……」 
「だからこっちをいちいち見ない」
 そんな、困りきった顔にならなくても……
「こう、だから、手を……そんな力入れないの」
「……こう?」
 がちがちになった手を、外から押して修正……するんだけど。
 なんせどう修正しても、手ががちがちなのは変わらなくて。
 何かもう、赤ちゃんのほうは火がついたように泣いてるし……って。
「ああ、もうっ」
 よいしょ、と、手から奪還。
「はいもう泣かない、泣かないね……」
 とんとん、と、背中を軽く叩きながら揺らす。何度かしゃっくりのような音
をたてた後、赤ちゃんはぽろぽろ泣きながらも静かになった。
「……はぁ」
「相羽さん…………」
 そこで安心し切って伸びしてるんじゃない。
「…………いや、どうにも」 
「あのね。この子、相羽さんのところに来てるんだよ?」 
「…………ああ」 
「あたしに抱っこされて泣き止んだからって、ほっとしててどうしますか」 
「…………」
「抱っこしても泣かなくなるまで頑張ること……ってそこでどうして逃げ腰に
なりますか」

 何とか泣き止んで、手を口に突っ込んだ赤ちゃんを見て。
 相羽さんに渡そうと、して。

 ……涙一杯のお目目で、ぢーっと見られて、断念。
「……あーもう……」
 確かにでも、赤ちゃんのほうも、何度も何度もかちこちの、居心地は悪いは
動くと落ちそうだは、の手の中に入ってたのじゃ疲れるだろう。

「たとえ、お父さんでも……ね」
 手を伸ばしてティッシュペーパーをとる。涙一杯の顔に近づけると、ちょっ
との間、いや、というように顔をしかめていたが、じきに大人しく顔を拭かれ
た。片手の指を口の中に突っ込む。
「大丈夫……だよ」
 とんとん、と揺するように背中を叩いてやると、何となく眠そうな目になっ
てきたが、手を止めると、またはっと目を開く。
「だいじょぶ。ねんねしてもだいじょぶだからね」
 口に突っ込んでないほうの手が、くるんであるタオルの端をわやわやと探る。
長い睫毛が、目の上に少しずつ覆いかぶさって。
 伸ばした手が、セーターの網目にひょいとひっかかって。

「だいじょうぶ。抱っこしとくからね」

 まさかそんな言葉の意味が判ってるわけもないとは思うけど。
 赤ちゃんは静かに目を閉じた。


「……でもあたしのところに来たんじゃないのに」
 腕の中で安心して眠ってる赤ん坊。
 でも本当は、別にちゃんとお母さんが居て、ここにお父さんも居て。
 あたしには……直接の縁は無い筈なのに。
「悪かった」
 神妙な顔で、相羽さんはぽつりと言う。
 でも。
「……いや、悪い、って言うなら、この子のお母さんとこの子に謝らないと」 
「……ああ」 
 一瞬、相羽さんの目が宙を泳いだ。何かを思い出そうとするように。
 そして……また視線ははたりとこちらに落ちた。
「…………悪かった、本当に」 

 確かに。
 相羽さんは、この子がこうなった原因の一つではあると思う。だから悪い、
と言うのは正しい。というか判る。
 でも、この人は。

「……相羽さん」
「……ん?」 
「なんであたしに謝るの?」 
「…………こいつにも母親にも、お前にも」 
 一度、相羽さんは小さく息を吐いた。 
「……本当に悪かったと思ってる」 

 だけど。

「あたしには悪くないです」 
 出会ってまだ一年弱。
 この子のお母さんと相羽さんが会ったのは、それより前の可能性だって充分
ある。だからあたしに悪いと言うのは間違えている。
「だから、あたしに謝るのはやめて」 

 相羽さんは黙ってこちらを見る。 
「……知ってますから。お仕事だったのは知ってるから」 
 おネエちゃんマスター、と。
 人も言い、自分も肯定し。
 そのためだけに、おネエちゃん達を利用した……と。

 考えてみればこんな子がもっと居てもおかしくはない。生きている赤ちゃん
を抱えた女の人に、『この子は貴方の子よ』と詰め寄られても、あたしは驚か
ない……というか、意外とは思わない。実際以前、冗談で『子供連れてこられ
ても知らないぞ』くらいは言ったことがあるし。
 でも。

「……辛いけど……あたしに謝ることじゃない」

 そんなどじはしない、と、確かそんな答えを、相羽さんはしたと思う。
 誰のどういう責任かは置いといても、多分この子は、『意図しない子供』で
あって。
 そして……意図しない子供であるまま。
 生み出される未来を、途中で絶たれている。

「相羽さんはあたしの半分だから」 

 胎児はどこから人間と見なすか。そういう議論は幾らでもある。
 でも現に、この子はあたしの腕の中でぐっすり眠っていて。
 伸ばした手は時折、あたしがまだここに居るかどうか探るように動いていて。

  それでもこの子は、幽霊で。

「……相羽さん」 
 腕に手をかけて、一度しっかりと掴む。
「……なに?」 
「もし、あたしが、あなたの子供を」
 言葉を選ぶ。不躾に言えば幾らでも言えることだから、なおのこと。
 
「……こういう風にしたとしたら?」 
 相羽さんは黙ってこちらを見ている。
 静かに、こちらを見ている。
「半分の意味。そういうことだよ」 

 腕を握った手を、上から包むように握り締める手。

「……ああ」 
 その手はすぐ外れて、そのまま赤ちゃんのほうに伸びる。汗で少し湿ったよ
うな髪ごと、その手が頭を撫でる。
「……悪かった」 
 呟くように、起こさないように。
 この小さな子供に向けて。

           **

 とは、言え。

「ふぎゃぁーっふぎゃぁーっ」
 こちらがどう覚悟しようが、赤ちゃんというものは泣くのである。 
「あーこら……よしよし」
 昏々と眠っていた赤ちゃんが起きたときは、もう夕刻。ぐっすり寝ている間
にご飯だけ炊く用意をして、あるもので適当にご飯の用意をする。
「……っても、鍋でいい?」
「うん、何でも」
 つくづくと思う。
 うちの義妹って……ほんっと偉い。というか世の中のお母さんて無茶苦茶偉
い。泣く子をあやしながらご飯を作る、それって本当にすごいことだ(今更っ
て義妹には言われそうだけど)。
 
 起きた赤ちゃんを、相羽さんは抱っこしてくれている。
 ……その結果、泣いてるわけだけど。
「もう少ししたら、そっち行くから」
「わかった」
 鍋に湯を張って、昆布を入れて。
 ベタ達がわんわん泣く赤ちゃんから避難して、台所をうろうろしている。
 沸騰した鍋に、豆腐と魚だけ入れて、弱火にし……かけて、一応止めておく。
どうもあの泣き方だと、長丁場になりそうだ。

「なーんでそうも泣くかなあ」
 泣いてるとこに近づくと、赤ちゃんはぐにっと身を捻ってこちらに手を伸ば
してくる。流石にこちらに抱き取ると、赤ちゃんはほろほろ涙をこぼしながら、
それでも泣き止んだ。
「あなたのおとーさんだよ?いいこいいこって抱っこしてくれてるんだよ?」
 って、判ってないし、多分。

 まあ、泣くのは、判らないでもない。大分逃げ腰が治ったとは言え、とにか
く腕も手もがっちり固定状態なのだ。なまじ力があるだけに、それで落とさな
いで済むから余計に。

「……でも……なあ」
 それはやっぱり、机上の空論かもしれないけど。
 それでもやっぱり、この子にはお父さんに抱っこされて欲しいし、笑って欲
しい。
「どうしたら赤ちゃん、相羽さんに抱っこされてても泣かないかなあ」

 と。
 ひょい、と、手が伸びた。
 って……!

「な、何やってんですかっ」
 ひょい、と、赤ちゃんごと相羽さんの膝の上に抱き上げられる。
「ちゃんと、抱っこしといて」
「……いやそうじゃなくて」

 ……意図は、わかる。気がする。
 そらまあ、言ったのはあたしだ。『相羽さんに抱っこされて赤ちゃんが泣か
ないように』と確かに言った。
 そんで確かに、この状態なら泣かないかもしれないけど!

「だって泣くじゃん」
「だからって……」

 赤ちゃんはきょとんとして、丁度真上にある相羽さんの顔を見ている。
 大きな目が、そっくりの目を見上げている。

 ゆっくりと、相羽さんが手を伸ばした。
 包んだタオルから出た手に、指が近づく。と同時に、赤ちゃんは手を伸ばし
て、その指を掴んだ。

「……あー」
 ほんわりとした、どこか甘えるような声。
 小さな手は、しっかりと相羽さんの指を握っている。その指が小さく上下す
るにつれて、ぽわぽわとした手も一緒に上下した。

 相羽さんを、見上げた。
 ほっとしたような……そして微笑を浮かべた顔。

「あーっ」
 手から指を引き抜こうとしたのを、赤ちゃんがぐっと握り返して止める。そ
のまま何だかわにゃわにゃと口を動かして、最後にはその指を引っ張って口に
ぐっと突っ込んだ。

「……いいの、これ?」
「歯はまだ無かったから、大丈夫だと思うけど」
 たとえ一本でも歯があると、攻撃力は全然違うんだけど。
「そうじゃなくて、さあ」
「大丈夫」

 わにゃわにゃとお父さんの指を食べていた(?)赤ちゃんは、ようやく口か
ら手を離した。よだれだらけの口元がにぱっと開いて。

 そして、笑った。

「……相羽さん」
「何?」
「大丈夫かも、今なら」
 赤ちゃんも、相羽さんも、安心している今なら。
 
 赤ちゃんを出来るだけ相羽さんから離さないようにしながら、膝から降りる。
そしてそのまま、相羽さんの腕の中に、赤ちゃんをそろっと移す。

 機嫌のいいお顔のままで、赤ちゃんはなにやらぷつぷつと話している。それ
を相羽さんがじっと見ている。
 元気良く動く手。大きな目。
 相羽さんが少しだけお父さんの顔でそれを見ている。

 ……と。

「あー」
 赤ちゃんがこちらを見た。
 丁度お父さんの手の中に収まって、気持ちよさそうにふにふにとしていて。
 えくぼのあるふわふわな手を、こちらに伸ばしてくる。
「……」
 伸ばした手の指を、しっかりとその手が掴んだ。

 色白の顔。大きな目。
 相羽さんに良く似た……でも確かに違う輪郭も備えた。
 その顔一杯、笑顔になって。

 殴られるような予感。
 それが、一瞬後に、目の前で展開されて。

 ゆっくりと、相羽さんが腕を揺らす。
 その中で赤ちゃんは、本当に心地よさそうに笑っている。
 柔らかな黒い髪、長い睫毛、小さな手と小さな爪。
 それらが、だんだん、だんだんと。

 ゆっくりと透き通ってゆく。
  
 小さな手をそっと握り返した。
 頼り無い、そのまま突き抜けそうな手は、それでもかすかに暖かかった。

 近づくとほんのり乳臭い身体。
 長く抱くと、汗ばむように暖かい体温。
 全部、本当であったそれらのものが、全て。
 
 溶けるように。

 
 くるんでいたタオルが、一瞬の間をおいて、ぺしゃんと潰れるように落ちた。
 もうここには、あの子は居ないのだ、と。
 はっきりと告げる、ように。


「…………あ」 
 腕の中の何も無い空間を、相羽さんが見ている。
 柔らかく開いた手を、ぐっと握り締める。

 受け止めていたものは、もうそこには無い。

「……ああああああっ」
 
 どこかで、思っていた。
 この小さな赤ちゃんが、このままここにずっと居て、相羽さんと一緒に居て、
大きくなってって。
 そんな、夢にしか過ぎないことを、どこかで思っていた。
 信じて、しまっていた。
 
 夢が引き破られて初めて、信じていたことを知った。
 千切れるような痛み。
 逃げたくて、床に手を叩き付けて。
 全然足りなくて、頭を叩き付けた。
 一度。
 二度、振り下ろそうとして……肩を押さえつけられた。

「……違うっ」
「……いや、俺が……悪かったんだ」 
「違うっ」

 何も出来なかった。
 何もしてあげられなかった。
 
「何で笑うの」 

 ずっと、後ろめたかった。
 抱っこしたら泣き止んで、腕の中で眠ってしまう子供。可愛くていとおしく
て、でも突き刺さるように辛かった。

「あたしがあなたのお母さんから、お父さんを取っちゃったのにっ」 

 どこかで、思っている。
 もしあたしが居なくても、相羽さんはあの子のお母さんを突き放したかもし
れない。
 けど。
 けど、それでも。

「……とったんじゃない」 
 おぼろげに声が聞こえる。辛い声。だけど。

「あの子をあんなにしちゃったのにっ」 

 一度は、思わなかったろうか。
 赤ちゃんを抱っこして、あやしてやって。
 その傍に、相羽さんが居て。

 そういう未来を、あの子のお母さんは。

「……あの子を…………っ」

 叩き付けた手が、途中で捕まえられて。
 そのまま。
 
「……あんなにしたのは俺のせいだ」
「…………っ」

 だけど。
 本来ならば出会う筈もないあの子を甦らせてしまったのはあたしで。
 会わなくて良かった子供を、会わせてしまったのは。

「……ごめんなさいっ……」

 のた打ち回るように辛かった。
 その辛さを抑えつけるように、抱き締められている。
 そんな、気がした。


 全て混沌とした中に、たった一つ。
 あの子が笑っていたこと。
 何を判ってか知らないが、笑って消えていってくれたこと。
 そのことに……ほんの少しだけ、安堵した。

 笑いながら消えていったあの子は。
 それでも少しでも……幸福になったろうか。



時系列
------
 2006年2月上旬

解説
----
 そして赤ん坊は還ってゆきます。
 そういう話、そういう最後です。
***********************************************************
 てなもんで。
 さて、この話をもし、ゆっきーが知ったとしたら。
 自分の行動を、よしとするでしょうか。

 なーんて思いつつ。
 ではでは。
 


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