[KATARIBE 29793] [HA06N]小説:夢の滓

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Date: Wed, 22 Feb 2006 22:12:27 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 29793] [HA06N]小説:夢の滓
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小説:夢の滓
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本文
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 唐突に感じる肌を刺す感触は風か光か。眼前に広がるはただ天のみ。
「下の街」
 気だるげな声で目を転ずる。雲海か霧か、白い帳を通して細々としたものが
見える。背中の方にいる誰かが言うには、街らしい。
 相手がそれを認めるのを確認したらしく、声は続ける。懐かしい遊びが再び。
「あの街が焼けて、地震いも起きて。地割れに人が何人も飲まれて、地面から
巨きな樹が生える」
 想像の中で幾つの街が滅びたか。幾千万の生命が絶たれたか。
 街の雑踏で、湖のほとりで、山の天辺で。さまざまな場所で彼らは妄想した
物語を披露しあった。
「街の生気を吸い尽くして育った、巨きな樹がね。樹以外何も残らない」
 静寂と孤独を愛したそれが語るものは、最後に全てが無くなる。そんな話が
多かった。今の話もまた。
「さ、話して」
 話した者は次に話す者を指名する掟に従い、環は空を見上げる。背を向けて
対峙する誰かも空を見上げたのだろうか、気配が揺れる。
「空に吸い込まれてみたいと思ったことがある。ずっと高くまで昇って、鳥も
雲も超えて、昼も夜も無い場所へ」
 言いながら蒼天を見つめると、本当に吸い込まれそうに思える。
「それだけ」
 見上げ疲れて首を元に戻すと、気の無さげな声が飛んでくる。
「うん」
「相変わらず当たり外れが大きいわ。こっちもナントカの一つ覚えだけど」
「相変わらず、って」
 どこかで組み違えたような違和感。
「何年ぶりか忘れたほど何年ぶりのくせに」
「って、もしかして」
 名を。忘れたはずの名を呼ぶ。宙で泳いでいた指を背中合わせの相手が絡め
取り、かすかな温もりが伝わってくる。反射的に離そうともがく。
「久しぶり」
「触られるの嫌いだって知ってるくせに」
「変わらないな。どう、憂世の調子は」
「うん」
 さしたる感想も無いせいか、飲み込むような返事だけ。
「あれだけ大仕掛けしたのに」
「仕掛け、ねえ」
 確かに人の世に居場所を作るためには大きな労力を割いた、のだが。
「軌道に乗ったらやること無くってね。あれのせいで皆バラバラになったし。
いっそそっちに引っ込んでたほうが。いや」
 安寧など求めず、踊って踊って、足がもつれて斃れるまで死線で踊っていた
ほうが、あるいは幸せだったのかもしれない。
「そういうそっちこそ。こっちからは手を引いたんじゃない」
「あっちもなんだかなでね。環の字と同じようなもんかも」
 溜め息二つ。
「退き時、間違ったかな。もう少しやれてたかも」
「環の字は慎重すぎるから」
「ま、もう歳だったってことで」
「お互いねえ」
「今は」
「別に何も。昔のこと思い出しながらのんべんだらり」
 今日よりは昨日。昨日よりは一昨日。時という洞窟の中で、記憶は純化され
光を放つ。
 そんな光を喰いながら、いつか終えるその日まで。
 時を逆巻かせることなどいらない。あの夏へは記憶を辿るだけで還ることが
できるのだから。
 記憶を辿るだけで。
 抜けるような青空は薄汚れた天井へ、山頂に立っていたはずの体は色褪せた
炬燵布団の中で丸まっている。
 肌を刺すような感触を感じ、炬燵の上を探ると掌ほどの塊。
「返魂香か」
 肩まで潜っていた布団から半身を乗り出し蓋を取って覗き込むと、炭の上に
燃え尽きた夢の滓が残っていたが。
「ねえ、私の香炉知らない。香炉香炉」
「だめ、風入れたら灰が」
 吹き込んだ風が巻き上げ、それも消えてしまった。

登場人物
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 宇多 環   :ねてました。
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 仕立てのお梅 :忘れ物をした人。
         http://kataribe.com/HA/06/C/0462/

時系列
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 2006年冬。

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