[KATARIBE 29791] [HA06N] 小説『袋の鼠』

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Date: Wed, 22 Feb 2006 00:33:00 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29791] [HA06N] 小説『袋の鼠』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年02月22日:00時33分00秒
Sub:[HA06N]小説『袋の鼠』:
From:久志


 久志です。
風前の灯火な探偵さんです。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『袋の鼠』
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登場キャラクター
----------------
 根津忠之(ねづ・ただゆき)
     :探偵さん。依頼人より調査をしている様子。なんか風前の灯

車で
----

 何なんだ何なんだ、あの男は。

 エンジンをかけた車の中。エアコンを最大にして、コートの襟元をしっかり
とよせて歯を噛み締める。吹き付ける温風で唇はすっかり乾いている。それな
のになおも体の震えは止まらず、這い上がるように背筋が凍りつく感覚がおさ
まらない。震える手を何度もすり合わせて、感触を確かめるように顔を撫でる。

 穏やかな笑顔、落ち着いた物腰、低くよく通る声。
 ゆっくりと伸ばした指で顎の下をとん、と軽く叩いて目を細めて。

 あの後。
 その場からまったく動けず、にこやかに一礼してすれ違って歩いて行く姿を
目で追うこともできずに立ち尽くしていた。

 何なんだ何なんだ、あの男は。

 背筋を伝った汗を吸ったシャツのひやりとした感触。何度も何度も思い出し
ては這い上がるような恐怖に体を震わせる。がちがちに固まった手をすり合わ
せながら、大きく息を吐き出す。
 自分のことも調査内容も相手の思惑も、何もかも見透かしたあの男。その上
こちらの素性まで調べ上げてられている。そして何より、あの底知れない何者
をも寄せ付けない雰囲気と圧倒的な威圧感。
 乾いた唇を舐めて深く息を吸い込む。温風にさらされてようやく冷え切った
体が温まってきた。だが、背筋を凍らせたあの男の笑顔だけがいつまでも脳裏
から消えなかった。

 何なんだ、あの男は。
 ようやく人心地ついてエアコンのスイッチを切る。幾分静かになった車内で
もう一度、本宮尚久とのやり取りを思い返す。
 これまでの調査で見たとおり、対人のやり取りを熟知したいかに印象で相手
をひきつけるかを考えた自然な立ち居振る舞い。

 だが。それだけではない。

 ――黒の系譜――

 本宮家直系男子に時折現れるという、非常に優れた才覚を持つ者のことだと
いう。最初にこの聞いた時は何を馬鹿馬鹿しい話かと一笑に付したのを今更の
ように思い出した。

 だが、目の当たりにした男。
 圧倒的な威圧感、背筋を凍らせたあの存在感。

 あれが――黒の系譜。
 思わずすり合わせた両手に顔を当てて小声でうろ覚えの般若心経を唱える。
 震える手でコートの襟を寄せて息を吐く。暖まった乾いた空気の中、背中を
這い上がるような畏れはまだ消えない。自分はなんてタチの悪い手合いを相手
にしたんだ。

 落ち着けようと顔を撫でながら、ふと目に浮かぶ顔。

 青梅靖人、青梅家当主にして本宮尚久の調査を依頼した張本人。
 尚久と違い、貼り付けたような笑顔といかにも作りこんだような人の良さ。
だが息をひそめていても、その目の奥に感じる溢れるギラギラとした野心は隠
し切れない。隙あらば獲って喰おうという油断できない緊張感を漂わせていた。
しかし、あの本宮尚久とはまた質が違う。
 逆に野心がほの見えるからこそ、一役買ってのし上がってやろうという輩や
ゴマをする手合いが擦り寄ってくる。自分も最初に青梅靖人から依頼を受けた
時にはツキが向いてきたとほくそえんだものだ。吹利でも有数の名家の跡継ぎ
騒動、上手く取り入れれば大金と強力なコネを手に入れることができる。少な
くとも青梅靖人の場合は何を狙ってどう動くか理解できる男だった。

 もう一人、浮かぶ顔。戸萌加津子、本宮と並ぶ分家の戸萌家当主。
 こちらは別の意味でわかりやすい野心家だ。本人みずから筆頭に立ち采配を
揮って人を従わせ統べている。自ら表舞台に立つ潔さと度胸もった、ある意味
青梅よりはるかに相手にしづらい手合いだろう。

 だが、あの男は。
 自らの家族以外にはなんの執着も持たない――下手すると国すらも売り飛ば
しかねない――だからこそ、恐ろしい。

『龍、という空想上の生き物がいるでしょう』

 どうすればいい?

『一枚だけ顎の下に流れと逆向きに生えた鱗があるんですよ』

 逃げる? どこへ? 依頼はどうする?

『――逆鱗――と』

 逃げる? 荷物をまとめて。

『……たまにはご実家の広島に顔を出してあげてはいかがでしょう』

「くそっ」
 思わず拳でハンドルを叩く。

 袋の鼠。
 逃げ場は……ないのか。

「いや」

 抜け道のない袋の中、逃げ場はたった一つ。

「ひとつだけある」

 ここはひとつ、腹を括ってやろうじゃないか。あの御仁、只者じゃない。
 このまま青梅についたとしても先はない、あの御仁との敵対は絶対に避けね
ばならない。ならば、逆にあの御仁に取り入って腹心にしてもらうというのは
どうだ? そうそう簡単に信用はしないだろう、だが、このままむざむざ青梅
と一緒に沈んでやる気などない。

 ちくしょう、面白くなってきたじゃないか。
 こいつはひとつ勝負どころだ。

 本宮尚久……黒の系譜。
 俺はあんたにつくぜ。

 面白くなってきたじゃないか。


時系列 
------ 
 2006年01月中旬。
解説 
----
 探偵さん、黒の系譜に完全屈服。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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